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ヴレ・ヴ・ダンセ・アヴェク・モワ
Voulez-vous danser avec moi?
−vêpres番外編−



 音楽の授業中に、ただでさえ嫌いな音楽の授業が更に嫌いになるような出来事が起こった。
「次の授業からは、ダンスをやります」
 ヒゲカマが、にやにやしている。
「優雅な動きが出来ない人にとっては、ちょっと不利かもしれませんね」
 ちらりとヒゲカマに見られ、おれは舌打ちした。どうせ優雅じゃねえよ。
「ダンス…素敵ですわね〜」
 隣席のお嬢が、さり気なく肩にもたれ掛かって来た。こいつ、何しやがんだ。
「もちろんリャン様、ペアを組みましょうね」
「え」
 ちょっと、いやかなり嫌だ。こいつをリードとか無理だろ。実質不可能だろ。
「ペアは、後日発表します。あたしが決めるから、楽しみにして下さいね。さ、今日の授業は終わりよ」
「では私、先生に頼んで参りますわ!」
 お嬢は目にも留まらぬ速さで、ヒゲカマの元に走って行ってしまった。
 滅茶苦茶ボイコットしてえ…。
 おれは苦悩しつつ、立ち上がった。

 部屋に帰って来たジルを捕まえ、おれは窮状を訴えた。
「へえー、もうそんな時期なんだ」
 ジルはおれの話を聞いて、目を細めた。
「そんな時期? ってことは、毎年恒例なのか」
「そうだよ。舞踏会近いからね」
「ぶぶぶ、舞踏会ぃ!?」
 おれは素っ頓狂な声をあげた。
「音楽の授業で習った踊りを、学年ごとに披露するはずだよ」
「ええええええ」
 おれは衝撃のあまり、反り返ってしまった。
 嫌すぎる。授業だけでも嫌なのに、舞踏会。イコール、みんなの前で恥をさらすだと? 有り得ねえ!
「ジル、何とかしてくれよお」
「何とかって言っても…ねえ。そうだ、ペア決まった? レイチェルなら、喜び勇んで教えてくれるよ」
「う。お嬢じゃないことを祈ってるんだけど」
 おれの答えに、ジルはやわらかに笑った。
「何としても、レイチェルは君とペアになろうとすると思うけど?」
「だろなあ。うおお、どうしようどうしよう」
 おれは、床をごろごろ転げ回った。
「まあまあ、甘いものでも食べて落ち着いて」
 ジルに飴玉を口に入れられ、本当にちょっとだけ落ち着いたおれだった。我ながら単純すぎる。

 ペアを、ヒゲカマが黒板に書いて行く。
「ええええ!?」
「はあああ!?」
 同時に妙な悲鳴(?)をあげたのは、お嬢とベルトランだった。そう、何とお嬢とベルトランがペアだったのだ。
「先生ーっ! リャン様と一緒にしてくれるよう、頼んだじゃありませんか!」
 お嬢はヒゲカマに飛び掛からんばかりの勢いで、猛抗議した。
「ローズマリーさん…そういう不正は許さない主義なのよ。あ・た・し」
 言い方が死ぬほどうざいのは問題だが、よくやったヒゲカマ。
「何でよりによって、ベルトランですの…!」
 お嬢に負けず劣らず嫌がっているのは、当のベルトランだった。
「おい」
 おれの肩に手を置き、ベルトランは真剣に告げた。
「喜べ。代わってやる」
「遠慮しとくぜ」
 おれ、即答。
「お嬢のリード頑張れよー」
「こんなじゃじゃ馬、リード出来るわけないだろう!」
「こんな、とは何ですのっ!」
 お嬢は、ベルトランをぽかぽか叩いている。
「あー、うるせえうるせえ」
 おれはわざとらしく耳を塞ぎながら、自分名前の隣に書かれた名前を凝視した。
 ナタリー・ド・ランジュ…。
 残念ながらクラスメイト全員の顔と名前を覚えてないので、おれは誰のことかわかっていなかった。
 おれはクラスを見渡し、こちらを見ている大人しそうな少女を発見した。
 結構かわいいじゃん。おれ好み――って何言ってんだおれ。
 おれは自分で自分に突っ込んでしまった。
「あの、リーヴルくん…よろしくです」
 ナタリーは、おずおずと近寄って来た。
「おう、こちらこそ」
 お嬢が横でただならぬ殺気を発していたが、ナタリーは鈍いのか気付いていないようだった。
「私、あんまりダンス得意じゃないんですけど」
「おれもだ。ま、二人で練習すりゃ良いんじゃね?」
 おれがそう言うと、横から感じる殺気が倍増した。
「リャン様に色目使ったら、許しませんわよ〜」
 お嬢に脅され、ナタリーは怯えた顔で後ずさった。
「お嬢、いい加減にしろ!」
 おれが叱ると、お嬢はシュンとなってしまった。
「しゅーん…」
 落ち込んでいるが、ここで甘やかしてはいけない。
「ベルトラン、ペアならお前が慰めてやれ」
「無理だ」
 ベルトランは、ついっと顔を背けた。

 ペア同士の親睦を図れとヒゲカマが言ったので、教室から出ておれとナタリーは中庭で会話を交わしていた。花壇に腰掛け、おれ達はとりとめもなく話す。
「私、あんまり裕福な家の出じゃなくて。だから、ちゃんとダンス習えなかったんです」
「へえ」
 おれの家は、ダンスを習うどころの話じゃない経済状態だったが。
「それなのにセルン神学校通えるなんて、すごいな」
「お父様が…色々売ったりしてくれて、何としても私を行かせてやるって。素敵な淑女になりなさい、って」
 ナタリーは、恥ずかしそうに頬を染めた。
「良い親父さんだな」
「はい。貧しくて小さな領地の領主なんですけど、私が立派に後を継げるように期待してるって」
 本当に父親が好きなんだろう。ナタリーは、優しい表情をしていた。
「実は、お父様…舞踏会見に来るんです」
「へえ? 毎年恒例か?」
「いえ、私は去年の途中でここに入ったので…舞踏会は初めてで」
 ナタリーは、もじもじと指をいじり始める。
 うわ、それってリード役のおれ責任重大じゃねえ?
「――おれ、ダンスしたことねえからなあ。ナタリー、上手い奴とペアになった方が良いんじゃねえか? おれ、ヒゲカマに頼んでやるぜ」
 ヒゲカマの奴、ちゃんと考えてペア考えろよな畜生。
「いえ…」
 ぽろっと、涙がナタリーの目から零れ落ちる。
「ど、どうしたんだよ!」
 動揺のあまり、おれは慌てた。泣いてる女は、苦手なんだってのに!
「私の家…没落貴族だから、不名誉な家系で…みんな私と組みたがらないと思うんです」
「何だと?」
 おれは思わず眉をひそめた。
 クラスの人数が少なくないこともあって今までナタリーと関わりはなかったが、仲間外れにされている様子があったらいくらおれでも気付くだろう。
「こっそりだから、わからないと思います。い、一部の人ですけど…意地悪、するんです。だから私…に関わらない方が良いって、みんな思ってるんです。リーヴルくんも、嫌ですか?」
「んなわけねえだろ」
 おれはナタリーの前に跪き、見上げた。
「お嬢…レイチェルやベルトランとは、話したことあんのか?」
 色々性格に問題もある二人だが、そういう卑怯なことはしない奴らだ。
「いえ…ローズマリーさんとクドリエくんは、すごい名門だから…あの人達には、近寄らせないようにされちゃって」
「呆れた話だな。おい、意地悪するっていうそいつらの名前言え」
「でも」
「良いから、言え。おれが何とかしてやる」
 おれは、出来るだけ優しく笑った。
「そんなことしたら、リーヴルくんもただじゃ済まないです」
「おれは大丈夫だ。一応、後ろ盾あるからな。親父さんに、晴れ姿見せたいんだろ? 泣いてたら、台無しだぜ。な?」
 おれは手を伸ばして、指でナタリーの涙を拭う。
「はい…」
 ナタリーは、震える唇を笑みの形にした。

 部屋に帰り、おれはナタリーに名前を書いてもらった紙を、ジルに見せた。
「なあ、ジル。ジルはこいつら知ってるか?」
「うん?」
 ジルは眉をひそめて、紙切れを受け取る。
「ああ…この三人。詳しくは知らないけど――顔と名前くらいは」
「こいつら、名門か?」
「まあ、そこそこかな。何でそんなこと聞くの?」
 ジルが不思議そうに首を傾げたので、おれはナタリーから聞いた話をした。
「酷いね」
「だろ? おれ、そういう卑怯な奴が一番嫌いなんだ。ぶっ飛ばしてやる」
 おれは、ボキボキと拳を鳴らした。
「リャンヌは良い子だね」
 ジルはくすくす笑って、「よしよし」とおれの頭を撫でた。照れるぜ。
「もし向こうが権力持ち出して来たら、僕の名前言っても良いよ」
「おう! そうさせてもらうぜ!」
 ついでに、お嬢とベルトランの名前も脅しに使わせてもらうか。目には目を。歯には歯を。権力には権力をってか。…おれの権力じゃねえけどな。
「それでダンスの方は、どうなったの?」
「どうなるも何も。おれ初心者でナタリー初心者同然。やばすぎるぜ。しかもナタリーの親父さん、舞踏会に来るんだってさ。おれ、責任重大だぜ」
 おれは深いため息をついて、ソファに深く腰掛けた。
「困ったね。まあ、リャンヌなら運動神経良いから何とかなるよ」
「本当かよ。だって指導、あのヒゲカマだぜ」
 嫌なことを思い出してしまった。
「僕も、教えてあげるよ。とりあえず、どんな感じか次の授業受けてみなよ」
「おう」
 次の授業は明日だった。何でヒゲカマの授業はこんなに多いんだ!(舞踏会まで、変則的に増えているらしい。納得いかねえ)
「ジルも、ペア決まったのか?」
「残念。僕の学年は、今年はないんだよ。隔年ごとだからね」
「むー」
 おれもジルの学年だったら良かった。
「リャンヌは、村のお祭りで踊ったりはしなかったの?」
「おれは、祭りの踊りの"横でケンカをしている奴"だったからな。祭りの時って、みんな興奮するじゃん? だからケンカが増えてさ」
 喜んで、ケンカしまくってたあの頃が懐かしい。
「踊る暇なんてねえよ。ケンカで」
「リャンヌらしいね」
 ジルは、おかしそうに笑った。

 次の授業は、ヒゲカマが踊るペアを指導して行く形になった。…が、おれはリードするも何も貴族のダンスをしたことがない。というわけで、困って頭をかきながらヒゲカマが来るのを待っていた。
「ごめんな、ナタリー」
「いいえ」
 ナタリーは、気にした様子もなく微笑んだ。
 他のペアも、忙しそうだしなあ…。
 周りを、くるくる回って練習するペア達を何となしに見やる。
 お嬢とベルトランは、どちらも仏頂面で踊っていた。いい加減、仲良くしろっつの。
「さすがの庶民も、没落貴族とは踊りたくないのか?」
 そこへ、一人の男子生徒が嫌味を言って来た。
「何だとてめえ」
 怒り掛けたおれの腕を、ナタリーが掴む。
「この人が…例の一人です」
 こいつか! 全くもって、根性悪そうな面してるぜ。
「何だ、本当のことを言っただけだろ。庶民と没落貴族。お似合いの組み合わせだな」
 明らかな挑発に、一部の生徒達が笑う。おれは、こめかみに青筋が走るのを感じた。
「あーなーたー、もう一度言ってごらんなさい! 私のリャン様によくもーっ!」
 飛び出して来たお嬢の首根っこを、おれは素早く捕まえる。
「お嬢、すっこんでろ! ――てめえか。ナタリーに意地悪するっていう卑怯千万な奴は!」
 おれが思いっ切り怒鳴ると、坊ちゃんは怒鳴られ慣れていないらしく引きつった笑みを浮かべて後ずさった。
「待てよコラ!」
「ひいいい! た、助けて…」
 おれが胸倉を掴むと、坊ちゃんは悲鳴をあげた。
「ちょっとちょっと、あんた達。何してんのよ」
 ヒゲカマが、こちらに駆け寄って来た。
「こいつが、おれ達を馬鹿にしたんだ。だから、話し合ってるだけだぜ?」
 実際、手は上げていない。まだな。
「先生、リャン様の言ってることは本当ですわ! 私が証言致します! ベルトランも」
 お嬢が挙手し、ついでにベルトランの腕を掴んでベルトランにも挙げさせていた。
「まあ、そうなの。いけない子ね!」
 ヒゲカマは奴を睨み付けた。
「廊下に立ってなさい」
「…覚えてろ」
 通りすがり様に押し殺した声で囁いてきたので、おれも鋭く囁いてやった。
「そっちこそ、楽しみにしてろ。後で、勝負付けに行ってやるからな」
「リャ、リャン様素敵…」
 耳ざとく聞き付けたお嬢が、倒れそうになっていた。何なんだ、こいつは。

 おれは早速放課後、例の奴らと話を付けることにした。
 三人でいつもつるんでいるらしいので、廊下の途中で待ち伏せ。
「よう」
 おれが腕を組みつつ挨拶すると、三人の坊ちゃん達は嫌そうに眉をひそめた。
「何だお前」
「おれは約束を守る男だから、さっきの言葉を守って来てやったんだぜ?」
 わざと大きな音を立てて、壁を蹴る。
「てめえら、売られたケンカを買うくらいの度胸はあるんだろうな」
「何を言ってるんだ。お前とケンカするような趣味はない…」
「ナタリーをいじめる趣味はあるのに?」
 おれは足を下ろし、つかつかと三人に近付く。
「卑怯者が。てめえらみたいな最低野郎は、ナタリーを馬鹿にする資格なんてねえんだよ! おれと戦え!」
 おれが怒鳴ると、三人は一様にすくみ上がった。
「おれが負けたら、お前らの靴を舐めてやる。おれが勝ったら、二度とナタリーにちょっかい出すんじゃねえぞ。わかったな?」
「ほう。三対一で、勝つ自信があるのか」
 条件に気を良くしたらしく、坊ちゃんはにやにや笑った。
「ごめん。ある」
 言い切り、おれは指で招く仕草をした。
「来いよ。一分でカタ付けてやる」
 ちなみに、30秒だった。

 ケンカの結果を報告する上機嫌なおれを見て、ジルは微笑ましそうに笑った。
「よくやったね。で、ダンスはどうだった?」
「あ」
 肝心のものを忘れていた。
「一応、型みたいなのはヒゲカマに習って少しやったんだけどさ、どうもナタリーの足踏まないようにするので手一杯で」
「なるほどね。慣れてないからだろうね」
 ジルは椅子から立ち上がり、おれの前に立った。
「練習しようか」
「え? 今?」
「夕食まで、少し時間あるからね」
「でも、音楽はどうするんだ?」
 おれが首を傾げると、ジルは少し手を上げてから指を鳴らした。
 ぞろぞろと、楽器を持った男女がおれ達の周りに集まる。
「こ、こいつらどこに居たんだよ!」
「さっきから、そこに居たよ」
 ジルはそう言って、部屋の片隅を指差した。
 何で気付かなかったんだおれ。
「練習するかな、と思って呼んでたんだよ。で、曲は何? ワルツ?」
「まあ、そんな感じというか」
 ワルツが何かすらわかってないおれ。ヒゲカマが言ってたことを思い出せる限り説明すると、ジルはわかったらしく演奏者達に説明してくれた。
「ではお手をどうぞ、マドモワゼル」
「なあ、ちょっと待てよジル」
 慌てるおれを見て、ジルは不思議そうに首を傾げた。
「何?」
「おれ、今男の格好してるんだぜ。男二人で踊る光景なんて、不気味だろが。演奏の奴ら、びびるんじゃねえ?」
「大丈夫だよ。教えるためだって言ってるから」
「ふーん。でもさ、お前が男役だったらおれは女役になるんじゃねえの」
 おれはまだ、引き下がらなかった。
「おれは男役しなくちゃいけないんだから、女役の動き練習しても仕方ねえだろ」
「それもそうだけど…」
 少しだけ、ジルは唇の片端を上げた。
「僕の動きを、覚えれば良いんだよ」
「んな器用なことが出来るかよ」
 しかし、かといってジルに女役をしてもらうのは身長の関係で無理だろう(そういう問題じゃないって?)
「まあまあ。まず、これで僕の動きを覚えて真似してごらん。その後、レイチェルにでも相手を頼んで練習してもらったら良い。わかった?」
「ふえーい」
 おれは渋々頷いた。
 ジルが指を鳴らすと音楽が奏でられ始めた。ジルが少しだけ膝を落として礼をしたので、おれも慌てて礼をした。
 ジルの手がおれの手を取り、もう一つの手はおれの腰に添えられる。
 うおお…何だかくすぐったいぜ畜生。
 オッサンのような感想を抱きながら、おれはジルのリードに合わせて踊り始めた。
 ダンスなんてしたことないおれでも、ジルの上手さがわかった。何故なら、おれでも難なく形になるように踊れるからだ。
 リードって、大事なんだなあ。
 くるくる回りながら、おれは改めて思った。
 音楽が終わったと同時に、ジルは動きを止めた。これもちゃんと、終われるように元の体勢に戻っている。
 また礼をしたので、おれも慌てて合わせる。
「すげえ! すげえぞジル!」
 おれが拍手をすると、ジルはやわらかに微笑んだ。
「どう? コツ、わかった?」
「…それはどうかな」
 おれは渋い顔で、腕を組んだ。

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