民主党という愚か者の集団
〜年金問題における代表交代ドタバタ劇を嘆く〜
この3週間の、野党第一党・民主党の迷走ぶりは、あまりにもひどい。年金未納問題に端を発する、菅代表辞任、小沢代表擁立、小沢候補辞退、そして岡田代表推戴というドタバタ劇である。そして、それを報じるテレビ報道はもっとひどい。
そもそも国民年金の未納・未加入など、さしたる政治問題でも何でもない。少数の例外を除き、問題となった議員の誰もが払う意志を持っていながら、制度の不備により「払っていなかったことになっていた」だけである。制度の不備を問題にするならともかく、個々人の未納に対して政治責任を問うというのは、まさに野党が好む「敵失の攻撃」以外の何者でもない。現在の年金問題における「未納者」とは、自らの意志で国民年金に加入しない/納付しない人々のことであり、その数が増加し4割になんなんとしていることが問題なのであって、制度上の不備により納付できていなかった議員の個々の問題について、政局として取り上げる方がおかしい。
今回の一件は、始まりが社会保険庁のテレビCMに出演していたタレント江角マキコの未納問題に始まったこともあって、テレビ局は格好の政局話題として取り上げ、またテレビ受けを狙って菅代表・岡田幹事長が政府攻撃の切り札としたことが発端である。だが、民主党が奇しくも主張していたごとく、「年金問題は国家百年の大計」であって、政局(政治問題により波乱を起こして政権交代を迫ること)にするような問題ではないのだ。
菅直人代表が政府要人を「未納三兄弟」などと揶揄したあげく、自らも未納の事実があると発覚するやひたすら保身に走り、政府側が福田官房長官辞任という切り札を切った後も、見苦しく弁明に努めたことは周知であろう。それが菅氏の政治生命を断ったのも事実である。本来、菅・岡田執行部はこの失敗に学ぶべきだったのではないか。それにも関わらず、次期代表に小沢一郎代表代行が内定するやいなや、今度はその代表辞任を武器に、政府与党の責任を問うため、またしても同じような攻撃をし始めた。自分たちはすでに党所属国会議員の調査はすんでいるという安心感があったのだろう。だが、自分たちも、年金納付が義務化された昭和61年以降の調査しかしていなかった。当然である。義務化される以前の納付問題については、たとえ未納付があったとしてもなおさら政治責任を問われるようなことではない。文字通り「義務ではない」のだから。それを自分たちで調査しておきながら、民主党執行部は、小泉首相の未納問題について、昭和61年をさかのぼって義務化以前の時期を問題とし、攻撃した。そしてその挙げ句、自ら擁立していた小沢一郎候補にも昭和61年以前に関しては未納の時期が存在したことが判明し、ふたたび自ら首を絞めることになったのである。愚かであるとしか言いようがない。この間、福田官房長官をのぞき、政府与党は表だって民主党と対峙していない。まったくの民主党側の独り相撲といっていい。哀れな一人芝居を演じて国民の前に醜態をさらけ出したのである。
そして、この間の責任は全く岡田幹事長に帰する。菅直人は代表辞任直後で表だって活動できる状況になかったし(それでも批判演説は行っていたのだが)、小沢新代表候補も公式の場ではこの問題に言及していない。ひたすら岡田幹事長が首相の責任を問う発言を繰り返していたのである。
その岡田氏が責任を問われることなく、それどころか新代表の座に堂々と居座り、周囲もそれを認め、持ち上げている。こうした構図を見るにつけ、民主党の本質という物がよく理解できる。この政党に政権担当能力は全くない。断言しても良かろう。
実際、政府与党のやることには何でも反対しておけば喜ぶ、与党要人の失点を突けば必ず拍手をしてくれる「国民」というのは、実はマスコミと野党が作り出した”虚像”なのである。自分たちが作り出した虚像に踊らされて「なんでも反対政党」に落ちぶれる野党・それを煽るマスコミという存在はまことに滑稽であるといわざるを得ない。「国民」が本当に求める「責任野党」の姿は、政府与党案とは別の対案をつねに用意し、違ったやり方で未来を見せてくれる政党である。敵の失点を攻撃するだけの政党に信頼が寄せられることはない。
本来、政党は政策・政権担当能力で勝負する物である。だが実際の歴史において日本では、"政局"によってしか政権交代が実現したことがない。それで安易な政権交代の手法として政局を混乱させるという手段が往々にして選ばれる。社民連・新党さきがけという弱小政党の出身である菅氏にとってみれば、政局以外に政府与党を打倒する手段は思いつかなかったのかも知れない。だが、政局によって政権交代を目指すというのは本筋ではない。それは、昨年の総選挙の際に「マニフェスト」という不可思議なスローガンをもって民主党自身が主張したことでもある。政策勝負を放棄し、政局で打開をはかる作戦に頼った民主党に国民の支持が向くはずがない。思えば今回の政変劇で、政界きっての"政局屋"小沢一郎に次の代表を託したことが、政局にすべてを期待する民主党の体質をよく表している。
敵の失点を攻撃して人気を得るというやり方は、55年体制下の万年野党と全く同じ戦い方といわざるを得ない。少なくとも堂々と「政権を狙う」と標榜する政党が行うことではない。本来、政権交代可能な健全なる二大政党状況においては、与党と野党の政策の7割は同じである必要性がある。いざ政権交代が起きた際に、何もかもすべての政策が変わってしまったのでは国民は混乱するからである。ゆえに、なんでも反対政党では有権者は政権を託す気にはならないのである。米国においても、あれほどイラク占領統治で「失点続き」と報道から責められている共和党ブッシュ大統領のことを、民主党ケリー候補はイラク問題で攻撃する気配は全く無い。戦い方を解っているからである。とにかく政府自民党要人のささいな失策を攻撃して、自分たちをよく見せたがるというのは子供じみた正義感の発露でしかない。国会は学級会ではないのである。民主党が政権を本気で狙うのであれば、もっと大人の戦い方を知らなければならない。前代表の鳩山氏が、是々非々で自民党と向き合い、時には協力し、最近も憲法改正を軸とした政界再編に秋波を送っているのとは好対照といっていい。果ては、小泉首相に首を切られた中曽根元首相擁立論までぶち上げた。むしろ、これらの方が自民党への揺さぶりは大きかったのである。本当の野党第一党の戦い方とはこういうことなのだ。
しかし、民主党内で"大人の戦い方"を知っているのは自らも政権を担当したことがある自民党出身者のみなのである。万年野党体質が抜けない旧社会党グループや、それを見て育った"純粋まっすぐ"若手グループは、本当の戦い方を知らないのだ。かつて自民党に在籍した期間が長く、党内抗争の手法もマスターした羽田孜・鳩山由紀夫といった面々こそ、自民党を追いつめる上でトップに据えるべき人材なのである。だが、民主党はあまりにも「非自民」にこだわりすぎた。一昨年、民主党は愚かにも自分たちで選び出した鳩山代表を引きずりおろしてしまい、戦い方を知らない菅直人を無理矢理トップに置き換えた。菅代表もまた、執行部を岡田幹事長・枝野政調会長・野田国対委員長と、子供じみた正義感で自民党を攻撃することしか知らない若手で塗り固めた。これでは国民有権者が「政権を本気で狙っている」と思えないのも無理はない。「マニフェスト」「政権交代」を訴えた昨年の総選挙でも、躍進を遂げながら、実質上の"二大政党制"には程遠い結果に終わったのも、国民が民主党にまだ政権担当能力がないと判断したからに他ならない。
事実、民主党は年金法案における論議において、今国会でも旧態依然とした審議拒否などという姑息な国会対策を行う一方、「政権を狙うべき政党」として当然求められるべき政府与党案に対する「対案」を党内審議のごたごたからまとめきれず大幅に遅れて提出したという醜態をさらしている。いやしくも「政権を担える政党」を主張するのであれば、政府与党案への対案を審議するたびに、寄せ集め所帯の党内が分裂の危機に陥るような不安定な党内事情を解決しておかねばならない。本来その役目を担うべきであった岡田克也幹事長は、この任期中1年半、そうした努力を全く払ってこなかった。その人物が今や代表である。
今後もし、民主党が政権を取るようなことがあったら、そのきっかけは間違いなく"政局"である。国民が選挙でこの党に政権を託すようなことはあり得ないだろう。(2004/05/21)