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お嬢は不満そうだった。 「どうしてこんな失礼な人の頼みを聞いちゃうんですの?」 音楽室への移動中、ずっと文句たらたらだった。 何のことはない。おれの横にベルトランが居るのが、気に食わないのだ。 「リャン様の横を歩くのはお止めなさい! 私だけの特権なのです!」 「はあ?」 ベルトランは、深いそうに眉を上げる。 「お嬢、うるさいぞ。お前だっておれの横、歩いてんだろ」 ちなみにおれの右手側がベルトラン、左手側がお嬢だ。 アン・ドゥ・トロワはもちろん背後。 「それに、おれはこいつのボディガードを引き受けたんだし、しょうがねえだろ?」 何でここまで丁寧に言わなきゃいけないんだ。 「ふん。悔しいですわ」 「お前、どんだけ嫉妬深いんだよ」 おれは空恐ろしくなって来た。 「先行きが心配な時期女王だな」 ベルトランの嫌味に、お嬢は顔を真っ赤にした。 「許せませんわ――っ!」 「姫様、落ち着いて下さい!」 アン・ドゥ・トロワの一人が、お嬢を羽交い絞めにする。 「放しなさいドゥ!」 「トロワです」 相変わらずの間違いっぷりだ(おれも人のこと言えないが) 「あんた達! いつまでモタモタしてるの! もう授業始まってるのよ!」 音楽室から顔を出し、ヒゲカマはおれ達を怒鳴りつけた。 今日ベルトランから受け取った袋の中身を覗き、おれは唸った。 「すげえ…」 輝く金貨。 「それが給金?」 ジルが顔を寄せて来た。 「半額先払いだ。しっかし、すげえな…」 食事も風呂も終わり、今はゆっくり出来る時間帯だった。 いくらでもこの金貨を眺めてても良い…って、何考えてんだおれ。 「ジルには世話になってるし、これでお礼に何か買ってやるぞ」 「ありがとう。でも、気持だけもらっとくよ。それはリャンヌの良いように使ったら?」 ま、ジルは元々金持ちだからな。 「おれの良いように、か」 いざ考えてみると、欲しい物が浮かんで来ない。 あ、そうだ。 「家に送らなくちゃいけねえ。親父は病気で仕事行ってねえし、おれが居ないから畑も悲惨なことになってるだろうし。多分今、おれの家の家計は火の車だ」 ジルは微笑した。 「リャンヌは家族想いだね。全額送るの?」 「何かのために、4・5枚ほど手元に置くか。どうせその内、これと同じくらいの金が手に入るんだからな。なあ、前の手紙みたいに届けてもらって良いか?」 おれの頼みに、ジルは快く頷く。 「もちろん。じゃ、それに添える手紙を書いておいてね」 げっ、と言いそうになった。 手紙を書くのは苦手なんだっての。 「面倒くせえなあ。そういや、この金途中でネコババされたり…しねえよな?」 「安心して。ガルヴァランツ公家に永遠の忠誠を誓った者達を使うから」 この学園に居るのは貴族や王族の子供ばかりなので、それぞれの家に仕える召使いが敷地内の寮(別名召使い屋敷)に待機していたりする。 おれの前の手紙は、そんなガルヴァランツの召使いに届けてもらった。 「そっか。なあ、ジル。手紙じゃなくて、伝言とかじゃだめか?」 「リャンヌがそうしたいなら、良いんじゃない? ただし、正確には伝わらないかもしれないよ」 「正確さは求めてねえよ。じゃ、そうすっかな」 元気付いたおれを見て、ジルは苦笑いする。 「本当に、手紙書くのが嫌いなんだね」 「うるせえ」 おれは睨んでやった。 朝食が終わってから授業が始まるまでの間に、おれはジルに連れられて召使い屋敷に行った。 何とその屋敷の扉を開く前に、中から一人の男が出て来た。 「ジル様、御用ですか?」 ぽかんとするおれに気付き、ジルは説明してくれた。 「あそこの窓からここに来る人を見ている人が居て、来訪者が生徒ならその家に仕える召使いに知らせてくれるんだよ」 「へえ」 無駄に便利なシステムだ。 じゃ、その係の奴は生徒の顔をちゃんと覚えてんのか。 召使い屋敷は何館かあるので全生徒の顔を覚える必要はないだろうが、それにしたってご苦労なことだ。 「お金を届けて欲しいんだ。この前、手紙を届けてもらった所まで」 「はい。前回、ニコが届けに行った所ですね?」 召使いは、首を傾げて確認した。 ガルヴァランツ家ほどの大貴族にもなると、ここに待機する召使いだけでも何と十人を超える。 そんなに要らねえだろ、絶対。 「その時に、伝言も伝えて欲しいんだ。…ほら、リャン」 ジルがおれの背を叩く。 「えーっと、“ひょんなことから入った臨時収入だ。断じて怪しい金じゃねえから、遠慮なく使え”…って伝えてくれ」 「畏まりました」 「これが金だ。んで、これは手間賃だ」 召使いに金の入った袋を渡した後、別に持っていた金貨を一枚握らせてやった。 しかし、召使いの男が首を振った。 「お気持ちは有難いのですが、受け取れません。ちゃんと、公爵様からお給金は戴いております故」 金貨は、丁寧におれの手に返された。 おれだったら、喜んで受け取るがなあ。 「ちゃんと届けてね、ジャック」 ジルの念押しに、召使いは深々と頭を下げた。 満ち足りた気分で、おれは授業を受けていた。 「〜〜たとえば〜〜すなわちマルメロ公で〜」 だから誰なんだよ、マルメロ公(しつこいって?) しかし、古典は眠気を誘う。 隣のお嬢が一生懸命ノートを取っているから、後でそれ借りりゃいいか。 おれはそう決め、早速眠ろうとした。 それに、邪魔が入った。 おれの頭に、固いものが投げ付けられたのだった。 「てっ」 見れば、机の上に丸められた紙が在った。 開くと、中から小石が落ちて来た。 それで、当たって痛かったわけか。 紙には、一言だけ書いてあった。 “明後日の夜会に付いて来ること” おれが振り返ると、後ろの方に座っているベルトランと目が合った。 奴は少し唇を吊り上げ、小さく手を振った。 やっぱ、あいつが投げたのか。 “このくらい口で言え”と、おれは声を出さずに口の形だけで伝えようとした。 ベルトランは顔をしかめ、おれの横…お嬢を指差した。 なるほど、お嬢に知られたくないんだな。 確かにお嬢はおれに四六時中べったりだから、おれに言うともれなくお嬢にも伝わってしまう。 そんなことを考えていると、また石入りの手紙が飛んで来た。 今度は後ろを向いていたので、額に当たってしまった。 床に落ちたそれを広い、前に向き直って開く。 “今日の夕方から明後日まで、留守にする。それまでに寮長に服を借りておくこと” お嬢がおれから離れる時間にはもう居ないから、今を選んだってことか。 そんなにお嬢が嫌なのか? おれは突如、強烈な視線を感じた。 横目で見やると、案の定お嬢がこちらを凝視している。 「いつから、そんなに親しくなったんですの!? 授業中に、手紙交換なんてっ!」 お嬢は机の上に置いてあった手紙を、二つとも掴んでしまった。 さすがに先公も、騒ぎに気付く。 「おい、どうしたんだ?」 「リャン様のゴミを捨てて差し上げるのです!」 「そうか」 納得すんな、馬鹿教師。 結局止める間もなく、お嬢は手紙の中身を見てしまった…。 「私も行きますわ」 昼休み、食堂にて。 スプーンを掲げ、お嬢は宣言した。 「来なくて良い」 ベルトランは、きっぱりさっぱり断った。 「ふん。どっかの誰かがこいつに言うから、こんなことに」 「おれは言ってねえよ! 勝手にお嬢が手紙見やがったんだ!」 ベルトランの非難に対し、おれは真っ向から否定した。 「リャン様! 私達との間に秘密を失くす、と誓ったでしょう!」 そんなこと初耳だ。 「リャン様が行くなら私も行く。これ、神の摂理ですわ」 アン、ドゥ、トロワが「そうだそうだ」と賛同する。 都合の良い摂理だ。 ベルトランは肩をすくめ、茶を口に運んだ。 「じゃあ好きにしろよ」 多分、これ以上反論するのが面倒になったんだろう。 「やりましたわっ!」 浮かれるお嬢とアン・ドゥ・トロワに、おれとベルトランは呆れるばかり。 「ちゃんとお前、服借りとけよ。みすぼらしい格好されたら、こっちが恥ずかしいんだからな」 思い出したように、ベルトランが忠告して来た。 いちいち言い方が気に障る。 「わかってる。ジル、そこらにいねえか?」 キョロキョロ見渡すと、ジルが見付かった。 オイディプス(久しぶりに見たな)ともう一人の男子と、談笑している。 ま、今じゃなくてもいいか。 目を逸らそうとした時、オイディプスがこちらに気付いた。 相変わらず底知れぬ黒き瞳が、おれを射る。 すぐに、視線は外されたが。 ジルは夜会の話を聞いて、目を丸くした。 「へえ! 実は昼休み、オイディプスとその話してたんだよ」 結局昼休みに話せなかったので、こうやって放課後に自室でおれとジルは話している。 「オイディプスと?」 「うん。オイディプスも行くんだとさ」 げっ。 「オイディプスの父――フューン伯爵が来るから、行かなきゃいけないみたい」 「へえ」 あいつ、苦手なんだよな。 「で、ジル。服貸してくれるか?」 「良いよ。でもサイズ合うかな?」 そういや、ジルはおれより大分背が高いっけ。 「リャンヌ。ちょっと立って」 「へいへい」 おれはソファから立ち上がった。 「ん? 大分、背が伸びたねえ」 ジルは驚きつつ、おれの頭に手を置いた。 そういえば、この学校に入ってから急に背が伸びた気がする。 何でだ? ――あ、毎日良いもん食ってるからか。 自慢じゃないが、おれの家は普通に貧乏だったので、栄養状態はお世辞にも良くなかった。 一方、この学校には王侯貴族がうじゃうじゃ居るので、毎日の食事は豪華な上に栄養満点。 ここに来て突然良い物ばっかり食ってたので、背も突然伸びたってことだろう。 「これなら、袖や裾を詰めれば何とかなるかな。後で、召使い呼びに行こう」 「おう」 とりあえず服は何とかなるということで、おれは息をついた。 |
