登呂遺跡News
・平成21年5月11日
ゴールデンウィーク中の5月4日に行ってきました。

前に来た時より倉庫が1基増えました。
ガイダンス館はまだ開いてません。

復元住居ですが右と左の建物の色が違う。
右側の建物は鉄骨コンクリート製なので色があまり変わらない。
わりと観光客がいるね。

jこの住居跡の前に登呂博物館のぼりがある、なにをしてるのかな?
中で火起こし体験教室をやってました。
早速、体験学習をやっていな。
完成が待ち遠しい。
余談ではあるが、整備工事前、公園北側にあった丸山古墳出土石棺がどこへいったのか
気になっていたのですが、どうも静岡市埋蔵文化財センターに転がっているらしい。
確認しに行きたいが平日のみしか開館していなので難しいな。
あれ?自分が撮った石棺の写真もどっかいってしまった。
どうしよう。
・平成21年1月11日
昨年の12月31日に見てきた。

だいぶ工事が進んできた。
完了は平成23年だからまだまだだね。

ガイダンス棟が完成してました。
この日は中に入れませんでした。

北からの眺め

祭殿、昔はなかったのですが平成11年の調査で見つかったそうです。
でもよく柱あとから祭殿と分かったのかな?倉庫じゃないのかな?

住居群
3基復元されている。

住居跡、雨が降った後に水溜りにならなければいいだけど、大丈夫かな?


右と左写真の復元住居には大きな違いがある。
右側写真の住居の屋根はコンクリート製です。
中の軽量鉄骨を確認したいが入れませんでした。

復元高床式住居、こんなに小さかったの?

まだ残る、過去の復元建造物、この高床式倉庫はうそだったのか?
新しい復元住居もしょぼくなったな。
・平成20年1月15日
前のNEWSを書いてから3年近く経ってしまった。
まず平成18年度のことから

こんな感じです。
平成19年1月の時点ではまだ住居跡は残っていましたが、丸山古墳の石棺が無くなってました。
平成20年1月13日の新聞に登呂遺跡の記事が載っていました。
復元住居が鉄骨造り、GRC(ガラス繊維強化セメント)パネルぶきでになるとのこと。
新聞には”静岡市民「安全考慮」「そぐわない」”と見出しがある。
たしかに、良くない!鳥取県の妻木晩田遺跡では同県内のヨシを使おうとしたりしているのに
なぜ、静岡市はなぜこんなことをするのか?国内初の施工方法で客を集めようとしているのか?
とちょっと憤慨したが、よく読むと復元する4基中の1基でした。
宿泊体験や生活体験が可能な「建築物」とする為に建築基準法の問題で 登呂遺跡周辺は都市計画で定める第一種住居地域で
屋根に不燃物を使用しなければならないらしい。
それでシリコンでカヤぶき屋根の細部にわたる型を取り、GRCを流し込んで作ったパネルで屋根をふくことになったのだが
GRCパネルの重量は杉の丸太では支えられないので鉄骨組となったそうです。
どんな物だが見てこよう。
1月14日に行ってみた。

型取りの為の茅葺は取り外されていた。
鉄骨での竪穴式住か、居意外と現代風でいいかも?

新しい説明板だが、祭殿がある。
いままでこんなん物のことを聞いたことがない。
吉野ヶ里の城に対抗して立派な建物を建てるのだろうか?
今後の予定ですが、博物館が平成22年10月開館予定、整備工事は平成23年3月31日までだ。
あと3年はかかるようです。
それまでは、来てもあまり見るものはありません。
・平成17年4月14日
静岡市駿河区にある、国特別史跡の登呂遺跡が7月以降、再整備されることになった。
現状での形は見納めとなる。
計画では復元竪穴住居を実際の遺跡の上に建て、水田跡や水路も弥生時代に近い環境に整えるとのこと。
又、博物館もリニューアルする。
昔は弥生時代の遺跡といえば全国的に登呂遺跡が有名だったが、吉野ヶ里遺跡の発見により知名度が下がった。
(教科書での採用数も減っているようです。)
これにより観光客も減ったことも一つの要因、もうひとつは施設の老朽化

私も先日、20年ぶりくらいに訪れたがだいぶくたびれた感じがした。
遺跡の管理について博物館と遺跡公園の管理が違う部署で行われ、意思の疎通がなかったようだが今回から
協力しあう体制ができたようだ。
数少ない国特別史跡なのでより良い整備を期待したい。
欲を言えば駐車場を無料開放してもらいたいことと、博物館には登呂遺跡以外の市内の古墳などの出土品を
所蔵しているようなので公開してもらいたな。