・徳島編
まずは鳴門市から
1発目:カニ塚・尼塚古墳
大津西小学校の北側の田圃の中にある。

カニ塚古墳、直径31mの円墳で、近年の地下レーダー探査で周濠が確認されている。
同じ住所で尼塚古墳があるはずなのだけど見当たらない?
復元長37mの円墳で地下レーダー探査で2重の周濠が確認されている。
徳島埋文Webには痕跡が残っているとあるのだが分からなかった。
2発目:土成丸山古墳
予定外であったが、十楽寺に向かう途中にあったので寄ってみた。

3発目:十楽寺山古墳
徳島埋文Webに”古墳は7番札所十楽寺の裏山にあり、見学が可能。”と書いてあった。
楽勝じゃんと思い行って見ることにした。
県道12号線を西に向かう。
いくつもの古墳があるが、前回きたので今回はパス。
お寺について、靴のバンドを締めようとすると金具が取れた。
もう片っ方も取れた。
なんや、いやな気分だ。不吉な予感
境内を探すが表示はないので、事務所で伺ってみると
「過去に徳新(徳山新聞のことらしい)に記事がでてたずねて来られる方いらっしゃるが
古墳はお寺にはなく、離れたところにあることは聞いてます。」
えっ、見学可能じゃないの?
徳島埋文に電話した。
担当係員が休みなので分からないとのことでしたが、webに見学可能って書いてあるからきたのに
分からないのではしょうがないから諦めますと言うと。
埋文:「折角来られたのに諦めるのですか?」
俺:「分からないのではしょうがないでしょう。諦めます」
埋文:「まだ、こちらにいらっしゃるのですか?担当に電話で確認します。」
俺:「いや、そこまでしなくても......」
結局、確認して電話をもらうことになった。
岩屋古墳を見てもう土成町をでようか移動開始するとナビに図書館の文字が出てきた。
ちょっと寄って見よう。
資料があるかもしれない。
土成町誌に、石室の写真が載っていた。
竪穴石室というが河原石を並べただけと言った感じだ。
その時、埋文から電話があり場所は電話では説明できないので来れば遺跡地図を見せてもらえるとの
ことだ。
一旦戻ることになるので勿体ないが仕方がない戻ろう。
徳島県の遺跡地図を見させていただき場所を特定。
墓地の上付近のようだ。
係員に方が、たぶん草だらけ分からないかもしれないですよと言っていたが、探して見る。
林を探して見るが、トレンチ跡らしき所がありその先は木がなく雑草が生い茂っていた。
あやしいところだ。

結局、分からず引き上げることにした。
今回、見付けらなったにも関らずだらだらと文を書いたのは写真のない資料は信用してはいけない
という事と、これが悲劇始まりであることを言いたい。
あと、徳島埋文の記事の”見学可能”が修正されることを期待する。
4発目:土成岩屋古墳
旧土成町高尾の墓地の中にある。、


5発目:姫塚・遊塚古墳
土成町誌に姫塚が載っていたので探して見た。
ないな?
畑にいる方に聞くと場所を教えてくれた。
その方が、「卑弥呼の顔をを見たことがあるか?」
と聞いてきた。
当然、ありませんと回答したら、「家に卑弥呼様の顔が浮き出た石がある。見ていくか?」
いやとは言えず、眉唾ものだが、ちょっと期待してついて行った。
わざわざ、祠をつくり祭ってあり、見せてもらい写真も撮らしていただいたが自分には分かりません。
教えてもらったところに行くが何もない。
周辺を探索し、リサーチしたがあやしい所があったが違うようだ。
断念。
ここで、岡山の友人と連絡がとれた。
話しているとなんか行き違いがある様で不愉快な思いをさせてしまった。
すまん。
6発目:三島古墳群 3号墳
北岡西・東古墳や、北原古墳などなど再訪したかったが時間を食いすぎたのでパス。
一気に三島古墳群に向かう。
ここへ来るのは3回目。
1回目は道を間違ええらいところを歩き回った。
2回目は1,2号墳は見ることができたが、腹痛で3号墳は断念した。
今回は3号墳をめざす。
1,2号墳から東へ行ったところにありそうなのだが、今回は役所に電話で行き方を聞いた。
三島小学校の前の道を東へ行くと三島教育集会所がある。
ここに車を置いて、横の道を登っていくと古墳があるとのことだったのだが
民家に入ってしまう!
いやいや、さらに山を登る道がありました。
谷間にそって登っていくが古墳がない?
靴のバンドが締めてないので足に力が入らない、すべるすべる、イテイテテ。
こけました。
西に向かう道があったので一旦1,2号墳を目指すことにしたが藪に突っ込み先に進めません。
2年前と同じ状況だな。
もう、秋になったので草木は枯れてきたと思っていたが甘かった。
あきらめるか、またこなきゃいけないのか、へこむ。
下って民家の前にでて、やはり諦めたくない民家に突入!
犬がいる、いつものように吠えられる、さらに鎖がついていない。
やばい、かとと思ったが臆病なようで近づいてこない。
よしよし、玄関に突入。
ご主人に聞いて見ると、もうちょっと東の木の向こうを登るんだよ、ただ道らしい道はないよと
言われた。

行ってみるとたしかに道らしい道はない。
写真の小屋の隣の家に聞いてみた。
「家の裏から登って行くと、道が出てくるから西へ行かずに登ればある。」
と教えてくれた。
敷地内を通過させていただき(草だらけの斜面を登る)例の道を見つけて登る。
西へ行ってはいかんと気をつけて登ったつもりだったが東に向かっていた。
バック、バック!
道が草木に覆われ見にくい!
やっと、説明板と標柱が見えてきた。
やった!

草だれけ、まだ時期的に早かったか。
でむ、うれしい。


7発目:国中古墳
再訪です。
美馬市指定史跡で住所が分かっているのだが、地図には出てこない。
岩倉小学校の北側付近になるはず。
垣根の手入れをしていたお宅に突入。
上のゲートボール場にあるとのこと。
行ってみた。
国中宮の石碑があるだけ?
また戻って聞いてみると、話がかみ合わない。
なんとか説明できた。
昔は塚穴があったけど、今は入れんのじゃないか?と言われた。
地主さんもいろいろあって、変わってしまっているのでわからんのではと言われたが
車を置かせていただき、探しに行って見た。
竹やぶの中を探し、崖面はコンクリートで固められているしどこだ?
諦めたした。
もう来ないだろう。
誰かが見つけてくれるまでは。
8発目:丹田古墳
東みよし町の丹田古墳に行く前に岩倉古墳を探したかったがパス。
ここは、前回石室を見れなかったので再訪した。
前回来たこともあり道は覚えていたが、こんなに狭くてカーブが多かったかな?
バイクと車では感覚が違うな。

げっ!GWに来た時と変わらないじゃん。
相変わらず雑草だらけ。
今回は情報を仕入れてきた。
後円部にお堂がありその裏に開口しているようだ。
前回は左から行ったので、今回は右側から進む。
後円部付近にくると説明板が見えた。
ここだけ草がないじゃん。

あのネットが開口部だ。
なんだよ、ちゃんと1周廻れば見つかったのに、前回は無理して墳丘に登ったりしたので
気がつかなかった。

中はこんな感じ。
三角形の竪穴石室です。
それにしても、墳丘の雑草はなんとかならんかな。
積石塚なのですが、さっぱりわからん。
前回、天井の蓋石か?と思ったものは積石の一部だようだな。
この石室は三角形なので天井石なのない?
あと東みよし町でいくつか探すつもりでしたが時間切れ。
香川県に向かう。