−「白眉」死因に込められた謎−
馬良(ば・りょう)字:季常(187〜222) 出身:荊州・襄陽郡宜城県
この「こだわり人物伝」では、正史『三国志』と小説『三国志演義』で、人物像が違う英雄の話を取り上げることが多い。が、ここで取り上げる馬良は、正史でも演義でもほぼ同様の性格・役割をもった人物であり、あまり違いはない。ただ、死に方が大きく異なっているのである。『三国志演義』では病死、正史では戦死。この違いはなぜ生じたのだろう…?
確かに正史と演義で死に方が異なる武将はほかにもいる。魏の王朗は、演義では諸葛亮(孔明)との舌戦に負けた悔しさで憤死している。これは正史にはない出来事で、諸葛亮の知謀を際だたせるための演出である。また、名医・華佗は、演義では曹操に処刑されているが、正史ではこの時期すでにこの世にいない。曹操の残忍さを際だたせるための演出である。このように、正史と演義で死に方が違う場合、何かを強調するための演出として利用されていることが多い。ところで馬良の場合は、正史では夷陵の戦い(222)で戦死している。が、演義では孔明が南蛮へ向かっている途中に病死の報を弟の馬謖が伝えてくる。一般的には正史の方が地味な死で、演義の方が派手な死であることが多いのに、馬良に限っては、演義の方が地味な死に方をしているのである。
馬良といえば、三国志以外でも「白眉」という故事成語の語源になった人物として有名である。彼の眉毛には白髪が交じっていたため「白眉」と呼ばれていた。馬氏の五人兄弟はいずれも字に「常」がつき、全員優秀だったが、中でも馬良がもっとも優れていたので、「馬氏の五常、白眉もっとも良し」と呼ばれた、というのは三国志ファンなら誰もが知っている故事だろう。弟の馬謖ともども優秀さを認められた馬兄弟は、蜀の丞相・諸葛亮と親交を結んでおり、馬良は諸葛亮のことを「尊兄」と呼んでいたとの記述が正史にある。このことから、馬良は本来死ぬはずだった夷陵の戦いの際に、特別な役割を与えられることになったのである。それが死因を変えさせた原因ではないかと私は考える。
「夷陵の戦い」は小説・三国志演義後半の山場の一つである。小説的な意味において、この戦いの意義は二つある。一つは呉の名軍師・陸遜が華々しくデビューする舞台であること。百戦錬磨の劉備を相手に、無名の武将・陸遜が、諸将に馬鹿にされながらも見事な計略で蜀の軍勢を窮地に陥れる場面がクライマックスとなる。ところで、馬良は、この夷陵の戦いにおいて特別な役割を与えられていたのである。演義では、夷陵の戦前に劉備の布陣に疑問をもった馬良が、漢中の諸葛亮に助言を仰ぎに行くエピソードが挿入されている。そして、そのときに魚腹浦の偽兵の計略のことを教わっているのだ。諸葛亮と親しく、軍師格の人間で、荊州にあった人物として、ここで馬良が選ばれたのは自然であろう。
いっぽう、陸遜の見事な策略にも関わらず、劉備は夷陵で戦死するのではなく、白帝城で病死しなければならない。なぜなら、正史でも劉備は白帝で死んだことになっているし、なによりそうでないと、涙ながらに劉備が孔明へ幼孤(劉禅)を託したエピソード(これもまた重要な山場の一つである)ができなくなってしまうからだ。それ故に、劉備はこの場では戦死せず、無事に夷陵から白帝城へ退却させなければならない。しかし、陸遜の計略はあまりにも強力である旨が演出されているため、劉備が何の工夫もなく戦死を免れるわけにもいかない。劉備を夷陵から安全に退却させるためには、事前に魚腹浦の計略を諸葛亮から聞いていた馬良を物語の案内役として生かしておかなければならず、それ故に彼は夷陵では戦死しなかったことになっているのではないだろうか…同時にこの場面は諸葛亮の鬼謀を強調させ、陸遜の諸葛亮への畏怖を強調させる演出もかねている。これこそが夷陵の戦いの第二の意義である。馬良はこの演出のバイプレーヤーとして、夷陵での戦死を免れた…
ただ、実際には馬良は夷陵で戦死しており、演義の元ネタである正史では、以後馬良の活躍は当然ない。しかし、山場で活躍した馬良がその後登場しないのも不自然であるので、いつかは死んでもらわなくてはならない。ところで、それから数年後の「泣いて馬謖を斬る」エピソードを盛り上げるためには、馬良に代わって馬謖を諸葛亮のお気に入りに育て上げなければならない。その両方を解決するために「馬謖が、馬良の死を伝えることで物語にデビューする」という形式を取ったいうことが考えられないだろうか…?
馬良という、一見地味な人物の死…。が、三国志演義の作者はそれを最大限に利用し、諸葛亮の鬼謀と馬謖のデビューという大きな山場を演出した。演義作者(羅貫中?)が本当にここまで計算して物語を構成したのであれば、小説作家としての力量はかなりのものだろう。このたぐいまれなる天才作家のおかげで馬良は、その死においても「白眉」の活躍をしたと言えないこともない。(2000/09/13)