天平年間、行基菩薩が不動明王を刻んで本尊とし海抜244Mの近見山山頂に七堂 伽藍を創建、その後、嵯峨天皇の勅願をにより来錫した弘法大師が堂宇を再興し、近 見山円明寺と号しました。 そのころ荘厳を極めた七堂伽藍も度々の兵火に遭いことごとく焼失、再建は享保1 2年になってからで、その時現在地に移転しました。 寺名は、明治になり郵便制度が出来たとき、郵便物が53番の円明寺と間違い双方 とも困り、官許を得てそれまで俗称だった延命寺を正式名称にしたそうです。