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おれはいつものベッドの上で、目を覚ました。 …頭がぼんやりする…。 おれは頭を振った後、部屋を仕切るカーテンを開けた。 「ジル!」 昨日あったことが、ぼんやりとだが次々と頭の中に溢れる。 ジルは既に制服に着替えて、ソファに座っていた。 「やあ、リャンヌ。おはよう」 ジルがにっこり笑ってみせた。 「…お前…」 「どうしたの? まだ気分悪い?」 「気分って…」 「覚えてないんだ?」 ジルはおれに近寄り、首を傾げた。 「君、一昨日のお祝いで飲みすぎて倒れたんだよ」 おれは豆鉄砲食らったかのように、目を見開いた。 「じゃあ…ジルが裏切り者って、のは…」 おれの夢? 「何のこと?」 ジルは何のことか全くわからないようだった。 「リャンヌ、昨日は君丸一日寝てたんだよ。制服でそのまま寝てたから、ぐちゃぐちゃだね。もう一つ換えがあるだろうから、それに着替えて…ってその前にお風呂入らないとね。気分はもう平気?」 「――おう」 おれはぎこちなく笑った。 どうなってんだ? 朝風呂でスッキリして着替えも済ませたおれは、ジルと共に食堂に向かった。 あれって全部夢だったのか? 『僕の言ってたことが全て、嘘だったんだよ』 …あれも、夢か? おれは自分のあやふやな記憶を信じれば良いのか、いつもと変わらないジルを信じれば良いのかわからなくなった。 「リャン様! お元気でしたか!?」 食堂に入ると同時に、お嬢が寄って来た。 「よう」 「お元気そうですわね! 良かった、飲みすぎで倒れたと聞いて心配してましたのよ」 お嬢の台詞に、おれは眉をひそめる。 「おれが飲みすぎで倒れたって?」 「そうですのよ? 覚えてません? 昨日私お見舞いに参りましたが、リャン様はずっとお眠りでしたわ」 ジルの言ってることが、本当ってことか…? 「何だ、もう治ったのか」 ベルトランがひょっこり現れる。 「馬鹿じゃないのか。倒れるまで酒を飲むなんて」 「…ああ」 未だ、おれの記憶は靄の中。 何が真実で、何が夢なんだ…? 美術の授業中も、おれはぼんやりしていた。 「おい」 ベルトランが声を掛けて来る。 「あ?」 「何描いてるんだそれ」 「見りゃわかるだろ。りんごだ」 キャンパスの上を絵筆でばしばし叩き、説明してやる。 「りんご…? どう見ても、血溜まりにしか見えん」 「うるっせえ! りんごの絵なんて赤けりゃ良いんだ!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐおれを、お嬢が味方した。 「そうですわ。あなた、リャン様の芸術センスがわかりませんの!? りんごをりんごじゃないように描くなんて、凡人に出来るとお思いで?」 フォローになってねえぞ。 「うるさいですよ、そこの三人。静かに絵を描きなさい」 ひょろ長い美術教師が、おれ達を睨んだ。 ちっ。 「なあ、お嬢にベルトラン」 おれは声をひそめつつ、二人に尋ねてみた。 「おれは本当に、酒で倒れたのか?」 「そう聞きましたわ。リャン様が、お祝いの席を途中で立たれたじゃありませんか? その時、どうしたのかと思ったらジル様が“リャンはお酒に酔った”と。そして、ジル様が様子を見に行ったら部屋でダウンしていたということで」 お嬢の解説に、おれの絵筆が止まる。 つまり、ジルしかおれが酒で倒れたことを確認していないんだ。 「おれは酒を飲んでいたか?」 「飲んでただろ」 ベルトランが一蹴する。 「高い葡萄酒を、がぶがぶ飲んでたぞ。馬鹿だと思いつつ、僕は止めなかった」 こいつ…。 そういや、ちょっと苦いジュースがあると思って大量に飲んだ気もする。 「…そっか。なあ、お前の姉は現れたよな」 「は?」 ベルトランが顔をしかめる。 「ああ、何故か現れたな。実に恐ろしかった」 つまり、エレーヌとイレーヌの登場は真実。 あの手紙も、おそらくあったんだろう…か? もしかすると、夢が混じっているのかもしれない。 手紙を捜すしかないか。 おれは決意し、唇を噛んだ。 「そういえば、今日でしばしのお別れですわね」 お嬢がため息をつく。 「え?」 「明日から、長期休暇に入りますのよ」 そういえば、もうそんな時期か。 「お前ら、実家帰んのか?」 ふと、疑問に思った。 「いいえ、私は家が遠いので…。この国にある別荘で、両親と会う予定ですの」 「僕は帰る」 ベルトランはあんまり帰りたくなさそうな顔をしている。 まあ、あの母親の元にじゃな。 「リャン様はどうしますの?」 「おれ? おれは、ルネも帰って来いって言ってたし…帰るかな」 「ルネって誰ですの!」 女の名前に、お嬢が反応した。 「単なる幼馴染だ」 「ふーん。浮気しないで下さいましね」 「はいはい」 突っ込むのも面倒臭くて、おれは適当に返事をした。 「休暇前に、みんなで写真撮りたいですわ。夕食の前に一度、集まりましょう。ジル様も呼んで来て下さい」 お嬢が突如提案した。 「我らも写るのですか?」 アン・ドゥ・トロワが同時に聞いて来る。 「背景として写りなさい」 ひでえ。 おれはあの手紙を捜したかったが、先に写真撮影を済ますことにした。 「ジル、お嬢が一緒に写真撮ろうだとよ」 一足先に部屋に帰っていたジルに、お嬢の提案を伝える。 「え? 写真?」 「何か、記念に欲しいんだとさ」 「そう。良いね」 いつも通りのジル。 何もいつもと変わらない。 違うのは、おれの記憶だけとでも言おうか。 「リャンヌ、じゃあ行こうか」 ジルの声で我に返り、おれは慌てて返事をした。 カメラマンは、ヒゲカマが務めた(近くをうろついてたため) 「はい、じゃあ皆さん行きますわよー」 お嬢は澄まして立っていたが、急に手を打った。 「そういえば、こういう時“はい、チーズ”と言えば上手な笑顔が出来るそうですわよ」 「へえ。チーズね」 おれは首を傾げた。 「普通のチーズじゃつまらないね。僕はカマンベールチーズと言うよ」 ジルがくだらんこと言い出しやがった。 「じゃあ私は粉チーズですわ!」 「じゃあ僕は青カビチーズ」 お嬢とベルトランまで、自分のチーズを決めている。 「はいはい、じゃあおれはスライスチーズな!」 お嬢に“ではリャン様は?”と聞かれる前に、適当に決めてやった。 「あのー」 「私共は」 「何のチーズがよろしいでしょうか」 アン・ドゥ・トロワが真剣に相談して来る。 「お前ら背景なら出しゃばんな」 「そんな!」 三人でがっかりされると、こっちもばつが悪い。 「じゃあスクエアチーズだ」 「了解!」 何が了解、だ。 そろそろカメラマンも苛々して来たようで、 「早くしましょうよ!」 と急かされた。 「じゃ、行きますよ!」 ヒゲカマがカメラを構える。 ピースサインをするおれに、お嬢がしなだれかかって来た。何するんだこいつ。 ジルとベルトランは澄まして立っている。 アン・ドゥ・トロワが後ろで何かのポーズを取っているらしく、ヒゲカマが必死に笑いを堪えていた。 「はいっ」 ヒゲカマの合図と共に 「スライスチーズ!」 「カマンベールチーズ」 「粉チーズ!」 「青カビチーズ」 「スクエアチーズ!!!」 それぞれのチーズが言われ、シャッターが押された。 おれは夕食後、ジルに改めて話をした。 「ジル、おれ変な夢を見たんだ」 「夢?」 「クドリエ女侯爵から娘を通して手紙をもらって、そこに…ジルこそがリャン誘拐の首謀者だって書いてたんだ」 ジルは目を細めた。 「で、それが現実だと思って、その手紙が本当にあったか捜したんだ。でも、なかった。剣はあっても、手紙はなかった」 おれは、ジルの目を見据えた。 ジルのアイスブルーの瞳と、おれのクレイジーブルーの瞳がまともにぶつかる。 「ジル、あれは現実だったのか? お前が手紙を隠したのか?」 「――リャンヌ、僕には何のことかさっぱりわからないよ」 「ジル! 真面目に言ってるんだろうな?」 「君は混乱してるんだよ。落ち着いて」 そう言われると何もかも自分の勘違いだった気がして、おれはうなだれた。 「お茶でも飲んで落ち着いて。話はそれからだ」 有無を言わさずジルはおれを椅子に座らせ、自分は紅茶の用意を始めた。 「リャンヌ、明日からの長期休暇どうするの?」 用意の合間に、ジルが尋ねる。 「…おれ、村に一度帰ろうと思って」 「どうやって?」 盲点だ。 ここから村までは、かなり遠い。 行きはラフォンヌ伯爵に馬車で送ってもらったから、問題なかったが…。 「うーっと、どうすっかな」 「送ってあげようか?」 「おう、頼めるか」 …って。 何かまた、ジルのペースだな。 もっと問い質さないといけないのによ。 「ほら、入ったよ」 ジルはおれの前に紅茶を置いた。 自分の分も置き、座る。 「村に帰りたいんだ?」 「帰りたいもくそも、ルネやお袋がうるせえし」 おれは紅茶をがぶ飲みした。 「村に送ってくれるんだな?」 「送ってはあげるよ。君の村に、じゃないけどね」 ジルの表情がその時、激変した。 温かい笑顔が、冷たい笑顔にすり変わる。 「よく薬が効いたようだね、リャンヌ」 「…ジル…」 まさか…。 「君にあの時嗅がせた薬品は、昏睡状態を引き起こして直前にあった出来事の現実感を失わせる効果があるんだ」 「何でそんなことをした!?」 おれは立ち上がる。 「今日まで、君の失踪を延ばすためだよ。誰かに疑いを抱かれては困る。長期休暇を境に連れて行くなら、誰も疑問に思わない」 ジルは唇を吊り上げた。 「どこに連れて行く気だ!」 「ネージュ公領へ」 ジル・ド・ネージュ…。 その名を、思い出す。 「計画が思わぬ事態で頓挫しちゃったからね。リャンヌ、学園生活は楽しかった?」 「…ふざ、けんな…」 おれは自分の足から力が抜けるのを感じた。 「紅茶に入れたのは、単なる睡眠薬。心配ない。ちょっと眠ってもらうだけだから」 「ジル!」 おれは力を振り絞って、名を呼んだ。 でも奴は、反応しない。 そうか、こいつはおれが気軽に呼んでいた“ジル”ではない。 ガルヴァランツ公爵の、気さくで気の良い息子でもない。 全てを謀り、冷たい目をしたこいつは… 「…ネージュ公爵」 ネージュ公爵は、唇の片端だけを上げてみせた。 おれはその笑みを睨みつけながら、どうと床に倒れる。 ネージュ公爵はおれを見下ろしてから、かがんだ。 「楽しい学園生活は終わりだよ、リャンヌ。名残惜しい?」 冷たい目をして、そのくせ優しい声で聞いて来る。 おれはもう意識が飛び掛けていて、何も言えなかった。 「さあ、行こうか」 抱き上げられる感覚を感じた瞬間、おれは意識を失った。 |
