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5.ベルトラン



 昔話や手紙で気合が入ったおれは、翌日熱心に授業を聴いていた。
「〜また、〜〜というわけでマルメロ公」
 相変わらず古典はサッパリで、マルメロ公も誰だかサッパリだが。
「えー…では以上! む、時間が余りましたね」
 古典の教師は、壁時計を睨んだ。
「じゃ、席替えでもしますか!」
 わっ、と教室中が湧いた。
 席替えはこういう授業の余り時間でしか行われないので、貴重なイベントらしい。
「リャン様! ようやっと隣席になれますわね!」
 お嬢がわざわざ、おれの所にやって来た。
「はあ? でも、くじ引きだろ?」
 現に今、先公がいそいそくじ引きを作っているところだ。
「問題ありませんわ」
 どっからその自信が出て来るんだ?
「くじが出来たぞー」
 先公は嬉しそうに呼び掛け、おれを指差した。
「リャン・リーヴル。転校生だから、一番にくじを引かせてやろう」
 何だその理屈。
 とりあえずおれは、教卓に近付いて行った。
 にっこり笑って先公が、くじの入った箱を差し出した。
 おれは「2」という数字が書かれたくじを、引き当てた。
「窓際の一番前から、1・2・3…と続いているぞ」
 先公が説明する。
 ってことは、おれは窓際の前から二番目か。ま、悪くはない席だ。
「隣席は、9番ですわね…」
 お嬢がブツクサ呟いた。
「ちょっと先生! 話がありますの!」
 お嬢は先公の元へ行き、ヒソヒソと話をし出した。
 おれは見逃さなかった。
 お嬢が、銀貨を先公の手に滑り込ませるところを!
 何やってんだ、あいつは。
 お嬢の計画は、上手く行くまい。
 先公が、そう容易く買収されるはずないからだ。
 だが、おれの見解は外れた。
 先公は一つ頷き、くじの箱をガサガサと調べ始めた。
 先公が目配せしたその後、お嬢は箱に手を入れる。
 引き当てたくじは…
「9番ですわ!」
 おれはコケそうになった。
 野郎、買収されやがって!
「リャン様、隣ですわ隣!」
 お嬢は嬉しそうに、ぴょんぴょん飛び跳ねていた…。

 次の時間、おれは窓際の席を良いことに窓の外をぼんやり眺めていた。
 一方でお嬢は隣席を良いことに、やたら話し掛けて来る。
 それには生返事、でおれの意識は外へと飛んでいた。
 あー…外、行きてえ。
 この教室は二階なので、眺めはなかなかだ。
 遠くに見える森に、他の校舎に芝生…ん?
 おれはちょっと腰を浮かし、下の芝生をまじまじと見た。
 芝生の上に、この教室を見上げている三人組の男が居る。
「何だありゃ。…ってか、どっかで見たような…」
「リャン様、どうかいたしました?」
 お嬢の囁きで、思い出した。
「おい、あそこに見える奴って、お嬢のファンだよな」
 そう、おれがお嬢とケンカした時、おれに飛び掛かって来た奴があの中に二人居たのだ。
「しっかし、三人共よく似てやがるな。三つ子か?」
「リャ…リャン様」
 振り向くと、お嬢が真っ赤な顔をしていた。
「見ないで下さいませ! 恥ずかしいですわ!」
 お嬢の大声に、先公(歴史)が反応した。
「えー…ローズマリーさんにリーヴルくん。うるさいです」
 歴史の先公は死に掛けじゃないかと思うくらいヨボヨボで耳も遠いが、さすがに今のは聞こえたようだ。
「お嬢。話は後だ」
 ちょうど、次は昼休みだ。

「ボディガード?」
 思わずおれは聞き返した。
「そうですわ。私が祖国を離れるにあたって、伯父様が三人のボディガードを付けて下さったのです」
 お嬢はため息をつきつつ、フォークを口に運んだ。
「じゃ、あいつら生徒じゃねえのか」
「道理で、制服が似合ってないわけだ」
 突然隣で、声がした。
「…ジル、お前いつから」
「ついさっき、二人を見付けて」
 ジルはにっこり笑った。
「あの三人が、ボディガードとはね。そういえば君がここに来た時から、あの三人が現れたような」
 お嬢は二年前に、この学校に編入して来たらしい。
「何でボディガードが恥ずかしいんだ?」
「だって…わかって下さいまし」
 おれの問いに、お嬢は目を伏せる。
「わかるよ。参観日に親に手を振られるのが恥ずかしい…そんな感じだね」
「ジル、何だその具体例」
 おれは呆れ、食堂を見渡した。
 例の三人は、ちょっと離れた所でお嬢を見守って(睨んで?)いた。
「だからあいつら、いつも離れてんのか? 可哀相だろ!」
 ばんっ、と机を叩くとお嬢は怯えた。
「だって…だって…」
 お嬢の目から、大粒の涙が落ちた。
「だって、あんなごつい三人組に囲まれてたら、みんな怖がって近付いて来ないじゃありませんか〜」
 わんわん泣くお嬢に、おれもジルも戸惑う。
「もう、無神経だね」
「うるせえ」
 二人で言い合っていると、怒鳴られた。
「姫様に何をした!」
 例の三人組が、こっちを睨んでいる。
 やべえ。
 お嬢は泣き止み、立ち上がった。
「何もされていません! 落ち着きなさい」
 くさっても王族というのか、さすがに威厳がある。
 三人組は、面食らったように顔を見合わせる。
「しかし…」
 おそらく、一度お嬢を殴ったことのあるおれを、警戒しているんだろう。
 おれは急に思い立った。
「おい、お前ら」
 三人は不思議そうな顔をした。
「こっち来て食えよ」
 不思議そうな表情は、驚愕に変わった。
 お嬢は、涙の溜まった目でおれを見る。
「リャン様?」
「ボディガードが主から離れてるなんて、おかしいだろ。安心しろよ、おれはあいつらにびびって逃げやしねえ」
 お嬢は、頬を朱に染めた。
「女殺し」
 ジルが呟いたのを聞いて、おれは自分の台詞がどんな効果をもたらしたのかを悟った。
 そのお嬢が口を開く寸前、三人組がやって来た。
「姫様、よろしいのですか?」
「…ええ」
 お嬢は邪魔されたので、悔しそうだ。
 さっきの話を聞いていたのか、三人おれに向かって丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ああ。お前ら、名は?」
 聞くと、奴らは困ったような顔をした。
「我ら、本名を名乗ることは禁じられておりますので、単に“ワン・ツー・スリー”とお呼び下さい」
「ワン・ツー・スリー?」
 おれが首を傾げるのを見て、奴らは言い添える。
「ここでは、アン・ドゥ・トロワですね。どちらでも構いません」
「あーそっか。1・2・3(アン・ドゥ・トロワ)か…じゃ、そっちで」
 そんなこんなで(?)、アン・ドゥ・トロワはお嬢の傍に居れるようになったというわけだ。

 翌日の朝、食堂にはアン・ドゥ・トロワに囲まれたお嬢が座っていた。
 すぐさま入って来たおれとジルの姿を認め、手を振る。
「リャン様〜ジル様〜正面空いてますわよ!」
 誘われては仕方ない。
 おれ達はお嬢の正面にある席へと向かった。
「おはよう、レイチェルに…アン・ドゥ・トロワだっけ?」
 ジルが、にこやかに挨拶した。
「はい。自分がアン」
「自分がドゥ」
「自分がトロワです」
 一人一人名乗ったものの、全員同じ顔なので区別不可。
 三人はとっくに朝食を食べ終え、一生懸命ダンベルの持ち上げを繰り返している。
「朝っぱらから、何やってんだよ」
 おれが呆れつつ問うと、アン・ドゥ・トロワはにやりと笑った。
「一度、リャン様にはコテンパンにやられましたからな」
「油断していたからとはいえ、あれは一生の不覚!」
「というわけで、今度は負けませんぞ。リャン様」
 おれはコケそうになった。
「せいぜい鍛えてろ。勝負は、いつでも受けて立つぞ」
「リャン様、素敵ですわ!」
 またお嬢は、勝手に感動していた。

 お嬢と共に(言うまでもなく不本意だ)、教室から寮へと帰る途中の廊下で、おれは窓の外を何気なく見やった。
 そこで、思わず息を呑んだ。
 不穏な場面が、繰り広げられていたからだ。
 屈強な男子学生四人が、一人の(これまた)男子学生を取り囲んでいる。
 取り囲まれた方は微妙にひ弱そうで、リャンを思い出させた。
 気が付けば、おれは走り出していた。
「リャン様! どうしましたの?」
 悪いとは思ったが、お嬢の問いに答える間はなかった。
 ちょうど奴らの居る裏庭に回り込んだところで、四人組の一人が手を振り上げた。
 既視感(デジャ・ビュ)に後押しされ、あれは殴られそうになっている奴の前に立ちはだかる。
 振り下ろされた手は、おれが掴んで止めてやった。
 どいつもこいつもきょとんとして、突然の乱入者を眺めている。
「四対一とは、穏やかじゃねえな。ケンカするんだったら、正々堂々一人ずつ戦ったらどうだ?」
 おれが説教すると、やっと奴らは我に返った。
「な、何だお前」
 おれに腕を掴まれたままの奴が、口をぱくぱくさせる。
「いきなり来て、邪魔すんなよ。話してるだけだ」
「話し合いには、見えなかったぞ。話してるときに、普通は手を上げたりしねえだろ?」
 この言葉で奴は誤魔化しが通じないことを悟ったらしく、おれの手を振り払った。
「邪魔したお前が悪いんだぞ!」
 叫びと共に飛び掛かって来た奴の腹に、おれは膝蹴りをくれてやった。
 あっさり奴は気絶。あまりの早業に恐れをなしたのか、仲間の三人は慌てて逃げて行った。
「呆気ねえな。おい、大丈夫か?」
 思い出したように、おれは振り返る。
 やっぱり、何となくこいつリャンに似てる。
 こいつは茶髪に茶色い目だから、色素に関しちゃ全然似てない。
 顔も、似てるとは言い難い。
 なのに、何かがリャンを思い出させた。
「おい、聞いてんのか?」
 おれが呼び掛けると、こいつはハッとしておれを睨んだ。
「良い気になるなよ! 庶民!」
 呆然とするおれの横を通り、奴は去ろうとした。
 思わず追いかけて殴ろうと思い、振り向いたおれ。
 その肩を、誰かが掴んだ。
「落ち着いて下さい」
「放せ、アン」
「ドゥです」
 間違えた。
「ドゥでもアンでも良い。止めんな」
「せっかく助けた人、殴っちゃいけません」
「――それもそうか」
 おれが力を抜くと、ドゥも安心して手を放した。
「何でお前、ここに?」
「姫様に手助けして来いと命じられたんで。ほら、姫様もそこに」
 ドゥが指差した先に、顔を真っ赤にしたお嬢が居た。
「許せませんわ――っ!」
 どうやら、さっきの恩知らずが言った台詞を聞いていたらしい。
「姫様、落ち着いて下さい」
 アンだかトロワだか、がお嬢を羽交い絞めにしている。
「放しなさいトロワ!」
「アンです」
 主も間違えていた。

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