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La Lettre d'Amour(ラ・レットル・ダムール)
−vêpres番外編−



 文章表現の授業で、女教師は衝撃的な課題を出して来やがった。
「来週までに、ラブレターを一人一通書いて来て下さい。心に訴えるような、感動的な名文を目指して下さいね! 状況設定は、個人に任せます」
 ら、らぶれたー?
 おかしいな、おれの耳どうかしたかな。
「提出されたラブレターは、全て授業で発表して評価します。もちろん、製作者の名前付きで」
 …何だと!?

 授業が終わってすぐ、おれは隣席のお嬢に声を掛けた。
「おい。課題がラブレターって、おれの聞き違いじゃねえよな?」
「もちろん、聞き違いじゃありませんわ。はあ…」
 お嬢は虚空を見つめて、ため息をついた。
「書くことがあり過ぎて、まとまるか心配ですわ。何せ、リャン様への愛だけは誰にも負けませんもの」
「コラコラ。おれに宛てて書くんじゃねえだろ。課題だぞ課題」
「困りましたわ…」
 せっかくの忠告を、聞いていない。
 まあ、こいつはラブレターを一通と言わず百通くらい書いても苦にならないだろう。
 おれはお嬢に相談することを諦め、立ち上がってベルトランの席に向かった。
 ベルトランはきっと、おれと同じく悩んでいるはずだ。
「おう、ベルトラン。さっきの課題、どうするんだ?」
「…提出しない」
 ある意味勇者だ。
「でも、成績下がっちまうだろ」
「テストで挽回する自信がある。だから、絶対に出さないぞ」
 ベルトランはぷいっと、そっぽを向いた。
「ちぇ、卑怯者」
 おれはベルトランのように、テストで良い点を取れる自信なんてさらさら無い。
 ここは、恥かくことを覚悟でラブレターを提出するしかない…。
 おれは頭を抱え、苦悩した。

 困った時の――ジル頼み!
 おれは、授業から部屋に帰って来たジルに、そそくさと近寄った。
「よう、ジル。おかえり」
「ただいま、リャンヌ」
 優しい笑顔で、ジルはおれを見下ろす。
「どうかした?」
「へ?」
「目が泳いでるから」
 おれって、動揺が顔に出やすいんだよな。
「あのな、頼みがあるんだ」
「うん?」
「課題のことなんだけどさ」
 おれはジルに、課題のことを説明した。
「それで?」
「おれの代わりに、書いてくれ!」
 おれは手を合わせて拝んだが、ジルは首を縦には振らなかった。
「そんなの、だめだよ。大体筆跡が違うんだから、ばれちゃうよ?」
「そんなあ…」
 おれは半泣きになってしまった。
「適当に書けば良いんだよ」
「無茶言うなよ」
 おれは、普通の手紙書くのだって苦手なんだぞ。
「頑張ってね、リャンヌ」
 ジルはにっこり笑って、おれを励ました。

 ジルはいつも優しいくせに、ああいうところは厳しいんだよな。
 おれはふてくされつつ、夕食前に図書室に向かうことにした。
 本の中にラブレターの文章でもあれば、堂々と真似するつもりだった。――でも、ばれたらやべえよな。いやしかし、文才ゼロのおれが書くよりは…。
 ぐるぐる考えている内に、図書室前に着いた。
「おや、リャン様」
「奇遇ですな」
「全く」
 アン・ドゥ・トロワが、図書室前に並んで立っていたのだった。
「お前ら、ここで何してるんだ?」
 おれは首をひねる。
「姫様を待っているのです」
「姫様は創作意欲が湧いて仕方ないそうで」
「図書室にこもって、ラブレターを書いているのです」
 お嬢は、ラブレターを大長編小説とでも勘違いしてるんじゃねえか。
「良いよなあ、お嬢は。おれなんか、課題やべえんだよ」
 おれは大きなため息をついた。
「ジルに書いてくれって頼んだら、断られたし。筆跡でばれるってさ」
「ふむ。しかし、ジル様が書かれたのを写したら良いんじゃないですか?」
 アンだかドゥだかトロワだか、の助言におれは一瞬手を打ったが、すぐに首を振った。
「あの様子じゃ、無理だろな。ジルって、こういうことには厳しいんだよ」
 そこで、おれははたと気付いた。
 アン・ドゥ・トロワって文才あるか? あんまりありそうにないが、おれよりはあるんじゃねえ?
「おい、アン・ドゥ・トロワ! 頼む! おれの代わりに、いっちょ書いてくれよ!」
 アン・ドゥ・トロワはきょとんとして、顔を見合わせたのだった。

 翌日の朝食前。
 図書室前に集合した、おれとアン・ドゥ・トロワ。
「徹夜で書きました」
「疲れましたが」
「自信作です!」
 ここまで言うんなら、期待出来るんじゃねえ?
 おれは笑顔で、アン・ドゥ・トロワ作のラブレターを広げたが…
 一行目でずっこけそうになった。
『  ああバーニングハート 
   私の心はバーニング
   ハートはヒート(上手い!)
   飛び出せ心臓
   愛しいあの方に向かって
                  はじまりの詩、終わり。』
 燃える心臓が飛び出して行ったらホラーだ。その前に“愛しいあの人”、間違いなく焼け死ぬぞ。ってか、自分で(上手い!)って感動してんじゃねえよ。うおお、突っ込み出したらキリがねえ。
 おれは首を振り、続きの文章を読み続ける。
『あなたの涙は紫水晶』
 紫?
『私の涙は黒曜石』
 お前のことは聞いてねえよ。黒い涙…目から墨でも流してんのか?
『その二つが交わり、虹となる』
 ならねえよ。
『あなたを想うと、水溜りさえ越えられる』
 障害小せえ!
『草原を渡る風よ、届けるんだ』
 …ちょっとまとも、か?
『私のバーニングハートを!!!』
 やっぱりだめだ――!
 おれはくらくらする頭を押さえつつ、手紙をアン・ドゥ・トロワに返した。
「どうですか?」
 三人揃って、おれの顔を覗きこんで来る。
「あのな…」
 こっちが無理言って頼んで、しかも徹夜までさせたんだから冷たいことは言えない。
 しかし、これを採用するわけにはいかない。
 これをおれの名前で発表されたら、翌日からおれのあだ名が「バーニングハート」になること間違いなしだ。
「す、すっげえ個性的で良いと思うんだけど、おれのキャラじゃねえんだ。だから、ごめんな。やっぱりおれ、自分で書くぜ」
 言い辛さのあまり、早口になってしまった。
「そうですか…」
「これを読んだら」
「姫様なんか、感動して鼻血噴きそうですけどね」
 確かに、お嬢なら火傷も気にせずバーニングハートを根性で受け止めそうだ。
「徹夜させて、悪かったな」
 おれが頭をかいて謝ると、アン・ドゥ・トロワは首を振った。
「いえいえ、良いんですよ」
「我らに文才があることが発覚しましたし」
「良い経験でした」
 良い奴らなんだが、勘違いが激し過ぎるんだよな…。

 休み時間に、鬼のように筆を走らせるお嬢を横目で恨めしげに見てから、おれは白紙の用紙を見下ろす。
 全然、書く気がしねえ…。むしろ書ける気がしない。
「おい」
 珍しく、ベルトランの方からおれの席を訪ねて来た。
「課題は進んでいるのか?」
「見事に進んでねえよ。お前は、出さねえんだったな。ああ、おれもお前みたいに思い切りてえぜ」
「ふん」
 ベルトランは面白くもなさそうに、鼻を鳴らした。
「寮長に、アドバイスでももらったらどうなんだ」
「ジルに?」
「あの人、去年の作文大会で優勝してたんだぞ」
「マジ?」
 なら、ラブレター書かせても上手いんだろなあ。絶対、歯が浮くような文句並べて来るんだぜ。
「アドバイスなあ」
 代わりに書いてもらうことばっかり考えて、それを思い付かなかった。ちょっと拗ねていたせいもあるかもしれない。
 もう一度、代わりに書いてもらうこと頼んでから(諦めの悪いおれ)助言を頼むかな。

 ジルが帰って来た瞬間、待ち構えていたおれは背後からジルに抱き付いた。
「…びっくりした。リャンヌ、どうしたの?」
「ジル、代わりに書いてくれよ〜」
 ジルは苦笑し、おれの腕をそっと引き剥がした。
 おれに向き直り、おれの頬を軽くつねる。
「だーめ」
「ううう」
「リャンヌ、僕の書いた課題で良い点取って嬉しいの?」
 ジルは小首を傾げてみせる。
「…うーん」
 おれは腕を組んだ。良い成績は欲しい。けど、ジルにやってもらった課題で成功するのは気が引けるのも事実。
「じゃあ、アドバイスだけくれよ」
「アドバイスなら、いくらでも。下手でも、自分の言葉で書いてごらん。文章を書く上で一番大事なのは、“自分の言葉で書く”ってことなんだよ。頑張ったら、先生にも伝わるよ」
「――そうか」
 おれは腹をくくった。
 おれも男だ…いや、おれも女だ! やるときゃやってやるぜ!

 とうとう提出日から一週間後の授業。
 課題の発表日だ。
 おれの前に発表した奴らのラブレターが歯が浮く台詞連発だったので、耳が浮きそうになった(冗談だ)
「では次、リャン・リーヴル」
 先公が、手紙を掲げ持つ。
 あああ、死にたい! 消えたい!
 おれは恥ずかしさのあまり、顔を覆って机に突っ伏した。
 もう良いんだ、おれなんて。いっそ、恥ずかしさのあまりに消えてしまえば良いんだ。むしろ消えろ、おれ。
 おれは無意識の内に、机に頭をガンガンぶつけていた。
「リャン様、落ち着いて下さいまし!」
 隣のお嬢が、おれを揺さぶる。
 先公はそんなおれ達にも気付かず、読み上げた。
「『おれと禁断の愛を貫かねえか?』」
 ぎゃあああ!
 いや、違うんだ。ふっと浮かんだ文がそれだったんだ仕方ねえだろばっきゃろ畜生この野郎。
 死ねる。今なら死ねる。
「この一文だけですよね? 短いですね」
 それだけしか思い付かなかったんだ仕方ねえだろばっきゃろ畜生この野郎。
「ふーむ。色々問題がありますね。しかし、たった一つの文ということで想像の余地があり、何より男らしさが際立っています。何故禁断の愛なのかが、気になるところですが…」
 うわ、男らしさ評価されちまった。
「クラスの中でも、異色の作品ですね」
 「これだから庶民は」なんて馬鹿にされるかと思ったが、先公はにっこり微笑んでくれた。一生懸命さが、伝わったのか? あれでも、一週間悩んだんだもんな。いや、本当の話だぜ。
 ぼけっとするおれに、お嬢が抱き付いて来た。
「いつでも貫きますわよ、リャン様!」
「お前に宛てた手紙じゃねえよ!」
「またまた…。照れてらっしゃるのですか?」
 こいつ、何でいつも自分の都合の良いように考えようとするんだ。
「こらこらローズマリーさん。離れなさい」
「…わかりましたわ」
 お嬢は先公に注意され、渋々おれから離れた。
 しばらくして、お嬢の番。
「ローズマリーさん。あなたの手紙は百枚もあったので、あなたの文はここでは読み上げられません」
「何でですの!」
 百枚も書きやがったのか、こいつ。
「評価は、今言っておきましょう。リーヴルくんのとは反対に、あなたのは長過ぎます。簡潔にする努力を」
 百枚読まされた先公に、おれは同情するぜ。
「まああ。魂をこめた作品でしたのに」
 こめ過ぎたんだろ。
 その後、残りの読み上げと評価を行った後、先公は不思議そうな顔で生徒達を見回した。
「一つ、名前の無い作品がありました。少し読み上げますので、心当たりのある人は手を挙げて下さいね。『ああバーニングハート 私の心はバーニング ハートはヒート(上手い!) 飛び出せ心臓 愛しいあの方に向かって』」
 一気に、教室の温度が零下まで下がる。
 アン・ドゥ・トロワ…こっそり出しやがったな!
 廊下で待っているはずのアン・ドゥ・トロワに向かって、おれは舌打ちする。
「ああ、クドリエくんだけ出してませんでしたね? じゃあ、これがあなたの作品ですか?」
「ち、違う!」
 ベルトランは、真っ赤な顔で否定した。
 さすがに「バーニングハート」とあだ名されるのは哀れなので、おれは助けてやることにした。
「それ、お嬢のボディガードの作品だ。多分、廊下の外で聞き耳立ててると思うから、評価してやってくれよ」
「は、はあ。では――」
 先公は、困った顔で評価を搾り出したのだった…。


            あとがきのようなもの

 何で「禁断」なのか、本人にもわかってないらしいです。リャンヌが男だったら、本当に貫きそうですけどね…(問題発言)
 タイトルは、フランス語でラブレターの意味です。


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