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目覚めた時にはもう、部屋の中は明るい日差しで一杯だった。起き上がろうとして体が重いことに気付く。 だるくて光を避けるように腕をかざして、初めて違和感を感じた。 慌てて起き上がる。 服を着ていない。 身体に残る跡を見て、昨日の事を思い出した。全身の血が一気に下がり、また上がる。 「なんであんなことに・・・・」 ジョウイは頭を抱えこんで呻いた。 そもそものきっかけはごく些細なことだったように思う。山間の湖畔のこの小さな宿は穏やかな老夫婦がやっていて、まだ年若い三人に旅人の訪れを喜んでくれた。他に客もいないこともあり心尽くしのもてなしをしてくれたのだが、夕べ出された料理の中に魚料理があった。 この湖畔で獲れる鱒ほどの大きさの魚を丸のまま揚げて酸味の効いたソースをかけた料理で、目の回りに隈取りのような模様がある魚は大きな目で睨んでいるようで少々グロテスクだったが、大変美味でもあった。 この料理をフーロンは手も付けずに残してしまった。口に合わなかったのかと心配する老夫婦を 「いえ、今日は食欲があまりなくて・・・とても美味しそうだったんですが・・・」 と、お得意の柔らかな微笑とあの大きな真摯に見える瞳で躱し、 「具合が悪かったの?大丈夫?あっ、薬、薬!」 と騒ぐナナミを 「ちょっと疲れてるだけだよ、一晩寝れば治るから」 と苦笑交じりに宥めて躱していたが、今回はジョウイだけが誤魔化されなかった。 部屋に行き、いつも通りのふざけあった会話をしているうちに話が好き嫌いの話になりフーロンがジョウイのニンジン嫌いを揶った。 「君だって嫌いなもの、食べないじゃないか」 「僕はないよ、好き嫌い。」 しゃらっと言うフーロンにジョウイは意地悪く言った。 「へぇ?じゃ、今日残してたのは?」 「あ、あれは・・・今日はあまり食欲なかったから・・・」 「食欲なくても食べるよね、君。出された物は残さない主義でしょう?」 「それはそうだけど・・・」 フーロンは困ったようなバツの悪そうな顔をしている。 「君が魚嫌いだなんて知らなかったよ」 「だから嫌いじゃないよ、魚」 「じゃ、なんで残したんだよ?」 普段は恐ろしいくらい隠し事の上手いフーロンだが一度ボロを出すと面白いくらいうろたえる。ジョウイはつい面白くなって追及した。 「別に嫌いだから残したわけじゃ・・・・」 「じゃ、なんで?」 フーロンはバツの悪そうな顔で頬をほりほりと掻いている。 「嫌いじゃなきゃなんで残したんだよ」 もしかして本当に調子が悪いんだろうかと少し心配しながら言った。 「あぁ、もう!いいよ、じゃあ嫌いってことで!」 この言い方が少々、カンに障った。 「なんだよ、それ!じゃあなんで残したんだよ!御主人夫婦もナナミも心配してたじゃないか!」 「だから、魚嫌いってことでいいって言ってるじゃないか!しつこいな・・・」 フーロンもムキになったように言い返す。 「あんまりしつこいとキスするぞ!」 「してみろよっ!」 このところのフーロンお得意の脅し文句が出て、思わずジョウイは言い返していた。前にやはり「してみろ」と言ったら本当にされそうになったことがあり、以来この言葉を聞くと取りあえず大人しく追及を止めていたのだが、今日はさっきの言葉がカンに障っていたこともあり、つい言ってしまった。 「・・・・ジョウイ・・・以外と学習能力ないでしょう・・・」 「なんだよ?」 「本当にするよ?」 「したらいいじゃないかっ!でも今日魚を残した理由は聞くからな!」 フーロンはあきれたような顔をした。 「前、あんなに必死になって逃げたくせに・・・だから僕はホントは魚が嫌いなの、それでいいでしょ?」 じゃあ、お休みと言ってフーロンはベッドに入ろうとした。 「フーロン!」 思わず腕を掴む。 「・・・本当にしつこいよ?なんでこんなことにそんなに拘るんだよ?」 なんでだろう?と心の隅の冷静な部分が呟いていたが、すでに意地になっていた。 「フーロンこそ、なんでそんなにムキになって隠すんだよ。」 「ムキになんかなってないよ」 「なってる!」 「・・・・ホントにもう・・・言いたくないって言ってるのに・・・・」 ジョウイが悪いんだからなと呟くとフーロンは掴まれていない方の手でジョウイの服の胸元を掴むとグイっと引き寄せた。 えっ?と思ったときにはもうフーロンの唇に自分の唇が塞がれていた。思わずフーロンの腕を掴んでいた手が緩む。自由になった腕をフーロンはジョウイの腰に回し引き寄せた。 「フ、フーロン」 「ごめん、そうじゃないかとは思ってたんだけど・・・」 フーロンが唇を耳元に寄せ囁いた。 「やっぱり止まらないみたいだ・・・・」 そう言うとまた強引に口づける。今度はさっきと違い唇と唇を重ねるだけの軽いキスではなかった。そのままベッドに倒れ込む。 「フーロン!」 やっとの思いで声を上げるがフーロンは聞こえないかのようにジョウイの首筋に愛しげに唇を這わせている。 「フーロンっ。よせっ!」 「嫌だ。止められない」 「駄目だっ!頼むからっ!」 「なら紋章を使えばいい」 そう言うとフーロンは真っ直ぐにジョウイを見下ろした。 「僕は抵抗しない。黙ってその刃の紋章に引き裂かれるよ。」 「何を馬鹿なことを・・・・!」 言いかけたジョウイにまたフーロンが口づける。ジョウイにはもう何が何だか分からなくなった。 (うぅぅぅぅぅぅぅ・・・・) 思い出さなきゃ良かったと思いながらジョウイは声もなく呻いた。経験がないとは言わない。不本意だったにしろ、幾度も経験している。しかし、まさかフーロンとあんなことになろうとは・・・ (どんな顔して会えばいいんだよ、これからっ!) 再会した後、フーロンの態度は以前と変わらなくて、また幼いころからの親友同士に戻ったような気持ちでいた。無くした物を少しずつ取り戻していくようでそれが嬉しかった。けれど昨夜のフーロンはまるで別人で、気が付くと翻弄されていた。思い出すと羞恥で暴れだしたくなる。 (うぅぅぅぅ、フーロンの馬鹿やろーーーっ!) と心の中で叫んで初めて気が付いた。部屋の中をキョロキョロと見回す。部屋の反対隅にはフーロンの荷物が纏めて置いてある。いつも必ず持ち歩くトンファーも置いてあるがフーロンの姿はなかった。 (どこに行ったんだろう?) 起き上がろうとしたところで遠慮がちに扉を叩く音がした。まだ素っ裸のジョウイは慌てて布団の中に潜り込む。 「誰ですか?フーロン?」 「ジョウイ?起きてるの?大丈夫?」 ナナミの心配そうな声が聞こえてくる。やばいと思いながら更に深く布団の中に潜り込む。ナナミが中に入ってきた。いつもなら飛び込むように元気よく飛び込んでくるのだが、今日は労るように気づかうようにそっと近づいてくる。 どうしたんだろう、と思いながら目だけ出して近づいてくるナナミを見る。 「あ、ごめん。すぐ起きるから。」 それでも普段の様にいきなり布団をはがされるのを警戒して言う。 「あ、無理しなくていいんだよ。大丈夫?まだ顔赤いよ?」 「大丈夫だよ」 何をこんなに心配してるんだろう、と思いながら言ってみる。 「ごめんね、まさか倒れるほどジョウイが具合悪かったなんて気が付かなかったの。フーロンもなんか元気なかったし・・・・ここ、もう少し泊っていいって宿の御主人、言ってくれたから無理しないでね?」 なるほど、そういう言い訳をしたのかと納得した。ジョウイが起きれない理由が自分が押し倒した挙げ句、気を失うまで・・・その・・・とは言えまい。 「大丈夫だよ、腹も減ったし、もう少ししたら起きるよ。・・・・フーロンは?」 まだ心配そうなナナミを安心させるように言う。 「あの子もね、なんか変。今朝、元気なかったし。朝御飯もほとんど残しちゃったし。」 あのこも具合悪いのかなぁ、と呟いている。それだけは無いはずだ、と心の中で断言してしまう。 「昨夜、大分迷惑かけたから、疲れてるんだと思う。フーロン、下?」 迷惑を被ったのは僕の方!と思いながらナナミを安心させるために言う。 「なんかね、くらーい顔して外に行っちゃった。丘の方に行ってたと思うよ。」 ジョウイ、具合が悪いのに放ったらかして、何しに行ったんだろう、とちょっと怒ったような心配そうな口調で言った。ジョウイも少し心配になった。この辺りは比較的安全とはいえ、トンファーはここに置きっぱなしでだし、何の武器も持っていないはずだ。いざとなれば紋章があるだろうが、とここまで考えて昨夜のフーロンの言葉を思い出した。 (紋章で僕を引き裂けばいい・・・) 何故あんなことを言ったんだろう、と思うと同時にその後の展開が鮮明に思い出されて顔がカッと熱くなった。 「ジョウイ?」 急に赤くなったジョウイにナナミが訝しげに声をかける。 「な、何でもない!もう少ししたら起きるからっ!」 そう言うと布団に中に潜り込んだ。 フーロンは丘の上にある大きな木の上いた。太い幹に凭れて湖を見ている。 (・・・・・しまったなぁ・・・・・・ついにやってしまった・・・) 瞳は湖に向けられているが、気持ちの方はそれどころではない。 自分のジョウイへの感情が、いつからただの「好き」から違うものに変わったのかは分からない。ただ、天山の峠で再会したときはもう、そうだったように思う。 けれどそれを表に出す気はなかったし、ましてや昨夜のようなことをするつもりはなかった。ジョウイがハイランドで皇王になるまでの間、どんな目に会っていたかは予想がつく。それがどんなに辛いことかも。だからあの辛い戦いで傷ついたものが癒せるのなら、ゆっくりとでも取り戻すことができるのならそれだけでいいと思っていた。思っていた筈なのだが・・・・。 (止まんなかったなー、見事なくらい・・・・) フーロンは溜息をついた。今朝目覚めて、腕の中で白い顔で眠っているジョウイを見て血の気がひいた。昨夜の自分の行動を思い出して、危うく叫びだす所だった。 慌てて起きだして階下に行きナナミにジョウイはと聞かれ、しまった、服くらい着せとくんだったと思ったが今更部屋に戻るのも間が悪いような気がしたので、昨夜具合が悪くなって倒れてまだ休んでる、と出任せを言った。ナナミはガサツなようでいて気持ちが優しいからこう言えばいつものように強引にジョウイを起こすことはない。ただナナミが本当に心配そうな顔をしたので罪悪感は増した。一人になりたくて朝食もそこそこ宿を出たのだが・・・・。 (怒ってるよなぁ、絶対。しまったなぁ・・・・もうあれを言うのは辞めよう・・・・) ゲンカク師匠の道場で二人で話している時につい言ってしまった「キスするぞ」と言う言葉に対するジョウイの反応がおもしろくてことあるごとに言っていた。ただ、一度「なら、してみろ」と言ったので本当にするふりをしたらジョウイは本気で逃げ回ったし、自分も本気になりかけたので、嘘でもキスするのは止めようと思っていた。もっとも、その後「キスするぞ」と言うとジョウイは大人しく撤収していたが。 (あーあ、どうしよう。どんな顔でジョウイに会ったらいいんだか・・・・) 頭に血が上っていたから、とんでもないことを口走ったような気もしている。「しまったなぁ」と同じことをぐるぐる考えながら何気なく宿の方に目をやると誰かが丘のほうに登ってくるのが見えた。木の上から目をこらす。 (・・・・げっ・・・・・) 淡い色の髪が柔らかい日差しをはじいている。どこか辛そうに、けれどこの木を目指して真っ直ぐに歩いてくる。 (ま、まずい!なんでジョウイがここに!) フーロンは焦って木から降りようとして考え直した。ジョウイは以外と近くまで来ているし、自分はこの木のかなり高い所にいる。下手に降りていると木の下で鉢合わせだ。 フーロンは木の更に高いところを目指して登り始めた。 ジョウイは木の上にいるフーロンをみて全身の力が抜けそうになった。 (・・・この場合、めげたり、落ち込んだりするのは僕の方だと思うんだけど・・・) 小さく溜息をつく。昔からフーロンは落ち込んだり拗ねたりすると木に登る癖があった。ちなみにジョウイは知らないことだが都市同盟時代は木の代わりに屋根に登り、一部の人の手を焼かせていた。 フーロンと顔をあわせてどうしようと言うわけでは無かったが、とりあえずナナミ感づかれる前に状況をなんとかしたかった。 溜息をつきながら丘を登っていき、問題の木の下からフーロンがいた辺りを見上げるが既にそこには姿がなく、更に上の方の枝に跨がるように座っているフーロンが見えた。真っ直ぐに湖の方を見つめている。 「フーロン!」 木の下から呼んでみたが聞こえないのかこちらを向かない。もう少し大きな声で呼んでみても結果は変わらない。何度か呼んでみて初めて違和感を感じた。大きく息を吸い込む。 「フーロンっ!!!!」 普段のジョウイからは予想もつかないほどの大声に周囲から鳥が一斉に飛び立った。けれどフーロンは相変わらず湖の方を見たままである。 (あんのやろぉ−−−) 「フーロンっ!聞こえてるんだろうっ!」 思わず声を荒げると初めてフーロンが反応した。ペトッっと跨がっている枝にへばり付く。 「何やってんだよっ!降りてこいよっ!」 「やだっ!」 ようやく返事をしたと思ったらこれである。ジョウイは眩暈さえ感じた。これが昨夜の強引な奴と同一人物とは思えない。 「そんなとこにいたら話もできないだろうっ!」 「やだっ!」 「フーロンてばっ!」 「やだっっっっ!怒ってるくせにっ!」 ジョウイは本気で倒れそうになった。まるで駄々っ子である。怒られる様なことをしたと思ってるくせに何故そこで君が拗ねる、と思いつつ声をかける。 「フーロンてば!ナナミが変に思うから!」 「い・や・だっ!」 「怒ってないからっ!」 「やだっ!ジョウイの嘘つきっ!」 プツッと何かが切れた音がしたような気がした。ジョウイは木の上のフーロンを睨みつけると無言でフーロンのいる木に登り始めた。 急に静かになったのでフーロンは木の下を見た。さっきまで声がしていた辺りには誰もいない。不審に思い身体を起こし周囲を見ようとして、自分がいる木に変な振動を感じた。恐る恐る後ろの方を見る。視線を下げていくとジョウイが必死の形相で木を登ってきていた。思わず逃げ場を探すが飛び降りるには少々位置が高すぎる。しまった、さっきジョウイが来る前にいちかばちか降りとくんだった、と思ったがもう遅い。背後からジョウイの怒りの波動を感じてフーロンは思わず前進してしまった。が、もともとフーロンの体重を支えるのが限界といった感じの細い枝である。すぐに行き詰まった。焦っていると枝の揺れが激しくなった。振り返るとジョウイがフーロンのいる枝に登ろうとしている。 「わぁぁ、ジョウイ、ストップ!待った!」 「何が待っただっ!そこから動くなよっ!」 「これ以上どうやって動けと・・って違う!ごめん、僕が悪かった!降りるからっ」 「うるさいっ!」 「う、うるさいって・・ちょっとっ!」 「人が恥ずかしいのを耐えて話しあおうとしてるのに・・・」 「だから、ごめん!悪かった!後生!降りるからっ!危ないって!」 「うるさいっっ!」 「う、うるさいって、ちょっと、マジで危ないって・・・うわぁぁぁぁ!」 「え?う、うわぁぁぁぁぁぁ!」 二人が乗った枝が大きくしなり、派手な音が辺りに響く。周囲から鳥がまた一斉に飛び立った。 なかなか戻らない二人を心配したナナミと宿屋の主人が丘に来たとき、二人は木の下で仲良く気絶していた。 「まぁったくっ!もう!何やってんのよ!」 ナナミがプリプリした声で二人を睨みつけながら言った。壁に寄り掛かって立っていたジョウイは思わず目を反らし、ベッドの上で仰向けに寝ているフーロンは腕で目を覆い沈黙している。木から落ちたとき下敷きになった形のフーロンは結構酷い打ち身があり、二三日、動かさないほうがよさそうだった。 紋章を使えばすぐに完治する程度ではあるのだが、フーロンが頑として紋章を使わないので結局もう少しここのお世話になることになった。そして様子がおかしかった二人を心配していたナナミは今オカンムリである。 「なんとか言ったらっ?!」 「・・・ごめん・・・・」 フーロンが小さな声で言った。 「ほう?!本当に悪いと思ってるの?」 「思ってます。ごめんなさい、反省してます。」 「なら、さっさとケガ、治しなさいよ、紋章使って。」 「それはやだ」 「そーゆーことを言うのはこの口かっ!」 ナナミが寝ているフーロンの頬を左右にぎゅーっと引っ張る。 「いひゃい・・・・」 「ナナミ・・・その一応怪我してるんだし、加減してあげないと・・・・」 思わず庇ったジョウイをナナミはキッと睨んだ。反射的に目を反らす。 「そぉねぇ、一応フーロンは怪我人ですもんねぇ?じゃぁジョウイ、病人の筈の人がどうしてフーロンと一緒に木から落ちることになったのか説明してくれない?」 「そ、それはその・・・その場の勢いと言うか・・・」 「なぜ勢いで病人が木に登るっ?!」 「すみません。ごめんなさい、反省してます。」 思わず謝るジョウイ。 「昨夜なにがあったの?!喧嘩でもしたの?!」 二人を睨みつけてナナミが問いただした。沈黙する二人。いくらなんでもこれだけは言えない。 「うぅぅぅぅーーー、フーロンっ!」 横になったままぶんぶんと首を横に振るフーロン。ナナミはまたキッとジョウイを見た。思わず後ずさる。 「ジョウイぃ〜?教えてくれるわよねぇ?」 「・・・お・・・・」 「お?」 「男同士の秘密だいっ!」 ナナミの目が点になる。なんとも言えない空気が流れる。しばしの沈黙のあとフーロンが吹きだした。 「フーロンッ!」 「ご、ごめん、でも・・・」 同時に叫ぶナナミとジョウイに謝るが身体が小刻みに震えている。 「いてっ、いててっ!うくくっ、ジョウイってば・・・いててっ」 「・・・・・フーロン」 痛がりながらも笑うフーロンをジョウイは睨みつけた。 「もうっ!」 ナナミが毒気を抜かれたように言った。 「秘密だって言うんなら男同士、殴り合うなり絡みあうなりしてなさいよっ!でも明後日には出発するからねっ!」 まさか自分が何気なく言った言葉が核心をついたとも気付かずにナナミは部屋を出ていった。残された二人に気まずい空気が流れる。 「・・・・・フーロン」 「ごめん。」 目を合わせないままフーロンが言った。 「本当にごめん」 「・・・いいよ、もう・・・」 「許せとは言わないから」 「もう、いいってば。」 被せるようにジョウイが言った。 「いいから、怪我、治しなよ。あの調子だとナナミ、ホントに明後日には出発するから。」 「うん・・・・ホントにごめん・・・・」 「もういいって・・・」 苦笑しながらいってジョウイは窓の外を見た。綺麗な月が二人の部屋を見下ろしていた。 結局、ナナミの宣言通り二日後にこの宿を出発した。が、フーロンは本調子ではないらしく、少し辛そうである。 「あっ!」 小一時間も歩いたところでナナミが大きな声を上げた。 「忘れ物!」 「何?」 ジョウイが聞いた。 「うっ、内緒!取ってくる、待ってて!」 そう言うと一人で駆け戻ろうとした。 「待った!一人じゃ危ないから・・・」 「大丈夫!フーロンは辛そうだからここで待ってて!ジョウイも、今のフーロン一人じゃなんかあったとき大変だから一緒にここに居て!」 そう言うと返事も聞かず駆け出していった。しょうがなしに二人は近くの木の根元に座る。 「なぁ、フーロン」 ジョウイが空を見ながら言った。 「んー?」 「何で、あの魚、食べなかったんだい?」 フーロンは思わず前のめりになった。 「まだ気にしてたのか・・・・・」 「うん、なんで?」 「な、なんでって・・・・魚嫌いだから・・・」 「それは嘘だ」 詰まりながら言うフーロンにジョウイは断言する。 「よーく、考えたら君、魚ぱくぱく食べてた。あの時だけだよ。なんで?」 フーロンは思わず頭をばりばり掻いた。 「なんでそんなに気にするんだよ!いいじゃないか、たまに食べなくったって!」 「うん、僕もそう思う。」 「なら何でそんなに追及するんだよっ!」 「フーロンがムキになって隠すから」 平然とジョウイが言った。フーロンは頭を抱え込む。 「うーーーーー」 「何で?」 「あーーーー!煩い!しつこいとキスするぞっ!」 言ってからしまったと思った。ついこの間、言わないと誓ったはずなのにと思わず口を押さえ横のジョウイはと見ると、いない。「へ?」と思いキョロキョロと辺りを見ると5メートル程離れた所に立っていた。 真っ赤な顔をしてなんとも言えない表情で立っている。フーロンはキョトンとしてジョウイを見た。 爽やかな風が梢を揺らしている。 やがてフーロンはニンマリと笑った。 「そうだよねー、キスだけですむって保証はないもんねぇ」 赤かったジョウイの顔が更に赤くなる。 「逃げて正解だよー」 笑ながらフーロンが言った。 「!フーロンっ!!!!!!」 ジョウイが真っ赤な顔で掴み掛かろうとしたがヒョイッっとよける。 「このっ!待てっ!」 「やぁだよっ!」 「このーーーー!怪我してるくせにちょこまかとっ!」 「やぁい、ノロマー」 「このっこのっこのっ!」 二人の騒ぐ声が緑の木々の間に楽しげに谺していった。 |
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Fin
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