After Day 2 〜Run Away〜前編

 
 その時、彼女は彼を見つけた。
 ティント市を抜けて最初の町はこれからグラスランドを抜けて商業都市ゼクセンに向かう人々で賑わっていた。ゼクセンに向かう旅人達が単独で比較的安全に旅を出来るのはここまでだ。この先はモンスターとグラスランドの戦闘的な部族から身を守るため商隊を組む者が多い。
アイリ達もどこかの大きな商隊に同行させてもらおうとこの町をうろうろしていた。いつもなら単独で出発するところである。アイリはナイフをよく使うし、姉のリィナもアイリ自身もその身に「火の紋章」を宿している。一緒にいるボルカンと言う男は怪力の持ち主だ。旅慣れてもいるから、たいがいのことは自分たちだけで乗り切れるが、5年前から小さな足手まといがいた。
 今年、5歳になるリィナの娘だ。
 デュナン統一戦争が終わった後、一年程ノースウィンドの城に滞在した。これはアイリの我ままからだったが、一年経つころ、そろそろ本来の生活に戻りましょうということになり、また旅の生活に戻った。
 戻ったのはいいが、リィナの様子がどうもおかしい。やたら酸っぱいものを欲しがるし、いつもの「悪い癖」が出ない。なんだなんだと思っていたらお腹が出てきた。
 妊娠していたのである。
 びっくりして問い詰めたが、いつもの謎めいた微笑を浮かべるだけで相手を言わない。じゃあ、一度ノースウィンドに戻ろうと言っても首を縦にふらない。どうも妊娠に気づいたからあそこから出たかったらしい。
 何を考えているんだと頭を抱えこんだが、アイリがこの世慣れた姉にかなうはずもなく、結局そのまま旅を続け、姉の希望もあり、リューベの村で子を産んだ。何故リューベなんだと聞いたら本当はキャロの町がよかったらしい。ただ妊婦に燕北の峠をこえるのはかなりキツイ。それであきらめてリューベ、ということだった。
 キャロの町でと聞いて、一瞬リィナの相手はフーロンかと疑った。が、フーロンはルルノイエ攻略のあと行方をくらましてノースウィンドにはいなかったし、リィナに「妹の好きな人に手を出したりはしないわ」と真面目な顔で言われてしまった。
 疑問は大量に残ったが、生まれてしまえばアイリにとってもかわいい姪である。そのまま連れ歩いて現在に至っている。
 が、小さな子供がいるというと大概の商隊が難色を示す。だがグラスランドはアイリ達も初めてである。自分達だけで強行するには不安が大きすぎた。探しまわってようやく普通の護衛集団ではなく寄せ集めの傭兵達をやとうという一隊が一緒に行ってもいいと言ってくれた。。なんでも個人的な用でゼクセンに向かうが旅費が足りない。食わせてくれれば正規の護衛料はいらない、危険手当だけでいいというのを何人か集めたらしい。不安がないではかったが、アイリ達も今更荒くれどもに怯えるような暮らし方はしてきてはいないので同行させてもらうことにした。
 で、明日が出発という日に初顔合わせがあった。そのとき傭兵達の中にやたら目立つ二人の若者がいた。
 一人は長い黒髪を後ろで束ねた端正な顔立ちの若者で相棒らしいもう一人の若者と何か話していた。もう一人は肩までの癖のない赤毛で黄色いバンダナを額に巻いていた。この若者はしきりに自分の髪をいじりなにか文句を言っているらしく、長い黒髪の若者が苦笑交じりになだめているらしかった。誰かが二人に声をかけ、赤毛の若者がひょいと顔をあげこちらを見た。
(フーロン!)
 アイリは思わず息をのんだ。間違えるはずがなかった。最後に会ったときより背が伸びていたし、髪の色も違う。けれど間違えるはずがなかった。
「フィン、ジャックこっちに来てくれ」
アイリの後ろで商人が二人を呼んでいる。アイリは息をつめて近寄ってくる二人を見つめた。
「このお嬢さんがたも同行することになった。小さな子供もいるから君ら、気をつけてあげてやってくれ」
そう言うと商人はアイリ達の方を向き二人をさすと
「なんかあったらこの二人に相談してくれ。まだ若いが腕は確からしい。今回雇った中では一番あたりが柔らかいから、そっちのちっこい嬢ちゃんも怯えずにすむだろう。赤毛のはフィン、黒髪のがジャックだ」
と大声で言った。誰かが後ろのほうで「そんな美人のねーちゃん達なら俺が面倒みてやるぜぇ」というのに、その商人は「ばかモン!おまえらは荷物とムサイおやじの護衛だ!ちっこい嬢ちゃんが怯えるだろーがぁ」とやり返している。
(フィン?)
目の前にいるのは絶対フーロンだ。そう思う。けれど商人は彼のことをフィンと言ったし、そのフィンも平然とした顔で「よろしくお願いします」と言っている。彼の少し後ろに立っていた黒髪の若者は少し戸惑ったような顔をしていたがフィンにうながされ小さな声で「よろしく」と言った。

 旅は順調に続いている。途中、モンスターの襲撃はあったがモサモサクラスのもので、アイリ達だけでも充分に撃退できたし、この商隊の中心人物から言われたからか、フィンとジャックの二人も常にすぐに駆け付けてモンスターを追い払った。危険だったのはやはりグラスランドの戦闘的な部族の襲撃で、このときはさすがにアイリとボルカンが娘を抱えたリィナを守るのが精一杯で、フィンとジャックの二人がきてようやく、敵を追い払った。
 これまでの旅の間アイリはなんとかフィン・・フーロンに話かけようとしていたが一度も上手く行ったためしがない。それはアイリがなるだけ周りに人が居ないときに話そうとしているせいもあるのだが、肝心のフーロンもアイリ達をさりげなく避けているらしく、なかなか一人にならない。今度こそ!と近づいていっても気が付くと他の傭兵達も来ていて、彼らにナンパされることになり、その対応におたおたしているうちにフーロンはいなくなっている。それに第一、フーロンの側には常にジャックがいた。
 このジャックもアイリの疑問の種だ。
 どうしても見覚えがある。なのに思い出せない。会ったことがあるのは間違いないのだ。それはモンスターとの戦いの最中に確信している。フーロンとジャックの戦いかたには見覚えがあった。阿吽の呼吸。しかし、どこでこの二人の戦い方を見たのか?それが思い出せない。
 ジャックは子供好きらしく、戦いの後は必ずリィナの娘の様子を見に来た。フーロンは少し離れた場所でその様子を見ている。もっと近寄ってくれれば話しかけられるのにと思いながらフーロンの方を見ると、必ずそれに気づいたかのようにジャックがリィナの娘に「バイバイ」と言って、フーロンの側に戻ってしまう。
 口の悪い傭兵などは「あの二人はできている」と陰口をたたいている。もっともこの傭兵、ジャックに言寄って振られたことがあるらしい。みんな話半分に聞いている。ただ、リィナが「そういうこともあるかもしれないわね」と言ったことがあるので驚いた。
「だって、男同士だよ?姉貴」
そう言うと、
「たまたま誰よりも大切な相手が同性だったというだけでしょう?」
とあっさりと言ってのけた。唖然としているとリィナはアイリの顔を見ながら
「普通こういう垣根は越えにくいものよ。でも越えてしまう人達もいるし、それは悪いこととは言えないわ。本当に誰よりも大切だと思える人に出会えて、さらにその人一緒にいられるというのはとても幸運なことよ。彼らはそのことをよく知っているのでしょう。」
と、少し淋しげな口調で付け足した。その響きはアイリが初めて聞くもので、それ以上なにも言えなくなった。
 そして商隊は途中、唯一の補給地点であるオアシスのある小さな町に着いた。

 夜、この町でただ一つの宿屋の階段をジャックは一人で降りてきた。もう、真夜中近いが一階の酒場部分では一緒に旅をしてきた傭兵たちが酒盛りをしている。ジャックはそちらを見たが目的の人物がいなかったのか扉の方に向かった。
「よお、珍しいな、一人か?」
 一人の傭兵が近寄ってきてジャックの肩に腕を回し、酒臭い息を耳に吹きかけてくる。ジャックは眉を顰めてその腕をはずしつつ、
「フィンを見ませんでしたか?」
と聞いた。男は「けっ」と言うと、もう一度ジャックの肩に腕を回し耳元に口を寄せた。
「知らねえなぁ?それよりどうだ?今夜、俺の部屋に来ないか?あんなガキよりいい目を見させてやるぜ?お前、女を抱くより男に抱かれる方だろう?」
そう言ってジャックの顎をつまんで自分の方に向けようとする。ジャックは更に眉をしかめながらついっとその腕から逃れた。この男は前にもジャックに言寄ったことがあり、その時きっちりとはね付けたはずだが懲りていなかったらしい。ちなみにこの男、アイリとリィナにも言寄っており、それぞれに振られている。
「生憎と貴方のご希望には添えられません。」
そう言い放つとそのまま背を向けて店を出ようとした。
「おい!お高くとまってるんじゃねえよ!いいじゃねぇかちょっとくらい。」
男はそう言ってジャックの腕を取り強引に引き寄せようとする。ジャックは反射的にその腕を払い、持ち歩いている棍を相手の喉元に突き付けた。
「っ!このガキ!下出に出てればつけあがりやがって!」
男も気色ばんで腰の剣に手を伸ばす。
「やり過ぎだ、ジャック。それにお前も!飲み過ぎだ、しつこいんだよ、少し。」
見ていた傭兵仲間がさすがに止めにはいった。ここでの乱闘はまずい。ジャックはその人物にぺこりと頭を下げそのまま扉に向かった。
「フィンなら泉の方に行ったみたいだぜ。」
別の誰かが声をかける。振り返りそちらの方にも頭を下げるとジャックはそのまま宿屋を出た。

 この町には以外なほど大きな泉がある。泉の周りは林が取り巻いていて安らかな空間を作っていた。空には月が出ていて思いの他、明るい。ジャックが泉の方に行くとフィンがいた。ズボンははいていたが、ついさっきまで泳いでいたかのように全身が濡れそぼっている。ジャックが近寄って行くと顔をこちらに向け嬉しそうに笑った。
「ずるいよ、フーロン」
ジャックが声を掛けると
「フィンだよ、今は」
と訂正する。それには答えず、泉のほとりに座るフーロンの側まで行くとその横に座った。
「僕には髪の染料が落ちるからって汗を拭くくらいしかさせてくれないくせに。」
と恨めしげに言った。フーロンの髪は本来の黒褐色に戻っている。クスクス笑ながらフーロンはジャックの髪に手を伸ばした。そのまま髪に口づける。
「僕は君と違ってまだ短いからね、染めるのも楽だから。君は大変でしょう?」
「切ったって良かったし、落ちない染め粉だってあったよ、それなのに・・・」
「それはダメ。君、長いのが似合ってるし色も元のが一番あってる。ゼクセンに着いたらすぐ戻せるほうがいいから」
「やっぱりズルイ。」
 拗ねたように言うジャックの髪にフーロンは更に強く唇を押し付けた。そのまましばらくじっとしていたが、
「早くゼクセンに着かないかな?」
と呟いた。
「まだ、半分だよ、フーロン」
とジャック答えるのに、「フィンだってば」と律義に訂正しながら相手を見つめた。
「このまま、二人で出発しようか、そうしたら変装も嘘の名前もいらないし・・・」
そう、本気とも冗談ともつかない口調で言う。苦笑まじりに
「無理だよ」
と言うと
「やってみなきゃ、判らないじゃないか」
と駄々っ子の様に言った。苦笑を浮かべたまま黙っていると
「そうしたら君もそんな髪の色をしている理由もないしさ、お互いちゃんとした名前で呼びあえるし・・・いいことだらけだよ?」

と更に言い募る。
「いくらなんでも二人では無理、っていうのが出発前の結論だったじゃないか。実際今までだってヒヤッとした事は何度もあっただろう?どうしたんだよ、らしくないよ?」
 フーロンはジャックの髪を額に押し当てて黙っていたがやがて小さな声で「そうだね、ごめん」と呟いた。
「リィナさん達?」
「うん・・・・少し疲れた・・・・。」
「君のこと、すぐ判ったみたいだったね、フーロン。」
フーロンは相変わらず髪を額に押し当てたまま「フィンだってば・・」とだけ言い返す。何か言いた気なアイリをフーロンは避け続けていた。本来人の良いフーロンはその度にアイリが淋しげな顔をするのが、思うよりつらいのだろう。表には出さないが時々何か
を堪える様に瞳を閉じていることがある。
 自分には帰る場所はない。けれどフーロンには帰る場所も迎えてくれる人も大勢いる。ジャックは前々から考えていたことを口に
した。
「フーロン、君はノースウィンドに戻ったほうがいいかもしれない・・・・。」
 フーロンが顔をあげてこちらを見たのがわかる。痛いような視線を感じた。
「君は僕と違って堂々と居ることができる場所がある。もしできるのなら君の紋章も僕が引き継いで・・・・そうすれば君は普通の時間の中を生きることができる。ナナミみたいに誰かと結婚して家庭を持って・・・」
「聞かないよ!」
 そう言うなりフーロンは立ち上がると置いてあった荷物の方に行き、カバンを引っかき回し始めた。染め粉を探しているようだった。
「前々から考えていたんだよ。君までこんな風に人目を避けて彷徨う生き方をする必要はないんだ。」
「聞、か、な、い。」
 フーロンは乱暴にカバンの中を引っかき回しながら「あれ?この辺に入れたんだけどな。」と呟いている。
「フーロン、怒らないで聞いてよ。」
「怒ってない!それにフィンだってば、誰が聞いてるか判らないんだから、、あれ?おかしいな、どこに入れたっけ、、、、」
「怒ってるよ。お願いだからちゃんと考えてくれないか?こんな風に彷徨う人生は僕だけで充分なんだよ。君を待っている人はたくさんいるんだ。リィナさん達だって君を待ってなきゃこんなに何年も経ってるのに変装した君に一目で気が付いたりしないよ。僕に
同情して一緒にいるなら、、」
「うるさい!黙れ!」
 叫ぶようにフーロンが言った。カバンをかき回す手が止まり肩が震えている。
「黙らない!お願いだから、、」
「黙らないと・・・」
「黙らないと何だよ?言っとくけどキスするっていうのは脅し文句にならないからね、今更。」
「・・・・泣くぞ・・・」
 さすがにジャックは一瞬絶句した。「何をわけの判らないことを・・・」と言いながらフーロンの横顔を覗き込むとフーロンは目
を閉じていて、そしてその閉じた瞳からは涙がポロポロと零れていた。
「・・・・どうして君はいつもそう・・・・・」
 食いしばるように閉じられた口から呻くような声が漏れてくる。
「フーロン・・・」
「そして君はどうするんだい、ジョウイ。一人で、たった一人で人目を避けて生きていくつもりかい?誰よりも、、」
 「寂しがり屋のくせに」と言う言葉は嗚咽となってしまった声に呑まれた。ジャック、、、ジョウイはフーロンがこんな風に泣く
のを見るのは初めてで、どうしたらいいか判らなくなった。フーロンはただぽろぽろと涙を流し続けている。
「フーロン・・・」
「・・・・ジョウイ、君なら平気でいられるか?僕が独りぼっちで彷徨っていて、それが判っていて幸せでいられるのかい?」
「そんなこと!僕はいつだって君を守りたくて、、、なんでそんなこと言うんだよ」
フーロンが顔をジョウイに向けた。瞳には胸を抉られるような色があった。
「それなら、、僕と同じだよ、、、、。それなら、、、、君が幸せになれるんじゃなければ、僕にノースウィンドに行けなんて言うな。一人になるのに、僕に行けなんて言うな。寂しくなるくせに僕に行けなんて言うな。、、、、もう、僕をひとり置いて行くな、、、、、。」
「ごめん、フーロン、ごめん、、、、」
「、、、君が嫌じゃないんなら、、、一緒にいてくれ、、、お願いだから、、、、」
「ごめん・・・・君を傷つけるつもりじゃなかったんだ・・・ごめん」
  呟きながらフーロンの肩に額を押し付ける。押し付けられたジョウイの頭にフーロンは自分の頭を寄せた。そのまま静かな時間が過ぎてゆく。どのくらい時間がたったのか、ふいにジョウイがクスクス笑だした。
「何?」
 フーロンが戸惑ったような声をあげる。
「いや、君の言う通りだよ、フーロン。早くゼクセンに着かないかな。」
「ジョウイ?」
 ジョウイはクスクス笑いを続けている。
「思ったより堪えてたみたいだ。やっぱり君からはジョウイって呼ばれる方がいいや。」
 言われてフーロンはキョトンとした顔をしたが、すぐに自分が相手の事を「ジョウイ」と呼んでいたことに気付き「あいたぁ」と呟いて空を見上げた。
「なんだよ、まさか、僕にジョウイって言わせるためにあんなこと言ったんじゃないだろうな?」
「違うよ、でもケガの巧妙かな?それに珍しいもの、見れたし。」
そう言って更にクスクス笑う。
「珍しいもの?・・・・ってまさか・・・」
「君が泣くのを見るのは初めてだよ。」
 フーロンは耳まで真っ赤になった。そのまま猛烈な勢いでカバンを探る作業を再開する。ジョウイはその様子を見ながらクスクス
笑い続けている。
「染め粉、染め粉、・・・・いい加減笑うのはやめろよっ。」
 照れて焦って言うフーロンの様子がおかしくてジョウイはさらにクスクスと笑った。
「だぁー、もう!見つからないじゃないかっ。ジョウイが笑うからっ!」
「僕のせいじゃないよ、落ち着いて探せよ。」
「笑うのを止めろってばっ!やめないとっ」
「なんだよ?キスするってのは脅しには・・・」
 クスクス笑いを続けながら言うジョウイは最後まで言えなかった。染め粉を探す手を止めたフーロンは素早くジョウイを押し倒し
た。
「押し倒す!」
「倒してから言うなっ」
 下草の上に倒れ込んだ二人を月の光が静かに照らしている。
 髪を染め直したらしい二人が宿屋にこっそりと戻ったのは夜明け近くだった。