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とりあえず、色々な問題を抱えつつおれの学校生活は始まった。 もちろん、波風もなく…ってのは到底無理な話だった。 いかんせん、我ながら血の気の多い性格だからだ。 ぱしっ、と何かがおれの顔に当たった。ぬるぬるしている。何だこりゃ。 ちなみにおれはこの時点で、何もしちゃいない。単に夕食の時間になったから、ジルに連れられて食堂に来ただけだ。 「生卵…」 ジルが、半ば呆れた表情でつぶやく。 確かに見下ろすと、白い卵の殻が転がっていた。 これで怒らなかったら、女だてらに「喧嘩王」の称号をもらったおれの名がすたる。 …というわけで、怒鳴ってやった。 「誰だ、卵投げた奴は!? もったいねえだろが!!」 怒るところが人と少々違うのは、仕方ない。貧乏人の性だ。 「洗礼ってやつかな」 ジルがのほほんと言うも、おれは即座に否定した。 「編入生への洗礼? それにしちゃ、侮蔑の視線が多すぎるんじゃねえ?」 そう。食堂にひしめく生徒達は、皆貴族。 おれみたいな、庶民がここに居ることが気に食わないに違いない。 「なるほどねえ。さて、今投げたのは…誰?」 ジルが尋ねるも、当然のごとく手を上げる奴は皆無。 しかし、ジルはにっこり笑ってある女生徒の元に歩み寄った。 「レイチェル、見てたんだよ?」 「…別に、悪いことしただなんて思ってませんわ」 アクセントが、ちょっと変だ。このアクセントと名前から察するに、北の隣国から来たんだな。 「気に入らないんですのよ、あなた」 レイチェルという少女は、俺の前にやって来て指を突き付けた。 金の巻き毛が何とも豪華な、いわゆる高慢高ビー少女。 「ここは貴族や王族のためだけの、名門校。ドブネズミの来る場所じゃありませんわ」 “ドブネズミ”という部分で皆は爆笑。おれはぷっつん。 「ぶっ殺す!」 瞬速でお嬢(名前? 忘れた!)の頬に、おれの拳が食い込んだ。 手加減? するか馬鹿! ものの見事にぶっ飛んだお嬢は、あっさり気絶した。 「お前…っ!」 やたら体格の良い男子生徒が立ち上がり、おれに殴りかかって来た。 何だお嬢のファンか? おれはそいつの拳を済んでのところで避け、飛びずさった。 きょとんとしている奴の腹を、おれは思いっ切り蹴ってやった。 もちろん、ノックアウト。 自慢じゃないが、おれは村一番の屈強な男と対決して勝ったことがある。 こんな奴、楽勝だ。 すると今度は、別の奴が飛び掛かって来た。 ファン多いな、お嬢。 またも、コテンパンにのしてやろうと拳を握った瞬間、ストップが掛かった。 「はいはい。双方共、落ち着いて」 ジルがおれと、新参者の間に割って入ったのだ。 「皆、忘れているようだけど…この学園で、殴り合いの喧嘩は禁じられているだろう?」 殴り合いじゃなきゃ良いのか? と、少々疑念が湧く。 「そうですわよ! 最低ですわ!」 お嬢がいきなり目を覚まし、ぎゃんぎゃん喚いた。 誰かに似てると思ったら、おれの所の領主がかわいがってるやたら気位の高い小型犬にそっくりだ。 あの犬も、意味もなく毛をくるくる巻いてたっけ。 「入った早々、私を殴るなんて! 処分は免れないと思いなさいな!」 お嬢の言葉で、おれは顔面蒼白になった。 これで学校辞めさせられたら、どうなるよ? だが、そんな心配は無用だったようだ。 「レイチェル、君こそ処分は免れないよ? どんな隣人をも受け入れなければならない、という戒律を破ってリャンに卵を投げた上、酷いことまで言ったんだからね。何もしていないリャンに」 ジルが淡々と告げると、今度はお嬢が真っ青になった。 先に手を出したお嬢の方が悪い、ってか。まあ、そりゃそうだ。 「もし、君が罰を受けたくないならば、今あったことをお互いチャラにしてくれるよう、リャンに頼むんだね」 ジルが口を閉じて、その場はしんとなった。 その間、おれはキョロキョロと周りを見回しておいた。 先公が居たらどうなるんだと、何となく思ったからだが、それらしき人物は見当たらない。 そんなおれの心情を察したらしく、ジルが囁いて来た。 「先生たちは、職員専用の食堂で食べてるよ。ここに、大人はいない」 食い物も作り置きしてあるから、調理師なんてのも居ないんだな。 「ちょっとあなた…!」 お嬢が真っ赤な顔で、おれを睨みつけて来た。 「私に頭を下げろというの!?」 どうやら屈辱らしい。 あんまり偉そうなので、おれは言ってやった。 「下げたくないなら下げんな! それであんたがどうなるか、知らないけどな!」 お嬢は、益々赤くなった。これ以上赤くなったら、病院行くべきだと思うくらい。 またも、沈黙が降りる。 沈黙を破ったのは、お嬢の震える声だった。 「申し訳…ありません…でした。このことは、どうか内密に…」 「はいはい。お互いチャラな。…あんた、別に怪我してないよな?」 今更になって、本気で殴ったことを思い出す。 「頬が、痛いですけど…」 まあ、頬ならそんなに腫れないだろう。 「こっちも手加減なしで悪かった。ファンにも、謝っといてくれよな」 「ファン?」 お嬢が首を傾げた。 「――さて。見物人諸君も、先生方には言わないように。ガルヴァランツとローズマリーの二家を敵に回したくなければね」 ジルが脅しを込めつつ、爽やかに言った。 おれはそこで気付く。 ローズマリー家って… 隣国の王家じゃんか! 食堂から部屋に帰って来てすぐ、おれはジルに深刻な表情で尋ねた。 「あいつ、王家か!?」 「レイチェルのこと? うん、隣国の王家。今の王の姪だったかな」 おれは卒倒しそうになった。 いや、おれは身分にこだわる主義じゃない。自分が庶民中の庶民だから、当たり前だ。 しかし…命は惜しい。 おれは隣国の奴とはいえ、王の姪をぶん殴ってしまったのだ。 お嬢は密かに家族に訴え、おれを亡き者にするかもしれない。 在り得る…ものすごく、在り得る話だ。 「心配することはないよ」 ジルが心中を見透かしたかのように、笑った。 こいつは勘が良すぎる。実は魔法使いなんだ、と言われてもおれは信じちまうだろう。 「レイチェルは気位が高くて気性も荒いけど、卑怯なことが嫌いなんだ。約束は絶対、破らないよ」 「本当か?」 こうなれば、お嬢を信じるしかない。 「レイチェルのことを心配するより先に、これからのことを心配しなきゃ」 「これから? あ――そういえば、今から風呂タイムだっけ」 今更ながら、おれは顔をしかめて考え込んだ。 「まあ、この部屋に一つお風呂が付いてるから、大丈夫か」 「先に言え! …ってか、ここやっぱホテルだろ」 「ベッドはさっき取り寄せといたから、その内届くよ」 ジルは、自分の寝台を顎で示した。 他の奴の部屋には二段ベッドがあるらしいが、元々一人用に作られた(ふざけてる)この部屋にそんなものはない。 「悪いな、わざわざ」 「いえいえ」 そう言い合っていると、けたたましいノックの音が聞こえて来た。 「お届けに参りました!」 「入って」 ジルは、慣れた様子で命令した。けっ、さすがは大貴族。 ベッドやら何やら抱えた男達が、部屋にぞろぞろ入って来た。 「…ちょっとこのベッド、でかすぎやしないか?」 おれは思わず呟いた。 「君、寝相悪そうだから」 ジルは涼しい顔をしている。 そういう問題じゃねえだろ。 「ジル様、このカーテンはいずこに?」 「ちょうど真ん中に設置して。あと、悪いけど僕の物は部屋の右手に移動させてくれないか?」 「承知致しました」 ジルの指示で、男達はテキパキと動き出す。おれはそんな光景を、ただぽかんとして見ていた。 で、男達がようやく動きを止めた時には、綺麗に二分された部屋が出来上がっていた。 「すげえ! …って、いいのか? こんなことしてもらって」 「協力するって言ったからね」 ジルは男の一人一人に、金貨を渡しながら答えた。 あれだけで金貨の働きか!? おれは昔、小遣い稼ぐために荷物運びの仕事をしたことがあるが、その報酬は銅貨三枚だった。八時間労働だぞ? 「では、失礼します」 男達は金をしっかり受け取り、出て行った。 足音が完全に聞こえなくなったことを確認し、ジルは口を開いた。 「女性なら、色々と見られたくないこともあるだろうから、こうしたんだよ」 ジルが部屋を隔てるカーテンを指す。 「気遣い、ありがとさん」 本人より気の付くルームメイトに、おれは本気で感謝した。 何せそういうこと心配するの、綺麗さっぱり忘れていたからな! ――笑い事じゃねえって? |
