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| 「なんだよ!要は自分がトラブって逃げたいから僕に戻って来いってだけじゃないかっ!」 ノースウィンドの城の最上階、昔フーロンが使っていた部屋で乱暴にドレスを脱ぎ捨てながらフーロンは喚いていた。 「ご大層な能書き垂れてたくせにっ!」 「でも、大変なのは本当みたいだったよ」 ジョウイがドレスを脱ごうと悪戦苦闘しながら言った。 あの後、それぞれの娘というのも来てしまい、ちょっとした騒動になった。青い目の女性はカイエ、娘の名前はファーナ。赤毛の女性はキャロル、娘の名前はライザ。それぞれに娘のために立場をはっきりさせて欲しいと要求しているらしい。 「身に覚えは有るっていうし、自業自得じゃないかっ!なんで僕らを巻き込むんだよっ!」 「でもシュウさんの言う事にも一理あるよ。」 ジョウイが苦笑しながら宥める。現在、この国の指導者的な立場にいるシュウの「妻」という地位をそれぞれが欲しがっているから事態が混迷しているのだという。相手を牽制して執務中もやってきては騒ぎを起こすので政務に影響が出始めているらしい。一年でいいからこの国に戻ってシュウは代理でしかないという印象を皆に与えるか、事態をすっきりさせてくれと懇願されてしょうがなしにしばらくノースウィンドに滞在する事になった。 「だけどさっ!」 着ていたドレスをベッドの方に投げ付けながらフーロンはまだぼやいている。 「そんなに嫌ならなんで引き受けたんだよ、事態の解明」 ジョウイが笑いながら言った。 「・・・・う・・・・・・・・」 「ほっとけなかったんだろ?あの子達」 執務室での大騒ぎの中、フーロンとジョウイが印象的だったのはそれぞれの娘だ。 最初に母親のキャロルに呼ばれて来たのはライザの方で、黒い髪に山猫のような黒い瞳をした10才くらいの綺麗な子だった。鼻筋が通っていてシュウに似ていなくもない。この子は黙って大人達の騒ぎを静かに見ていた。 その後母親を探してやって来たのがカイエの娘ファーナで、黒い髪に青い綺麗な瞳の女の子だった。この子は目が全く見えないらしく、声を頼りに母親の所に行こうとして転びそうになった。このとき倒れそうになったファーナを支えたのは、慌てて駆け寄ろうとした母親でも一番近くにいたジョウイでもなく、ライザだった。「ありがとう」と含羞んだように言うファーナに小さな声で「気をつけて」と言うとライザはファーナを母親のところまで連れていった。 二人が近寄ったのはそれだけだったが妙に印象に残った。 あの二人をこのごたごたから開放してやろう、何故かそう思った。だからノースウィンドに滞在することにしたのだ。ただし、殊勝な気分でいたのはこの部屋まで案内してきたシュウが去り際に 「正体を知られたくなければその変装を城にいる間は続けることです」 と言うまでだった。 「嫌がらせとしか思えないっ!!!何を企んでるんだあの人っ!」 ドレスを脱いだ後ズボンだけはいた上半身裸の状態でフーロンは床にあぐらをかいてブツブツ言っている。 「・・・・まぁどう転んでもあの人に損はないね、今回・・・・」 ジョウイがドレスの背中のボタンを外そうと苦戦しながら言った。 「・・・・損はないって?」 「うん・・・・それよりフーロン、手伝ってよ、この背中のボタン」 言われてフーロンはたじろいだ。重ねて「手伝え」と言われておずおずとジョウイの背中に近づく。目の前にジョウイの白いうなじがあった。慌てて微妙に目を反らすと、急いで背中のボタンを外しジョウイから離れる。フーロンに背中を向けたまま「ありがとう」と言うとジョウイはドレスを脱ぎ捨て本来の服に着替え始めた。フーロンはそれをぼんやりと見ている。 実は今回、女装をしてからジョウイにも言えずにいつも困惑していることがひとつだけフーロンにはあった。 ゼクセンで女の格好をしたジョウイを初めて見た時はあんまり綺麗で「うわぁ、いいモン見たなぁ」くらいにしか思わず、自分も女装しなければならなかったのはともかく、秘かにベインに感謝したりもしたのだ。けれどそれはジョウイの後ろ姿を見るまでだった。普段も束ねてはいるものの、髪で良くは見えないうなじがはっきりと見え思わず妙な気分になった。普段は夜・・・のときにしか目にしなかったのだ。遠回しに髪をおろしてみたら?と提案してみたが「このドレスで髪を上げないのは女性の場合不自然」と言われ「何故そんなに女性の格好に詳しいんだ?」と変な疑問も浮かんだが、それよりも沸き上がる衝動を押さえるのに必死だった。ようやくノースウィンドについてこの「拷問」から解放されると思ったらまだ当分続けるはめになったのだ。愚痴も出ようというものだ。 フーロンのそんな煩悶に気付くはずもなく、ジョウイはシャツを着ようとして結い上げた髪が邪魔なことに気付き髪を下ろした。淡い色の光を含んだような髪がさらさらと背中に零れ落ちる。次の瞬間、ジョウイはフーロンに後ろから抱きしめられていた。 「フーロン?」 「・・・僕だけだったのに・・・・」 髪の上からジョウイのうなじに唇を押し付けながらフーロンは言った。 「もう髪を結い上げるのは辞めろよ・・・・」 「何を言ってるのか分からないよ」 苦笑しながらジョウイは言って首を僅かにフーロンの方に傾けた。 「ここをちゃんと見ていいのは僕だけだよ・・・」 そう言いながらフーロンはうなじに強く口づけた。手はジョウイのベルトを外し一番敏感な場所へと伸びる。 「っ!フーロン!」 「ここに着けばもう人に見せなくてもいいんだと思ってたのに・・・」 「あ、やっ!そこは駄目だっ」 「・・・そう?じゃぁ止めようか?」 手の中で形を変えつつあるものを弄びながら少し意地の悪い声でフーロンが言う。 「・・・・・・馬鹿っ!」 少し拗ねたように、怒ったように言うジョウイの声を聞いてフーロンはクスクスと笑った。そして二人はそのままベッドに倒れ込んだ。 翌朝、フーロンに起こされて部屋に付いている内風呂に入ったジョウイは真っ赤な顔で風呂から出てくると無言でフーロンをポカリと殴った。「なんだよう」と抗議の声を上げるフーロンを無視して着替え始める。いつもなら髪を結い上げてからドレスを着るのに今日は下ろしたままなので「今日は髪、上げないの?」と聞くとまた無言でツカツカと近寄ってきてポカリと殴る。そして妙に怒った顔のまま一人でドレスを着ようと悪戦苦闘している。 「一人じゃ無理でしょ」 とフーロンが近づいて行って、ドレスのボタンを止めながらひょいっとうなじを見ると、昨夜フーロンが付けたキスマークがきっちりと残っていた。思わず手が止まり赤面しているとジョウイが振り向いて、またポカリとやった。 「・・・・この馬鹿っ!」 「・・・・・ごめん・・・・」 真っ赤な顔で言うジョウイにこれまた真っ赤な顔でフーロンは謝った。そして結局それ以降、ジョウイが髪を結い上げることはなかった。 そして2週間程が過ぎた。 夜、二人は最上階の部屋に戻ると無言で着替え始めた。 「・・・・まいった・・・・・」 ドレスを脱ぎ捨て本来の格好に戻ったフーロンはそう呟くと、床に座り込み頭を抱え込んだ。 「・・・・・そもそも、こういう事の解決方法ってどんなのがあったんだろうね・・・・・」 脱いだドレスを椅子の背に向かって投げるとジョウイは壁にもたれ、そのままずるずると床に座り込む。 「・・・・さっさとシュウさんが結婚する・・・・・」 「そんな今更使えない解決策はどうでもよくて・・・・」 ジョウイの突っ込みには応えずフーロンはそのまま床に大の字に伸びた。 「あの二人があんなに城内で評判が悪いとは・・・・」 天井を見上げたままフーロンは呟いた。 正直な話しシュウがさっさと観念してどちらかを選べばいいと思っていたのだ。けれど城内の評判や彼女たちの態度をみていると確かにこの国の中心人物の妻としては「器」ではないのである。キャロルの方がその辺は分かりやすくて明らかに「玉の輿」を狙っているだけである。案外生活の保証をすれば大人しく引き下がりそうな感もあるのだが、「惣領娘」の母親というので欲がでているらしい。 分からないのはカイエの方だった。フーロン達の見るかぎり彼女はそう悪いとは思えない。確かにちょくちょく執務室に現れるが、お茶をだしたり花を活けたりとちょっとしたことをしてすぐ下がる。彼女が騒ぎを起こすのはキャロルが乱入したときだけらしかった。ただし彼女の場合、この城でシュウと関係を持ったと思われる時期の態度がよほど悪かったらしい。大人しげな態度がかえって信用できないと思われている。 「少しは相手を選んだらどうだったんです?」 思わずそう言ったフーロンにシュウは「後腐れはなさそうだったので」としれっとした顔で答えた。 その答えを聞いたときいっそこのまま遁走してやろうかとも思ったが踏みとどまった。ファーナとライザの存在である。 今ノースウィンドにはあの戦争とその後のゴタゴタで身寄りを失った子供たちの為の施設があった。そこで子供たちは、ある程度年長の子は自分に出来る城の仕事を手伝い、幼い子は自分より小さな子の面倒を見る、そういった暮しをしていた。だから結構子供が多いのだがファーナもライザも子供達の輪には入らず、いつもポツンと他の子供達を見ていた。 母親達の悪評が子供の世界にも影響しているのだ。基本的にお人好しの多いこのノースウィンドでは大人達はこの二人を不憫がっているが、それでもある噂がこの二人の子供に対して一線引いた態度を取らせていた。 二人の父親は実はシュウではない、と言う噂だった。 当時、カイエ、キャロル、そのどちらも相手がシュウ一人と言うわけでもなかったらしい。それともう一つ、あのリッチモンドの調査でさえ、二人が子供を産んだと思われる時期のことが分からなかったのだ。それぞれに母親には似ている子供たちである。が、本当にシュウの子供ならなぜ今頃名乗りを上げるのか?それがこの噂に拍車をかけた。そしてこの噂の為の子供達も二人を敬遠した。 母親が反目しあっているため二人が一緒に居ることはなかった。けれど必ず、ファーナに声が聞こえる範囲にライザが居ていつも小さな声で歌っていた。そのライザの声の方に向けていつも少し含羞んだような嬉しそうな顔をファーナは向けていた。 そうやって密やかに互いを支えあっていた。 自分たちにはどうしようもない事情で淋しい思いをする。この辛さをジョウイもフーロンも身に染みて知っている。放ってはおけなかった。 フーロンがここに戻ればどちらかを妻にするのになんの障害もないとシュウは言う。「指導者の妻」だから問題なのだと。そして城内で色々な話しを聞いて回っているときも何度も同じ話しを聞いた。 「・・・・僕が戻ればいいのか?・・・・」 「・・・・フーロン・・・・」 「・・・・一年だけで本当にすむのなら・・・・」 「それで本当にあの子達が救えるかい?」 フーロンが目を向けると青灰色のジョウイの瞳が真っ直ぐにフーロンを見ていた。 「・・・・・・いや・・・・・ごめん、ちょっと弱音を吐いてみたかっただけ」 そう言うとフーロンは起き上がった。 「こうしてても煮詰まるだけだ。気分転換に行こう!」 「どこに?」 「酒場」 ジョウイはげんなりした顔をした。 「またあれを着るのかい?今日は勘弁してくれ」 「大丈夫、今日は棚卸しでお休みだから。お客は居ないはず。忍び込めばいいよ」 「どこでそういうことを覚えたかな」 笑いながらそう言ってジョウイは立ち上がった。 「スプーンで鍵を開けられる君には言われたくない」 「古いことを」 苦笑しながら言うジョウイと並んで歩きながらフーロンは「しかし、どうしたもんかな」と呟いた。 「キャロルさんだけならなんとかなりそうな気もするんだけど」 「そうなの?」 「うん、今日子供達にオレンジを配ってたろ?おやつに」 「うん」 「あの時、ライザって子、取りに行かなかったから投げてよこされてたろ?」 「あぁ、膝の上に取り落としてたっけ」 「あの時あの子、慌てて手で押さえてたでしょ、それで思ったんだけどさ、もしかしてあの子・・・」 そんなことを話しているうちに酒場に着きこっそりと忍び込む。カウンターの裏側に入り込んでさて物色をと思ったところでいきなり声を掛けられた。 「珍しい人がいますね」 ぎょっとして振り返ると、リィナが艶然とした微笑を浮かべてこちらを見ていた。慌ててカウンターの陰にしゃがみ込む。 「誰もいないんじゃなかったのかい?」 「そ、そのはずなんだけど」 小声で言い合う二人にリィナが声を掛けた。 「別に密告したり誘惑したりしませんから出てきて下さいな」 その言葉に二人は顔を見合わせたあと、揃ってカウンターから顔を出した。その様子を見てリィナはクスリと笑った。 「相変わらず仲がいいんですね。良かったらお相手してくれませんか?」 と言ってグラスを上げる。「一人で飲みたかったんですが、いざ飲んでみると淋しくて」と艶やかに笑う。 二人はカウンターから出るとリィナの居るテーブルまで行き座った。 「・・・ノースウィンドに居たんですか・・・?」 そう聞くフーロンにリィナは首を振った。 「いつも居るわけじゃないんです。リーン・・娘とボルカンがここの図書館に来たがるので半年に一度程」 どう言うわけか本が好きでと少し淋しそうにリィナは笑った。 「あぁ、大きくなったでしょうね。頭の良さそうな子だったし。」 呑気に言うジョウイの脇をフーロンは慌てて肘でつついた。ばれていたとは言え一応変装して偽名を使っていた時のことなのだ。ジョウイも気がついて慌てて自分の口を塞ぐ。そんな様子をリィナは微笑を浮かべて見ている。 「えぇ、父親に似たようですね、あの知識欲のようなものは。でも今回ここに居るのは他にも理由があるんですよ」 そう言ってリィナは二人をじっと見た。 「理由?」 「えぇ、馬鹿な男がまた馬鹿な事を企んでいるようなので、見届けようと思いまして」 「馬鹿な男?」 「リーンの父親ですわ。」 事もなげに言うリィナを二人は呆然として見返した。 「人間なんて10年たってもそう変わらないものですね、策に溺れて情を忘れる。一度思い出してしまった情に後で苦しめられるのは自分ですのにね」 そう言ってリイナは透明な微笑を浮かべた。 「リーンちゃんの父親って・・・・」 呆然と言うフーロンに言葉には答えずリィナは少し悪戯な笑顔を浮かべた。 「苦労してるみたいなのでいいことを教えてあげますわ。カイエさんとキャロルさんですけどね。お二方とも子供を産んだことはないと思いますわ。」 「「そんなこと、なんで分かるんです?!」」 思わず赤面して同時に言う二人を見比べながらリィナはコロコロと笑った。 「子供を産んだことのある女なら分かりますよ、身体のラインがどうしたって変わりますもの。この前お風呂でお二人と御一緒しましてね、そのときに思いましたの」 あまりにあからさまな話しにフーロンとジョウイは赤くなって俯いてしまった。そんな二人の様子にくすくす笑いながらリィナは更に何か耳打ちした。その言葉を聞いてジョウイは更に赤くなってテーブルに突っ伏し、フーロンも更に赤くなった。 「・・・・なんでそんなことが分かるんです?」 「距離感が変わりますから」 澄まして言うリィナの言葉にフーロンもテーブルに突っ伏した。 「どちらにしろ、あのお二方に関しては調べ直した方がいいでしょうね、リッチモンドさんに頼んで」 「・・・・そうします・・・・」 突っ伏したまま言うフーロンを見てリィナはまたクスクスと笑った。 「・・・・一つ立ち入ったことを聞いてもいいですか?」 目だけリィナに向けてジョウイが聞いた。 「何でしょう?」 「ここで家族一緒に暮らそうとは思わなかったんですか?今も?」 リィナに向けられている目が真摯な光を宿していた。フーロンが思わず身体を起こしてジョウイを見る。 「・・・・私とあの人は同じレールを歩くことは出来ないでしょう・・・」 透明な微笑を浮かべてリィナが言った。 「一緒にいることで互いを不幸にしてしまう、そういう関係の人間もいるものよ・・・あの人がリーンのことを知ることはこれからもないでしょう。リーンが父親のことを知りたがる日は来るとしても」 「そのとき、どうするつもりです?」 「・・・・ジョウイ・・・・」 リィナは透明な透明な美しい微笑を浮かべたまま何も答えなかった。 「リィナさん、答えてください」 「ジョウイ、止めなよ・・・・」 リィナは微笑を浮かべたまま立ち上がった。 「あと一時間程でレオナがここを閉めに来ます。それまでに帰ったほうがいいですよ。」 「リィナさん!」 「ジョウイ!よせって」 戸口まで行ったリィナが立ち止まり僅かに二人を振り返った。 「あの子が父親の名前を聞いたとき誇りに思う、そんな人でいて欲しい、それだけがあの人に対して望んでいることです。」 そう言い残すと二人を残してリィナは酒場から出ていった。 |
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続く
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