海外旅行その1

インド

  まいまいの実家は小さな町工場だったので、小さい頃は両親とも忙しくて、あんまりかまってもらえなかった。でも生れたては何かと物珍しく、「あれな〜に?」とか「どうして?」とかよく聞いていたらしい。あまりにもうざいので、両親は清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、まいまい3きょうだいに子供用百科事典を買い与えた。百科事典は面白く、何度も何度も読み返された。そんな中、まいまいが心惹かれる見開きページがあった。タージマハルであった。曲線を持って仕立てられた屋根。白く輝く大きな宮殿。後になってその奇跡の曲線を持つ建物が墓であったと知った時、何故かなるほどと思ったことも覚えている。
  そんな訳で、トラウマ旅行出発である。今回は、タージマハルがテロ行為の餌食(・・イスラム建築でもインド政府に対する敵意から格好の破壊対象となるのだ・・/にょん談)になる前に、この目でしっかと見てくるというのが最大の目的。インド遠征準備委員会は、まいまい委員長を先頭に、着々と準備を進めていったのである。

2001年11月24日
  成田までも小旅行である。12:00フライトのエアインディアに乗るために、我が家を6:15出発。遠いのぅ・・。
  空港につくと、既にチェックインの列ができていた。今回はにょんまいとも35リットルザック1個ずつ。何として日本のカレーとも暫くはお別れ。牛の食い納めじゃ。でも機内持ちこみ荷物にしなければ、このザックしにた意味が無い。手荷物は8kgまでと掲げられている。慌ててカメラを首に掛け、本とかをポケットに移すにょんまいであった。何とか8kg以下になり、無事に持ちこみ許可をもらって、遅い朝食。これからカレー三昧だっちゅーのに、「日本のカレーとはしばしの別れじゃ」などと言いつつ"ビーフ"カレーを頬張るにょん犬。よっぽど好きなのね。まいまいは「このドリップコーヒーが飲み納めにゃ」と言いつつ、ホットドックとコーヒーをぱくつく。北インドではドリップコーヒーがほとんど飲めない。みんな薄いネスカフェ。悲しいのぅ。替わりにチャイ(甘いミルクティーに香辛料が入っている)を飲むのだ。
  腹も落ちつき色んな手続きをして、いよいよ搭乗。両手を合わせて「なますて〜」と挨拶をするすっちーの皆さん。インド気分も高まる。成田を定刻通り飛び立つと、1回目の機内食。早速チキンカレー(ベジタリアン用のもあったけど、搭乗前に予約が必要)だ。白いマイルドなカレーで、食べきれない量である。結構美味しかった。食事が終わったらとっとと寝ろって感じでブラインドを下ろされ仕方なく寝る。途中バンコクで1時間ほど止まり、2回目の機内食(これもカレー)を平らげ、定刻どおりインド入りした。
  憧れのインドは思ったほど臭くも無く、空港もきれい。にこやかなねーちゃんのいる窓口で両替を済ませロビーに出ると、沢山のエージェント(当然怪しいオヤジばっか)が、無防備な観光客を捕まえようとてぐすねひいて待っていた。にょんまいのエージェントは〜?と思いきょろきょろしていると日本語で名前を呼ばれた。今回、テロの影響でツアーは中止になる恐れもあるし(・・ほぼ全滅だったらしい、ざまぁみぃ・・/にょん談)、好きな場所に好きなだけ時間を使いたかったので、個人手配にした(・・登山と同じで、集団行動は大嫌い!・・/にょん談)。インターネットと言う文明の利器を駆使して、インドツアーズのラメシュさんにポゴミを食う牛。車のタイヤカバーにもインドの香りが!イントを指示してコーディネートしてもらい、現地滞在7日間の大冒険だ(・・短いのぅ・・/にょん談)。ラメシュさんは日本語ぺらぺら。メールもほぼ完璧な文法で返信をくれた。携帯電話の番号や、自宅の番号も教えてくれて心強い。と言うわけで、先程にょんまいに声をかけてくれたのは、ラメシュさんと契約している日本語ガイド、ラッシュさんであった。車に乗り込み夜のデリーをホテルに向け出発。インド式運転は、けたたましいクラクションとブレーキと急ハンドルを一遍にこなす瞬発力が必要だ。3車線に5〜6台走る。車間距離って何?って感じの運転手に命を預け、ヒヤヒヤの後部座席のにょんまい。車窓の風景を楽しむ余裕なんて無い。だんだん増えてくる車の量に、ヒヤヒヤ度も急上昇。と思ったら、本日の宿「スーリヤシェルター」に到着した。ふい〜〜。いきなりボディブローって感じ。明日は早朝から飛行機で移動。ヒンドゥの聖地、バナーラスィに向かう。ちょろちょろとは言えホットのシャワーを使い、ベッドに入ったのは日本時間で2:45AMぐらい。あっという間に眠りについた。
11月25日
 サールナートはピクニックに最適!現地時間5:30AMに電話で起こされ、6:00AMに朝食。6:45にロビーでラッシュさん、ラメシュさんと落ち合い、8:00に飛行機にチェックイン。この空港がなかなか厳重チェックで、強面の軍関係者が寄ってたかって手荷物を見回っていた。カメラのバッテリーを取り上げられている欧米人もいたが、にょんまいはおとなしそうな東洋人だったので、ほとんどノーチェック。慌しくも定刻どおりデリーを後にした。朝食はまたしても食べきれない機内食。味は結構まともだった。窓からヒマーラヤが見えるかもね、と話していたが、スモッグにかすんで影も見えなかった。
  バナーラスィでは、片言英語のエージェントがお出迎え。車に乗り込み、本日の宿「ヒンダスタン」に到着。ロビーで日本語ガイドのシンさんと打ち合わせして、部屋に通される。さすが4ツ星ホテル。シャワーのお湯の出も良い。本日は郊外のサールナート観光。仏陀が初めて説法をした場所らしい。待ち合わせには1時間ほどあったので、ホテルを抜け出し、近隣を物色しに出かける。噂の野良牛(実は飼われている)やイノシシが、そこらへんでもぐもぐやっている。何を食べているのかと思うと、これが路上に落ちているゴミなのだ。野菜くずとか人の食べ残しとか、手当たり次第食べている。お陰で意朝夕は野菜の市がたつ。結構賑やか。外と道路はきれいだ。インドでは事あるごとにお祭りをするそうで、一歩入った住宅街では、電飾ケーブルで家を飾る真っ最中。路上では警官が輪になって油を売っている。手に手にチャイのカップを持ち談笑中。通りかかると「ヤパニ!コンニチワ!」と声をかけてくる。ヘラヘラ笑いながらなますて〜と挨拶し、うろつきまわる。とまあ、裏通りはこんなにのんびりなのだが、表通りはひっきりなしにサイクルリクシャ(明治時代の人力車の自転車バージョン)が観光スポットと値段を言いながらくっついてくる。にょんにょんはこの重複するノイズに耐え切れず、神経をすり減らしている様子。まいまいは大家族の中でたくましく育ったので、ちっとも気にならない。まいまいはもう少し歩き回りたかったのだが、これ以上外に出ているとにょんにょんの神経がぷちっと切れるかもと思い、静かなホテルに戻った。
  待ち合わせの時間にロビーでガイドと落ち合い、サールナートへ。雑踏から徐々に郊外の田舎の風景に移り変わる。緑も増えてきて、平和な雰囲気だ。まずは、寺にある日本僧が描いたと言う釈迦の一生をふむふむと言いながら眺め、隣にある巨大なストゥ−バ(仏舎利塔)を見学。釈迦が初説法した場所の記念塔らしい。ストゥーバの脇には、既に朽ちていたストゥーバ群を発掘した跡がある。リスなんかが走り回る、牧歌的な風景だ(・・にょんは仏教徒じゃないんでつまらん・・/にょん談)。ムガル帝国成立以前のイスラム教勢力に壊されてしまったこれらのストゥーバ群は、三蔵法師が残した地図に残されていたので発掘することが出来たのだそうだ。三蔵さん、ここいらでもお勉強してたのね。それにしても、イスラム教の人たちはいつの時代も同じような事をしている。つい先日も、バーミヤンで石仏壊してなかったっけ?(・・そう言って、にょんが不愉快そうにイスラム教を批判したら、ガイドが喜んでいたのぅ・・/にょん談)。博物館に入ろうとしたら、にょんにょんのお腹が急降下。近くにあった公衆トイレに駆け込み、初インド公衆トイレ体験。使い方が良くわからなかったが、何とかして出てきた(・・5ルピー/約13円払って、水汲んで個室に入り、用を足した後、水で流す手動式水洗トイレなのだ。当然左手で拭いたりせず、ティシュも使ったけどね。下手な山小屋より、臭わないぞ!・・/にょん談)。
  サールナートを後にして、まだ時間があるので夕暮れのガンガーに行って見る事にする。ガイドも付き合ってくれると言うので心強い。途中で軍関係者に、「外国人のいる車両通行止め!」と言われたが、ガイドが賄賂(20ルピー)を渡したら(笑)通してくれた。
  歩き始めると、歩くのが困難なほどの人だかりができた。物売りパワー恐るべし!ガイドが軽くいなして先を促す。心強いぞ、シンさん!「ここからはちょっと細い道を行きますよ」とシンさんに言われ付いて行くと、おっさんが二人、道端で用を足していた。うひ〜、すっげー臭い!インドで一番臭いのは、道端のおっさん用用足しスタンドだった。牛のうん○よりずっと臭いぞ〜!迷路のような細い道を通って、ゴールデンテンプルと言うヒンドゥのお寺の前を過ぎ、更に更に深部へと突き進む。牛が通せんぼをしている脇をすり抜け、良い匂いのサモサ屋の前を通り、小さな女の子ににょんにょんの長髪を珍しそうに眺められる(ロン毛のせいで、インドのトイレや、ボディーチェックで常に「女性はあっちだよ!」と言われ続けたにょんにょんであった)(・・サドゥ(聖者)もロンゲなのにのぅ?・・にょん犬は可愛くて綺麗なんだね!・・/にょん談)。・・・をいっ!!道幅約1メートルって所で、クラクションを鳴らしながら疾走するバイクもあれば、裸足で駆け回るちびっこもいる。いずれにせよ、混沌!無秩序!個人主義!かと言って他者に無関心な訳でもなく、通過するにょんまいをぎょろりと一瞥する。ワクワクきょろきょろしながら歩いていると、ツルリ!!出来立てホヤホヤの牛のうん○を踏んでしまった。でかいうん○はよく滑る。これは乾燥して燃料にもなるし、壁の建築材にもなるらしい。歩きつづけると眼下に巨大な流れが見えた。ガンガーだ!流れているのか淀んでいるのか、見ただけでは判断できないほど、ガンガーは静かにそこにあった。対岸は見事なほど何も無い。階段を下りて、ガートに行って見る。ガートとは沐浴場の事。細かいガートがガンガー沿いに沢山ある。夕暮れのガートは、集う人もみな静かだ。ゆったりと説法を聞く人、自らの罪を灯火に託してガンガーに流す人(・・ヒンドゥーに「罪」なんて概念あったっけ?・・/にょん談)、花を供する人・・・。お香の香りを感じながら、聖なる地では世俗の営みも遠くに感じるなあ、などと思っているそばから、土産物を売る人に声をかけられた。しみじみする暇なんて与えてくれないのだ。ゆっくりと歩き、今度はバザールの方へ行って見る。こちらは物凄い喧騒だ。野菜の市が立っていて、あっちこっちから色んな匂いが漂ってくる。カレーの匂い、牛の匂い、豚の匂い、犬の匂い、何だかわからない食べ物っぽい匂い、お香の匂い・・。脇道から「アソバナ〜イ?ハッパア暗い川面に無数の灯明が漂う。良く見えないかもしんないけど(笑)。ルヨ〜」と声をかけてくる青年もいた。ハッパとはマリファナのこと。バナーラスィでは、バングーラッシーと言う怪しげな飲み物でトリップしたり、マリファナパーティーをして大騒ぎなんて事もあるらしい。聖者(サドゥ)の修行にハッパを使う事もあるそうなので、試してみる旅行者も多いのかも。山と同じで、自己責任でね。違法行為だし。
  歩き回って薄暗くなった頃、ホテルに戻った。夕食はホテルでカレー。物凄く眠くて、食べながら眠ってしまいそうになった。
11月26日
  5:45AM、シンさんと落ち合ってガンガーに向かう。日の出の沐浴を見学ガンガーに身を委ねきったおっさんするためだ。密かにザックの中に沐浴後のタオルと着替えを忍ばせ、いざ、ガンガーへ!ガンガーには既に人々が集まって来ていた。ガイドの後についてガートに下り、船着場から船に乗って水上からガートを見ることにした。まだ暗い水面に、無数の灯明が流れていく。清められたい罪が水の上を滑っていく。全てを飲み込んで、ガンガーは流れていくのだ。風は以外に冷たくて、温かい格好で船に乗ったお陰で快適だった。やがて上流のマニカルニカガートと言う場所で、遺体を焼く炎を見た。清めを求める人々の火と、ガンガーに流される灰を作る炎。救済を乞う「欲」と言うベクトルの終着点に、ゆっくりとガンガーは「ある」のだ。そんな事を考えていると、何やら土産物を満載した小船が後に見えるおっさんが歯磨きおえおえサドゥにょんまいの船に近寄り「オミヤゲ!ヤスイ!」と言いながら銅細工の壺なんぞをぶんぶん振り回している。またしてもしみじみする肩まで浸かった犬。ふぃ〜、極楽じゃわい(笑)暇なんて与えてくれないのだ。「ナヒーン(いらにゃいっす)」と断ってもひるまない。無視しつづけると、次の船に向かって元気良く漕いでいった。タフじゃのぅ。
  やがて太陽が昇ってきて、暖かい光を注ぎ始めると、沐浴もクライマックス!あっちこっちで泳ぎまくっている。ガートも大盛況で、スピーカーからずっとがなり声が聞こえる。まいまいは説法をしてるのかなあと思いガイドに聞いてみると、「あれは待ち合わせの呼び出し放送だよ。」と大笑いされた。何言ってるのかわからないと、聖なる地では呼び出しも神聖に聞こえるのだ(負け惜しみ)。それにしても、夕日のような朝日だ。日本の朝日のように直視できないほどの強い光線を従えて昇ってくるのではなく、弱い赤い光線につつまれぼんやりと昇ってくる。それでも等しく人々に光を与えながら、暖かい太陽は天空に駆け上がる。出発点のガートに着き、シンさんに「沐浴したい」と言うと、嬉しそうに人の少ないガートに案内してくれた。人インドで結婚すると、こんな行列でさらし者になります。気のガートは凄い喧騒で、あんなところで沐浴しようものなら、脱いだそばから誰かに持っていかれそうだった。ここなら落ち着いてガンガーと対話できそう。風邪気味のまいまいは、ズボンを捲り上げて膝まで入ってみた。足裏にねっとりと細かい砂が吸い付くように感じられる。濁った水をすくって、腕や首や額にぺたぺた付ける。最初暖かく感じるが、ずっと入っていると結構寒い。夏休み最後の海水浴と言ったあんばいだ。お次はにょんにょん。最初、ももまで入って出てて来たが「やっぱりちゃんと沐浴しよう!」と言い残し、じゃばじゃばと首まで浸かりに行った。水から上がると寒さにぶるぶる震えるにょんにょん。にょんまいがこうやってガンガーを満喫する間、ずっと、すぐ脇で歯磨きをしていたサドゥが「おえ〜、おえ〜」とえづいていた。まさに混沌!なんでもありである。ヒンドゥ教徒のシンさんは、にょんにょんが首まで清められたあっぱれな旅行者と見て取ったのか、それ以来上機嫌で今度はバナラシヒンドゥ大学構内にあるシヴァ神を祭ったお寺に案内してくれた(・・にょんは敢えて言えば神道だけど、シヴァ系ヒンドゥにも同様の親近感が湧くのだ・・/にょん談)。ゆっくりとリンガ(シヴァ信仰のご神体)なんかを見ていると、何やら朝の勤行のような事が始まり、シンさんに教えられ、それに参加させてもらう事ができた。香木の焚かれる煙を頭にかけ(浅草寺の境内でも同じような事をやってる)、お寺の人に白檀のペーストを額に塗ってもらった。これで第三の目を開けてもらったのだ(・・「三只眼のパイ・パールバティー」と呼んでくれたまえ・・/にょん談)。最後にリンガにかけられたガンガーの水を頭に付け、お寺を後にした。この後いくつかヒンドゥのお寺を見て(中にはヒンドゥ教徒しか入れない)、インドの魔除けの石が欲しいとリクエストすると、エンポリウム(国営の土産物屋)に連れて行かれた。まいまいはガネーシャの石・コーラルを、にょんにょんは誕生石で魔除けになるガーネットのネックレスをそれぞれ購入。聖地で手に入れたので、物凄く効力がありそうだとほくほくしながらバナーラスィを後にした。
  アーグラの空港に付くと、今度はかなりインド訛りの英語で迎えられた。アーグラとジャ憧れのタージマハル色んなとこから撮りましたプルはガイドなし。運転手のみのオーダーだ。ボディランゲージを駆使してコミュニケーションを取る。まいまいがリクエストしたホテルは「タージケーマ」と言う州営ホテルで、裏庭からタージマハルを望む事が出来る。ホテル前までは、保護区域とかで車が入れないので、駐車場からホテルまではサイクルリクシャのお世話になる。チェックイン後、さっそく展望裏庭へ。夜の闇の中に、はっきりと白い陰が認められる。ついにやってきたのだ!明日は早起きして、午前中いっぱい使ってタージマハルを満喫する事にしようと計画を立て、とっとと就寝した。
11月27日
  6:00AM起床で、夜明け前に朝食をとりに食堂へ向かうと、従業員がそこの床にまだ寝ていた。フロントの人が叩き起こしていると、「・・ラマダーン?・・」と寝ぼけて一人去っていった(・・俺は、ムスリムじゃねえやい!、山やは、夜明け前に朝食を採ることが多いのだ!・・/にょん談)。まだ、3人ほど寝ている隣にバツ悪く座り、もそもそと朝食を済ませる。夜明けと共にタ曲線とシンメトリー、アラベスクが絶妙のスパイスージが開くので、7:00頃に入場できるようにプラニングしたのだ。ホテルからタージマハルの東門まで約100メートル。歩いてすぐだが、この間に沢山のリクシャが声をかけてくる。断るのも面倒なので、全部無視!にょんにょんは自然と歩く速度が早くなる。
  赤茶色の門をくぐり、更にもう一つの門をくぐると、百科事典の写真そのままのタージマハルがそこにあった。まだ時間が早いので、観光客の姿も少ない。朝日を浴び輝いているタージをじっと見ていると、政府のスタッフだと言うおっさんが、こっちへ撮ってもらいました。来い!とまいまいに声をかけてきた。にょんにょんはかなり警戒していたが、まいまいがついて行くと渋々後を追ってきた。ここに立ってカメラを構えてみろと言う場所でファインダーを覗くと、なるほど!なかなか絵になる。まだまだあるからついて来い!と言いつつ走り回るおっさん。ジョージと言う名前だそうだ。胡散臭いが別に危険とは思えなかったので、案内される場所について行って写真を撮りまくった。白亜のタージは、日の光によって色々な色に染まる。朝日を浴びた金色のタージは、10分程度の間しか見る事は出来ない。私(ジョージ)が声をかけなければ、あなた(まいまい)は、物凄いシャッターチャンスを逃していたところだ。と、何度も繰り返すジョージであった。ハイハイわかったよ。お礼すれば良いんでしょ。フィルムの残りが少なくなってきたので、ありがとうと言って別れようとすると、案の定、お礼を求めてきた。でもまあ、色んなアングルで写真を撮れた事だし、ガイド料と思ってお礼をして、ジョージと別れた。その後は、にょんまい二人でぶらぶらとタージの中を見学したり、タージを守るように建てられたモスクの中に入ったり、満喫した。だんだん観光客も多遠くに薄ぼんやり見えるのがタージ。手前の塔から幽閉されたシャージャハーンは毎日タージを拝んだそうです。くなってきて、さっきまでの崇高な雰囲気がだんだん俗っぽくなってきた所で、タージを後にした。運転貴族の花、チューリップのレリーフ手氏とは、ホテルのロビーで12:00に待ち合わせ。1時間ほどあったので昼食を取り午後の観光に出発だ。駐車場で車に乗ろうとすると、どうやったらそんな状態になるの?と言ったフリークス(畸形)が施しをもらおうと寄ってきた。物凄く俊敏な動きでびっくりする。にょんにょんがいくらか(5ルピーだよ)渡すと、嬉しそうに去っていった。インドでは、色々なフリークスを見かけた。中にはその方が沢山施しを受けられるからと、生まれた子供の足や手を折ったり切断したりする親もあると聞いた。はちゃめちゃだが、そうする事により立派な稼ぎ手となる子供たち。どうこう言うつもりは無いが、すっげーなーと思ってしまう。日本にもそれに近い時代があったろうに、あっという間に全国的に近代化しちゃって、それもまたすっげーなーと思ったりした。
  アーグラ城・イティマド・ウッダウラー廟・シカンドラーと周ったが、途中橋の架け替え工事で大渋滞。排気ガスとクラクションの渦の中で、運転手氏共々疲れきった。北インドの観光地は、ほとんどムガル帝国時代のイスラム建築なので、様式なんかは2箇所も見れば満足できる。透かし彫りの大理石や、たまねぎ型の屋根、アラベスク(唐草模様)の装飾など、さっき見てきたのにそっくりって感じなのだ。でもまあ、見てみないタージケーマ裏庭からのタージマハル。椅子の背がタージ模様。とそんな感想も出ないもんね。観光地には勝手にガイドを始める輩がいるが全部無視か「なひ〜ん(いらん)」と言ってかわす。NOと言うよりナヒーンと言った方がついてアグラ城の壁は赤い来る率が下がる(・・踏切で車が止まっているときも、子供たちが施しを受けようと車に寄ってきて声をかける。鬱陶しいので無視していたら、窓ガラスをドンドン叩き「アロー、アロー」と言い続けるので、見てみると泣きそうな娘が来ていた。どうしようか、ちょっと迷っているうちに、踏切が開いて車は出てしまった。かなり綺麗な娘だった。100ルピーくらいあげてもよかったな?と、一晩悔やんだ・・/にょん談)。帰り道、ガイドが「お茶でもいかが?」と言ってくれたが、ビールの方が良いのでとりあえずホテルに向かってもらった。
  ホテルに着いたら裏庭の丘の上で、暫しタージを眺める。夕暮れのタージも美しく、巣に帰る鳥の群れも絵になる。ぼーっと眺めていると、目の前に放し飼いにされた豚(いのしし?)が通り過ぎる。もう慣れてきたけど、いたる所で視界に動物の入る国だ。このホテルの周りは保護地域で車が入ってこない上に、保護林に囲まれているので驚くほど静か。更に敷地が少し大きいため通りから離れていて雰囲気が良い。シャワーの出は悪くぬるま湯だけど、インドはみんなこんなもん。結構安いしオスス陰が強くてまさにシュールレアリスティック!メ。
  ここの所、味をしめたキングフィッシャーと言うビールとサモサで乾杯。明日はジャイプルに向かう。
11月28日
  ジャイプルへはロングドライブだ。朝、街中を走ると、制服をこんなでかい街が捨てられるなんて・・超無駄!着た少年少女の通学風景を目にした。物凄い数のちびっこが(多分20人ぐらい)、1台のリクシャに乗っている。まさに鈴なりだ。就学率約40パーセントのインド。みんな学校行ってるじゃんと思いきや、田舎の方に行くと、さっきと同じ年頃の子供が、私服で牛を追いかけていたりする。
  途中ファティブシークリーに寄って観光し、さらにドライブは続く。ファティブシークリーもムガル時代の遺跡だが、遷都によって捨てられた街一つが丸のまんま遺跡になっている。スケールはでかいけど、随分無駄な事やったのね〜と呆れてしまう。例によってガイド志願者たちがくっ喧騒を離れて、ジャイプルの裏道を探検ついてくるが、必要ないので無視しまくった。子牛の群が何度も横切り、牛がど真ん中で寝そべり、犬がとことこと歩く幹線道路をひた走り、やがて車はピンクシティへ。名前通り、町中ピンクだ。シティパレスに入場し、中の展示物とか見てまわる。この宮殿にはマハーラジャの末裔が今も尚居を構えている。もっとも彼は、政治家としてほとんどデリーに行ったきりになっているそうだけど。とっても豪華なんだけど、ムガル建築ばっかり見てきたにょんまいには「ほえ〜ジャイプルはお買い物には良い街かも」って感じ以外の感想は沸いてこない。ギネスブックに載っていると言う世界最大の銀の壺なんかを見て、お隣のジャンタルマンタルへ。ここは昔の天文台だそうだ。ちょっと大き目の観測台(?)に上ってみる。高い位置からなので見晴らしが良い。風の宮殿の裏側が見える。一つ一つの観測台がオブジェのようで、シュールレアリスティックな景観だ。
  本日は博物館へ行く予定だったが、予定を変更して町を歩いてみる。例によってサイクルリクシャが寄ってきて、乗れ乗れうるさい。適当にあしらって、大通りへ向かう。布製品やサンダルなど、色とりどりの商品が並んでいる。路上ではジャイプル名物の宝石屋さんがお店を広げている。結局ぶらぶら歩くだけでなにも買い物をせずに、本日のホテル「ジャイプルパレス」へ向かった(・・ジャイプルはつまんない街じゃのぅ・・/にょん談)。ホテル1階には何軒かお店が入っていて、本屋のおじさんと立ち話。テロの影響で、日本人がぱっ東京コミックショー(笑)蛇はさらさらしてましたたりと来なくなったので商売上がったりだと言っていた。テロの話が出たのは、旅行中で初めて。そのおじさんは日本人観光客からもらったプリクラを、大切にコレクションしていた。ヒンドゥの本を購入して、ホクホクと部屋に帰ろうとすると、にょんにょんがすぐ隣にある理容室のきれいなおねーちゃんにつかまった。マッサージしますよん(はあと)と言われ、鼻の下を伸ばしつつ付いて行ったが、結局マッサージはおやじがやったそうだ(・・6時間も首当てのない車風の宮殿は入りませんでしたに乗ってて肩が凝ったのだ・・600ルピー/約1600円で、1時間全身マッサージなら、日本で考えれば安いけどね・・しょぼん・・/にょん談)。まいまいは今買った本が気になったので、先に部屋に帰って英語と格闘した。
11月29日
  途中、レイクパレス前で東京コミックショーみたいな蛇使いの写真を撮りながら、アンベール城へ向かう。アンベール城はジャイプル郊外の小高い丘の上にある。駐車場からそこまでは、車か徒歩か象のタクシーに乗って行く事になる。当新米象タクラーニーちゃん。まだ若い女の子です然にょんまいは象のタクシー!にょんまいの乗った象はまだ新米で、トレーニング中だった。後続の象に尻を押されたり、嫌がって道の脇にそれようとしたり、鼻をぶんぶんやりながら鼻水をにょんまいにかけたりしながらも、ようやくチケット売り場に連れて行ってくれた。見慣れたムガル様式の宮殿。だが新しいのか、内装は洗練されていて美しい。天井とか壁とか、鏡で装飾された様は、この地方特産の、鏡を織り込んだ布のそれと同じように輝いている。うろちょろ歩き回り、あんまりツアーの人(欧米人ばっかり)とかが来ない奥の方とか探検してまわった。いい感じで疲れて来た所で下山開始。本当はこの上に砦があるのだが、30分も坂を登るのがかったるかったので(ってをい死んでると思った犬が生きてたので、同じポーズで記念写真。!)。象のうん○を踏まないようにして、登って来た道を下った。
  デリーまでは高速道路(!)をすっ飛ばしていく。が、そこはインド。ラクダや牛や犬や人、自転車やリクシャも高速道路を使用する。3人乗りバイクもよく通る(・・バイク3人乗り禁止の標識があったね・・/にょん談)。当然反対車線から対向車が平然と走ってくる事なんかもある。でもまあ、良く整備された道であった。写真だと良くわからないけど、鏡が貼ってあってきらきらしてた
  今夜がインド最後の夜だ。是非ともインド舞踏が見たかったので運転手氏に相談してみると、彼はボスのラメシュさんに電話してくれて、送り迎えを引き受けてくれた。最近はデリーも物騒になってきたそうだ。デリーに着き、「スーリヤシェルター」にチェックインを済ますと、運転手氏が迎えに来るまでまいまい単独で周辺をぶらつく。ホテルの周りは繁華街で、通りを2本ぐらい行くとインド版マクドナルドがあった。デリーは都会なので、商品には値札がついている。でもまあ値切るんだろうけど、普通は。ホテルの近くのCD屋でシタールのCDを購入して戻った。運転手氏が迎えに来たので、パルシアンジュアンベール城は高台にあるので、絶景ですマンホールへ出発。ホテルのレストランなんかで見る舞踏より完成度が高いらしいので、ちょっと期待して行った。フラッシュOKと言う事なので、1枚だけ写真に収めた。シヴァ神ときれいな女の子(・・パールバティーだよ・・/にょん談)のお話らしい。全部で6つのプログラムをやって、約1時間の舞台は終わった。以前、インド舞踏をやっていた女の子が知り合いにいたので、ちょっとどんなもんか話を聞いた事があった。手の形とか目線とか、全部意味があるのだそうだ。舞台を見ていて、ハワイのフラダンスを連想した。力強い打楽器のリズムと印を結ぶような指先の動き。伝統的な舞踏は、どこかで繋がっているのだろうか。神シヴァとパールバティ。結構興味深い舞踏でした話のように。
11月30日
  本日は最終日なり。デリーでは日本語ガイドが同行。しかし今まで野放し状態であったにょんまいには、ガイドさんいなくてもいいけど・・て感じだった(・・このガイド、スィーク教徒らしくて「世界中の全てのもめ事はイスラムが起こします」なんて言ってて、好感もてたぞ!・・/にょん談)。この日、スィーク教のお祭りだそうで(開祖の誕お供えの花屋を撮ろうとしたら、前に群がって何気にポーズ。・・邪魔なんすけど・・生日らしい)、オールドデリーは閉鎖になるらしい。その前に観光を済ませようって事で、さっそくオールドデリーへ。例によってラージガートなんかを見てまわったが、やっぱり、まいまいは町を歩きたくて1時間ぐらい散策させてもらった。あまり観光客がいないせいか、物売りも少なくすいすい歩ける。途中で「なんじゃこりゃ」って感じの神様グッズ(コンセントに差し込むとぼんやり光るライト。神様の絵が書いてある)を購入しつつ、スィーク教寺院の前で写真を撮る。お祭りなので人がいっぱい。信心深い人が沢山いるのだ。今度はオーパーツのあるクトゥブミナールへ。途中のデリー門は、テロが入ったので入場禁止になっていた。このテロはイスラム教系。デリー門もイスラム系建築なのに、伝統なんかお構いなしなのだそうだ。う〜ん、タージマハルもやっぱり危ないかも。見といて良かった。クトゥブミナールの近くのジャイナ教寺院が高台にあるため、そこで適当に説明を受け、錆びない純度約100パーセ純度約100%の鉄柱。にょんちゃんは「・・をい・・」と力を抜かしていた。ントの鉄柱を見に行く。世界7不思議の一つらしい。ワクワクしながら行ったが、思ったより小さくてなあんだって感じ。それよりも、そそり立つクトゥブミナールの方が迫力があって、きれいだった。この塔は大迫力のクトゥブミナール以前登る事が出来たらしいが、子供が落ちる事故が発生したので閉鎖された。ちっ!ゆっくり1時間かけて見て、あとはショッピングだ。しかしガイドの連れて行く店は高くて、面白いものも置いていない。時間を無駄にしてしまった。ガイドから遠ざかるために、昼食をとる事にした。インドのマックに興味があったので、マクドナルドへ。牛を食べない国では何を使っているんだろうと思ったら、ちょっと大きいチキンナゲットがハンバーグの代わりに挟まっていた。結構いける。ジュースに入っている氷が心配だが、後は日本に帰るだけなので美味しく頂いた。食後、向かいにあるバザールへ行ってみる。銅製の香炉とかヒンドゥの神様の像なんかが売られている。散々迷った挙句、まいまいはガネーシャの壁掛けと香炉を購入。すっかりルピーを使い切った。
  3日間一緒だった運転手氏と空港で別れ、エアインディアにチェックイン。定刻通りインドを発ち、翌日の朝、成田に着いた(・・日本は寒くて風邪ひいた・・/にょん談)。