靖国報道というバカ騒ぎ


まったく、マスコミのバカ騒ぎには毎度毎度驚かされることばかりだが、さすがに今回の小泉首相の靖国神社参拝に関する報道姿勢は、限度が過ぎていると言わざるを得ないだろう。怒りを通り過ぎて絶望感が残るのみである。

そもそも、一国の総理大臣が、国のため戦って死んでいった戦没者の霊に対して、感謝の念を表すため参拝するなどという行為は、どこの国でも行われている当然のことで、これほどバカ騒ぎをする理由が分からない。小泉改革への国民の支持に対して攻め手がみつからない野党が、戦略として小泉内閣攻撃のために野次っているのは、まだ理解できる。しかし、現在それこそ真っ赤になって反対している土井たか子党首の社民党も、かつて日本社会党と名乗っていた時期、むしろ靖国神社の肯定派であったことをひた隠しにしていることをなぜ各機関は報道しないのだろうか。マスコミ諸氏は「自民党守旧派こそ小泉改革の最大の抵抗勢力」という自分たちがこしらえた構図を視聴者に植え付けようと必死だが、これらの外圧に応じて首相を攻撃し、祖先と先輩に対する冒涜を行う野党側こそ、最大の抵抗勢力であることをはっきりさせるべきであろう。

「アジアの平和のために、首相は参拝すべきでない」などという、真に馬鹿げた論が跋扈しているのもこの問題の特徴である。どこに、他国の元首が戦没者慰霊を行ったからといって平和を害する行為などと糾弾する権利があるだろうか。そんなものは世界史上で見ても、今回の中国共産党と大韓民国政府のみである。彼らの方が非常識なのであるから、こちらがあわせる必要など全くない。しかも、そもそも首相が靖国神社に参拝するということは、純然たる国内問題である。外交問題などではない。ことさらにこの問題を外交問題化しようとする朝日新聞はじめとするマスコミの詐術に、国民はだまされてはいけない。マスコミの詐術は、言葉の端々に現れている。NHKから民放に至るまで、TVのニュースでは、今回の靖国騒動に不快感を表している国家として「中国・韓国など」という表現を用いている。そもそも、この表現が欺瞞である。この問題に関して理不尽な横やりを入れてきている国家は、この二カ国以外に存在しない。「中韓など」ではなく「中韓二国」と言わなければいけないのだ。この問題の過度に大きく見せようとする報道姿勢から、視聴者に対してあたかも上記二カ国以外にも多数の国が日本に抗議しているかのように見せる歪んだ表現を生み出している。こういうのを「歪曲報道」「偏向報道」という。

今回、反対派の圧力に屈して、首相が当初公約していた「終戦記念日」=8月15日ではなく、その前々日である13日に参拝せざるを得なくなったことは、誠に残念な決断であった。「有言実行」の男のレッテルのはがれようというものである。しかし、途絶えていた首相参拝を復活させたこと自体には、それなりに意義があるといえよう。

今回の小泉首相の靖国参拝に関する言動で、もっとも評価できる部分、それは「公式・私的」なる参拝形式に関する無意味な議論を一笑に付して堂々と「こだわらない」と言明したことである。そもそも靖国参拝に公式・私的などという区別はなかった。声高に叫ばれるようになったのは1970年代に入って三木武夫首相が「私的参拝」と言い切ってからである。三木首相以前は、何の問題もなく首相は当然のように靖国参拝を行った。今回反対派としてバカ騒ぎの一方の主人公となった田中真紀子外相の父・田中角栄総理も同様である。この三木武夫というリベラル政治家は、なぜ自民党に所属していたのか分からないほど左翼的・戦後民主主義的な考えを持った男である。党内基盤はほとんど無かったが、田中角栄首相が金脈政変で辞任表明した後、「密室政治」の最たる「椎名裁定」で首相に選ばれながら、国民の支持を背景に、政局を翻弄した首相である。三木首相は靖国参拝問題以外にも、防衛費のGNP1%枠など、その後誤りの修正に十数年もかかるやっかいな宿題を残した迷惑な人物であった。靖国参拝も、結局昭和60年中曽根康弘首相が「公式」と言明し、中国共産党が激昂して、翌年以降取りやめざるを得なくなった。この一件も、新聞・テレビによって伝え方がまるで異なる。あたかも中曽根首相が中国・韓国に対して、「靖国参拝が日本の侵略戦争肯定につながることを認めて」中止したかのような伝えぶりは、もはや偏向を通り越して捏造である。中曽根元首相は、その後はっきりと真相を述べている。中曽根首相にとって中国側の盟友であった知日派・胡耀邦総書記(当時)が中曽根擁護のために失脚する恐れがあったから、胡総書記の立場を慮って、翌年は中止したのだ。決して外圧に屈したわけでもなければ、靖国神社が軍国主義の象徴である等という中韓側の歪曲を認めたわけではない。このことをはっきりと伝え、強調しているのは読売新聞と産経新聞など、わずかであった。

そもそも「公的か私的か」という不毛な議論に意味など全くない。騒ぐことによって新聞が売れ視聴率が上がるからマスコミが取り上げるに過ぎない。今回も靖国神社から出てきた首相に開口一番「今回は私的ですか公式ですか」と馬鹿げた質問をぶつけた新聞記者がいたり、やれ「献花はポケットマネーで行われた」だの「肩書きは『内閣総理大臣・小泉純一郎』だった」だの「参拝には公用車で向かった」だの、まともな神経とは思えない狂ったような「私的・公的あら探し」が行われていた。瑣末な事柄を針小棒大に伝え、問題を大きくさせるマスコミの病理は、まこと手の着けようがない。特に性悪なのは、「小泉首相が靖国参拝にこだわったのは軍人会・遺族会の票目当て、つまり全くの選挙対策である」という中傷である。自分たちが勝手に作った「靖国参拝=選挙対策」という陰謀史観を真実と結論付け、それに対して容赦ない非難を加え、問題をすり替える、まさに極左集団の常套手段である。

その他にも、「いわゆるA級戦争犯罪人」合祀だの、政教分離だの、政権側を攻撃する材料には事缺かないらしい。しかし、合祀の意味すら分かっておらず、位牌や遺骨があると思いこんでいる反対派やマスコミの暴論。「首相機関説」なる論法で憲法20条政教分離原則違反を追求する宗教団体・公明党という滑稽きわまりない構図には、呆れるばかりで論評を加える価値すらない。また曰く「靖国神社は軍国主義・侵略戦争の象徴である」…馬鹿馬鹿しい。靖国の歴史を少しでも学んでから発言してほしい。「かってに我々の祖先を祀るな」というくだらない主張をする人々…ならば彼らがやはり侵略主義・軍国主義の象徴として糾弾する東郷平八郎元帥に愛着を抱いているスオミ(フィンランド)の人々に対して「尊敬するな!」「愛着を抱くな!」などと言ってみよ。スオミの人々はそれこそ激怒するだろう。自分たちが自主的に感謝して祀っている人に対して「勝手に祀るな」などという理不尽な要求をする権利が誰にあるというのか。国土と国民を守るため戦って死んだ当時の日本人(朝鮮・台湾の人々も含め)に対して感謝の念を抱いている人々に「勝手に祀るな」「死んで霊になっても支配するつもりだ」などといういわれない中傷は、死者に対する冒涜ですらある。果ては「靖国神社に代わる無宗教の国立墓地建設を」という不毛な意見。そもそも墓地に無宗教などあり得るのか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。「死んだら靖国で会おう」と誓って死んでいった祖先たちの英霊を勝手に現在生きているものが移して良いものか。それに、仮にもしそんな施設を作ったとしても、中韓両国の理不尽な要求は、その施設にも向けられるであろう事、火を見るより明らかである。中韓は靖国問題を利用して日本を外交的に追いつめたい(そしてより多くのジャパンマネーを引き出したい)だけであり、本質には興味がない。靖国が解決したらほかの問題で口を出してくることは歴然である。

今回のバカ騒ぎ…唯一、本質があるとすれば、純然たる国内問題である首相の参拝に対して、それをわざわざ外交問題化して、日本からより多くの譲歩を引き出そうとする中韓両国の姑息さ、それのみである。日本の排他的経済水域内で平気で軍事活動を行うという宣戦布告にも等しい暴力行為を行う中国共産党政府。日本の主権を無視してロシアとの密約の元、サンマ漁を行って恥じない韓国政府。日本の検定制度の意味すら分かっていないのに、絶対不可能な教科書修正要求を再三要求し続ける両国公式機関に対して、本来ならば国民に率先して、これら理不尽な外圧を糾弾しなければならない立場にあるマスコミという存在が、逆に外国の立場のみを代弁して、首相の厳粛な行為を中傷するという構図は、まともな国家で行われることではない。ふつうの国のマスコミは外圧と戦うことを誇りにしているものである。それ一つとっても日本のマスコミの異常さが分かる。今回の件が、あくまで外交問題であるとするのであれば、すぐさま今まで「中国の国内問題」という中国共産党側の欺瞞のために論議すらできなかった台湾問題について、抗議すべきである。中共側があくまで「台湾は国内問題である」という虚妄を言い張るのであれば、「靖国参拝こそ国内問題である」と言い返すだけである。どうしてこんな簡単なこともできないのか。理解に苦しむ。

今回の件に限らず日本のマスコミには、そもそも自分たちが社会に絶大な影響を与える「公人」であるという意識も、責任感も無さすぎる。マスコミ各社には、今回のバカ騒ぎによって世間を騒がせたことに対する「公人」としての責任を深く受け止め、各新聞社編集委員ならびにニュース番組のキャスターを辞任させ、二度とこのような騒ぎ(国内問題を外交問題化して著しく国益を損なう行為)を「日本人として」しないことを誓って欲しいものである。

(01.08.14)