After Day 2 〜Run Away〜 後編

   旅の後半は前半とうってかわって、厳しいものとなった。
とにかくモンスターの襲撃が多いのである。アイリ達にも簡単に追い払えるものから、護衛の百戦錬磨の傭兵達ですら苦戦するようなものまで、とにかく引っ切りなしに襲ってくる。普段なら人間を恐れて、ひっそりと暮らしているようなものまでが狂ったように襲撃してくるので旅慣れた者達は皆、首を傾げていた。
 フーロンは右手を押さえて、ばたばたと動き回る商隊の人々を一人、見つめていた。ついさっき、かなり強いモンスターがとの戦闘があり、かなりのケガ人が出たのだ。この商隊に雇われた傭兵達にはどういう訳か、癒し系の魔法を使う者がいない。強い敵が出て、負傷者がでると戦いが終るまで手当を待たなければならなかった。幸いなことに今まで死者は出ていない。しかし今のペースでモンスターの襲撃が続けばいずれ致命的な犠牲者が出るのは目に見えていた。
(いつか、この紋章を使う時が来てしまうかもしれない・・・・)
フーロンは手袋で紋章を隠した右手を左手で砕かんばかりに握り締めた。
一人でもいい。癒しの魔法が使える者がいれば今の旅はかなり楽になる。それが判っていてフーロンは今まで一度も紋章の力を使ったことがなかった。本当の事を言えば、他者がいるところで紋章の力を使うことは、ノースウィンドを出て以来、一度もなかっ た。
「輝く盾の紋章」
その癒しの力は「水の紋章」とも「風の紋章」とも違う。デュナン統一戦争でのフーロンが使った紋章の力は半ば伝説となっており、もし今使えば、フーロンの正体は必ず商隊の人々に知られるだろう。そしてアイリ達がフーロンがフーロンであることを保証する。そしてフーロンはノースウィンドに連れ戻され、そして・・・・。
(嫌だ!)
今までの放浪の旅の間、都市同盟軍の英雄「フーロン」とハイランド最後の皇王「ジョウイ」を探す人が思いのほか多くて困惑していた。もう「英雄」はいらないだろう、とフーロンは思うのだが現実にはそうでもないらしい。長く続いた争いを真に終りにするためには、これから生きていく人々のための「英雄」と、戦いの憎しみをぶつけるための「敵の王」が必要であるらしかった。
「英雄」はフーロン、そして「敵の王」は・・・・。
(・・・嫌だ・・・・・)
フーロンは右手の紋章を強く意識しながら、ケガ人の手当に奔走する商隊の人々を見つめ続けた。

アイリはケガ人の手当を手伝いながら目でフーロンを探していた。
(フーロン、なんで?)
これまでの旅の間、一度も紋章の力を使わないフーロンにアイリは疑問を感じていた。デュナン統一戦争のときはむしろ積極的に使っていたのだ。旅の途中、モンスターとの戦い。そして戦争の最中。傷ついた仲間を、兵士達を見るたびフーロンは躊躇わず紋章の力を使った。そのやさしい光は今でも戦争に参加した兵士達の語り草になっている。
ただしフーロン自身は力を使う度にまるで透けるようになっていった。命を削っているように見えて、心配になりフーロンの義姉のナナミと二人で、あまり紋章を使わないように言ったことがあった。
「だって、最近、本当に顔色悪いよ?それでなくてもフーロン大変なんだから、ケガ治すのはホウアン先生とかトウタ君に任せときなよ。」
「そうだよ。それに・・・それ、本当にイイモノなのか?そりゃ、フーロンの紋章には何度も助けられてるけど・・・」
そう言う二人をフーロンは困ったように微笑を浮かべて見つめていたが、二人が簡単には引き下がらないらしいと気付くとやはり困ったように、照れたようにこう云ったのだ。
「だって、みんな大切な人、いるでしょう。」
無事に帰ってきて欲しい、そう祈っている人、いるでしょ。だから僕を含めてみんなが出来るだけのことをするのは当たり前なんだよ。そう言われて、だからってなんでフーロンが死にそうな顔になるくらいがんばんなきゃいけないんだ、とアイリは思ったが、何故だかナナミがそれで黙ってしまい、なしくずしになった。
そのフーロンが今、ボロボロの商隊の人を見ながら力を使わない。
一度、戦闘の直後に目が合ったとき、フーロンはアイリから目を反らした。ただ右手を強く握り締めているのが見え、自分の意志で力を使っていないことも判った。
(なんで?フーロン、なんで?あんた・・・)
変わってしまったんだろうか、とも思う。自分の知っている、ちょっとお人好しな位のやさしいフーロンはもういないんだろうか、そう思うと泣きたくなった。
アイリはフーロンを探し続けた。薬草はもう、残り少ない。

夜更け、見張の護衛達がたき火を囲んでいる。ジョウイは少し離れたところで、それをぼんやりと見ていた。傭兵達のほとんどは自分の番まで休んでいる。
「よう、珍しいな、一人か?お前の番はまだだろう?」
その声を聞いて、ジョウイは微かに眉を寄せた。何度もジョウイに言寄っている男。懲りると言うことを知らないらしい。アイリやリィナに言寄っているところも何度も見かけているので、ナンパが趣味のような所があるのだろうと思うのだが、この男の場合質が悪いのが「一発ヤラセロ」とかなりしつこく誘うことだ。一度アイリから力一杯のビンタを喰らっているのを見た。
フーロンにグチると「誰?」とかなり険悪な目をしたが、相手を確認すると苦笑しながら「あいつ、誰でもいいんだな」と言っていた。なんでもフーロンも声をかけられたことがあるらしい。それ以来気にしないようにしていたが、今はマズイような気がした。
「昼間も様子がおかしかったし、ケンカでもしたか?」
男はそう言いながら、ジョウイの横に座り、肩に手を回そうとする。それをさりげなくかわしながら
「休んでなくてもいいんですか?」
と聞いた。この男も昼間のモンスターの襲撃でかなりのケガをしている。負傷者は今晩の見張は免除されていたからこの男も夜番のメンバーからは外されたいた。
「おっ?心配してくれるのか、嬉しいねぇ」
そう言いながら今度はジョウイに腰に腕を回してくる。今度はかわしそこなった。
「なに、たいしたケガじゃないのさ。それよりおめぇの憂い顔の方が気になるね。あの可愛い顔の坊やとなんかあったのか?」
男はジョウイの腰を引き寄せ、耳朶に唇を寄せ囁いた。
「何もありませんよ。」
ジョウイは眉を顰めながら答え、男が耳に息を吹き込んでくるのから逃れようとした。しかし、こういうのはタイミングで一度やり損なうと逃げるのは難しい。相手が怪我人だと思うと乱暴な事も邪険な事もできなかった。
「何もないって顔じゃないぜ?訳が言えないってんなら、せめて慰めてやるよ・・・・」
はっ?と思った時にはもう押し倒されていた。
「ちょ、ちょっと、やめっ、、」
「淋しそうな顔してるぜ?俺も淋しいんだ。淋しい同士慰め合おうぜ」
男はジョウイの耳朶から首筋に唇を這わせながら囁く。なんとか逃れようともがいていると男の手が上着を捲くり上げ胸を這い回
り始めた。焦ってそばに置いた筈の棍を探したが手に届く範囲に見つからない。どうやら押し倒された拍子に転がってしまったらし
い。
「止めてください!もうすぐ僕の見張番なんです!」
「なぁに、すぐすむよ・・・」
顔を押しのけようとするジョウイの手を押さえ込みながら、男はジョウイの胸に舌を這わせ始めた。このまま犯られるのも御免なら、こんなところを人に見られるのも御免である。なんとか逃れようとじたばたしているうちに男の手が腰のベルトに伸びた。
「っ!やめろっ!」
ジョウイは焦って制止の声を上げるが男はそのままベルトを外し下着を脱がそうとする。指が下着にかけられ、、、、そこで止まった。
気が付くと二人の側に一人の人影があった。その影はジョウイのものらしい棍を手にしておりその棍はジョウイにのし掛かっている男の首を顎の下から圧迫するように当てられている。
「ち、ちょっとした冗談だよ。元気付けようとしていただけだ・・・」
「そうですか?」
静かな声が聞こえてくる。
「ならもう結構ですからジョウ・・・彼から離れて立ち上がってもらえますか?僕、棍はあまり得意じゃないんで手加減する自信が
ないんです。」
男がそろそろと離れた。ジョウイは慌てて起き上がり、服を直す。フーロンが静かな瞳で男を見ていた。静かな瞳・・・に見える

(・・・そうとう、怒ってるな、これは・・・)
ジョウイは立ち上がりながらどうやってフーロンを宥めようか考えた。ジョウイに迫っていた男もそのことに気付いているらしく、じわじわとフーロンから離れている。しかし、その顔には何故かにやけた薄笑いが浮かんでいた。
「な、冗談だよ、冗談。そんなに怒るなよ、可愛い顔が台なしだぜ?」
薄笑いを浮かべた男にそう言われてフーロンの瞳がさらに危険な光を帯びる。実はフーロンに「可愛い」は禁句なのだ。嫌な思い出が多いらしい。
「冗談にしては少々、質が悪いようですね。怪我してたんじゃありませんでしたっけ?」
口調は静かなのだが、フーロンの全身から「こいつ、叩きのめすっ!」というオーラが放出されていた。この状態のフーロンは本当に手加減というものをしない。ウサギだろうがドラゴンだろうが同じ勢いで文字通り「叩きのめす」。口ではああ言っているが相手が怪我人ということはすでにフーロンの頭の中にはないだろう。とりあえずこの場を収めようとジョウイが口を開きかけたとき、男の能天気な声が耳に入った。
「たいした怪我じゃないんだよ、だから淋しくてさ。そうだ、そんなに怒るんならお前さんが相手してくんねぇか?俺はお前さんともヤってみたかったんだ。」
(うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)
これはちょっと、止められないかもしれない。ジョウイは恐る恐るフーロンの方を見た。 怒髪天を突く。
まさにそんな様子でフーロンは立っていた。赤く染めている髪はまるで逆巻いているように見える。顔いろはむしろ蒼ざめている
が、瞳はとんでもなく強い光を宿していた。
「なんだよ、まさか男に抱かれたことが無いなんて言わないよな、お前?」
フーロンの様子に気付いているのかいないのか、男は楽しげな声で付け加える。
「なら、俺が教えてやるぜ?」
「フーロン!よせ!」
ジョウイの制止の声が聞こえないかのように、フーロンは手にしていた棍をジョウイに投げ返すと腰に下げていたトンファーを構えた。そのまま凄まじい勢いで男に襲い掛かって行く。しかし、フーロンから離れ充分に間合いを取っていた男も怪我人とは思えないフットワークでトンファーを躱してゆく。この男、性格に難アリではあるが、間違いなく、凄腕の傭兵なのだ。一対一ではフーロンが負けるだろう。現に男はフーロンの攻撃を躱しながらも余裕を失わず、相変わらずの薄笑いを浮かべている。
「どうした、怪我人相手だぜ?お姫さまがみてるよ、いいトコ見せたいんだろう?」
フーロンをからかうようにいった男の言葉で今度はジョウイの頭に血が登った。それでなくてもさっきのことはかなり腹に据えかねてはいたのだ。棍を構えフーロンの攻撃でできた隙に打ちかかる。
「おわぁ?!」
まさかジョウイまで攻撃してくるとは思わなかったのだろう。さすがに表情から余裕の笑みが消える。
「ちょっと待て!怪我人相手に二人掛かりは卑怯だぞ!」
「東方にいるって言う獅子という猛獣は鼠を倒すのにも全力を尽すそうですよ」
フーロンが息を切らしながら言い返す。
「俺は鼠か?!」
さすがに男の手が腰の剣に伸びたそのとき、大音声が響き渡った。
「お前ら!何やってるかっ!」
三人の動きがピタリと止まる。大音声の主は技量、人格ともに他の傭兵達に一目置かれていて、この商隊に雇われている傭兵達の
リーダー格のタルォブという男だった。タルォブは三人を見渡すと、 「なんだ、痴話喧嘩か?にしちゃあ、ちぃとばかり派手じゃないかね?」
とまた大声で言った。言われてジョウイは赤面し、男はそっぽを向き、フーロンは俯いてしまった。
タルォブは顎を撫でながら三人をみていたが、そっぽを向いていた男の方に目をやり、
「お前、怪我してるってんで、夜番から外れてなかったか?」
と聞いた。男はほりほりと自分の頬を掻いていたが、
「まぁ、たいした怪我じゃないし、退屈だったんで、つい・・」
と呟いた。
「ほぉう?退屈しのぎに立ち回りをする元気があると?ならば、ジャックとフィンの代りに夜番に立ってもらおうか」
「タルォブぅ、代りって・・・」
情けない声を上げる男にタルォブは「喧嘩は御法度だ。罰だな」と言い放つ。「喧嘩両成敗じゃないのかよぉ」
と、さらに愚図る男の耳を引っ張りながら、
「この場合、原因は非をを見るより明らかだ。俺も付き合ってやる。じっくりと、日頃のお前さんの態度について語り合おうじゃないか。それにフィン、ジャック、お前らもちょっと、頭を冷やせ。ここのところ変だぞ。今のお前らじゃ見張にならん。きっちり話
しあって仲直りしておけ。当分、厳しい旅は続きそうだ。大切なモンは、失ってしまってから後悔しても遅いんだぞ。」
そう言った。言われて、ジョウイとフーロンは反射的に顔を上げた。
タルォブはそんな二人をどこか嬉しげな笑みを浮かべて見た。
「俺がお前さんらの歳の時はこんなこと言われても反発しただけだったが・・。意味が判るんならなおさらだ。お前らの罰は今晩中
にわだかまりをなくすこと。じゃあな」
そう言い残すとまだ愚図っている男の耳を引っ張って行ってしまった。
残されたフーロンとジョウイは気まずげに顔を見合わせた後、その場に腰を下ろした。
草原特有の風が柔らかく吹き抜けてゆく。
しばらく二人とも黙り込んでいたが、フーロンが口火をきった。
「さっき・・・・」
そこでフーロンは言いよどんでいる。
「さっき、何?」
「フーロン、って言ったでしょう?」
この所の言い争いの原因のことを言うのかとちょっと構えていたジョウイは拍子抜けした。
「言ったっけ?」
「言ったよ。ダメだよ、気をつけないと。ばれちゃうよ、みんなに。」
「ちょっと、気にしすぎだと思うけど・・、でもごめん、気をつける。」
それにフーロンは黙って頷いた。それきりまた沈黙が落ちる。
「さっきさ・・・」
今度はジョウイが口火を切った。
「うん」
「タルォブさん、言ってたよね、大切なモノは失ってから後悔しても遅いって」
「・・・・・・・・・・・・」
「このままだとフーロン、後悔することになるんじゃないかな」
フーロンは近くに生えている雑草をぶちぶちとちぎっていて、「フィンだってのに、言ってる側から」と呟くだけでジョウイの言葉に応えようとはしなかった。
「フーロン、ちゃんと聞けよ!」
「フィン!」
「怒るよ!なんで紋章の力を使わないんだよ、今必要だって判ってるくせに!」
フーロンは顔を背け応えない。モンスターの襲撃が激しくなったあたりから二人は毎晩このことで揉めていた。戦いの最中に傷が 癒されれば戦闘は楽になる。しかしフーロンは頑として紋章を使わない。ならば自分の「黒き刃の紋章」を使うと言うと、それも止める。本来ならしなくてもいい怪我をしている人をみてジョウイの心は痛んだ。それはフーロンも同じのようなのに、紋章の力を使わず沈黙している。まるで何かに怯えているかのように。
「何を怖がってるんだよ?」
「別になにも怖がってなんか・・・・」
「嘘だよ。君は嘘をついたり何かを隠そうとするときは僕の目を見ないからね、すぐわかるよ。言いなよ。何故、紋章を使わない。何に怯えてるんだよ。」
フーロンは顔を背け黙っている。ジョウイは焦れてきた。
「言えったら。自分の気持ちをちゃんと言葉にして言うって君、前に言ったじゃないか。」
「・・・・紋章を人前で使えば・・・」
苦しげにフーロンは応えた。
「僕は僕でいられなくなる。君も君でいられなくなる。僕は統一戦争の英雄にされて、君はハイランド最後の皇王にされてしまう・・・・」
「フーロン・・・」
「嫌だ。もう、嫌だ。君と戦うのは嫌だ。他のものなんかどうなってもいい。君とあんな別れ方をするのは嫌だ・・・・」
関を切ったように、言葉が溢れてきた。俯いて「嫌だ」と呟き続けるフーロンの顔を覗き込みながらジョウイは言った。
「じゃあ、今の君は本来の君なの?」
「・・・嫌だ」
幼子がイヤイヤをするように首を左右に振りながらフーロンは呟いている。
「君を巻き込むんじゃなかった・・・」
「ジョウイ?」
「君をこんなに傷けるって判ってたら、君に紋章を宿してくれなんて言うんじゃなかった。」
「ジョウイ!」
顔を上げたフーロンを見ながらジョウイは言った。
「何度も右手を上げようとしてたよ。紋章を使おうとしてた。でもその度に怯えたように止めてた。今の君は本来の君じゃない。」
フーロンはまた俯いてしまい、力なく首を左右に振っている。
「フーロン、約束する。今度は前みたいにいなくなったりしない。もし、そうなって別々になりそうになったら・・・今度は一緒に逃げよう。だからフーロンも必要以上に怯えないで。」
フーロンはまだ黙ったまま俯いていた。ジョウイが顔を覗き込んだとき、フーロンの唇が動いて何か言葉を紡いだようだったが、声にはならなかった。
「フーロン?」
「・・・・判った。・・・・それにフィンだってば、何度も何度も、気を付けるって言った側から。」
「君だってジョウイって言ったよ。」
「それわ!つられたんだっ!君にっ!」
そのまま二人の会話は前の通りの戯れあいのような言いあいになり、ジョウイに聞こえなかったフーロンの呟きはそのまま闇の中に融けていった。

しかしその後モンスターの襲撃は急激に減っていき、旅は急に楽になった。一部の者はそのことに更に首を傾げていたが大半のものは現状を幸運として受け止めていた。
そして、あと2日もすればゼクセンに着く、というところでそれは起こった。

そこは「草原」というより「草の海」と表現するのが正しいような場所で人の背丈より高い草が生い茂っておりその中に道が一本通っていた。また普段より強い風が吹き、葉擦れの音が煩いくらいだった。リィナの娘などは面白がってはしゃいでいたが、フーロンは何故か嫌な予感がしてしょうがなかった。
それまで続いていたモンスターの襲撃が激減したこと。そしてこの見通しが悪い場所。
(覚えがある・・・どこでだったっけ・・・こことは全然違う場所・・・・あのときはなにが起こったっけ?)
考えながら歩いているとタルォブが声を掛けてきた。
「仲直り、したみたいだな」
「御心配おかけしたみたいで、すみません」
ジョウイが応えている。タルォブがフーロンの顔をみた。そして眉を寄せる。
「どうした、何か気になることがあるのか?」
「いえ・・・」
フーロンは言いよどんだ。確実なことは何も言えず、しかもカンでしかない。言うべきかどうか迷っているとタルォブの呟きが耳に入った。
「嫌な風だ・・・何も起きなきゃいいが・・・」
フーロンが思わず顔を向ける。
「お前さんも何か嫌な感じがするのか?」
タルォブの言葉に迷いが吹っ切れた。フーロンが口を開きかけたそのとき、凄まじい閃光が商隊を襲った。
慌てて前方に走っていく。そこには巨大な芋虫型のモンスターがいた。バナーの村とトランの間の森にいたもの。そしてそれよりも一回り大きく見えた。
「こいつはやばい!非戦闘員を逃がして!早く!」
フーロンは思わず叫んだ。
「知ってるの?!」
「知ってるのか?!」
ジョウイとタルォブが同時に聞き返す。
「こいつは、」
フーロンが応えようとしたとき芋虫が体当たりをしてきた。傭兵の何人かが悲鳴を上げて膝を折る。商人の何人かと傭兵の何人かは最初の魔法攻撃でかなりのダメージを負っていたらしく、倒れ伏して動かない。
「ちぃっ!」
タルォブが剣を抜いて突っ込んでいく。
倒す方が早い!」
「違う!こいつは!」
フーロンが叫んだ所にまた雷撃がきた。また何人かが倒れて動かなくなる。確かに逃がすために誘導しているような余裕は無かった。
「フーロン!」
「違うジョウイ!こいつはまずい!簡単には倒せない!」
「だけどっ」
そのとき地響きがしてモンスターが地に伏した。
「なんだぁ?ナリの割にたいしたことねえなぁ」
誰かの声が聞こえてくる。何人かがモンスターに近づいてゆく。倒れているモンスターの背に音をたてて亀裂が入り始めた。
「逃げろぉぉぉぉぉ!」
フーロンは絶叫した。
ぞろり。
音を立てて触覚が現れる。モンスターに近づいていた傭兵の何人かが慌てて後ろ飛び下がったときには、そいつは空中にいた。突然現れた巨大な蛾に傭兵達が唖然としていると、蛾は触覚を震わせ始めた。
また、電撃が飛ぶ。また何人かが倒れ動かなくなる。
「ちくしょう!」
まだ立っている傭兵達が攻撃を仕掛けている。
「フーロン!」
ジョウイがフーロンを呼んだ。紋章を使え、目がそう言っている。フーロンの目に迷いが浮かんだ。そのとき蛾が羽根を広げ羽ばたいた。
強い風に煽られ、毒の鱗粉が辺りを覆う。風が毒の粉を払った時、立っているのはもう数人しかいなかった。
「フーロン!」
強い口調でジョウイはフーロンを呼んだ。しかしこの期の及んでまだフーロンの目には迷いがある。そのとき子供の泣声が聞こえた。
「うわぁん!」
この幼子が何故、無事だったのか。多分リィナ達が全身で庇ったのだろう。
「おかぁさぁん!やだぁ!起きてよう!」
リィナの身体を揺すりながら泣いている子供を見てジョウイが凄まじい勢いで蛾に向き直り右手を掲げる。
半呼吸遅れてフーロンが右手を掲げた。

アイリは遠のく意識の隅で子供の泣声を聞いた。
(姉貴、自分の娘をそんなに泣かすな・・・)
全身の力を振り絞って目を開く。ぼやける視界にはリィナとボルカンが倒れており、リィナの身体をリィナの娘が揺すりながら泣 いていた。
(あぁ、あの子、守んなきゃ・・・)
そう思うのだが身体が動かない。指一本動かない身体を動かそうと焦っていると凛とした声が聞こえてきた。
「黒き刃の紋章よ・・・」
半呼吸遅れて別の声が続く。
「輝く盾の紋章よ・・・・」
あぁ、そうだ。フーロンがいる。そう思うと安心してまた急に意識が遠のき始めた。懐かしい優しい光に包まれてアイリは完全に意識を失った。

アイリが気が付いたとき、フーロン達は商隊にはいなかった。
なんでも怪我人(と言っても気絶をしているだけで怪我らしい怪我はほとんどなかったらしいが)の世話が終ると契約を此処までにして欲しいと言い先に出発したらしい。
どうやって自分たちがあの場を乗り切ったのか倒れていたものにはもちろん判らないし、立って戦っていたものにもよく判らないらしい。ただ柔らかい光が商隊の人々を守るように包み込み、黒い強大な光が蛾を貫いたのだという。そして光が去ったとき、モンスターは倒れており、倒れた人々の怪我もほとんど完治していたという。
あの二人が何か知っているのだろう、というのが、まぁ当たり前と言えば当たり前の結論だったが、当の二人がもういなかったので残った人はただ首をかしげながらあれこれ言い合っていた。
アイリ達は何も言わずゼクセンで商隊の人達と別れた。
フーロンは長く紋章を使おうとしなかったし、使ったあとまるで逃げるように姿を消したことから、自分の力を人に知られるのが嫌なのだろうと思ったからだ。
アイリは街で芸を見せながらフーロンを探したが見つからなかった。あそこからならばゼクセンに来ていると思ったのだが、ここからもう別の街に旅だったのかもしれず、もう会えないのかと淋しくなった。
それから半年程ゼクセンにいたが、普段我が侭を一切いわないボルカンがノースウィンドの図書館に行きたいといいだし、渋るリィナを説得して戻ることになった。
アイリはこの機会にリィナの相手について徹底的に追及するつもりである。リィナの娘は思いのほか聡明で、このまま旅暮らしをさせるのは不憫というか勿体ない気もしている。
それで帰りの旅も行きに一緒になった商隊の帰り旅に同行させてもらうことになった。傭兵達は殆ど面子が変わっていたがタルォブと例のナンパ男はまたいた。
そして出発の日。男はリィナ相手にナンパをしており、リィナはそれを適当にかわしている。街を出たところでアイリは後ろ髪を引かれる思いがして、街を振り返った。
街路樹の影に隠れるように二人の少年めいた容姿の若者がいた。
一人黒褐色の髪を金環で押さえており、一人は淡い色の長い髪を後ろで軽く束ねていた。
(フーロン!それにあれは・・・・そうだ、ジョウイ!)
アイリは思わず息を詰めて二人を見つめた。足を止めたアイリに気付いたリイナ達もアイリが見ているものに気付いた。
「なんだぁ、あいつら見送りにきたのか・・・」
素っ頓狂な声を上げる男にリイナ達は驚いたように目を向けた。
「気付いてたんですか?」
「何に?」
「いえ、彼ら、変装してたでしょう?」
リィナの言葉に男は吹きだした。
「髪染めたくらいで変装になるかよ。変装ってなら女装くらいしてみろ。奴等きっと似合ったぜ」
「まぁ、そうかもしれませんが・・・でも髪染めてたってなぜ気付いたんです?」
男は鼻の頭を掻きながら答えた。
「まぁ、タルォブの奴も気付いてたが、フィンの髪、ありゃあ質の悪い染め粉使うとあの色になるんだ。結構独特の匂いがあるしな。」
それにジャックの奴はすぐフィンのことフーロンって呼んでたしな、と笑った。
「気にならなかったんですか?」
「なったよ、あの二人どっちも俺好みだったし」
「いえ、そういう意味じゃなくて」
あぁ、と呟いて男はまた鼻も頭を掻いた。
「別に、いい奴等だってのは目を見れば判ったし・・・・いいんじゃねぇ?別に」
俺だって人様に知られたくないことや、会いたくないやついるしなぁと言ってまた笑った。
「色んな経験をなさってるんですね」
そう言うリィナの声音にはアイリが久しぶりに聞く響きがあった。相手の腕に自分の腕絡ませながらリィナが色っぽく話しかける。
「今度ゆっくりお話しをうかがいたいわ。えっと?」
「俺かい?ベインてんだ」
男が嬉しそうに答えるのを聞きながらアイリは溜息をついた。
(姉貴・・・また・・・)
ノースウィンドに着いたら、この子の父親のこと絶対白状させてやる、と誓いつつもう一度振り返る。 フーロン達はまだいて、こちらを見ていた。アイリが振り返ったのに気付いたのか、フーロンが右手を振った。
「アイリ、置いていくわよ」
リィナが声をかける。
「今行く!」
アイリは目に浮かんだ涙を拭うと微笑を浮かべリィナ達の元に走っていった。