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1.ジル



 親父は馬鹿だった。
「神は居る!」なんて宣言して、伯爵に盾突きやがった。
 神嫌いで有名な、ラフォンヌ伯爵に。
 今更神もへったくれもないだろ、的な時代に生まれたにも関わらず、親父は神学者ならではの狂信者だった。
「では証明してみせろ、リーヴル博士」
「私の息子は、大人物になると神父から言われた。だから、息子が…」
「大物になれば信じろと? おかしい話だ」
 伯爵は緩やかに笑い、親父にステッキを突き付けた。
「じゃあ、試してみろ。そうさな…セルン神学校に入らせろ。あそこは私の直轄地。息子さんがどんな大物になるか、しっかり見届けてやろう」
 親父は頷くしかなかった。

 おれは古ぼけた寮の外見に、愕然とした。
「ふざけんなよ、何だこれ」
「リャン・リーヴル? もっと、丁寧な口を聞きなさい」
「悪かったな」
 うっとうしいくらい、きっちりした教師だ。
「おれ、ここで暮らすの?」
「そうだ、ここが男子寮。ええっと、待て。学生証と照らし合わせるから」
 教師はおれと学生証の写真・記述を見比べた。
「髪、黒。微妙に長いが、まあいいか。ショートの部類だ。目、青。体格、小柄。年、13歳。…よし! では、中に入って寮長に挨拶して来なさい」
「へいへいっと」
 おれは学生証を奪い返し、とっとと中に入ることにした。

 中に入り、“寮長室”という札の下がったドアを乱暴にノックする。
「すみませーん。今日、入ることになってたリャン・リーヴルですけど」
 おずおずと、ドアが開いた。
「ええっと、誰あんた…」
 おどおどした様子の眼鏡を掛けた少年は、寮長と呼ぶには風格が足りなさすぎた。
「だから、さっき名乗っただろ!」
「あ、はいはい。リャン・リーヴル。伯爵から聞いてるよ。君が噂の…」
「うっせえな。お前に関係あるのかよ!?」
 おれが寮長(らしき奴)の襟首を掴んだ時、助けが現れた。
「何してるんだい? 喧嘩は、禁じられてるだろう?」
 金髪の、おれより年上らしき少年だった。
 いかにも貴族の息子、という感じの虫も殺さなさそうな顔をしている。
 でもどことなく、威厳がその立ち振る舞いから出ていた。
「ジル! 何とかしろよ、こいつ。これだから、留守番は嫌だって言ったんだ」
「ごめんごめん。仕方ないじゃないか。校長に呼ばれたんだから。さて…君が、リャン・リーヴル?」
「おう。じゃ、あんたが本当の寮長か」
 なるほど、こいつならふさわしい気がする。
「そう。僕はジル・ド・ガルヴァランツです。よろしく」
「自己紹介はいいとして、おれってどこの部屋になるんだ?」
 同室相手のことが、当たり前だけどめちゃくちゃ気になる。最も、おれには人一倍気にする理由があるんだが…。
「ああ、実はまだ決まってないんだよ。君の希望も聞きたいしね。とりあえず、こちらへどうぞ」
 ジル、という少年はおれを中に促した。
「じゃあ俺、帰るからな」
 留守番役がそそくさと、行ってしまった。おれに若干、怯えているようだ。
 おれは悪びれもせず、中に入って椅子にどっかと座った。
 机一つにボロい椅子二つとは、金持ち神学校にしては随分お粗末なこった。
「空き部屋は、ひいふうみい…四つだね。空き、と言ってももちろん同室者がいるから勘弁してね」
「わかってる。で、選ぶってどういう基準で選べばいいんだ?」
 おれはジルに、学生証を渡しながら尋ねた。
「――そうだね、とりあえずみんなの写真を見せようか」
 並べられた三枚の写真はどれも、虫どころか軽く二・三人殺してそうな顔ばかりだった。
「みんな、本当に素行が悪くってねえ。以前、同室者追い出しちゃったという。まあ、君は元気良さそうだから大丈夫かと…」
 冗談じゃない。
「ふざけんな! あ、写真これ三枚しかないじゃんか! あと一人は、まともか? 写真どれだ?」
「これ」
 と、ジルは自分を指差した。
「え? お前?」
「そう。僕の場合、同室者追い出したとかじゃなくて、最初から同室者が居なかったんだ。ちょっと僕の部屋は、特殊だからね」
「特殊? 狭いのか?」
「その反対。空いてるとは言っても、父の許可がないと同室者にはなれないかも」
 飄々としたジルの顔をまじまじと見て、おれは思い至った。
「そういえばさっき…ガルヴァランツって…?」
 口に出すのも恐ろしい、現国王と姻戚関係にもある大貴族中の大貴族――ガルヴァランツ家。
「信じらんねえ! まあ、ここの神学校は上等だからな、あんたみたいな人が入ってても不思議じゃないか」
 しかし、おかしい。何でガルヴァランツの息子が、神学校なんかに。
 ガルヴァランツ公爵は、ラフォンヌ伯爵に負けず劣らずの無神論者だったはずだ。
「神学校とはいえ、ここが一番優れた学校であることは確かだろう?」
 おれの表情を察したのか、ジルが問うた。
「へえー。そんなもんなのか」
 おれは自慢じゃないが、学問云々のためにここに来たわけじゃない。
「君の事情は、ラフォンヌ伯爵から聞いているよ。気の毒なことだね」
「まあな。親父、要領悪すぎるんだよ。ところで、あんたの親父の許可取らなきゃいけないってことは、あんたと同室は無理なのか?」
「試してみないと、わからないけど…」
 ジルはにっこり微笑んだ。
「とりあえず、僕の所ってことにしとこうか?」
「おう」
 ガルヴァランツの名に怯まないわけじゃないが、殺されるよりましだ。
「じゃあ、これからよろしくね」
 ジルが手を差し出したので、おれは握手した。
 まさかそれでジルの顔が真っ青になるなんて、想像もしなかった。
「は? どうかした?」
「君……まさか」
 ジルはおれを、目を凝らして見た。
「女の子――…?」
 ばれた。
 何で、こんな早くばれるんだよ!

 痛い沈黙を破ったのは、おれの方だった。
「は? 何言ってんだよ。おれ、男だぞ」
「普通は気付かないだろうけど、僕は人一倍勘が鋭いんだよ。女の子でしょう? 大丈夫、とりあえず誰にも言わないから」
 ジルは小さく、けれど鋭く囁いた。
 おれは観念するしかなかった。
「――当たり」
「何てことだ。じゃあ君は、リャンじゃない?」
「おれは…」
 答えることを、喉が拒否している。
「…複雑な事情がありそうだね。ここじゃ、誰かに聞かれる心配が在る。僕の部屋に行こう」
 ジルはおれの腕と荷物を掴み、立ち上がった。
 そんなに慌ててたら帰って怪しまれると思うんだが、ジルはそんなことお構いなしに寮長室を出て廊下をずんずん進んで行った。
 引きずられるおれは、目立つのを避けたいがために何も言わないでおいた。
 奇跡的に誰にも出会わず、目的地まで辿り着くことが出来た。
 ジルの部屋は、他の部屋よりドアからして上等だった。
「すっげ…」
 中は、どっかのホテルのスイートルームじゃねえのか、と思うほど広かった。
「さ、そこらに座って」
 ジルが鍵をしっかり閉めている間に、おれはソファに座った。一件シンプルなソファだが、さすがはガルヴァランツ。沈んじまうくらいふかふかだ。
「一から説明してくれる? それを聞いて、僕はどうすべきか考えるよ」
 ジルは椅子を持って来て、おれと対峙した。
 おれは仕方なく、話し始めた…。

 おれは、リャン・リーヴルではなくその姉だ。
 親父の期待を受けたリャンは、素直にここに来る用意もきちんと整えていた。
 なのに…ほんの一週間前、風邪をこじらせて呆気なく死んじまった。
「何てことだ…リャン」
 親父は、絶望の余り三日も何も食べてなかった。
「おい、親父。おれ…リャンの代わりになってやろうか?」
 おれがそう申し出た時の親父の顔ったら、なかったな。

 聞き終わったジルは、唖然としていた。
「君、自分から申し出たの?」
「おう。だってよ、おれはリャンにめっちゃくちゃ似てたし。自慢じゃないけど、普通にしてても男に間違えられることも多かったし。問題ないかーっと」
「はあ、なるほどね…」
 ジルは学生証に貼ってあるおれの顔写真と、おれを交互に見比べた。
「これは、弟さんの写真?」
「そーだよ」
「確かに、区別付かないくらいそっくりだね。まあ、少し違う所がないでもないけど」
 ジルは苦笑した。
「で、本当の君の名は?」
「リャンヌ。リャンは、すっげー適当に名付けられたんだよ」
 リャンはリャンヌの男性形の名なので、いつもきょうだいであることがばればれだった。
「年は?」
「14。リャンは年子だ」
「そうか、じゃあ本当は僕と一緒の年なんだね」
 ジルはため息一つついて、首を振った。
「帰った方が良い。きっといつか、誰かにばれてしまう。ラフォンヌ伯爵には、素直に事実を言うんだ。隠していてもしばれたら…君や父さんの命はないよ?」
「大丈夫だって! だってここの寮、15で終わるんだろ? あと二年我慢すりゃ、何とかなるって」
「寮を出ても、学校は18まであるよ。ばれないはずないじゃないか」
 おれはぐっと詰まった。ジルの言うことは、正しい。でも、譲れねえ。
「親父、病気なんだ。もうすぐ死んじまう、ってみんな言ってる。だからおれ、親父が亡くなるまでは頑張るんだ! 死ぬまでは、誇りを保てるように!」
 あんなに神を信じてた親父。リャンに死なれて、どんなに絶望したことだろう。
 その上、ラフォンヌ伯爵に頭を下げるなんて…神学者としての自分を、きっと許せなくなるだろう。
 ジルは奇妙な表情をした。同情と羨望が、入り混じった表情っていうか。
「――負けたよ」
 続いて、くすくす笑い出す。何がおかしいんだ?
「僕も協力しよう」
 というわけで、おれは何と天下のガルヴァランツを味方に付けてしまった。

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