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1.沼津港の自然
沼津港は駿河湾の最奥部、昭和33年の狩野川台風で有名になった狩野川の河口右岸にあります。駿河湾は水深が富山湾同様深く、非常に多くの魚類が生息しています。黒潮が湾内に入り込んでくるため、沼津付近でも夏期には熱帯魚も見られ、最近、珊瑚礁の群落が発見され、珊瑚の北限が語題となりました。地理的には観光地に囲まれていて、冬の晴れた日には、南に、伊豆半島、東に箱根、北には富士山、南アルプスの嶺峰が見渡し、御前崎に夕日が沈んでいきます。
2.沼津港の歴史
沼津市は現在、人口21万人の中核都市ですが、歴史を遡れば箱根越えの宿場町として、また戦国時代の武田氏の城跡に江戸中期に譜代大名の水野家(沼津藩)が城を構える城下町でした。明治維新前後にも政争の舞台になったり、明治末には避寒地として御用邸が造られるなど、なかなか格調高いところです。港としては明治15年に沼津〜下田間に汽船が就航し、陸路の未整備だった西伊豆方面への重要な交通路でした。また、狩野川やその河口砂浜において、漁業が営まれていました。その後、昭和12年に狩野川右岸を掘り込んで内港が完成し、昭和45年には駿河湾に張り出した外港が完成しました。さらに、幾度かの拡張計画が打ち出されましたが果たせず、現在に至っています。
3.沼津港の元気な訳
沼津港は内港で旅客、水産物を扱い、外港では建設資材、工業原料などを扱い、機能分担されています。旅客は西伊豆4港との定期便で、年間約20万人の利用があり、水産物は近海鮮魚を中心に生産地市場兼消費地市場を形成し、平成10年度の実績では取り扱い量が全国港別順位17位、金額では12位と高級魚・沼津ブランドが定着しています。なかでもアジの干物とサバ節は全国の40〜50%の生産量を誇り、日本一の座を維持しています。このブランドイメージから港の魚市場周辺に発生した「さかなグルメ街」は、ロコミで評判が広がり、連日、県外ナンバーの車、バスで賑わい、市役所でも、沼津港を沼津市の将来を託す重要基盤として、この地区にコミュニティ道賂整備を行うなど、港を地域振興の核とするた
め多面的に支援しています。 一般物流では駿河湾内の特重(清水)、重要(田子の浦、御前崎)港湾との競合関係にあるため、背後圏は沼津市周辺に限られますが、近年の景気動向から、企業の効率追求はより近くの港湾を選択するようになったり、工場再編により選抜された工場に原料が集まる現象が見られ、取り扱い貨物量はバブル景気収束後から右肩上がりの増加というおもしろい現象となっています。また横浜港以西には貨物港は沼津港まで存在しないことから、もっと集荷できる、という力強い意見も聞かれます。内貿コンテナも工夫次第とか、優艮製造業を抱える地域に相応しい物流基地づくりとか、他港の粛々ムードを横目に鼻息荒い今日この頃です。
4.おわりに
沼津港の周辺はもともと、住宅地などが混在する緻密な土地利用がなされていました。このような土地柄に内港を掘り込み、外港を埋立造成したわけですから、「市民のみなと」としてパブリックアクセスに優れた港です。市民が集いやすい、しかし市民の目にいつもさらされているという両面を併せ持っています。沼津市が推進する沼津港を中心とした観光散策コース「潮の音ブロムナード」のランドマークとなる沼津港航路水門(整備中)には展望機能を持たせるように考えています。沼津港はこれから市民に愛され、地域の発展にお役に立てるよう、旅客、さかな、一般物流の3部門を調和発展させていきます。
《この港の重要性は、その規模に比べて逢かに大きい。》
この5月には特定地域振興重要港湾に選定されました。
今後とも皆様のご支援をお願いします。
(静岡県沼津土木事務所港湾課長竹下博実)
日本港湾協会「港湾」2000年6月号 寄稿
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