新型インフルエンザ
三村 実
当院、院内感染委員会委員長でありICD
(インフェクション・コントロール・ドクター)
内科・透析
日本循環器学会認定専門医
日本内科学会認定内科専門医
産業医
1.
2.
3.
高病原性(強毒性)
鳥インフルエンザ(H5N1)
パンデミック発生時の感染予防
ワクチンについて
4.
5.
6.
治療について
パンデミックへの備えについて
(家庭において)
最後に
インフルエンザはインフルエンザウイルスによって起こるかぜ症候群(感冒)の一種で、急な発熱を症状の中心とし時に大流行を起こす感染症です。インフルエンザウイルスには変異しやすいと言う性質があり、ウイルスが変異すれば過去の感染で身に付いた抗体(ウイルスを攻撃する武器)が役に立たなくなるので、人は繰り返しインフルエンザに罹ったり流行したりするのです。
最近マスコミで
新型インフルエンザ
について取り上げられることが増えてきていますが、新型インフルエンザとはこのような既存のヒト型ウイルスが変異したものではありません。人類は20世紀にインフルエンザの
パンデミックPandemic
(世界的な大流行)
を3回経験しています。1918年〜1919年に発生した「スペイン風邪」では全世界で
1500万〜2000万人が死亡
したと言われており、1957年からの「アジア型」では
100〜400万人
、1968年からの「香港型」では同じく
100〜400万人が死亡
したと言われています。これらのパンデミックは全て新型インフルエンザウイルスの登場によるものであり、それらのウイルスは
鳥インフルエンザウイルス
がヒト型へ変異したものです。通常は鳥インフルエンザは人へ感染することはありませんが、人へ感染出来るように突然変異を起こすことにより新型インフルエンザウイルスが誕生するのです。
新型インフルエンザウイルスは十数年〜数十年かけて登場すると言われており、現在ではいつ出現してもおかしくないと言われています。特に1997年に香港で
高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1)
の人への感染が確認されて以降は、東南アジアを中心に相次いで人への感染が報告されています。さらに限定的ではありますが、人から人への感染も確認されており新型インフルエンザウイルスの登場は目前に迫っていると言えます。実際専門家の間では新型インフルエンザウイルスの登場は最早「起こるかもしれない」では無く、「いつ起こるのか」そして「被害をどのようにして減らすか」が議論の中心となっています。一度新型インフルエンザウイルスが誕生すれば、人類は抗体を全く持っていないので確実にパンデミックが発生することとなります。WHO(世界保健機構)はパンデミック発生警報として6つのフェーズ(段階)を設定しています。現在はフェーズ3(平成20年3月)ですが新型インフルエンザウイルスが登場すれば、極く短期間でフェーズ6へ達すると予想されています。
国連の研究機関によると新型インフルエンザの被害は最悪の場合世界で
1億数千万人以上の死者
を出し、
経済損失は440兆円以上
に及ぶとされています。日本政府は日本での死者は最大64万人と推定していますが、専門家の間ではこの数値は楽観的すぎるとされており、海外の研究機関は
日本での死者は最大210万人以上
と推定しており経済損失も20兆円を超えるとされています。そして人的被害により経済や社会基盤に甚大な被害が発生し、パンデミックが終ってもそれらの建て直しには相当な期間を要するため、経済的被害は長期に渡り続くと予想されています。そのため世界規模での国際的協力体制が必要であるとともに、国内では行政と国民が密に連携し一体となった対策が必要となります。また国民もそれぞれが危機意識を持ち、個人レベルでの対策を講じる必要があります。
1,高病原性(強毒性)鳥インフルエンザ(H5N1)
新型インフルエンザとは、既存のヒト型インフルエンザウイルスが変異したものではなく全く新規に登場したヒト型インフルエンザウイルスで、それらは鳥インフルエンザが突然変異したものです(なお新型インフルエンザとは日本だけでの呼称であり、国際的にはパンデミック・インフルエンザあるいはパンデミック鳥インフルエンザと呼ぶのが一般的です)。前述の3回のパンデミックウイルスも鳥インフルエンザウイルスが起源でした。
鳥インフルエンザウイルスはA型ウイルスであり、ウイルスの表面に存在するたんぱく質のH型およびN型(H:1〜16、N:1〜9)の組み合わせにより144種類が存在します。
A型ウイルスは水禽類(カモ、ガンなど)が起源と考えられており、特にカモはA型ウイルスの144種類全てを保有しています。これらの水禽が家禽(ニワトリ等の家畜として飼育されている鳥類)や家畜(特にブタ)、野生動物そしてヒトへの感染を繰り返すことによってそれぞれの種に適応した特有のウイルスへと変異します。このようにしてヒト型へ変異することにより新型インフルエンザウイルスが誕生します。
現在ヒトへの感染が問題とされている高病原性鳥インフルエンザは
H5N1
および
H7N7
ですが、特にH5N1は東南アジアを中心に感染者が続発かつ拡大しており新型インフルエンザウイルスへの変異が最も懸念されておりその動向が世界中で厳しく監視されています。
H5N1の特徴はその強毒性にあります。起源であるカモにはほとんど毒性はありませんが、ニワトリ等の家禽類に感染するとほぼ100%の致死率をもたらします。1997年香港においてH5N1に18人が感染し6人が死亡して以来、2008年3月までに372人の感染が確認され235人が死亡しており
致死率は60%以上
であり、通常のインフルエンザの致死率が0.1%以下であることを考えるとまさに人類にとって脅威的な強毒性を示しています。弱毒性のスペイン風邪でさえも全世界で4000万人以上の死者が出たと言われており、H5N1がその強毒性を保持したままヒト型へ変異した場合は未曾有の被害をもたらすと考えられています(ヒト型への変異においてその毒性はある程度は弱まるとの考えもありますが確証はありません)。また、通常のインフルエンザ感染で死亡するのは乳児および高齢者が中心ですが、H5N1感染では
40才以下の若年層を中心に死亡例が集中
しています。
スペイン風邪の犠牲者の多くが15〜35才の健康な若年層であったたことと似ており、その原因として
サイトカインストーム
と呼ばれる身体の過剰な免疫応答が関与していると考えられています。そして若年層に被害者が集中すれば、中長期に渡り国家の形成、運営に多大な悪影響をおよぼすため感染対策はより厳重でなければなりません。
2008年3月現在ではH5N1のヒトからヒトへの感染は、感染者の看護にあたった家族等のケースで認められていますが限定的であります。しかしヒトへの感染を繰り返すことにより、ヒトへの効率的な感染能力を獲得すると考えられていますので、事態はより深刻な局面を迎えていると言えます。H5N1のヒトへの感染はH5N1に感染したニワトリ等の家禽類との濃厚な接触者を中心に発生しているため、東南アジアを中心としたH5N1感染者が確認されている地域を旅行する際は、安易な家禽類との接触や生鳥を販売している市場や飼育場への不要な立ち入りは避けるべきでしょう。現時点ではH5N1に感染した鳥に直接接触しないかぎりは、H5N1に人が感染する可能性は無いと言えます。
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2,パンデミック発生時の感染予防
一般的にインフルエンザウイルスは極めて感染性が強いことに加えて、新型インフルエンザウイルスの場合は人類は抗体を全く持っていないため感染を防御することはさらに困難です。感染を防ぐためには如何にウイルスとの接触を避けるかが第一ですので、パンデミックが発生した場合は
不要不急の外出や特に大勢の人が集まる場所への立ち入りは控える
ことが大事です。やむを得ず外出する場合は
高機能マスクとゴーグルを着用
し、マスクはウイルスに汚染されている可能性があるため、帰宅後は一般ゴミとは区別して直ちに廃棄し、手洗い、洗顔を徹底しましょう。
特に感染者は感染を広めないためにも外出を避けマスクを常時着用し、咳によるウイルスの飛散を防ぐように勤めましょう。
学校はもっとも感染が広がる場所であるので、感染者はもちろんですが発熱等の疑わしい症状がある場合は登校させないようにしなければいけません。
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3,ワクチンについて
元来インフルエンザウイルスに対する
最大の防御法はワクチンの接種
ですが、新型インフルエンザウイルスに対するワクチンは新型インフルエンザウイルスが発生しないと製造できません。さらに新型インフルエンザウイルスが確認されても、それに対するワクチンの製造には少なくとも4ヶ月から6ヶ月程度かかります(
米国やカナダでは4ヶ月以内に全国民の人数分を製造するように準備していますが、日本では6ヶ月以上かかるとしておりどの程度の人数分を製造するかも確定されていません
)。現在使用されている通常のワクチンはA型/H1N1、A型H3N3およびB型の三種が混合されており、A型/H1N1のN1がH5N1と共通であるのでわずかながら予防効果があるかもしれないとする意見もありますがあくまでも理論上のことであります。
現在では鳥からヒトへ感染したH5N1をもとにワクチンが製造されており、
プレパンデミックワクチン
と呼ばれ各国が多量に備蓄しています。実際のパンデミックウイルスに対してどの程度の効果があるかは不明ですが、少なくとも基礎免疫をつけることは可能と考えられています。スイスやイギリスでは全国民分を備蓄していますが、日本では先ごろ増産が発表されたものの3000万人分のみであり、接種の対象者も曖昧で具体的な接種手順も決っていません。現実問題としてワクチンは原液で保存されていますので、接種に際しては薄めてアンプルに小分けしなければなりません。この作業に2ヶ月はかかりますし、実際に配付し接種するのにさらに1ヶ月以上かかります。これではパンデミックが発生してから準備したのではあまりにも遅すぎて全く意味がありません。そのため専門家は希望者全員に直ちに接種出来るように政府に提言しています。
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4,治療について
通常のA型インフルエンザに対しては現在は主にタミフルとリレンザが使用されていますが、現在問題となっている鳥インフルエンザ(H5N1)に対しては実験室レベルでの有効性は確認されていますが、ヒト感染例への有効性はまだ確立していません。しかしながら
タミフル投与が十分でないインドネシアでの致死率が80%以上
であるのに対して、
エジプトでは早期からタミフルを投与することにより致死率が50%から25%へと改善
したことより、タミフルの効果はある程度は期待できるでしょう。そのためWHOは各国に対して人口の25%分のタミフル備蓄を勧めています。ただし日本では国策として備蓄しているため個人で自由に手に入れることは出来ませんし、医療機関でさえも保有量を厳しく制限されています。また、パンデミック発生時は流通経路が破綻することが予想されますので、どのようにして全国に配送するかも決っていません。そのため東京都の品川区のように自治体が独自で住民のために備蓄しているケースもありますので、お住まいの地域の保健所等にお問い合わせください。
なおタミフルに関しては内服との関連が疑われる異常行動が問題となっており、十代のインフルエンザ患者にはハイリスク例を除いて原則として使用が禁止されていますが、新型インフルエンザウイルス感染例は除外するべきとの意見があります。特に新型インフルエンザウイルスでは若年者での致死率が高いことが予想されますので、十分な観察のもとでの使用をためらうべきではないでしょう。また、一部でタミフル耐性のインフルエンザウイルスが確認されており、新型インフルエンザウイルスも耐性を持つ可能性は否定できません。現在いくつかの抗インフルエンザ薬が開発中であり、臨床試験も進められていますので1年以内に新薬が使用できると思われます。
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5,パンデミックへの備えについて(家庭において)
通常のインフルエンザの流行は毎年発生することより言い換えれば自然現象とも言えるので、ある程度の流行を完全に防ぐことは出来ません。さらに新型インフルエンザの流行を阻止することは事実上不可能とも言えます。しかし、国際的な協力および国家、国民が一体となって綿密な対策を講じることにより被害の拡大を抑制することは十分に可能であると考えられています。
非科学的ですが感染の拡大効果が最も高いとされているのは、
社会距離戦略
と呼ばれるものです。すなわち如何に感染力の強いウイルスであっても、
接触しなければ感染は起きない
という事実をもとに、パンデミック時には学校や映画館、公共施設等を閉鎖したり集会を禁止したりすることです。さらに家庭においては不要不急の外出を避けるためにも、食料や生活必需品を備蓄しておく必要があります。備蓄量としては最低でも2週間分は必要であり、2ヶ月程度は外出しなくても生活できる量を備蓄しておくことが望ましいでしょう。過去にペスト等の深刻な伝染病の惨禍に幾度も見舞われたヨーロッパの国々では、普通の家庭が常時1年分くらいの備蓄をしていることも珍しくはありません。以下に備蓄しておくべきものの具体例を挙げますので参考にしてください。
<食料品>
・米・餅(長期保存可能なタイプ)・レトルト食品・乾麺類(うどん、そば、素麺、パスタ等)・缶詰め(肉、魚、豆、フルーツ等)・フリーズドライ製品・調味料・漬物・乾燥野菜・スポーツドリンク(粉末も可)・甘味類(チョコレート、キャンディー等)・乳児がいる場合は粉ミルクを通常より余分に備蓄しましょう。・飲料水:地震災害のように突然物理的に断水することは考えにくいですが、水道局の職員が罹患し業務に支障が出た場合のことを考えてある程度の備蓄は必要と思われます。
<医薬品>
・解熱剤:
インフルエンザへの解熱剤はアセトアミノフェンが適応となっています。特に小児のインフルエンザにアスピリンを使用すると、ライ症候群と呼ばれる致死的な合併症を起こすことがありますので禁忌となっています。またインフルエンザ脳症にも禁忌となっていますので、アセトアミノフェンを使用するべきでしょう。
・高機能マスク(不織布等のウイルスをブロックするタイプ)・ゴム手袋(使い捨て用)・傷薬・消毒用アルコールや漂白剤・手洗い用洗剤(液状タイプ)・氷枕、保冷剤
<日用品>
・トイレットペーパー、ティッシュ・ゴミ袋・懐中電灯・ラジオ・各種電池類 ・カセットコンロ(ボンベも)
・その他の日用品もいつもより余分にストックしましょう。
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6,最後に
新型インフルエンザウイルスによるパンデミックが発生した場合、短期間の間に日本で数万から最悪の場合は200万人以上もの死者が予想されます。最早単なるインフルエンザと考えていたのでは、国家の存亡にかかわる事態にもなりかねません。例えほとんどが無駄になろうとも備えは十分でなければなりません、危機は何事も起こらないことが最良の結果であるからです。
現代が情報化社会と呼ばれるようになって久しいですが、インターネットや携帯電話を通じて子供でも簡単に世界中の情報が得られます。そのためパンデミックに備えて国や専門機関はその情報を十分に提供する義務がありますし、国民一人ひとりがそれらを共有し活用しなければなりません。パンデミックが発生すると短期間で社会機能が麻痺することも予想できますので、日頃からの家庭での備えが重要であります。また、あふれる情報の中から風評に流されることなく、冷静な行動が求められます。行政機能が麻痺することも有り得ますので、最後は地域での住民同士の助け合いが重要になると思われます。そのため町内の自治会等のコミュニティーレベルでの対策が重要で、日頃からの連携やシュミレーションを重ねておく必要があります。
上記の地域を旅行する際には、家禽類との接触や生鳥市場への立ち入りは可能な限り避けるべきでしょう。
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<参考文献>
・国立感染情報センター(鳥インフルエンザ)
(http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/index.html)
・鳥インフルエンザ直近情報
(http://homepage3.nifty.com/sank/jyouhou/BIRDFLU/index2.html)
・WHO:Confirmed Human Cases of Avian Influenza A(H5N1)
(http://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/country/en/)
・厚生労働省:新型インフルエンザ対策関連情報
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html)
・「H5N1」岡田晴恵著 ダイヤモンド社刊