弘法大師は真言密教修行のため唐に渡り、青龍寺の恵果阿闍梨について学ばれまし
た。帰国にあたって、大師は師の恩に報いるため有縁の地を求め、唐から独鈷杵を投
げました。杵は空高く舞い上がり、今「奥の院」と呼ばれているこの地の山上にある
松に止まりました。
帰国した大師はこの地を巡錫中独鈷杵を感得、弘仁6年(815)嵯峨天皇に奏聞
して一宇を建立、山号を投げた杵に因んで独鈷山、寺号は恩師を慕って青龍寺と名付
けられました。
その後、宝永4年(1707)の大津波で本堂以外の建物を全て失いましたが、嘉
永4年(1851)には、護摩堂,鐘楼門,客殿が建てられました。また、明治初年
の火災で本堂が焼失したものの、まもなく再建されています。