
もう一度読む字
さて、前項で「未」だけ説明しませんでしたが、それはこの字がここで説明する「再読文字」だったからです。
再読文字というのは、「いったん読んだ後、もう一度返って読む字」のことです。
何はともあれ、読んでみましょう。とりあえず説明を放っておいた「未」でいきましょうか。
我
未
行
答えから先に言ってしまいますが、これは「我、いまだ行かず」と読みます。このとき、「未」という字に注目すると、なんとこの字はいったん「いまだ」と読まれているのにも関わらず、後からまた「行」を否定する否定詞として「ず」を補っています。
これが「再読文字」です。前に説明した「そのまま読む字」と「返読文字」をあわせたように読むのが「再読文字」ということです。
「再読文字」はいくつもありますが、よく出てくる字は、それほど数が多くありませんから、覚えてしまいましょう。
例:
應
食
→「まさに食ふべし」→意味:当然食うべきだ
例:
須
記
之
→「すべからく之を記すべし」→意味:かならずこれを記すべきだ
例:
将
呼
彼
→「まさに彼を呼ばんとす」→意味:ちょうど彼を呼ぼうとした
ということで、よく出てくる再読文字はこれくらいですので、そんなに覚えるのに苦労はないと思います。もちろんこれ以外にも再読文字はありますので、何はともあれ自信のない字はすぐに漢和辞典を調べてみましょう!
余談ですが、「もう一度読む」再読文字というのは、日本人だけの感覚です。実際に漢文を書いていた漢人は、再読文字と認識していたわけではなく、彼らは「未」という字が来れば、自然に「ああ、否定なんだな」と思うだけです。日本語でも「いえ、けっして」といえば最後まで言わなくても「ああ、否定なんだな」と分かるように、彼らは「未」や「須」を「もう一度」読むわけではなく、そういった意味を持つ字として、上から順番に読んでいるだけ。それを無理に日本語で読むために「再読」しているわけです。
こぼれ話
上に挙げた再読文字のうち、「盍」だけはちょっと特殊です。この字は(漢和辞典を見ると分かりますが)、そもそもは「コウ」と読み、「覆う」という意味の字なのです。それがなぜ「なんぞ〜ざる」になったのか?
実は現代仮名遣いでは「コウ」と書いていますが、この字の本当の読みは「カフ」なのです。カフという読みは「何不」と同じ発音なので、「何ぞ〜不A」という反語の意味で使われるようになったというわけです。二音節の二字が合成して一文字で使われるというのがおもしろいところです。
こぼれ話2
最近、簡単な文をわざわざ難しく言おうとする人の中に「すべからく」を誤用している例をよく見かけます。どうも「すべて」の意味で使っているようです。
例:そこにいた生徒たちは、すべからく立ち上がった
これは全くの間違いです!
本文の説明の通り、「すべからく」の本義は「〜すべきである」という意味です。成り立ちもまさに「すべし」+「く」からできている語です(恐れる→恐らく、言う→いわくと同じ。「ク語法」と言います)。そして、「とても〜ない」「おそらく〜だろう」などと同様に、必ず後に「すべし」という語尾と呼応する副詞です。「すべて」という意味はありません。
そもそも「すべからく」という副詞は、漢文の「須」を読むためだけにできた語であって、純粋の日本語文では必要ありません。使う必要のないところでわざわざ難しい言葉を使おうとして誤り、恥をかく良い例と言えましょう。