寺の創建は大宝元年(701)、百済の聖僧が十一面観世音菩薩を奉持して来日、
この地に草庵を結び安置したことにはじまります。
のち、文武天皇の勅願により、その年の年号に因んで大宝寺と号して開創されまし
た。
開創後の弘仁年間、寺に留錫した弘法大師が密教三密の修法を厳修、この寺を44
番、中札所と定められました。
保元年間には後白河天皇が病気平癒を祈願され成就、仁平2年に焼失していた伽藍
を再興、帝の妹宮を住職として下向させています。
天正年間の兵火で伽藍は再び焼失、また、近くは明治7年の火災等、長い年月をか
けて再建、という歴史を繰り返しています。