ほまれ8kg >>> とくべつ日記 2006年8月26日〜30日 モンゴルで馬に乗る
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飛行機は成田出発13時半の予定が二時間ほど遅れ、ウランバートル到着も強風のため三十分ほど上空にて待機。
志摩のジェットコースターを思い出すような揺れを楽しんだあと、やっとチンギスハーン空港に降り立つとかなり寒い。
しかしもう夜20時半なのに、まだ夕方16時ぐらいの明るさだ。ガイドに訊くと日没は22時過ぎだと言っていた。
そこから約二時間マイクロバスで移動し、ツーリストゲルのキャンプ地へ。
バスに乗る前にもバスの中でも特に詳しい説明などは無く、寝泊りするゲルへ淡々と向かう。
街を出て草原に入ると、でこぼこな土の道が延々と続き、車はさっきの飛行機のようにぐわんぐわん揺れる。
途中、馬の群れが道に居て、車が近づいてもおっとりしててなかなかどかない。
さっそく歓声をあげて喜ぶ日本人ツーリスト達(若い人ばかりだった)。
わたしも、馬に乗ったことはおろか近くで見たことさえ殆どない人ですが、今回一緒になった十人ほどは
殆どの人が似たような初心者だったようだ。

キャンプに着いたらさっきよりまた一段と寒い。とにかく寒い。泣きそう。真冬のような寒さ。
そして星が物凄い。間に沢山星がありすぎて星座がわからないぐらい。空じゅうを埋め尽くすほどの星の粒。圧巻。
地元の子供の着ている民族服デールがあったかそうで羨ましかった。
上着を着ても震えているわたしに向かって半袖ポロシャツで「No problem.」と言ってた(信じられない)
たくましいモンゴル人のおじさんが、わたし達の荷物を大八車に乗せてそれぞれのゲルまで運んでくれる。
ツーリストはみんなで寒さに震えながら、足元のよく見えない暗い草原をガイドについていった。
キャンプではその辺に馬がうろうろしていた。黒いもしゃもしゃした毛のとてもでっかい番犬がいる。
馬は小さく、犬は大きいのだな。
友達と二人で寝泊りするゲルに着くと、モンゴル人の女性スタッフが薪ストーブに火を入れてくれた。

ツーリスト・ゲル内部入り口天井
ツーリスト・ゲルの内部。
ベッドが4つあるゲルに2人で
泊まった。寒かったので
他の2つのベッドから
毛布をはいで使っていた。
入り口。



天窓の半分はフェルトで覆ってあり、
半分はビニールが掛かっている。
薪ストーブの煙突が通っているほか、
ビニールにも破れがあり、雨が降ると
隙間から結構降り込んでくる。

ぼんぼん燃える火をうっとり見つめて、もう布団に潜ってしまいたい……と思っていたら、
22:50から食事だって。おお。まだそんなイベントが。
おなかぜんぜん減ってないけどなー。もう寝ちゃいたいなー。と思いつつ、食堂へ。

食事は、各グループと担当のガイドが一緒のテーブルにつき、給仕もしてくれます。
わたし達二人のガイドはナラさんという男性。ホストみたいな風貌で、ガイドのくせにあまり喋らない。
初日は移動だけで気分的に疲れていたわりに身体を動かしていないのと、飛行機が遅れたせいで昼食が 遅かったので、
夜ごはんは殆ど入りませんでした。最初に出たキュウリ入り冷やし炒飯のようなのは、さっぱりしていて
おいしくいただきましたが、それで満足していたら、あとにボーズ(肉饅頭)がどっさり出てきて、
これは一個だけ食べて「ごめんなさい、おなかいっぱいです」。
その後さらにケーキまで出てきた。意外と軽い食感。ケーキなど滅多に食べない、別腹など無い!と常日頃宣言している
わたしが珍しく「おいし〜」と平らげてしまった。
ナラさんによると、ここのキャンプのコックはインド人で、モンゴル料理以外の料理をいろいろと作っているそう。
味も外国人好みにしてあるとか。「家庭ではもっとシンプルな食事。こんなにいろいろ食べない」。

食後、いちおうシャワー室に行ってみたが、お湯が出るのは朝7:00〜9:30と夜17:00〜22:00らしい。
友達はお湯の出るシャワーを見つけて浴びていたけど、わたしは顔と足を洗うだけにした。
トイレは水洗で、わら半紙のようなトイレットペーパーは、使ったあと流してはいけない。
習慣で、つい無意識のまま拭いた紙をぽいっとトイレに投げ入れそうになるが、横のゴミ箱に捨てなければならない。
ということに気づいたのは、最初の紙をトイレに捨てた後だった。ドアの内側の注意書きに気づき、慌てて
掃除用のブラシで紙をすくいあげる。すぐに水に溶けるようなヤワな紙ではなかったので、無事取れた。

ゲルに戻ると、薪ストーブが景気良く燃えている。ああ、あったかい。……つうか暑い。
小さなベッドに横になると、もう0時近いのにいろんな音が聞こえてくる。
人の話し声、足音、馬の足音も。それから番犬の吠え声、ストーブのバチバチいう音、天井のビニールが
風でバタバタいう音。フェルトの家、ゲルは外の音が丸聞こえだ。こんな開放的なところで寝られるかしら。
と思ったが、数分後には眠っていたらしい。翌朝目が覚めた時、とてもぐっすり眠ってすっきりしている自分がいた。
朝方は天窓の上で、クワックワッとアヒルみたいな鳥の声や、翼がバサバサいう音もする。
7時、友達とともに起き出して、外に出てみた。

27日朝泊まったゲル元うんこ
27日朝の風景。わたし達の泊まったゲル。元うんこ。

あー。空が広い。なんにもない。
こころもからだもパカーと開いた感じで、しばし「ほけー…」とする。
車の音も拡声器の声も無い、見渡す限り広告看板のひとつも無い、ただの草原。
朝ごはんは9時からなので、一時間ほどゆっくり散歩する時間がある。まだかなり寒い。
モンゴルの草原はハーブがいっぱいで、わたしは草の名前はわからないのだけど、ただ立っていても
なんとなくいい匂いがする。そしてうんこがいっぱい!
寝ている間にも馬の足音が聞こえたし、このゲルの周りにも牛や馬が来るのね。そこらじゅううんこ。
でも汚いとは思わなかった。臭くもなかった。日本の農場や牧場では糞の臭いに鼻が曲がりそうだと思ったけど
なんでこんなにいっぱいうんこがあるのに臭くないのかな。乾燥してるせい?
歩いていくと草原じゅうにまんべんなくうんこがあって新しいのから二三日経ったやつ、
もうほとんど草まじりの土になっているやつなどいろいろ。馬糞、牛糞、羊の糞、種類もいろいろ。
「うんこー、うんこー、元うんこー♪」と観察し足でつつきながら散歩する。
草しか食べてないひとのうんこだもんな、繊維ばっかでさっぱりしたもんよ。ふんわりパサパサの元うんこを見ていると、
「わたしのうんこはケガレてしまった、いろんなものを食べ過ぎて」と思う。
うんこの写真を撮っていたら、友達に「うんこ好きだねぇ」と言われた。ええ、好きですよ。

キャンプ馬具小屋?
散歩でちょっと離れたところから
見たキャンプ。
馬具小屋。なんだろ発電機?蓄電機??
ここから始まった電線が
遥か遠くまでのびていた。

朝ごはんはビュッフェ形式で、一日目は「アタシあんまり要らない〜」とか言って少なく食べていたが、
二日目以降は食べる量が増えた。きれいな空気の中で身体を動かすとごはんがおいしい。

食事が済むと、10:30から乗馬なので、その前に日焼け止めを塗る。耳の後ろや首筋にも塗る。
こんな塗り方ふだんしていないのでとっても面倒くさい。
塗装が完了したら帽子を被りチャップスを着け、自分の鞍を持って馬達のいるところへ。
鞍って結構重いのね。これを乗っけた上でさらに人間が乗るんだから……お馬さん、ありがとう。て感じ。
生まれて初めての乗馬にあたっては、旅行社が用意した簡単な注意書き(「大声を出さないように」とか
「馬の左側から乗る」とか)を読むよう言われただけで、特に説明や準備体操などは無く、いきなり乗ります。
モンゴルの馬は小さくて乗りやすいと聞いていたけれど、それでも跨ってみると結構高い。というか揺れる。
生きものの上に乗っているのだから当り前なのだけど、「おお…う、動く…!」と最初は少しびびり気味。
普段、片足で立って靴下を履くのもままならないほどバランス感覚が悪いわたしは、馬の動きに自分の身体が
ついていかないの。馬が歩くだけで左右にぐらぐら揺れるんだもの。まぁすぐに慣れたけれど。
あと、股関節が弱くて胡坐もかけないわたしにとっては、馬の背幅に股を開きっぱなしにしておくだけで結構つらい。
足の爪を切ったあと、股関節が痛くて歩けなくなることもあるぐらいなので、乗馬なんかして大丈夫か心配。なるようになれ。

うまうま初心者御一行
二日間わたしが乗った馬。
を、乗った状態で撮った。
お顔みえないね……。
たてがみがうねっててかわいい。
ちょっとこっち見てくれたっぽい。
観光客なんか乗っけてんのかったりぃ。
とか思ってんの?
前方にガイド達。左が友達、
右は別のツーリスト。
モンゴル人の指示が無いと、
初心者御一行の馬は遅れがち。

馬は集団行動の動物です。とは聞いていたけれど、こんなにもごっちゃりとくっついていたがるのか。
とにかく他の馬のお尻というか横っ腹にくっついていきたがるのだ。左右に二頭ぴったり並んで進んでいる馬の間に
鼻面をつっこんでいくものだから、あぶみが横の馬に当たってバランスを崩しそうになる。
ぽっくりぽっくり歩いている時なら「おいおい狭いよ」だけで大したことないけれど、タカタカ走っている時に
あんまり他の馬とくっつくのはマジ落ちそうで怖かった。
お馬さんは間にするりと入っていこうとするけど、こっちゃ足が前の馬のお尻に引っ掛かってしまうのだよ。
「割り込みぃ〜〜」「追突〜〜〜☆」などと笑っていたが、実は結構怖がっていたまめ。
それに、あんまり他の馬の尻に足くっつけると糞が付きそうなんだよー。友達はちょうど足が当たった時に
排泄が始まり、靴に付いてしまった。まぁ、べつに、「ちょっとしたもの」が着いただけだけどね!
前を行く馬のおなら音楽も面白かったなぁ。馬ってあんなにしょっちゅうおならするんだ。
まるで歌っているようなおならだったよ。

馬を進ませる時は「チョウ」と言うのだが、観光客が言ったところでなかなか馬は言うこと聞いてくれない。
「外国人が乗ってるということを馬はわかるので、まぁ言うこと聞かないのはみんなそうです」とナラさん。
手綱を引いて右を向かせたり止まらせたりぐらいはできるけれど、声で動かすのはとうとうできなかった。
で、歩みがたらたらになるとモンゴル人が横や後ろに来て掛け声をかけてくれる。
しかしこのガイド達、やたらと飛ばすのだ。
わたしが幾ら「チョウ!」と言っても動かなかった馬が、さくさくと駆け出す。
馬の歩みがぽっくりぽっくりからタカタカに変わっただけでも上下の振動は結構大きく、「こりゃ落ちても不思議は無い」
と思うわたしの心の声をよそに、調子よく煽るガイド。「おいおい速いよ」と焦っている間にもスピードはどんどん上がる。
タカタカからパカラッパカラッになった暁には、もう身体が上下左右にぼんぼん弾んでしまって、
「うおおおおこええええ、ゆれるぅぅぅはずむぅぅぅおちるぅぅぅ…!!」という感じだった。
ちょっとぉぉアタシ初めてなんだからぁぁ運痴だしぃバランス感覚悪いしぃぃ〜…!!と思いつつも
馬の動きに随おうと必死。最初はとにかく落ちまいとして鞍にしがみついていた。景色を見る余裕も無し。
食事の時にナラさんに「落ちそうで怖かった」と言ったら、「まぁそう簡単には落ちないです」とあっさり。
簡単には落ちないイベントで落ちたらはずかちいなーと思うわたし。
でも二日目の午後に走った時は、鞍を掴んでなくても大丈夫だったなぁ。すごく楽しかった。
走りながら周りの景色を見たり、モンゴル人達の乗りこなしっぷりを見てまねっこしてみようとなんとか感覚を
イメージしてみたり。まぁ無理だけど。
モンゴルの方達は、馬に跨ったまま身体を落として生えてる草をちぎったりするのですよ。すごいなぁ。

休憩
休憩中のガイド達。休憩中の馬。お尻ばっかだ。

一日目の身体の痛みは相当なものだった。尻、股間、脚、腕、いろんなところが痛い。
尻はすりむけたかと思うほど痛くて、椅子に腰掛けるのも三十歳ぐらい年取ったような動きで
「あだだ」と言いつつそろりと腰をおろし、尻が椅子についた途端「おぉ…」。
必死で鞍を掴んでいたせいで、お茶のカップを持てば右腕が痛くて「うおぉ…」。
股の痛みも酷かった。トイレで拭いた時「おぉ…こ、これは」という感じで、こんなに痛くなってるところを
明日さらに刺激するのね……ダイジョブかしら。と心配だったが、二日目のほうが痛くなかった。慣れるものだわね。
いちばんつらかったのは、開脚した状態の脚全体の痛みで、一日目の午後はもう乗り始めから膝の辺りが痛くて
そればっかり気になった。普段こんな姿勢でずっと居ないもんなぁ。
いちおう志摩のスペインではめりごーらんどでイメージトレーニングをしたのだけど。(無駄)
馬を下りる時、「あだだだ」と言いつつ右足を上げてよたよたと下りたら、日本語ガイドでないモンゴル人に
「イタクナイ、イタクナイ」と笑われた。
地上に下りても股関節と膝が固まってしまってて、まっすぐ立てない。変な宇宙人のような動き。
この動きは二日間、治らなかった。でも下馬した直後以外の痛みは、たった二日でもかなり軽くなったのだ。

二日間とも乗馬トレッキングは10:30〜と15:00〜の各二時間ほどで、昼食はキャンプに帰ってとっていた。
もし三日目もトレッキングにしていれば、お弁当を持って一日遠出ということだったらしい。
体力の無い超初心者のわたし達は、二日間乗馬したあと自分達がどうなっているか想像つかなかったので
三日目はウランバートル市内観光コースにしてしまったが、いざ体験してみると「もっと馬乗りたい!観光より馬!」
という思いでいっぱいになった。
ナラさんも「三日目の遠出が楽しいんですよ。身体も三日目には慣れます」と言っていたし、今度また来ることがあれば
ぜひ遠出もしてみたいな。そしたら青空トイレも体験するのだな。

27日午後28日午前
脚が痛くてたまらなかった
乗馬一日目の午後。
風景はすばらしかった!
丘の上からの風景。
あの開放感は写真では
とても伝わらない。
気持ちよかった〜…


わたしが二日間乗った馬はどうもおとなしくておっとりした性格らしく、行き過ぎてしまう心配は無かったが
遅れた挙句止まってしまうことが何回かあった。完全に止まってしまうと、わたしの指示ではなかなか動いてくれないので
モンゴル人の誰かが来て号令をかけてくれる。
友達の乗った馬は、逆に先頭に出たがる馬だったようで、ぐいぐいと他人(他馬)をかきわけて前へ前へ駆け出すので
ずっと手綱を引き締め気味にしていたそうだ。そのくせ、すぐ勝手に立ち止まって草をもぐもぐ。
トレッキング中に草を食むのはどこの国の乗馬でも普通のことなのかな。
「今は人を乗せて移動中なのだから食べるのはガマンしましょう」という雰囲気はあまり無かった。
すべてがとってもゆるい感じ。極端に遅れたり変な方向に走り去ってしまったりしなければそれでいい。
わたしの馬も、途中で少し草を食べて、その草をいつまでも口の端からはみ出させたまま、ずーっと走っていたよ。
そして、あの草原に生えている草は食べられるやつばかりなのかしら。牛も馬も羊もヤギも。
ハーブばっかり食べてるからうんこが臭くないのかな。

二日目は曇りがちで一日目ほど暑くはならなかった。午前中は爽やかに涼しい中を小高い丘に登る。
広い草原になだらかに連なる丘は、どこまでも起伏がゆるやかで高さの感覚がよくわからないが、上まで登ってみると
結構な高さがあるのがわかる。距離もよくわからなかったけど何キロぐらい移動したのかしら。
斜面にはぽこぽこと穴がいっぱいあって、ガイドが「穴があります、気をつけて」と言う。
だけど気をつけたところで、馬に穴をよけさせるような操縦はできないので所詮馬まかせ。
穴はウサギだかナキウサギだかの穴だと言っていたな。
空には鷹のようなトンビのような鳥が舞っていたので、あの鳥のごはんになるのかな。
見渡す限り草原と丘しか無いので、少し高いところに上がれば風景はとても遠くまで見える。
遠くの雨雲から雨が降っているのが見える。その下に小さい街がある。稲妻が見える。あそこまで何キロあるんだろう。

午後は強い風と少しの雨の中、遊牧民のゲルに寄って馬乳酒をいただいた。
大きな甕からおばちゃんがひしゃくでお椀に掬ってくれたのを四人で回し飲み。
初めて飲む馬乳酒はサワーミルクといった風味で少し炭酸っぽく、酸味があっておいしかった。
ナラさん曰く「本当はもっと酸っぱい。これはかなり飲みやすい」とのこと。
乾燥チーズもいただいた。直径15センチぐらいのお煎餅のような硬いチーズ。その場で一口かじって、持ち帰りました。
こちらからは日本のお菓子をお土産に。といってもわたしと友達は大したもの持ってなかったのですが。
このチーズは、日本に帰ったらしんなりとやわらかくなっていた。湿気のせい?
「遊牧民のと同じチーズです」とガイドが言うものをお土産屋でも買ってみたが、こちらは酸味と甘味が強く、チーズくささは
逆に少なかった。ゲルでいただいたチーズのほうがずっとおいしい。いろいろ、動物の毛とかちっこい虫とか入ってるけど(笑)
この時同行していた日本人ツーリストの女の子二人(二人とも乗馬初心者でモンゴルも初めて)は、強風に舞う砂が
うんこに違いないことを悲しんでいた。そういえばそうだ。うんこだな!

遊牧民のゲルからの帰り道は今回最後の乗馬。結構長いこと、みんなで景気良く走った。
雨が降っていたけれどほんとに楽しかった!
ちゃんと一頭ごとに離れて走ってくれたので、足が他のひとに当たることもなく、気持ちよく走れた。
途中、鶴のようなゴイサギのような大きな鳥が数羽で群れているのを見たけど、もちろん写真どころではない。
終わってみたら、風景写真やとまっている馬の写真ばかりで、乗馬中は殆ど写真を撮らなかったのだなぁ。
ガイドも乗馬中に横から写真を撮ってくれるようなサービス精神旺盛な人ではなかったし(笑)

牛ヤギチーズ
牛。


ヤギの群れ。
草原のあちこちに牛、ヤギ、羊の群れがいる。
乗馬トレッキング中、群れから外れて
一頭でふらふらしてるやつに出会うと、
群れまでモンゴル人が追っていく。
遊牧民のゲルでいただいたチーズ。
貰った時はカチカチに硬かったのに
日本に持って帰ってきたら
しんなりとやわらかくなっていた。
濃厚でとてもおいしい。


口数の少ないガイド、ナラさんは、「そろそろガイドの仕事を辞めたい」と言っていた。
「今回が最後か、あと一回やるぐらいで終わりにしたい」と。そんなぶっちゃけた話を聞けば、
なんとなくやる気無さげなのも頷ける。
ガイドの給料は会社によってまちまちで、去年の夏にやった会社は月に数回の仕事で
今年の会社(シーズン中ほぼ毎日仕事)と同じぐらいの額を貰っていたとのこと。
夏はガイドの仕事をして、冬の間は何をやっているのか訊くと、「いい仕事があればやるけど無ければ何もしない」。
今は両親と一緒に住んでいて、常に収入が無くても暮らしてはいけるらしい。でも「金が無い」。
寒いのが嫌いで、本当はマレーシアやシンガポール辺りに行きたいけれど、英語ができないと駄目だろうと思ってるんだって。
日本語ができるなら仕事はあるんじゃないのかな?という友達の発言には、「家族を持って、それから移住したい」って。
まずは結婚!したいみたい。ちなみに二十四歳。
ウランバートル辺りは冬はマイナス40度にもなるのに、冬のツアーもあるんだよねーという話で、
友達が「絶対やだ〜寒い〜死ぬ〜」と言うと、ナラさんも「私も冬のガイドは絶対嫌です」。

ナラさんは千葉県の柏に二年間住み、新松戸の日本語専門学校に通っていたそうだ。
わぁ常磐線地元〜と、ひとしきり盛り上がる。
日本へは北京・天津を経由して船で神戸へ渡ったそうで、三日間の船旅の一日目はゲロ吐きまくりだったと。
中国では一週間ぐらい知人のところに泊まり、神戸から柏までは鈍行列車で移動。
「時間はかかったけれど金はかからなかった」。中国滞在も楽しかったそうだ。
わたしも学生の頃は青春18きっぷで鈍行の旅をしたクチなので、こういう話を聞くのも面白かったな。
ウランバートルで鉄道の線路が見えたが、あれは市内を走るものではなくて中国から来てロシアへゆく
大陸鉄道とのこと。鉄道で国境を越えるような旅もいつかしてみたいなぁ。

牛柄の馬犬
牛柄の馬。
模様はこいつがいちばん
キュートだった。

番犬。ただいまお仕事中?
この写真じゃ遠くてわかりませんが
とっても大きくてぼわぼわなのだ。
気が向けば結構愛想良く
相手してくれる。
キャンプからの眺め。




キャンプでは他に弓矢で遊んだりした。ガイド達は腰の辺りから放つ軍隊式(?)の打ち方なども披露してくれた。
凧揚げをしてる人もいたな。なにしろ22時まで空は明るいので、遊ぼうと思えば幾らでも外にいられるが、
時間とともにぐんぐん気温は下がる。冬のセーターを着ていても寒いので、わたしは21時頃には布団をかぶって寝てしまった。
ゲルのベッドはとても寝心地が良い。三泊とも本当にぐっすりよく眠れた。
乗馬をした二日間の夜は特に、すんごいよく寝た。友達に呆れられるぐらい。
友達は旅行中ずっと三時間ぐらいしか眠れなかったようだ。疲れているのにね。モンゴル・スイッチが入りっぱなしに
なっていたらしい。帰国後「モンゴル・スイッチは無事切れました。猫のいる寝床って良いな!」とメールが来たよ。

モンゴル人と白馬28日20:34虹
デール姿のモンゴル人と白馬。
かっこいい。
28日の夜20時半過ぎ。
まだ夕方のような明るさ。
虹。



二日間の乗馬日程を終えた翌日はウランバートル市内観光へ。
ナラさん「二日間落馬する人もいなくてよかったです」。
この夏は落馬した人は三人いたそうだ。四人目にならなくてよかった。
わたしと友達は車窓からしきりに「うまーうまーうしーひつじー」と名残惜しく呟き続けた。
市街地に入る直前まで、どこにでも馬や牛がいる。道路も横切る。
しかし市内は車が氾濫していて、排気ガスがものすごく、運転も乱暴で車間距離がとても狭い。
歩行者より車が優先。車同士が絶えず自己主張をしていてクラクションがうるさい。
馬みたいにすぐ間に割り込みたがる。車線とかあんまり関係ないように見えた。隙間があれば詰める。という感じ。
車は日本車の中古が多かった。会社名などがそのままの車も。「JR東日本」のトラックとか。

馬と草原に未練たらたらでいまいち観光に気が乗らない観光客と、ガイドの仕事にちょっと嫌気のさしているガイド。
という組み合わせのわたし達三人は、まずレストランで昼食をとってから市内観光に繰り出した。
昼食はビュッフェ形式でどのおかずも大変おいしく、特にご飯の入った塩味のスープがとてもおいしかった。
ナラさん「自分達は普段こんな高い店には絶対来ません。こういうのはだいたい旅行者向けの店で、
今日はこれ(旅行会社の支払書)があるから来てるけど、普段はもっと安い地元の食堂みたいなとこで食べます」。
キャンプの食事でも同じようなこと言ってたな。「家ではこんなにいろんな料理は食べない」って。
食事しながらナラさんに「あんなに楽しいなら三日目も観光でなく乗馬にすればよかった。次もし来ることがあったら
今度は全部乗馬にします」と言うと、「そうですね。市内観光は一回でじゅうぶん。そんなに見るものも無いし」。
ガイドも気乗りのしない観光コースを選んでしまって申し訳ない。

レストランを出ると目の前がスフバートル広場。ナラさんが独立革命の歴史などを説明してくれる。
やる気無さそうと言ったがちゃんと年号など含めて歴史を話してくれる、ちゃんとしたガイドです。
やる気無いのはわたし達のほうだ!説明を聞いたそばから何を聞いたか忘れている。申し訳ない。
スフバートルはモンゴル独立の英雄で、チンギス・ハーンに次ぐえらい人。とか。
モンゴルの縦文字(アラビア文字を縦にしたようなやつ)は古文みたいなもので、一応読めるけれども普段は使わない。
一般的に使われているのはキリル文字(ロシア語みたいなやつ)。とか。覚えているのはそれぐらい。
それから広場の周りの建物をひととおり説明してくれて、「ここはこんなものですね」。
いかにも、大して面白いものは無いよ、と言いたげ。
わたしとしては、UFOみたいな街灯がいちばん面白かった。

スフバートル広場の街灯ガンダン寺寺の屋根
スフバートル広場の街灯。
どう見てもUFO。
ガンダン寺。寺の屋根に草が生えてる。

次に行ったのはガンダン寺。モンゴルは仏教の国だけど、若い人は殆ど信じていない、と聞かされる。
「特に男は信じてない奴が多いです。私も私の友達もみんな信じてません」ときっぱり。
でも、仏教を宗教として信じていない、とはっきり言うのは日本人の感覚とは少し違うのかな。
日本の仏事って、信じている/いないということを考える必要も無いものね。精神的・宗教的なものというより
生活習慣という感じ。元旦には初詣に行ってお賽銭投げたりおみくじ引いたり。神社仏閣を訪ねれば、習慣として
手を合わせて拝んだり。葬式には坊さんを呼んだり。墓を作ったり仏壇に供え物をしたり。こういったことを
全部やっているからといって、仏教を宗教として信じているかといえば、べつに信じてはいない人が殆どなのでは。
ナラさんは仏教を信じていないので、わたし達がマニ車を回したり手を合わせたりしても自分はそういうことはやらなかった。
そして、幾つもある建物を順繰りに見てまわるうち、マニ車を回すのに飽きたわたし達が「もういいや」と言うと、
「それは回し始めたら最後まで回さなければいけません」と。本当かどうかは知らないが(このガイドはたまに
嘘ついて人をからかうので・笑)、わたし達は素直に最後までマニ車を回し続けた。
最後の建物に行くと、スーツ姿のビジネスマン風の男性がお祈りをしていた。それを見たナラさん、
「珍しい……。若い男の人がお祈りをしている」。とっても驚いている。ほんとに珍しいんだね。

ナラさん寺の次は、ウランバートル市内を一望できるザイサンの丘。
頂上まで上がるのがなかなか大変だった。
凄い勢いで騒ぎながら駆け下りてくる子供達を見て「若いなぁ」
と言うと、ナラさんは「私はもう年で駄目です」だと。
← この人はわたしより一回り以上も年下なのですよ。
ちなみに「一回り」=十二年という言い回しはナラさん
知らなかったけれど、干支が十二あって…と説明したら
すぐわかってくれた。


ザイサンの丘の上からの眺め。
ナラさん家の場所も教えてもらった。
原子力発電所みたい……と言ったら、
ほんとにそうだって。ほんま?
市内の公園にいた鳥。

ナラさんはわたし達二人よりずいぶんゆっくり上がってきたのに、息が切れてかったるそうだった。
草原では馬に乗り、街では車に乗るからか、自分の足で歩くことには意外と根性無さそう。
この日はよく晴れて暑かったし、長い階段を登ってきてハァハァしてたので、ここでしばらく休憩。
風景を見ながらいろいろ話を聞く。右手の空き地にはスルガという会社が「ジャパン・タウン」なるものを
建設しようとしてるとか。川の水はまだきれいに見えるけれども最近急に汚れてきたとか。
近頃周辺の遊牧民がぞくぞくと遊牧をやめて市内に移ってきており、人口が増えて学校が不足しているとか。
ナラさんは「ウランバートルはもういっぱい、空きが無い」と言うが、わたしの目には隙間がいっぱいだ。
遠くの景色を見ていると飽きないので、ここには結構長く居たような気がする。
わたしが自分の顔を指して「焼けたでしょー。モンゴル行ったっぽい顔になったよ」と言うと、ナラさんが
「私も今年はすごく焼けました」とズボンの裾をめくってスネ毛、じゃなくてスネを見せてくれた。
スネ、白かった!地黒じゃなかったんだねー。

この後は、お土産屋で馬頭琴をちょこっと弾かしてもらい(馬頭琴って弦も弓も馬の尻尾なんだって)、
寂れた遊園地を友達と二人で散歩しながらヒラサワを歌い(歌詞をもう少しちゃんと覚えようと反省した)、
物売りの家族とカタコトの英語・日本語で喋り(小学生ぐらいの子供がホーミーをしてくれた、上手だった)、
馬頭琴その他民族楽器とホーミーの合奏団およびモンゴルの伝統的な舞踊団および身体のやわらかすぎる
女の子達の舞踊団などの芸を楽しみ(期待してなかったけどすごく面白かった)、最後は市内のホテルで
中華料理の夕食。「初心者コースの乗馬ディプロマ」を貰った。
旅行社のアンケート用紙も。「これが私の給料になります。心を込めて書いてください」とのことだったので、
全部「良い・普通・悪い」の「良い」にチェックしておいた。ナラさん、ありがとう。

翌朝は早朝5時半に空港へ向けて出発。7時半の飛行機は遅刻の乗客による少しの遅れだけで順調に飛び、
ばびゅーんと帰国しました。あー楽しかった。