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ジルは腹を抱えて笑った。 「笑い事じゃねえだろ!」 部屋に帰って来てすぐ報告したら大笑いされ、腹が立った。 「ごめんごめん。あんまりにも、予想通りだったんで」 目に浮かんだ涙を拭い、ジルは言った。 「何で予想出来てんだよ。…それにしても、これってやばくねえ? ばれやすくなるんじゃ…」 「うーん。まあ、大丈夫だと思うよ。レイチェルは結構、何かと抜けてるからね」 かなり失礼なコメントだ。 「で、君。その後どうしたの?」 「ふざけんな! って言ってやった。めげてなかったけどな、あいつ」 もうすぐ夕食のために食堂に行かなくてはならないが、正直言って死ぬほど憂鬱だ。 「もしレイチェルと結婚したら、王族になれるよ」 「阿呆か」 確かにそれだったら大人物になるという目的は達成出来る…が、どう考えても不可能だ。 大体、おれが本当に男だったとしても、お嬢の夫になるなんて御免だ。 「でもお嬢って、王の姪だろ? 直系じゃないんだったら、跡継ぎじゃないよな」 「現在の王には、子がない。その上、一番血が近い跡継ぎ候補はレイチェルなんだよ」 つまり、お嬢は時期女王となる確率が高いってことか。 そんな奴に惚れられるとは、びっくりだ。 「まあその内、熱も冷めるだろ。王族と庶民が結婚出来るわけねえし」 「この国ではね」 ジルは意味あり気に微笑んでみせた。 「レイチェルの国では、庶民が王族と結婚した前例があるんだよ」 「は!?」 どういうことだそれ。 「数代前の王は、残虐非道な暴君だった。家臣の言は無視し、掟は平気で破った。その破られた掟の一つが、“王族は平民と婚姻してはならない”というものだったんだ」 「へえ。じゃあお嬢も、暴君になるってことか?」 「そうじゃない。続きがあるんだよ」 もったいぶらず、早く言えっつの。 「王と結婚させられたその平民の娘は、才知に長けた人だった。結婚してすぐ、王が急死したんだけど…」 ん、話が読めてきたぞ。 「その奥さんが、女王になったってことか?」 「そう。子供がまだ小さすぎて、そっちはまだ王の代わりを務めることが出来なかったからね。彼女の才は素晴らしいもので、先王によって荒れた国を立派に立て直したらしい。前例の結果がハッピーエンドだから、禁忌ではなくなったんじゃないかな」 「なーるほど」 結婚する気はさらさらないが(あった方がやばいだろ)、素直に納得してしまった。 「さ、もう夕食の時間だ。行こうか」 「はいよ」 正直嫌だったが、おれは渋々立ち上がった。 お嬢に見付かりませんように。 おれとジルが席に座った瞬間、お嬢の声がした。 「リーヴル様!」 リーヴル? 誰だそれ。あ、おれの名字か。 考え込むおれの目の前に、お嬢が座った。 「向かい側、よろしいでしょうか?」 「どうぞ」 愛想良く、ジルが答えた。勝手に答えてんじゃねえよ! 「おいお嬢。リーヴル様、ってのは止めろ。誰のこと呼んでるのか、わからんくなる」 “様”付けされたことなんて、生まれてこの方初めてな気もするし。 「じゃあ、ファースト・ネームで呼んでよろしいのですね?」 妙に嬉しそうなお嬢。勝手に呼んでろ。 「リャンから聞いたよ。リャンに、心を盗まれてしまったんだって?」 ジルが貴族らしく、うっとうしい言い方をした。ええい、歯が浮く。 「その通りですわ。結婚式はきっと、壮大なセレモニーにしてみせますわ」 話、進みすぎだろ。 「ふざけんな」 「私、真面目ですわよ」 食欲、失くして来たぞ…。 おれは“何とかなった”ということを親に伝えておこうと思い、寝る前に手紙を書くことにした。 便箋はジルにもらったんだが、何と奴はガルヴァランツの紋章付きのものしか持っていなかった。 この手紙を受け取る時、親父もお袋もぶっ飛ぶに違いない。 机に向かい、おれは書き始めた。 「えーっ、拝啓親父・お袋…」 リャン、と続けそうになっておれは止まる。 どうやら、完全に弟の死を自覚出来ていないようだ。 頭を振り、意識を手紙の上に戻す。 「えーっと、元気か…」 実は、こうやって考えて文字を書かなきゃいけない時、読みながらじゃないと書けないという癖がある。 カーテン閉めてるとはいえ、確実にジルには聞こえるだろうが…まあいいか。 「あーっと…」 面倒くせえ。簡潔にまとめてやろう。 「ガルヴァランツ公爵の息子を味方に着けた。隣国の、次期女王かもしれない奴に惚れられた。こんな感じで何とかなりそうだ」 これじゃ、あんまりか? カーテンの向こうで、ジルの笑い声が聞こえた。 やっぱり、まだ起きていやがったか。 「笑ってんじゃねえよ」 「ごめんごめん。でも、それじゃ短過ぎるんじゃない?」 「うっせえ」 手紙は苦手だ(そもそも、文字を書くのが好きじゃない)。 「じゃあ、“おれは元気だ”とでも付け加えておくか」 「それだけ!?」 ジルのツッコミも気にせず、おれはペンを置いた。 一週間くらい経って… おれは何とか学校に慣れて来た。 授業もジルに教えてもらって何とか…なりそうな気もして来たし、お嬢の猛烈アプローチにも慣れた(しかし、うっとうしいことに変わりはない)。 「リャン様! お昼休みですわよ!」 来た。 「わかってるって」 「じゃあ、一緒に行きましょう」 「一人で行く」 おれが頑として言うと、お嬢は顔を真っ赤にした。 「リャン様! 孤食はいけませんのよ!」 何の話だ。 「わかったわかった」 血管切れられても困るので、おれはここら辺で妥協しておいた。 お嬢と共に(不本意ながら)飯を食っていると、ジルが入って来るところが見えた。 そういえば、ジルは今も隣に居る、悪人面の奴と大体一緒に歩いている気がする。 悪人面と称するのは失礼かもしれないが、そう見えるんだから仕方ない。 彫りの深い顔は、一発で異国の者だとわかる。 あれ、東方にあるあの国。かつて繁栄を貪り、今では遺跡がごろごろ転がっているだけという、オリーブの木と青い海が有名な国。 あそこで発掘されたという彫像に、いかにも似た顔だ。(近くの町で遺跡の展示会があったので、家族で行ったことがある) ぼんやりそんなことを考えていると、お嬢が囁いて来た。 「ちょっとリャン様! あんな悪人をじっと見つめていたら、因縁付けられますわよ」 「悪人? 確かに、悪そうに見えるけど…そんなに評判の悪い奴なのか?」 おれも、一応声をひそめておいた。 「そりゃーもう。あの人の一族は代々続く商人なんですけど、商売のやり方がびっくりするほど汚いんですのよ。泣かされた人が、どれだけいると思います?」 「商人なのに、この学園に通っているのか?」 「最近、フューン伯爵から土地と爵位を買ったらしいですわ」 「へえ…。爵位を買ったってか」 そいつの親父かお袋(もしくは親戚)がそういうことをしてても、そいつ本人が悪人かどうか判断決められない気もするが、“家=本人”と見るのは貴族や王族の間では普通らしい。 「東国の人っぽい顔立ちだよな」 「色んな国の血が混じってる、って噂ですわ」 お嬢は不快そうだ。 上の奴らは、純血を重んじるとか誰かが言ってたっけ。 「じゃあ、何でそんな奴とジルがつるんでるんだ?」 「ガルヴァランツの若君のことですの? さあ…馬が合うとか?」 ってことは、ジルも意外に悪かもしれない。 「あの人、賭け事とか平気でやっているらしいので、そのことを寮長として注意してるのかもしれませんわ」 「賭け、ねえ」 ちょっとやってみたいかもしれない。 肩をすくめ、おれは食事を再開した。 視線を感じ、顔を上げるとジルが手を振っていた。 しかし、この強烈な視線の主はジルじゃない。その隣だ。 神秘を感じさせる黒い瞳が、おれをねめつけている。 思わず、ぞっとした。 何となく…あいつは、おれが女であることを見抜いているかもしれない、と思ってしまった。 気に食わねえ。 おれはぎりり、と歯を食いしばった。 「ちょっと、リャン様!」 お嬢の悲鳴で我に返ったおれは、自分がお嬢の首を絞めていることに気付いた。 「おっと、悪い悪い」 「もう、何てことなさるのですか!」 お嬢は大袈裟に息をついてみせたが、ピンピンしていた。(まあ、こいつは殺したって死ぬまい) “気に食わない”ことを考えている時に“気に食わない”奴が居たものだから…ついつい。もっとも、今考えていた“気に食わない奴”はお嬢じゃないが。 「ああ、あと一時間で授業も終わってしまいますのね」 「結構なことだろ」 「何を言ってらっしゃるんですか。退屈な授業も、私にとってはあなたと空間を共有出来る貴重な時間なのです」 ……こいつ、危ないぞ。 「何でそんな嫌そうな顔、なさいますの?」 嫌だからに決まってんだろが! 怒鳴りたい衝動を抑え、大きくため息をつく。 「まあ、男らしくて凛々しく見えるのでよろしいですけど」 おちおち、しかめっ面もしてられない。 「男らしい…ねえ?」 「ええ。リャン様ほど男らしい方、私見たことありませんわ」 男らしい…そう、そう簡単にバレやしないだろう。 なのに、こんなにも不安なのは何故だ? 夕食後、おれはジルから暦学を教わっていた。 「で、暦学は天文学と深い関係にあるから…ってリャンヌ、聞いてる?」 「うーん。聞いてるぞ」 「何か考え事?」 指摘され、おれは素直に頷いた。 「お前さ、悪人面の奴とよく一緒にいるじゃん?」 「…悪人面?」 ジルは戸惑った後、急に手を打った。 「オイディプスのこと?」 「オイディ…プスか何か知らねえけど」 おれは一つ、咳払いをした。 「あいつに昼、睨まれたんだけど…まるでおれが女だってこと見抜いているような目だった」 ジルが肩をすくめる。 「気のせいじゃない? おいそれと、気付かれるものじゃないよ」 一瞬で気付いた奴が、よく言うもんだ。 「だってあいつ、噂によれば悪なんだろ? 賭け事もしてるっていうし、勘とか鋭かったり…」 「うーん。確かに、素行は褒められたものじゃないけどね。遠目で、君の正体を見抜いたとは思えない」 「そうかよ」 おれは一旦引き下がった。もちろん、納得したわけじゃない。 「何でお前、そんな素行の悪い奴と仲良いんだ?」 「え、仲良く見える?」 違うのかよ。 「まあ、結構話が合うんだけど」 「そういうのを、仲良いって言うんだよ」 ジルはやっぱり、見かけによらず悪に違いない。 その時、ドアがノックされた。 「誰?」 「俺だ」 「噂をすれば影、だね」 ジルがドアを開けると、話題の主・オイディプスが立っていた。 「風呂貸して欲しいんだが」 「風呂? どうぞ」 ジルが招き入れたので、オイディプスはずかずか中に入って来た。 奴は、おれを傲然と見下ろした。 むか。ちょっとでかいからって、何だその態度。 「何見てんだよ。文句あんのか?」 「元気が良いな」 黒い瞳が、怪しく光った気がした。 「何なんだよお前!」 「はいはいリャン、どうどう」 ジルがまるで馬に対するように、おれをなだめた。 「大体てめー、共同風呂に入りゃいいだろ」 すごむおれを、奴は笑った。 「たまには良いだろう? 広い風呂を、ジルとお前だけに使わせるのは、勿体無い」 「そういう問題? オイディプスも、親に頼んだら圧力掛けて色々作ってもらえるよ。僕の場合、頼んでないのにしてくれたけどね」 「あいにくと、俺の親はガルヴァランツ公爵のような親馬鹿じゃない」 冷たい一言に、ジルはケラケラ笑った。 おいおい。 おれはオイディプスが、じっとこっちを見ていることに気付いた。 「…いつまで続くんだか」 油断すれば、聞き取れないほど小さな囁き。 だが、おれはしっかりと聞き取った。 「今、何て言った?」 「別に」 オイディプスは風呂に向かうため、おれの視界から消えた。 「リャンヌ?」 「…何でもねえ」 何故かジルに言う気が起こらず、おれは嘘をついた。 |
