聖武天皇の勅願寺。勅を奉じて来錫した行基菩薩が三尺の立像 阿弥陀如来を刻み
それを本尊として和気西山の海岸に伽藍を建立、海岸山円明密寺と名づけたのがはじ
まりです。
しかし、度重なる兵火により堂宇は焼失、元和年間以前、須賀重久が現在地に再建
したと伝えられています。
その後、京の覚深法親王の令旨により仁和寺の末寺となり、そのとき須賀山の山号
を賜り、現在の正智院円明寺となりました。
本堂内にある4M余の龍の彫物は左甚五郎作と伝えられています。また、観音堂に
安置してある十一面観音像は、慶長5年、河野家再興をはかった遺臣たちが、戦死者
の菩提を弔うために奉納したといわれています。