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After Day |
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| 虫の声が静かに響いている。 しん、とした部屋の囲炉裏の側に三人の人影があった。その一人である少女は、床に転がって安らかな寝息をたてている。 囲炉裏にかけられた鍋の中にはまだ半分ほどスープらしきものが残っていたが、起きている二人はそれを食べるでもなく、 ぼんやりと囲炉裏の火を見ていた。 「ナナミ、寝ちゃったね・・・」 淡い色の髪を長く伸ばし、後ろで軽く束ねた端正な顔立ちの少年が静かに言った。 「・・・うん、そうだね・・・」 印象的な大きな瞳をした少年が、やはり静かに応えた。そして傍らに置かれていたおたまを手に取ると、静かに鍋の中身を かき混ぜる。 「さっきから、鍋にちょっかいを出してるけど、全々食べないじゃないか、僕に遠慮はいらないんだよ、フーロン?」 長い髪の少年が笑いを含んだ声で言うと、フーロンと呼ばれた少年は一瞬キョトンとした顔をした。けれどすぐにくすくす 笑いながら言い返す。 「そういうジョウイこそ。久しぶりにナナミの料理が食べられて嬉しいって言ってたじゃないか。遠慮はいらないからどんど ん食べなよ。」 「僕は嬉しいとか、懐かしいとかは言ったけど、たくさん食べたいとは言ってない。」 ジョウイと呼ばれた少年が言い返すと、二人は耐え兼ねたように吹き出した。その声で眠っていた、ナナミと呼ばれていた 少女がわずかに身じろぎをする。二人は揃ってナナミの方を見たが、ナナミは「うーん」と寝ぼけた声を上げると、再びすや すやと寝息を立て始めた。起きている二人は顔を見あわせると、今度は声を殺してひとしきり笑った。 「ナナミ、料理の腕は変わんないんだね」 「うん、結構いろんなひとに習ってたみたいだけどね」 ナナミ自身は味オンチだから、と笑いながら言うとフーロンは立ち上がった。 「あれだけしか食べないんじゃあ、僕らには足りないよ。なんかないか台所を見てくる。これをこのまま食べるのはさすがに つらいし」 「うん、手伝おうか?」 立ち上がったフーロンを見上げながらジョウイが言うと、フーロンはひらひらと手を振った。 「久しぶりだけど大丈夫。それよりナナミを寝床に運んでもらえるかな?そのままだと風邪ひくかもしれないから。」 そう言うと鍋の中をちらっと見て、少し首をかしげて考えてから台所に入っていった。ジョウイはそれを見送ってからナナ ミを抱え上げると、寝床へと運んで行く。 フーロンが台所から戻ると、ジョウイはまだ戻っていなかった。少し首をかしげてからナナミの寝床のほうへ様子をみに行 くと、ジョウイはナナミのベットの脇に立って、じっとナナミの寝顔を見つめていた。その横顔に浮かんでいる、安堵とも切 なさとも、どちらとも言えない表情を見ながらフーロンはやはり黙って、二人の様子を見ていた。 ナナミが生きているとシュウに告げられたときのジョウイの顔をフーロンは一生忘れないだろうと思っている。何か本当に 大きなものに許されたと実感した瞬間。けれどそれを本当に信じていいのか、わからない。そう思っている顔だと思った。 多分、自分もそうだったんだろうな、と、そんなことをぼんやりと考えていると、フーロンの気配に気が付いたのかジョウ イが振り返った。 「なにか見つかったかい?」 「・・・うん、ナナミスープに少し手を加えるけど・・・・食べる?」 「・・・食える味になるのかい?あれ・・・。」 さすがに少し眉をしかめて言うジョウイにフーロンは笑いながら応えた。 「なる!絶対なる!第一、ナナミのスープを懐かしいと言う理由だけで椀に一杯食べられるんだから、ジョウイは絶対食べら れる!」 「<おふくろの味>は別格なんだよ。まずくても食えるんだよ。」 「その言葉、明日ナナミが起きたら言い付けてやる。」 「やめろよっ」 フーロンの首に背後から腕をまわして絞める真似をしつつ、ジョウイは笑いながら言った。そのまま二人はじゃれあうよう にして囲炉裏の側に戻ってゆき、鍋の中になにがしかの物を足すと、またぼんやりと炎を見つめながら向かい合って座ってい た。 それから、どのくらい黙ったまま座っていたのか、ときおり鍋をかき混ぜては味を確かめていたフーロンはふいに立ち上が ると、また台所へと入っていった。それを目だけで追いながら、ジョウイは天山の峠での再会からのことを考えた。 何度、戦おうと言っても、これは必要なことなんだと言ってもフーロンは決して、武器を向けようとはしなかった。一度、 二度、本気でジョウイが打ちかかった時も、ただその攻撃に耐え、フラフラになりながらジョウイにその瞳を向けていた。大 きな、不思議な光をたたえた瞳。 フーロンは表情よりも瞳にその時の感情がでる。どんなに無表情を装っても瞳をみればその時感じていることが判る。グリ ンヒルでの二度の再会のときも、ロックアックスでの再会のときもその静かな口調よりも、瞳にフーロンの気持ちが現れてい た。 けれど、この時ジョウイにはフーロンの気持ちが読めなかった。 ただ、切なくなった。フーロンは僕を許している。それだけがはっきりと判って、苦しくなった。 「・・・僕は君に嫉妬していたのかもしれない。どこまでもやさしくなれる君に・・・」 思わず攻撃をやめそう言ったときフーロンの瞳にジョウイが初めて見る色が浮かんだのを思い出す。 微かないらだちと怒り。 そのとき、ジョウイは安堵したのだ。これでフーロンは僕と戦うだろうと・・・。けれど、結局フーロンは武器を向けず、 ジョウイが懇願しても、そうしなければフーロンの命も終わるのだと言っても苦しそうな悲しそうな瞳をジョウイに向け「で きない」と言い続けた。 そしてジョウイは始まりの紋章に許されたのだ。 その後、同盟の軍師からナナミが生きていると聞かされ、キャロの町に戻る間は二人ともそのことだけで頭がいっぱいで、 途中、野宿をしたときもナナミことばかりを話していた。ナナミに会うと今度は「ごめん」と「よかった」の三重奏が始まっ て大騒ぎのまま夜が更けていった。 ナナミが眠って二人で言葉のないまま向かい合っていると、あのときは自分の思いで精一杯で感じなかった疑問が湧いてく る。ジョウイがやさしいと言ったあのとき・・・ 「何故きみは怒ったんだろう・・・・」 「怒られるようなことをするからだよ」 ぎょっとして振り返ると、フーロンが何か瓶を抱えて立っていた。 「飲む?飲めるよね?」 フーロンが抱えていたのは酒瓶でコップを自分とジョウイの前に置くとトプトプとその中身を注いだ。 「な、何?」 「ゲンカク師匠、秘蔵の酒。病気が直ったら快気祝いに飲むはずだったんだ。」 そう言ってフーロンは白濁した酒に口をつけた。「スープは辛めに直したから、この酒あうと思って」と言ってジョウイの 椀にスープをつぐ。 「フーロン、君はまだお酒は早いんじゃあ・・ってそうじゃなくて、今、なんて言ったの?」 「だから、スープは辛めだからねって。」 「違う、その前」 「え?ゲンカク師匠秘蔵の酒」 「違う!だからその前・・・って判ってて言ってるだろう・・・」 思わず低い声になってフーロンを睨みつけるとフーロンはクスクス笑った。 「なんで僕が怒ったのかって言ったから・・・でもいつのこと?」 笑いながら言ってスープの中の肉を口に放り込む。 「ナナミ、下味付けるってことを覚えても、いや待て、変に下味を付けられると復旧がきかないか・・・」 「・・・フーロン・・・」 思わず更に低い声になってしまったジョウイはあきらめたように酒に口をつけた。豊潤な香りが口の中に広がる。 「せっかくだから、真面目に答えてほしかったんだけど・・・」 呟くように言うとフーロンが目を向けた。瞳がイタズラっぽく輝いている。 「真面目に答えてるよ?だからいつ?って聞いてるじゃないか」 「君が怒ってるのを見たのは一度っきりなんだけどね・・・。あの峠で君のやさしさに嫉妬してたって言ったときだよ。」 そう言って顔を上げると、ジョウイに向けられたフーロンの瞳からイタズラっぽい光が消え、あの時と同じいらだちと怒り を含んだ色が浮かんでいた。思わず言葉を失ったジョウイを少しの間見ていたフーロンはやがて目をそらすと 「君までそんな風に言うんだね・・・」 と、淋しげな口調で呟いた。 「だってフーロン!本当のことなんだ。僕は君が羨ましかった。ゲンカク師匠やナナミみたいな家族がいることもそうだけれ ど、それ以上にやさしさをなくさない君が嫉ましかった。町の人はみんな君に、君達に冷たかったのに!君は人を受け入れる ことを止めなかった。僕に声をかけてくれたじゃないか!友達ができずに、どうやって君に声をかけたらいいか判らなかった 僕に・・・。苦しくて悲しくてどうしようもないときにいつだって僕が一番欲しい言葉をくれた。君だってつらかったはずな のに・・・・。君はいつだって、やさしかった・・・・。僕はそれが悔しかった・・・。」 言い募りながらジョウイは目を閉じて歯を食いしばった。そうしなければ涙がこぼれそうだったから。フーロンに嫉妬し て、でも守りたくて、その結果があれだ。ナナミは生きていたけれど、たくさんの人が死んだし、傷ついた。その中にはもち ろんジョウイの知った人間もたくさんいたけれど、フーロンの友人も居たはずなのだ。フーロン自身も傷ついていたのは僅か な再会のときに判った。瞳に常に悲しげな色があったから。 それなのにフーロンはジョウイを許した。ジョウイと戦おうとしなかったのだ。生きていて欲しいといったのだ。全身で。 何故、やさしさを持ちつづけられるのか、それを知りたかった。 「・・・僕はやさしくなんかないよ・・・」 目を閉じて、自分の激情に耐えているジョウイの耳にフーロンの声が静かに聞こえた。思わず顔を上げるとフーロンが静か な瞳を向けていた。 「・・・僕はやさしかったことなんて一度もないし、いつだって怒っていたんだよ・・・。」 「フーロン・・・」 その静か過ぎる口調が逆にジョウイから反論の言葉を奪っていた。 「もし、本当に僕がやさしかったら、君の望み通り君の<黒き刃の紋章>と僕の<輝く盾の紋章>を一つにしただろうね。で も・・・僕は君が苦しむと判っていても君に生きて居て欲しかったし、僕に君の命を渡すなんて簡単に言う君に・・・怒って たんだよ・・・。」 そこまで言うとフーロンはふいに目をそらし、コップの中に残った酒を一息にあおった。そして空いたコップに酒を注ぎ足 すと照れたようにほりほりと頬をかいた。 「フーロン・・・怒ってたって・・・」 「あの、レックナートって人もシュウさんもビクトールさんまで僕のこと、やさしいって言うけどね。なんでだろうね?僕く らい自分勝手な奴っていないと思うんだけど・・・」 そう言うとまた一息にコップを空ける。「ジョウイも飲みなよ」と言いながらフーロンはまた酒を注ぎ足した。言われてコ ップの中の酒を少し飲んだ。ルルノイエでは飲んだことのない味。 「あのさ・・・怒ってたって、そういう風には見えなかったけど・・・それに、なんで照れてるんだい?」 「うっ・・・慣れてないから・・・。」 さらに照れたようにフーロンが答えた。ジョウイは「怒っていた」と言うフーロンの言葉よりその照れた様子が気になって さら問い詰めた。 「何に慣れてないんだよ?それにいつも怒ってたって、今も怒ってるのかい?」 「うっ・・・今は照れてる・・・。」 「そんなの見れば判るよ。怒ってはいないんだね?じゃあ、なんで照れてるんだい?」 「だから...慣れてないから.....」 「だから何に?!」 しつこく問い詰めるジョウイにフーロンは困ったように天井を見た。 「ほとんど飲んでないくせに、しつこいなぁ・・・」 「フーロン?」 「あんまりしつこいと・・・」 「しつこいと?」 「・・・・キスするぞ・・・・」 たまたまその時、酒を飲もうとしていたジョウイは思いっきり吹きだした。 「ジョウイ!汚い!!」 「フーロンが変なこと言うからだよ!」 「ジョウイがしつこいからだよ!もう、いいじゃないか別に!」 「だって気になるじゃないか!」 「あぁ、もう!本当にするぞ!?」 「やめろよっ!」 そのまましばらく二人は元の話題をそっちのけで騒いでいたが、酒瓶が一本空くころには疲れたのか最初のように炎を見つ めて黙っていた。 「フーロン、あのさ・・・」 「もう、休もう。多分明日、ナナミに早く起こされるよ・・・・」 何か言いかけたジョウイの言葉にかぶせるようにフーロンが言った。 「フーロン!」 「・・・時間はたくさんあるから、これからは・・・・。」 そう言うとフーロンはジョウイを真っ直ぐに見た。 「ビクトールさんに怒られたことがあるんだ。自分の気持ちを言葉にして伝えるのも大事なことだって。言わなくても判って もらえると思っても、本当にそうだったとしても口に出して言わなきゃいけないこともあるんだって。僕はもっと自分の気持 ちを言葉にしなきゃだめだって、そう言われたんだ。」 そこまで言うとくしゃっと笑った。 「でも、まだ慣れてないからさ。少しずつ、話していくよ。だからジョウイもさ、少しずつ話してよ。話易いことからさ。こ れからは一緒にいられるんだから。」 そう言って微笑むフーロンの瞳は照れたような優しい色をたたえていた。それはジョウイがやはり初めてみる瞳の色のよう な気がした。 |
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Fin
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