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−vêpres番外編−



 今日は遠足だった。
 遠足と言っても、ちょっと近くの田舎町まで行って泊まって帰って来るだけなんだが。
 貴族サマ達はそれでも、いそいそとしていた。
 朝食の席も、どことなくいつもよりざわついている。
「ああ、今日は遠足ですわね!」
 朝っぱらからお嬢が、おれにキンキン声で話し掛けて来た。
「そうだな」
 もちろん、おれはやる気なさそうに答えた。
「ったく、田舎に行くくらいでそんな浮かれるなよ」
 おれは小さな声で、毒づいた。
「あはは。でも、僕らはあまり自由がないからね。田舎町にだって、自由に行けないのさ」
 隣のジルが耳ざとく聞いていたらしく、苦笑した。
「そんなもんか?」
「そうですわー」
 お嬢が同意する。
「へーえ」
 もっともおれ達庶民だって自由はあるものの、金がないので知らない町になんてそうそう行けるもんじゃない。
「そういえば、リャン。馬に乗れたっけ?」
 思い出したように、ジルが尋ねて来た。
「なめんな。乗れねえよ」
 出来ないことは偉そうに言う、がモットーだったりするおれ。
「困ったね。遠足は、みんな馬で行くんだよ」
「何だと?」
 考えてみれば、それもそうか。
 貴族の子息令嬢共が一列に並んで街道を歩いていたら、大変だ。
「じゃあ、私と共に乗りましょう! リャン様!」
「結構だ」
 おれはお嬢の申し出を、一蹴。
「ジル、乗せてくれよ」
「良いけど?」
「何でジル様は良くて、私はだめですの〜?」
 お嬢が喚いているが、気にしないに限る。
「へえ、馬に乗れない奴って居るんだな」
 通りかかったオイディプスが、何気なく言った。
 これに、おれはむかっと来た。
「しゃあねえだろ! おれの家は貧乏だから、ロバくらいしか乗ったことねえんだよ!」
「威張るなよ」
「何だとお!?」
 殴りかかろうと立ち上がったおれを、ジルが羽交い絞めにした。
「リャン、落ち着いて」
 落ち着いていられるか!
「くっそ、見てろよ極悪面。おれ、一人で馬に乗ってやる!」
 おれはオイディプスに向かって、宣言した。

 正直言って、死にそうだった。
 乗馬ってこんなにハードだったのか…(ロバが懐かしい)
 行程もまだ半ば、というところでおれは危うく落馬し掛けた。
「きゃああ! リャン様!しっかりなさって下さい!」
「リャン、一旦休もう」
 お嬢とジルが心配して、馬を並べて来た。
「休んだら、遅れちまうじゃねえか…」
「構わないよ。道は知ってるから。ほら、早く」
 ジルは横からおれの馬の手綱を取り、馬を道から外れさせた。
 お嬢も、後を追って来る。
 おれ達は道から少し離れた、草むらの上で止まった。
 ジルが先に馬から降り、おれを降ろしてくれた。
「だから、無理しちゃだめって言ったのに…乗馬は、やっぱり慣れてないと辛いんだよ」
 おれを草むらに横たえながら、ジルは苦笑する。
「しゃあねえだろ。…いってえ!」
 ケツが痛くて死にそうだ。
「リャン様、大丈夫ですの!?」
 お嬢も馬から降り、おれの傍に跪いた。
 アン・ドゥ・トロワもいつの間にか、お嬢の後ろに居る。
「リャン様、ここからはどうぞ私の馬にお乗り下さい。大丈夫ですわ、私乗馬の腕には自信ありますのよ。何せ、乗馬の先生を蹄で蹴飛ばさせたことがあるのです」
 上手いって言うのか、それ。
「…乗せてもらっても、耐える自信がねえよ」
 おれの体力は、相当やばかった。
「どうしようか…」
 ジルは改めて、考え込んだ。
「私共が、リャン様を担ぎましょうか?」
 アンだかドゥだかトロワだか、が申し出たものの、それはちょっと遠慮したい。
「馬車があればねえ」
 ジルは生徒達が、馬をぱかぱか走らせている道の方を見やった。
「…あれ、馬車じゃない?」
「本当ですわ」
 確かに、悪趣味な馬車がトロトロ走っていた。
「ちょっと、頼んで来るよ」
 ジルはひらりと馬に飛び乗り、その馬車まで駆けた。
 おれも、簡単にあれくらい乗れると思ったんだけどな…う、意識が朦朧として来た。
「リャン様、しっかり! 交渉、上手く行ったみたいですわよ」
「本当か?」
 おれが身を起こすと、ジルが手を振っているのが見えた。
 馬車の窓から覗く顔は…ヒゲカマだった。
「冗談じゃねえ! おれ、そんな奴の馬車になんて乗らねえぞ!」
 ジルに向かって怒鳴ると、ジルは顔をしかめた。
「贅沢言わないの!」
 何だかお袋っぽい怒り方だ。
「あのね、あたしだってあんたなんて野生児乗せたくないのよ! それなのに、こうやって乗せてやろうとしてるのよ? 感謝こそすれ、その態度はないわね!!」
 ヒゲカマが、窓から喚く。
「何だとこの野郎!」
 おれは痛みも忘れ、拳を固めて立ち上がった。
「リャン! いい加減にして! 先生も、大人気ないですよ。さ、アン・ドゥ・トロワ。リャンを連れて来るんだ!」
 ジルはおれとヒゲカマを諌め、まるで自分の召使であるかのようにアン・ドゥ・トロワに指示した。
「イエッサー!」
 掛け声と共に、おれはアン・ドゥ・トロワに胴上げされた。
「ワッショイ! ワッショイ!」
 いかつい声と共に、馬車まで運ばれる。
「きゃあ、リャン様! …アン・ドゥ・トロワ!リャン様を落としたら、どうなるかわかっていますわね?」
 お嬢の一言に一瞬止まったものの、奴らは再び胴上げを続けた。
「落としませんワッショイ!」
 口で言ってもしょうがねえんだよ!
 そもそも、何で胴上げで運ばれなきゃならないんだ?
 疑問に思っている内に、馬車まで辿り着いた。
 馬車のドアを開け、ジルが促す。
「ほらリャン、入って。先生、よろしくお願いします」
 中のヒゲカマは、おれが入って来るなり睨みつけやがった。
「あんた、馬乗れないの? ダサいわね」
「うるせえ!」
 蹴っ飛ばしたい衝動に駆られたが、ジルにまた怒られそうなので止めておいた。
「大体、何でお前だけ馬車なんだよ」
 おれは恐る恐る、ヒゲカマの横に腰掛けた。やっぱりまだ痛い。
「か弱いからよ」
 ふざけんな。
「おかげで救われたでしょ。さ、出発するからドア閉めてちょうだい」
 おれはわざと大きな音を立てて、閉めてやった。

 無事(?)目的地に着いてホッとしたのも束の間、トラブルが起こった。
「部屋がない?」
 ジルが教師からの報告を聞いて、びっくりした。
「ああ…部屋が足りないんだ。町中の宿屋を手配したんだけど、それでも足りなくて…」
 ま、それもそうか。
 今回の遠足には、六年生から九年生までの生徒が一斉に来ている。相当な数だろうから、大してでかくもない町に収まるはずがない。
「そうですか…。先生、僕は寮長ですから僕とリャンは自分達で何とかしますよ」
「おい、巻き込むなよ」
 思わず言いすがったおれに、ジルは笑顔を向けた。
「ね」
「…おう」
 何故か逆らえない。
「リャン様達がそうするなら、私も付いて行きますわ」
 お嬢が手を挙げた。
「そうか。じゃ、これで大分空くな」
 先公は、アン・ドゥ・トロワの方を見つつ言った。
 確かに、こいつらは人一倍場を取る。
「後は、何とか詰めることにするよ。ありがとう」
 ぺこぺこ先公が頭を下げているところに、蹄の音がした。
「何だお前ら、そんなとこで突っ立って」
 ベルトランが、(生意気にも)馬に乗っていた。
「あ、ベルトラン。そういえば、用事で遅れて来るって言ってたね」
 ジルが、手を打つ。
「なあジル、こいつもおれ達に同行させようぜ。遅れて来たのが悪いんだ」
 おれは意地悪半分、ジルに囁いた。
 すると、意外にもジルは頷いた。
「ベルトラン。部屋がないから宿を探さなきゃいけない。付いて来るように」
「…何だって?」
 ジルによる早口の説明に、ベルトランは目を丸くした。

 かくして、おれ達は宿を求めて彷徨うことになった。
 一般人の家に泊まらせてもらってはどうかという意見も出たが、残念ながら既にどこの家にも溢れた生徒達が居た。
「ええい、どうしろってんだよ!」
 体が痛いのにいつまで経っても休めず、おれは気が立っていた。
「うーん、考えが甘かったかな。ひょっとすると野宿…」
「冗談じゃない!」
 呑気なジルに、おれとベルトランは同時に突っ込んだ。
 同時だったのが気に障ったらしいベルトランが、こちらを睨んで来る。
「庶民も、野宿は嫌なのか?」
「嫌に決まってんだろ!」
「また、リャン様を庶民扱いしましたわね!」
 お嬢までも参戦しようとした時、ジルが諌めた。
「はいはい、そこまで。仕方ないから、近くに他に村とかないか聞いて来るよ。ちょっと、そこで待ってて」
「おれも行く!」
 おれは慌てて、ジルの後を追った。
 案の定しばらくして、背後からお嬢とベルトランの口ゲンカが聞こえて来た。
 危ない危ない。

 実直そうな町人の男は、帽子を取って頭を下げた。
「それが…何でもここは辺鄙な所なんで、隣町までも馬で一日はかかるんです」
 おれとジルは、がっかりして息を吐いた。
 学校に帰った方が、まだ近い。
「あ…でも、領主様のお屋敷ならありますよ」
「え? ここ、誰が治めてるんだっけ」
「ジル・ド・レ様です」
 ジルの質問にジルという答えが帰って来て、おれ達はずっこけそうになった。
 まあジルなんて珍しくもない名前だから、そんな驚くことじゃないんだが。
「へえ。でも、先生達何も言ってなかったけど…」
「領主様の館は、この町よりちょっと離れてますし。第一、あそこには移って来たばかりでして」
 男は急に、挙動不審になった。
「…実はあんまり、良い噂ないです。前の城から移って来たのは、何か面倒起こしたからだとか。あ、すみません!貴族様の仲間を悪く言ってしまって…噂で聞いただけなんで…」
「気にしないで。家とは付き合いのない人だよ」
 にっこり、ジルは笑顔を浮かべる。
「じゃ、とりあえずその人を頼ってみようか、リャン。貴族には弱きを助けるという義務があるから、まあ泊めてくれるはずだよ」
「おう」
 おれはすぐ、賛成した。何でも良いや、って気分だった。
 ジルは男に、その城までの道を尋ねた。

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