犬誤断黎明の岩峰!猫流血灼熱のガレ沢(V24.鋸岳)
7/27:仙流荘=バス=北沢峠(6:50)〜双児山(8:50)〜駒津峰(9:20)〜甲斐駒ヶ岳(11:10)〜六合石室(12:50)〜中ノ川乗越(15:10)
7/28:中ノ川乗越(5:30)〜第二高点(6:50)〜鹿窓(7:50)〜第一高点(8:30)〜角兵衛沢ノコル(9:00)〜戸台川渡渉点(11:30)〜戸台大橋(14:50)=バス=仙流荘
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甲斐駒・仙丈に登った時、北沢峠から乗ったバスの中で、鋸の稜線を初めて意識した。あんな所に行く人なんかいるのだろうか?と思っていたが、自分がその人になるとは、その時は全然思っても見なかった。
2002年7月27日
前日、仙流荘の無料駐車場入りし、車の中で朝を迎えたにょんまい。朝から上天気だ。
朝一のバスに乗ろうと思っていたが、臨時便を何本も運行しているので、頃合を見て乗っても大丈夫そうだ。朝食を摂り、きれいなトイレですっきりして、いざ、北沢峠へ!
北沢峠に降り立ったメンバーで、双児山方面の登りに取り掛かる人はいなかった。今回はにょん20kg、まい17kg(八ツ峰の時もカメラを入れると17kgだったみたい)。久々の重荷に、足取りも重い。本日は行程も短くないので、ばてないようにゆっくり登る。途中で何人かに抜かされたが、こちらのコースは人が少ない。仙水峠からの方が、人気があるようだ。何度か休憩をして、双児山に到着。四方が良く見渡せる。ジュースを飲んでしばし休憩。まだまだおにぎりも喉を通る。
一旦下って樹林帯を進み、抜けると木陰の無いジグザグ登りだ。マイペースで登っているせいか、不思議と疲れない。しかし、重荷に肩が痛くなってきた。登りきった所が駒津峰で、仙水峠の登山者と合流するため、かなりの賑わいだ。あちこちでいい匂いがしている。一休みして歩き始める。登山者の数が増えたため、道は渋滞がちだ。ほとんど空身の登山者が多いので、難しい所以外はみなスイスイ通っている。にょんまいは、重たい荷物だがそこそこ迷惑をかけないように歩いていた。直ぐに、直登ルートと巻き道の分岐となった。最初、体力温存のため
、巻き道に行こうと思ったにょんまいだったが、そっちが物凄い渋滞に陥っていたので、やむなく人が殆どいない直登ルートを選択した。しかし、にょんまいの登る姿を見て、後ろからぞろぞろと大人数のパーティーがくっついてきたのを皮切りに、わらわらと数多の登山者がやってきた。をいをい!こっちのルートは今までほとんど選択されなかったんだぞ!どう考えてもにょんまいが呼び水となってしまった感は否めない。しかしまあ、岩なので、そこそこあおられずには登っていた。だが、ちょっと休憩を取った隙に、20人ぐらいのほぼ空身パーティに捕まってしまったのである。にょんは巨大パーティーを見て、巻き込まれまいと先を急いだらしいが、まいは休憩中にしっかりと巻き込まれてしまった。前後にこのパーティーのメンバーがぴたりとくっつき、荷物が重いから先に行ってと言っても行こうとしない。立ち止まると物凄く疲れるので、やむなく
登りにくそうな枝道に入って先に行ってもらおうと思っても、その枝道に付いてきてしまう。頼むからルートぐらい自分で見て判断してくれよ!!荷物の量が明らかに違うので、彼らは比較的元気だ。ペースを崩され、息も絶え絶えなまいまい。そのくせ、こいつらはホールドを要する場所に来ると、物凄くペースダウンする。しかも考えなしに話しかけてくるので、まいまいの息も上がりっぱなしだ(こう書き連ねると、とんでもないパーティーだったんだなぁと再認識!)(・・その頃にょんは、空身のガキ共と岩飛びバトルを繰り広げていた・・/にょん談)。
にょんに遅れること15分で甲斐駒山頂に到着。しかし、山頂で魚を焼いているパーティーがあるらしくて、ちょっとうぷって感じ。いつもなら魚の焼ける匂いは美味しそうと思うのだが、もうお腹一杯状態であった。ちょっと喧騒にうんざりって感じもあったので、逃げるようにして鋸方面の踏み跡を辿った。
山頂からの踏み後もいくつかあって先が思いやられるが、少し下った所で一息入れると、山頂の賑わいが遠くになりどこか非現実的な感じさえする。持参した最後のおにぎりはもう喉を通らないので、ジュースのカロリーで誤魔化すことにする。
下っていくと、ザレの斜面が明確な踏み跡を持って迎えてくれた。暫く下るが、少し下りすぎて怪しいと感じ、地図を見て稜線に戻る事にした。ハイマツの上を構わず横断すると、やはり稜線にも踏み後があった。この後から、必ず稜線から外れないように注意した。前後に人影の無い、灼熱の稜線を行く。2ヶ所ほど針金のかかった所があったが、疲れている事以外問題なく6合石室に到着。既にテントを設営し終えた単独の男性と挨拶を交わした。少し先で一休み。少しでも食べ物を口に入れ、さらに進む。東斜面にはブッシュや木々が茂り、ほぼルートはこのブッシュや木々の中を縫うようにして進むようになる。特に問題があるわけではないが、やはり顔の前に群がる小さな羽虫はうっとうしく、藪漕ぎ中に何度か耳の中に虫が入ってきた。まいまいでさえ大きなきのこを見つけつつ、生い茂ったブッシュをホールドスタンスとして登下降をくりかえした(・・甲斐駒直登競争の影響が出て、バテ犬は遅れ気味であった・・/にょん談)。
やがて前方に、大きなガリーが立ちはだかるのが見えてきた。今夜はあの中腹にテントを張る。岩壁が見えてからかなり長く感じたが、や
っと中ノ川乗越のコルに到着。おあつらえ向きに整地された場所を発見し、そこにテントを設営した。この場所にこの夜テント設営したのは、にょんまいの他4人の男女パーティー。結構賑やかな感じだったが、寝不足だったので、まいまいはころっと寝てしまった。
7月28日
本日も快晴。朝は喉を通らないとまずいので、カップ麺にした。スープがあるので、つるつるとお腹に入っていく。夏のバリは、水分をケチるため、食べ物が喉を通らないことが多い。去年の八ツ峰は、それでシャリバテが続いてしまった。その轍を踏まないよう、今回はバリルート初のストーブ持参で温かい食べ物
も用意した。
体調万全で出発。元気なうちにザレの登りを片付ける。とは言え、上部の方にはダケカンバや草が生えているので、のほほんムードだ。登り切ったコルに、実は「第二高点へ」と言う看板が落ちていたのだが、ガイドブックに「右の方へ取り付く」とあった記述に惑わされ、ルートを誤ったにょんまい。本当は左側に明確な踏み跡があったのだが、気付かず右の踏み跡を追う。なんとも怪しいトラバースの後、岩棚からかなりもろ石の詰まった傾斜のあるルンゼにぶつかった。結構嫌な感じだが、行ってみるしかない。取り敢えず登ってみたにょんにょんは、左手にさらに高いピークを発見。「これ間違いだぁ〜〜」と言いつつ、へなへなしている。間違いとなれば下らねばならない。「支点作って懸垂しちゃえば〜?」まいまいの意見に、にょんもその方が良いと思ったのか、手頃な岩にシュリンゲを2本つなげて、懸垂で戻ってきた。「お疲れさん」と声をかけると、「あ〜〜、結構やらしかったよぉ〜」と言いつつぐったりしているので、ロープの回収は替わりにやってあげた。
コルに戻ると、中ノ川乗越にツェルトを張っていた4人パーティーが登ってきた。道を譲られ先に第二高点へ立つ。すんなり着いてしまった。
第二高点は素晴らしい展望で、しばし、ぼーっとする。4人パーティーも暫く写真を撮ったりしていたが、やがて第一高点へ向けダケカンバの道を下っていった。さて、にょんまいもそろそろ・・と下っていくと、急坂の下の方でなにやら話し声がする。先行していたにょんにょんもそれに混ざっている様子。まいまいも追い付くと、すぐに「にょんまいさんですか?」と言い当てられた。「もしかして、山ヤさんです
か?」「うわ〜、初めまして〜♪」挨拶を交わした相手は、「すべての高い山に登れ」の山ヤさんであった。出かける前に、彼のHPのBBSに書き込みをしていたので、気付いていただけたようだ。ルートの確認をしつつ、どちらもこれからまだまだ長い行程が待っているので、あっという間に別れてしまった。山ヤさんは精悍な風貌で、山男然としたお髭が印象的であった。彼はこの後、甲斐駒山頂で開かれるオフ会に参加するとの事だった。
オプションと言うのは嬉しいものだ。山ヤさんにあって、うきうきと更に道を下っていくと、4人パーティーのうち3人が途中で座って休んでいた。なんでも「第一高点へ」と言う看板が道に落ちていて、それが枝道の方を指していたため、若手の男性がルートを見に行っているそうだ。この看板は、もしや山ヤさんの言っていた看板かもしれない。にょんまいもそちらの示すほうに行ってみた。若手の男性は、空身でひょいひょいとルートを見に行っていたが、フィックスロープを発見しただけで、それらしいルートは見当たらないと言う。にょんも一緒にルートを探しに行ったが、やはり、ビレイが無いと心もとないトラバースがありそうだ。どうやらこれは第三高点を経由するルートであろうと判断し、元のルートを更に下る。下りきったところを横断すると、バンド帯が走った、登りやすそうな踏み跡を発見できた。「これ!Aレポの大ギャップのバンド帯じゃん!」(・・そうだっけ?・・/にょん談)Aレポとは、昔付き合いのあったヒトのレポだ。にょんまいが勝手に命名した。登っていくと記述どおり、草付きのジグザグ登り。その後、岩稜帯に入ると、フィックスロープが下がった鹿窓への登りとなった(・・大ギャップは北鎌尾根のイメージだね・・/にょん談)。
鹿窓をくぐると、眼前に「包丁の刃のような」リッジが見えた。あれにはどうやって取り付くんだろう。暫く眺めていたが、案ずるより生むが易し。踏み跡通りに辿ると、取り付きに沢山のアイゼン跡が付いていた。ここをまたぎ越し、前方を見ると、トラロープのかかった10メートル程の壁が見えた。一ヶ所ヤな感じのトラバースをこなすと、トラロープ壁の登りだ。まずはにょんにょん。一ヶ所スタンスが合わなくて、ちょっと不安を覚えたにょんにょんは、まいまいをビレイする事に決めて、上からロープを垂らしてくれた。登れそうとは思ったが、ビレイがあると心強い。ワシワシ登って、ロープを回収したら、第一高点はすぐであった(・・小ギャップは奥穂西穂ルートによくあるコルのイメージだね・・/にょん談)。
鋸岳と言うのは、いくつかのピークの集合体を総じた名称だが、その岩峰群の最高峰がここ、第一高点だ。鋸岳の山頂標もここにある。山頂には、別ルートから第一高点だけを目指して登ってきたと言う男性の3人パーティーが休んでいた。すっきりと晴れ渡った青をバックに、四方の山並みが手に取るように良く見える。遠くの山々は、雲海の上に頭を出し、物凄く高い山のように見える。しばし堪
能し、下山開始。草付きを下ると、コルからは延々とガレの下りだ。踏み跡があるようなないような、前方に赤テープが見えるとそれを目指し、見えなければ行けそうな所を適当に下って行く。時折、左岸にある樹林帯に逃げたりするが、やはり足元はガレだったりする。当然、落石も多い。岩雪崩のように足元の石を落としてしまう事もしばしばだった。いい加減疲れてきた頃、魔が差したようにまいまいが転んでしまった。足元の岩もろとも、5メートルほどごろごろと崩れ落ちる。何とか収まって足に異常が無いことを確かめ痛む腕を見ると、右ひじから流血して、軍手の淵まで赤い線を引いている。「痛いよぉ!にょんにょん、怪我しちゃったからちょっと待ってて!」半泣きで立ち上がると、足元に血塗られた石斧状の岩が転がっていた。ちくしょう!まいまいをこんな目に合わせたのはお前か!反撃しようにも、打ちひしがれたまいまいにそんな元気は無い(・・反撃しても痛いよきっと・・/にょん談)。とぼとぼとにょんの待つ大岩の影に向かい、手当て
してもらう。消毒薬を付けると、たいした事無い擦過傷である事に気付く。なぁんだ。この程度なら唾付けとけば治るや!とたんに元気になるまいまい。現金なものである。
うんざりするガレの下りが樹林帯によって終結され、今度は延々と続くきのこロードとなってしまった。まいまいには比較的足裏に優しい好ましい道なのだが、いかんせんガレで疲れてしまっていたので、思うように歩けない。途中、横岳峠方面の廃道と道を分ける所で間違って廃道に足を踏み入れたが、他は問題なく戸台川渡渉点に辿り付いた。
飛び石をまさに飛んで対岸に立つと、おもむろに靴を脱ぎ、冷たい川の流れに浸してみた。水温が低く、長くは浸けて置けないが、熱を持ったように痛かった足が、ひんやり癒されていく。休憩中、ボトルを流れに浸して、冷たくなったジュースをぐびぐび飲んだりした。
かれこれ小1時間も休憩し、根の生えかかった腰を何とか引き剥がす。これからは、この川沿いにほぼ平坦な道を行く。危険地帯もなく、のほほんと進む。あまりにものほほんとしていたので、後方から朝一緒だった4人パーティに抜かされたり、それまで会わなかった2人パーティーに抜かされたりと、亀足の犬猫であった。だって足が痛くて早く歩けないんだもん。取水ダムを過ぎ、林道に車が見えてくると心の中で「乗せてくれ〜!」と叫んでみるがそれも空しく、何度も休憩を取りながらやっと戸台の駐車場に辿り付いた。ここからさらに舗装路を歩き続けると、前方に赤い橋が見えてきた。戸台大橋だ!何とかがんばってバス停に着くと、「今日は北沢峠から満員のバスしか降りてこないから、最終バスになっちゃうかもしれないよ」と停留所のおじさんに教えてもらった。そんなに待つのか〜・・。二人でぐったりしていると、そのおじさんが色々な所に無線で問い合わせしてくれて、何とか立ち乗りなら2人乗せてあげられるかもと言うバスが、何台か後にここに着くと言う返答をもらった。ありがとう、おじさん!!でも、そのバスもあまりにも巨大な荷物なら無理との事だったので、ちょっと不安であった。しかし、乗客の方と運転手さんの計らいで、何とかそのバスに乗ることもでき、無事に仙流荘の駐車場に着くことが出来た。ありがとう!運転手さん!ありがとう!乗客のおじさん、おばさん!感動にむせぶまいまいは、長谷村に引っ越してしまおうかと思うほど、長谷村ファンになってしまった(・・乗客は長谷村の人じゃないと思うけど・・/にょん談)。