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シェルシュ・ル・モデール
Cherche le modèle !
−vêpres番外編−



 美術の教師は、静かに言った。
「では、一人一人に課題を配ります。この紙に書かれた指示通りのモデルを探して描き、提出して下さい」
 おれは紙を受け取り、目を剥かんばかりに驚いた。え、これ間違いとかじゃねえよな!?
「な、何だと…?」
 左隣に座るベルトランも、紙に書かれた指示を信じられない様子で見ている。
 右隣に座るお嬢は
「何でモデルが"リャン様"じゃないんですの!」
 まあ、大体予想通りの発言をしていた。
 授業が終わるなり、おれ達は顔を見合わせた。これが今日最後の授業だから、次の授業を気にする必要はない。
「おい、お前のは何だったんだ」
 ベルトランに問われて、おれは盛大なため息と共に答えた。
「拷問器具を背景に、鞭(むち)を構える金髪の美少年…」
「何だそれ」
「まあああ。マニアックな指示ですわね」
 ベルトランとお嬢も驚いている。
「全く」
 いつの間にか入って来たらしいアン・ドゥ・トロワも、お嬢の傍らで頷いている。
「ベルトランは?」
「僕のは、これだ」
 ベルトランはうんざりした顔で、紙を見せて来た。
 何と、『徘徊する裸のマッチョ男』とある。
「ちょうど良いモデルが、そこに居るじゃんか」
 おれは笑いをこらえながら、アン・ドゥ・トロワを指差した。
「嫌だっ!」
 後ずさるベルトランに、アン・ドゥ・トロワは爽やかな笑顔で近付く。
「大丈夫ですよ、ベルトラン様」
「我ら芸術のためなら」
「いつでも脱ぎますから」
 こんなにフォローにならないフォローも珍しい。
「嫌だ――!」
 当のベルトランは苦悩していた。
「お嬢は何だったんだ?」
「私のは、"礼拝堂で歌うオカマ"ですわ。該当者が一人くらいしか思い付きませんわ」
 ヒゲカマか!
「しかし、妙だな。何で僕らのだけ、こんなに変なのばかりなんだ? 前の奴のを覗き込んでみたんだが、普通に"青りんご"とかだったぞ」
「私も、隣の子のを見せてもらいましたの。その子のは、"クラスメイト"でしたわ」
 ベルトランとお嬢の話を聞いて、おれも確かに妙だと思った。
「まさかおれ達…先公に嫌われてるんじゃねえの?」
 思い当たる節はあった。おれ達がうるさいので、美術の先公はいつも注意して来るんだ。気の弱そうな先公だから、おれ達のせいで神経をすり減らしてるのかもしれない…。
 じゃあこれは密かな復讐なのか!?
「お前のせいじゃねえのかベルトラン。お前がいっつもいっつも、ぎゃあぎゃあ騒いでるから」
「馬鹿か。僕より、こいつのせいだろう。こいつの方がいつもうるさいじゃないか」
 ベルトランはそう言って、お嬢を指した。
「私はうるさくありませんわ!」
「そうです!」
「姫様はいつでも可憐!」
「そして魅力的なのです!」
 お嬢の後ろで、アン・ドゥ・トロワがよくわからない応援(うるさいのは否定しないんだな)を加える。
 うん、ベルトランの言う通り絶対こいつらのせいだと思えて来た。
「はあ…これから先生のところに行って、モデルを頼まなくてはなりませんわ」
 お嬢はゆううつそうにため息をついた。
「よりによって、リャン様の敵をモデルになんて! リャン様、私決死の覚悟で参りますわ!」
「はいはいはいはい」
 おれは適当に相槌を打っておいた。

 幸い、金髪美少年になら心当たりがある。
「絵のモデル?」
 ジルは目を丸くしていた。
「別に良いけど…僕で良いの?」
「むしろ、お前じゃなきゃだめなんだ」
 おれはジルの前で、土下座せんばかり。
「しかもさあ、条件がやったら詳しくてさあ」
 おれは思わず、口ごもってしまった。
 誰が気軽に言えるんだ。拷問器具を背後に、鞭を持ってポーズを取ってくれなんて!
 いや、練習したんだぜ?
『よう、ジル。絵の課題が出たんだ。拷問器具を用意してくれ』
『よう、ジル。おれを助けると思って、鞭を構えてくれ』
 出来るだけフランクにフランクに……言えるか馬鹿!
「どうしたの?」
 ジルは優しく笑って、屈んでおれと視線を合わせた。
「あああ、あのさあ」
「うん?」
「頼む、助けてくれ!」
 おれはジルを拝んでから、黙って例の紙をジルに差し出した。
「……これが、課題の指示?」
「…やっぱ無理か?」
 ジルは少し考える素振りを見せてから、微笑んだ。
「良いよ。心当たりがあるから」
 こ、心当たり?

 おれはジルに連れられ、頑丈そうな扉の前に辿り着いた。
「何だここ?」
「まあまあ、入ってのお楽しみ」
 ジルは金色の鍵で扉を開け、おれに先に入るよう促した。
 おれは中に入るなり、あんぐり口を開けた。
 こ、これは…!
 剣やら槍から始まり、何だかやばそうな仮面などなど(あんまり描写しないことにする)…とりあえずやばそうな物がたくさん並んでいた。
「ここ、一体何なんだ?」
「お仕置き部屋」
 ガチャリと背後で鍵が閉まる音がして、おれは思わず飛び上がるほど驚いてしまった。
「お仕置き?」
「寮長が、素行の悪い寮生にお仕置きする部屋なんだ」
 なるほど、それで寮長のジルが鍵を持ってるって寸法か。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だよ。周りの道具は、飾りなんだ」
「飾り?」
「そう。お仕置きを受ける寮生を脅すための、ね。実際使うのは、これだよ」
 ジルは壁に掛けてあった鞭を取り、ヒュッと鞭をしならせ床を打った。小気味良い音が部屋に響く。
 ん? ままま、まさかまさか。
 ジルは寮長。おれはお世辞にも素行が良いとは言えない、ケンカしまくってジルに迷惑を掛けている寮生。
 まさか、お仕置き…!
「さあ、リャンヌ」
「ぎゃああ、勘弁してくれ! これからは真面目に頑張るしケンカもちょっとは控えるしだからそのいやつまり」
 混乱しつつも必死に言い立てるおれを、ジルはきょとんとした顔で見やった。
「何言ってるの? 鞭を構えた僕の絵、描くんでしょ?」
 ジルの言葉を聞いて、おれはへなへなと座り込んだ。
 そうだ、そういえばそうだった。
「馬鹿だね…。僕が、リャンヌをお仕置きするとでも思ったの?」
「い、いや別に」
「僕は、優しい寮長って評判なんだよ? だから、この部屋は使ったことないよ。――まだね」
 最後の付け足しが、非常に余計だ。よーし、おれ。もっと真面目になるんだぞ。わかったか、おれ。
「いやー、しかしピッタリの部屋があって安心したぜ」
 見てろよ先公、と呟きながらおれは鞄からスケッチブックを取り出したのだった。

 自慢じゃないが、おれは絵が破滅的に下手だ。どのくらい下手かというと、青リンゴを描けば水溜まりに。木を描けばチョコレートになる。
 そんなおれが、人を描けるだろうか? …描けるはずねえだろ。
 おれは鉛筆で描いたデッサン線を見て、恐れ慄いた。
 こんなのジルです、って言ったらジルのファン達(ヒゲカマ筆頭)に八つ裂きにされてしまう…。
「リャンヌ、出来た?」
 ジルは鞭を構えた手が疲れたのか、鞭を下ろして問う。黙っているおれに首を傾げ、ジルは近付いて来た。
「ちょっと見せてごらん」
「ままま、待て!」
 これを見られるわけにはいかない。それこそ鞭打ちの刑くらい怒られそうだ。
 おれは必死にスケッチブックを胸に抱え込んで死守した。
「きょ、今日は調子が悪いみたいなんだ。描き直す!」
「描き直すって言っても、もうすぐ夕食の時間だよ?」
「ああ。だから、明日にするんだ。行こうぜ!」
 おれは無理矢理ジルを納得させ、立ち上がった。もちろんスケッチブックは体から離さなかった…。

 夕食時、おれ・ベルトラン・お嬢はどこかぐったりしていた。
「ベルトラン、進んだのか?」
 おれの質問に、ベルトランは首を振った。
「今日は止めておくことにして、明日先生に抗議に行こうと思っている」
「私もですわ」
 お嬢も、うんざりした顔で会話に参加して来た。
「みんな、厄介な課題出されたんだってね」
 一人平気な顔をしているのは、例の課題を出されていないジルだ。
「ジルは去年、一緒の課題したのか?」
「うん。僕の場合、指示が"窓辺"だったから楽だったけどね」
 羨ましいぜ。ま、おれの場合"窓"が"箱"になる可能性大だけどな。
「それにしても…君達の課題指示、どこかで聞いたことあるんだよね」
 ジルはスプーンでスープをすくう手を止めて、何かを思い出そうとしていた。
「ローズマリーさん!」
 そこへ、ヒゲカマがやって来た。
「今なら時間取れるわよ。どうする?」
 ああ、絵のモデルの件か。
「今ですか?」
「もちろん、今とは言わないわよ。夕食終わってからでも。待ってるのもあれだし…あたしも、たまには生徒に混じって食べようかしら。取って来るから待っててね」
 誰も良いと言ってないのに、ヒゲカマは意気揚々として食事を取りに行ってしまった。
 何であいつと食べなきゃならねえんだよ。
 心中で毒づいた時、おれはハッとした。
 おれはジルの右に座っている(ちなみにおれの右にはベルトランでお嬢は正面)んだが、ジルの左が空いていた。
「しまった! おいベルトラン、ずれろ!」
「はあ?」
「良いから!」
 おれは立ち上がって、無理矢理ベルトランをおれが座っていた席に座らせた。そうして自分は、ジルの左側に座ってホッとした。
 これで、ヒゲカマはジルの隣に座れないぞ。わはは。ベルトランが犠牲になるかもしれないが、まあしゃあねえや。
「皿、移動させてくれ」
 おれは自分の皿を引き寄せてもらい、食事を再開した。ちょうどそこへ、ヒゲカマがやって来る。ちょっと残念そうな顔をしたのを、おれは見逃さなかった。
 予想とは違い、ヒゲカマは何とおれの隣に座った。
「あんた、わざとでしょ」
 文句を付けに来たらしい。
「何の話だ?」
 とぼけてみせると、ヒゲカマは悔しそうにおれを睨んで来た。
「お前、お嬢のモデルになんのか?」
「そうよ。頼まれたからには仕方ないわ。"歌う先生"なんて、あたしぐらいでしょうしね」
 オカマとは言わなかったんだな。
「あんたは何を描くの?」
「ジル」
 おれの答えに、ヒゲカマは目を見開いた。
「何ですってええええ!」
「るっせえな。おれが誰を描こうが自由だろ」
「あんたが描くなんて、おこがましいわ! 下手だったら、あたしが許さないんだから!」
「何でお前に許されねえといけないんだよ!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐおれ達を、当のジルは困ったように見やっていたのだった。

 翌日の放課後、おれ達は美術教師の部屋を訪れた。
「ああ…どうしたんだい?」
 先公はおれ達を見て、不思議そうに首を傾げる。
「課題の指示のことで、お話がありますの。他の生徒達に比べて、私達への指示はあまりに特殊。先生、これはどうしてなのですか?」
 お嬢が一気に、まくしたてた。
 先公は眉をひそめてから、手を差し出す。
「悪いけど、私が渡した指示を見せてくれる?」
「どうぞ」
 おれ達はそれぞれ、紙を渡した。渡された紙を見て、先公は息を呑んだ。
「何てことだ!」
 何だ何だ。
「間違えて、セルン神学校七不思議のメモを渡していた!」
 おれ達は思わず、揃ってずっこけそうになった。
「七不思議ぃ!? 何でそんなもんと、課題の指示を間違えるんだよ」
「君達の指示には頭を悩ませていてね…君達の分だけ、ギリギリまで迷ってたんだよ。そしたらメモと混じってしまったんだね。いや、本当にすまない」
 先公は丁寧に頭を下げた。
「何で僕らの指示だけ迷ってたんですか?」
 ベルトランが、もっともな問いを放つ。
「リーヴルくんは入ったばかりだし今まで絵を描いたことがないから、他の人と同じレベルの指示では不公平だろう?」
 何て良い先生なんだ。おれは感動したぞ。ヒゲカマに聞かせてやりたい。
「ローズマリーさんは、曖昧な指示を出したら何でもかんでもリーヴルくんに結び付けそうだし」
 確かに。というより、そういう前例がありすぎるからな。花瓶を描けと言われたら、花瓶とおれを描きそうになる奴だから。
「クドリエくんは…まあ、三人でセットのような気がしたので」
 この説明には納得いかないらしいベルトランは、ふくれっ面になっていた。
「何で僕が、お前達なんかとセットなんだ!」
「るっせ。光栄に思え」
 おれはベルトランの首根っこを掴んで、頬をつねってやった。じたばたしているが、気にしないことにする。
「しかし、何故七不思議のメモを?」
 お嬢が首を傾げる。
「私はオカルト趣味でね。セルン神学校にも七不思議があると聞いて、調査してたんだ。まだ、この三つしか裏付けが取れてないんだけど」
 拷問器具と金髪美少年、礼拝堂のオカマ、そして裸のマッチョ男――か。
「真夜中に、出たりするんですの?」
「そうなんだ。しかし、"礼拝堂で歌うオカマ"については音楽の先生じゃないのかという意見が多くてね」
 絶対それヒゲカマのことだろ。夜中に礼拝堂で、意味もなく歌ってるんだろ。
「あのー、リャン様」
 後ろから急にアンだかドゥだかトロワだか、が話し掛けて来た。
「何だよ、ドゥ」
「アンです。もしや裸のマッチョ男とは、我らのことではないかと…」
「はあ? お前、裸で歩いてたのか?」
「上半身裸で、走ってたのです」
 その答えに、皆は顔を見合わせた。
「少し前に、三人で我慢大会でもしようかと言う話になりまして。寒空の下、走ってたのです。昼間だと目立つし姫様に怒られると思って、夜中に決行した次第です」
「何ですってー! 何て馬鹿なことを!」
 怒り狂うお嬢と小さくなるアン・ドゥ・トロワを見ながら、おれは考え込んだ。
「…ってことは、最後の一つも本物かもしれねえのか!?」

 ジルはおれの話を聞くなり、笑い出した。
「だから、僕は使ったことないってば」
「本当に?」
「僕を疑うの?」
 ジルに哀しそうに眉をひそめられるとばつが悪くなってしまい、おれは頭を掻いた。
「そういうわけじゃねえんだけど…他の二つが実証されそうだから」
「もしかしたら、先代の寮長のことかもしれないよ?」
 ジルはふと思いついたように、手を打った。
「先代?」
「先代は厳しかったんだ。僕はないけど、何人か鞭打たれたって聞いたよ」
「そいつは、金髪だったか?」
「いいや…黒髪だったね」
 おれは腕を組んで、ソファに倒れこむように座った。
「もしかしたら、ジルのイメージと混じったのかな。ほら、今はジルが寮長だから」
「有り得るね。リャンヌ、名推理だね?」
 ジルに褒められて、おれは何だか嬉しくなってしまった。
「ところで、代わりの指示は何だったの?」
 問われて、一気に気分が沈む。
「ルームメイト…」
 先公は下手でも一生懸命描いたら点をやると言ってくれたが、それ以前にお仕置きされたらどうしてくれるんだ。
「じゃあ結局、僕なんだね?」
「ん。お嬢とベルトランも、結局モデル変わらねえんだ。お嬢は"髭のある男性"でベルトランは"そっくりな人物達"だったから」
「先生がわざと、モデルが変わらないようにしてくれたんじゃない?」
 ジルは、おかしそうに笑った。
 まあ確かに、探す手間が省けたが。
「ジルは、七不思議知ってたんだな」
「噂で耳に挟んだんだよ。今聞いたのは多分、一番新しいのだと思うよ」
「もっと古いのもあるのか?」
「あるよ」
 ジルは、謎めいた笑みを浮かべた。
「教えて教えて」
「だめだめ。リャンヌには刺激が強いから」
 どんな七不思議なんだ。
「ところで、課題描かなくて良いの?」
「あ、そうだった」
 おれは床に放り出したスケッチブックを見やり、うんざりした息をついた。
 よし、何としてもジルに見られないようにして絵を仕上げて先公に提出し、おれのは教室で発表しないように掛け合ってみよう。念のため、仕上がるまでスケッチブックを抱いて寝よう。完璧だぜ。
「前のは、どれだけ描けたの?」
 おれが考え込んでいる間に、ジルが勝手にスケッチブックを広げようとしていた。
「待てこの野郎ー!」
 果たして、おれの滑り込みは間に合うのだろうか!


            あとがきのようなもの

タイトルは「モデルを探せ!」という意味のフランス語のつもり…なんですが、ちょっと自信がありません(コラ)
いや、ジルは本当に使ってないようですよ(笑)念のため。



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