天平勝宝年間、孝謙天皇の勅願により行基菩薩が開基した寺です。坐像3尺のご本
尊、薬師如来も行基作と伝えられています。
その後、伊予入道頼義や尭運により再興され、光明寺と号していました。のち、弘
仁年間に弘法大師が留錫して修行、現在の山号,寺号に改称、札所と定められました。
天和の頃には龍湖という名僧が出、徳川家の帰依を得ることとなり、四代将軍家綱
の念持仏の一つである歓喜天を付託され、聖天堂にお祀りしています。
また、豪族 河野家の出身である時宗の開祖一遍上人は、延宝元年(1239)こ
の地の宝厳寺に生まれ、繁多寺に留まり学問修業したと伝えられ、正応元年(128
8)には亡父追善のため、かつて修行したこの寺に三部経を奉納しています。