龍音さんのペルー紀行



マチュピチュ

さる1999年11月1日より11日までペルーに行ってきました。(生まれてはじめての海外旅行です。)ペルーといえば謎のインカ文明の遺跡が数多く眠る場所です。そしてこのO-ENの会員なら興味のあるだろうマチュピチュ、チチカカ、ナスカすべていってまいりました。今回は単純な観光ではなく、できるならば怪しいことを体験しようと、シャーマンに同行してもらいいろいろなワークなども受けることにしました。そして体験したマチュピチュ山頂の儀式やコカの葉の儀式、アヤワスカなどいろいろ書いていきたいとおもいます。
リマ
 

リマ 大統領公邸前(フジモリさんのいるところ)

はるばる飛行機で20時間とうとうペルーの首都リマに到着した。

初めての海外の印象は乾いている、貧しいといったところ。とにかくカサカサして町は廃ガスで空気が汚く、道は砂で汚れていた。

初日の観光はリマの中心広場の周りと博物館のみ。中心街での買い物は危険なのでさせてもらえず。大統領公邸は中心広場に面しており、比較的安心だったが、貧しい子供の物売りが多くいた。

その後あの日本大使館公邸跡にむかいガイドさんが説明、場所は高級住宅街で本来は安全なところだそうで。実際、当時は周りのホテルが繁盛して良かったと地元の人がいっているそうだ。

その後ホテルに戻り、天野博物館へ ここは日本人、天野氏が発掘した物が展示してあり、手にとって見ることもできる。故天野氏の奥様が説明して下さったが、重い、なんと言うか雰囲気が重くてとても耐えられなかったので早めに出て外で待つことに、高い鉄柵(場合によっては電流付)で守られた安全?な庭でぼんやり待つことにした。

しかしこの雰囲気の重さはなんだろうか、出土品に悪いエネルギーがあったのだろうか?それとも奥様の説明があまりにたいくつであったためであろうか。しかしここは無料で入場でき(要予約、気持ち代分位お土産購入必要)本物の出土品を触れるのはよい

その後ホテルにもどりやっと自由時間、ホテルはミラ・フローレンス地区という白人の住居や大企業のオフィスの建ち並ぶ安全な地区、道にも警官が数百メートルおきに立っており安全(?)だ。

そこでとうとう私は海外で初めて一人で外出ということをしてみた。周りはすべて外人ばかりだ。(あたりまえか(^^;))言葉も通じない。みんな泥棒に思えてくる。すると突然後ろから声が・・・

すわ強盗か、恐る恐る後ろを振り返ると両替のおっさんだ。ペルーはほとんどドルが通用するが、現地通貨ソーレスに換えたほうがなにかと物を安く買える。しかし両替のおっさんは初心者にはおすすめできないそうだ。まれに偽札をつかまされたりするそうだ。安心なのはホテルだがレートが悪い、一番いいのは町に店を構えている両替屋が一番言いそうだ。ちなみに当時のレートは1ドル=3.4ソーレスで1ソル(ソーレスは複数形)30円位だろうか。現地の人が食べに行く食堂では2ソーレスで豪華なディナーが食えるそうだ。

しばらく歩いていると同じツアーの女性陣がいた。私は後ろから、さりげなく日本語で「手を上げろ、金をだせ」と挨拶したら非常に驚いていた。ミラ・フローレンスは安全な町だ。

総じてリマと言う町は何もいいとはおもわなかった。心残りは黄金博物館にいけなかったことと、カジノにいけなかったこと位だろうか。

ナスカ
 

翌日リマの空港からおんぼろジェットでイカという町に向かった。エンジンの不調で出発は1時間ほど遅れたが、ペルーでは速いほうだろう。この文章が見られるということは命も無事だったわけだ。

イカの町は砂漠でその中にひとつ高級リゾートホテルがある。白人のおじさん、おばさんがプール脇でゆっくりくつろいでいた。(見習いたい物だ。このホテルで2週間くらいゆっくり過ごしたい。)われわれ日本人ツアーはそのホテルでせかせかと食事を済ませナスカの地上絵見学に。

イカの町からセスナに乗りナスカまで1時間ほど途中の景色はすばらしい。飛行機もおんぼろジェットよりずっと良い。

そして地上絵に到着したとたんにセスナの操縦はとたんにおんぼろジェット以下になる

ナスカの地上絵(宇宙人)

右へ左への急旋回で先ほど食べた、昼飯が胸に上ってくる。写真をとろうものなら強烈な吐き気がおそう。そうしてとった写真が右の宇宙人だ。真ん中のガラスの反射の白い影のすぐ左隣りの赤い山肌にある、右手を上げているやつがそうだ。写真では小さく見えるが、何百メートルというスケールだ。ちなみに右の丸い物はUFOではなくセスナの燃料タンクだ。

ナスカの地上絵は見るだけが一番だ、窓なしから吐き気にたえながら撮影するプロにかなうわけがない。もっとも日本人の伝統的な儀式である人物を入れた旅行証拠写真を撮影するのもいいだろう。ただしほとんどの絵を見落とすことを覚悟して

霊的な意味で絵そのものにはエネルギー的なものは感じなかった。ただ単に昔は進んだ文明があったんだよ。と言う記念碑てきな意味くらいではないのだろうか。バスで地上から見るとまた違うのだろうか。自分としては一回見れば十分だと感じリマにもどった。

クスコ
 

クスコ全景


クスコ中央広場

さて、このあたりからいよいよ本命のインカ文明の中に入ってくる。

早朝、リマからジェットで1時間ほど標高3300mのクスコの町に到着する。(霊的なことだけを探求するなら、東京からリマにつくのは現地の夜中なので、そのまま空港で時間をすごし、早朝のクスコ行きに乗ったほうは時間の無駄が無くていいとおもう。)

海抜0mからいきなり3300mは苦しい、最初にツアーの子供がやられた、高山病だ。ひどい腹痛に苦しんだが回復も早かった。

その後大人たちが頭痛や吐き気を訴えだす。自分もこのときやられた。しかしまったく大丈夫なひとも何人かいた。いったいこの人たちはどういう体をしているのだろうか。

漫画アマテラスに載っていた(雑誌連載分、単行本未収録2000年9月現在)そこらへんの石を拾ってきてそれに同調するというのを試してみればよかった。それで高山病が治ればもうけ物だ。しかしそのときは忘れていた。

変わりに瞑想の呼吸法で4秒で吸い、16秒止め、8秒で吐くというのをやってみた。これは結構効果があったが、夜寝ているときは普通の呼吸法に戻り、翌朝は頭ガンガンの元通りだった。またコカインの原料である、コカの葉を煎じた、コカ茶をのむのも気休めだが利いた気がする。気休めとは言ってもこのコカ茶は日本に持ち込むとつかまるのでご注意を。(しかしおみやげには手ごろなんですねー。ティーバックとか安く売っているし)

クスコ到着当日、普通は1日休養に当てるようだが、せかせかジャパニーズ観光ツアーは、そのままシャーマンの家に向かうことになった。

 

クスコ近郊(ミュージックシャーマンの家)
 


祭壇


クスコ郊外のシャーマンの家にやってきた。このシャーマン(名前は忘れた)は音楽を神さんに奉納するのがメインの人のようだ。

使う楽器はこれも名前を忘れたが、竹の笛と太鼓を使い歌も歌う、祭壇は護摩のようだ、火を燃やすのは写真手前のさらにあるコカの葉だけであるが、このコカの葉の煙というのがまたトランスに入りやすいもので、写真の岩の周りをみんなで円陣を組んで歌ったりしたわわけだが、非常にハイな状態になって目の前には紫の光とかも見えてすごかった。

こちらではコカの葉が非常に神聖視されており、コカの葉は日本の榊のような役目も果たす。コカの葉も精製して高濃度の物は体に悪いかもしれないが、生の葉の状態ならば適度な緊張緩和等に有効でよい物なのではないだろうか。少なくとも煙草よりは良い気がする。

昔から言われることだが、この儀式と護摩の類似、地名(飛鳥、ナスカ)の類似、人種の類似というものをこの儀式を見ていて感じた。環太平洋ムー文化圏なんだろうか。

今回お世話になったシャーマンはある集まりの招きで日本の富士山に登ったことがあるそうだ。

 

そしてその富士山はすべて裸足で上られたそうだ。なぜならこちらでは神聖な場所を土足で汚すことはできないからみたいだ。この辺も日本の感覚と似ている気がする。(さすがに富士山を裸足で上る日本人はいないだろうが)
クスコ近郊
 

ミュージックシャーマンの家の帰りにやたら気になる露石が複数あった。そのあたりをガイドさんに聞いてみると、やはり儀式をする岩があるということだった。(右の岩は違います)

クスコのシャーマンたちが集まり、石を囲むか、石に乗るかして儀式をするようだ。

クスコにはこの手のことに詳しいガイドが多い、やはりみなその手の物を求めて集まってくるのだろう。

当然当たりのガイドもいればはずれのガイドもいるだろう。今回のガイドさんは、まああたりのようだがガイド料が非常に高かったそうだ。

まあ金儲け主義といってしまえばそうかもしれないが、この手の需要はクスコと言えども少ないだろうし、やむ負えない気もする

パワースポットくさいただの岩

クスコ郊外
 

 

サクサイワマンの遺跡

通常のクスコ観光にはほぼ必ず組み入れられるサクサイワマンの遺跡だ。写真のような岩で円周200mくらいの小高い丘が二つ作られている。

これは通常のガイドでは砦と説明されてる。実際スペインに対して反旗を翻した、インカ人たちはここを砦としている。

しかしわれわれは他の観光客の冷たい視線の中、瞑想をしたり、整体をした。同行した、イギリス人イアンがこれらの指導をしてくれた。

自分は写真の岩にもたれかかって瞑想をした。するとイメージの中にインカのシンボル?かもしれないコンドルの線画で顔が横向いたやつが見えてきた。これはいったいなんだったんだろう。岩に念が入っていたのだろうか。特に戦いの情景とかは出てこなかった。単なる所有権的な意味で、イメージが書き込まれていただけなのだろうか。謎である。

しかしこのような巨石も、車輪なし(インカには車輪と文字が無かった)ではこばれたのである。

 

クスコ最高地
 


クスコ市街からサクサイワマンを抜けぼぼ1本道じょうに小さな遺跡が複数あり、その終点がここだ

綺麗な泉が湧いており飲むこともできる。しかし水源は不明だそうだ。しかしここは水のみ場と言うよりは禊場のような気がする。

ここで禊して下の遺跡で何らかの儀式をするのでは。

しかしペルーの人は風呂にはいらないからそんな習慣はないかもしれない。いや昔はあったかも。

水は恐る恐る飲んだので(ペルー生水は日本人には会わない)あまり良く覚えていないが結構重かったきがする。

タンボマチャイ クスコ最高地3700mの御神水の出るところ

クスコ
 

へたくそなバンド

 クスコ1日目のスケジュールもおわりホテルに戻りあとは食事だけだ。食事はホテルの隣りのレストランだったがバイキング方式で、バンドもついていた。

料理は肉は硬く、魚は大味で、麺類は伸びており、ケーキはひたすら甘かった。

バンドはひたすら下手で退屈であった。これなら日本にきて駅などで演奏している連中のほうがよっぽどうまい。やっぱりうまいやつらは外に言ってしまうのだろうか。

クスコでとまったホテルは蒸留水がサービスでついていたので水には困らなかったが、通常はミネラルウォータを買わなければならない。

500mlで2ソレス 1.5リットルで4ソレス程度だ。(場合によっては吹っかけられるから注意するように。3ソーレスで買えたこともある。)これは現地の物価で考えれば非常に高い。2ソレスで豪華ディナーが食べられるわけだから。

しかし生水を飲むわけに行かない。その先には下痢が待っている。生野菜なども注意が必要だ。生水で洗ってるわけだから。

水代を安くしたければインカコーラは安い1.5リットルで2ソレス50センチモス(2.5ソーレス)だ。黄色い液体でニッキ水みたいだが少し炭酸がある。ライフガードあたりが味がちかかな。

ホテルの前では物売りの子供や、おばちゃんがてぐすね引いて待ち構えている、彼らを無視するのもよいが写真に続いて日本の伝統的な儀式である、「みやげ物の買いあさり」をするのも楽しい。基本的に言い値で買ってはいけない。(貧しい子供たちに施しと言う気持ちもで言い値で買うのも良いが相手に馬鹿にされるだけである。)そして2ソレスでディナーが食える事をわすれてはいけない。また品物も売れ残りや、不良品が多いのでしっかり確かめるように袖の長さの違うセーターや簡単に取れるボタンなどよくある話だ。

自分はペットボトルを入れるホルダーがほしかったので物色してみた。最初は2ドルだったが、帰る振りをすると1ドルになった。そして、ソレスで払うというと3ソレスでOKだった。(買い物のときは1ドル=3ソレスで計算する場合が多い)たくさん値切ったことをツアーの仲間に自慢しようとおもったら同じ物を2ソレスで買った人がいた。

露天ではなく通常に店を構えてるおみやげ物屋は割引率が低い10%〜30%引き位だろうか。しかも先進国の物価に合わせて売っている。がしかし確かにものは良いので自分用のお土産はこういったところで買うと良い。

クスコ、マチュピチュ、チチカカ湖、リマなどのメジャーどころのおみやげ物やは高くてどうしようもないが、移動途中の小さな村などのみやげ物やに行くと提示価格自体も安いし、割引もしてくれる。外国人観光客スレていないおみやげ物やはねらい目だ。またソレスを用意しておけばさらに安くつく。

 

クスコ
 

クスコの夕焼け


クスコの夕焼け

さていよいよクスコの滞在も終わり、明日からは怪しい世界に突入だ。高山病の痛い頭を抱えつつ、クスコの美しい夕焼けを眺めながら、未知の世界へと旅立つ。とその前に一眠り明日は早い

心残りはアワヤスカの儀式ができなかったことだ。日程がキツイことをガイドさんが心配して今回は取りやめになってしまった。

モライ
 

モライの遺跡の周り

翌朝われわれはバスでモライの遺跡に向かった。

道亡き道をへてようやくたどり着いた場所には何もない。まさに何も無い周りには一面に広がる赤茶けた土、遠くには雪をいただく山々、電気、水道、ガスもないのであろう大自然。

嗚呼! ハイキングにきたのなら最高のロケーションだ。しかしわれわれは遺跡にきたのである。いったい何処に遺跡が。

と周りを見渡すと一軒のみすぼらしい掘っ立て小屋が。どうやらチケット売り場のようだ。こんな大自然の中には似つかわしくない余計な建物だ。そうそうに取り払ってほしい。決してチケット代をケチろうと思っているわけではない。大自然の中には不釣合いと思っただけだ。

しかしこんな人っ子一人いない所まできてチケット代を徴収するか普通

 
掘建て小屋から少し進むといきなり同心円状に掘り下げた穴が見えてきた。

おお!これがモライの遺跡かと感動して除いてみると、ペルーのおっちゃんたちが崩れた石垣を治している。なんとものんびりした様子だ。

観光客はわれわれのツアーのみで他は誰もいない。そもそもこの遺跡は通常のルートから外れているので普通の人はこないそうだ。せいぜいわれわれのような怪しいツアーか物好きが来るくらいだろう。

ガイドさんの説明によればここは段々畑の跡だということになっている。しかしちょっと考えれば分かるが普通の平原にわざわざ穴を掘って畑を作るなんてばかばかしいことなどをするだろうか。どう考えても畑ではないと思う。

モライの穴その1

 

モライの穴その2

とりあえず考え付くのが劇場だろうか。しかしこんな山の中のど田舎に劇場を作っても客はこないだろう。昔この当たりに町があったという話も聞かない。

とすると考えられるのは祭壇ではないだろうか。シャーマンが穴の中心にたち何らかの儀式を行いう。また周りの段々畑には他のシャーマンが立ち並び一緒に儀式を行ったかもしれない。

ということでわれわれは当然儀式を行うことにした。一番目の立派な穴は工事のおっちゃんがいて恥ずかしかったので2番目のみすぼらしい穴でおこなった。

しかしこのときの秘儀は、高山病の為バスの中で寝ていた私にはわからない・・・

 


続き


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