After Day6〜Wild Cat〜前編

   
「ナナミ! 」
「大丈夫っ! 」
 激しい戦闘の音が響き渡る。ひときわ大きな猫型のモンスターが咆哮を上げた。その声に呼応するように小さな咆哮が聞こえ数匹の獣が現れる。
「また!? 」
「これじゃきりがないっ!フーロン!」
 ナナミの悲鳴混じりの声とジョウイの緊迫した声が響き渡る。今にもモンスターめがけて飛び出そうとしていたフーロンはその声に振り返った。ジョウイと視線を合わすと微かに頷く。フーロンを追い越すようにジョウイが駆け抜けその後をフ−ロンが走る。モンスターの群に突っ込む瞬間二人は二手に別れた。その動きに幻惑されたかのように僅かに動きが鈍ったモンスターを挟み込むように二人が立つ。次の瞬間二人はモンスターの群れの中をすれ違うように駆け抜けた。ジョウイの棍が遠くから二人に飛びかかろうとするモンスターを薙ぎ払い、フーロンのトンファーが棍をすり抜け近づいてきたモンスターを叩き伏せる。二人が立ち位置を変えた時立っていたのは大型のモンスターだけだった。そのモンスターにナナミが三節棍を振るう。
 けれどその一撃でも倒れなかったモンスターがまた咆哮を上げた。また獣が現れる。
「まただ!ジョウイ!ナナミ!」
「わかった!」
 ジョウイが道具袋から素早く札を取り出した。凛とした声が響く。
「踊る火焔よ!敵を焼き払え!」
「ナナミ!行くよ!」
 ジョウイの声と共に燃え上がった炎の塊をすり抜けてフーロンとナナミが大型のモンスターに向かう。渾身の力でトンファーを振るったフーロンは違和感を感じた。立て続けに来るはずのナナミの三節棍が来ない。
(ナナミ、また・・・・・・)
 心の中で舌打ちをしながらトンファーを振るうフーロンの背後では、ひらひらと手を振って応援だけしているナナミと、それを呆れたように見ているジョウイの姿があった。


 どうっと音を立て倒れるモンスターから飛び退くと同時にフーロンはナナミの方へ向き直った。
「・・・・・・ナナミ・・・・・・」
「・・・・・・えへへ・・・・・・」
 ナナミが誤魔化し笑いを浮かべながら頬をほりほりと掻く。
「笑い事じゃないよ、なんとか相手が倒れたから良かったようなものの、これ以上長引いてたら・・・・・・」
「だってっ!疲れちゃったんだもん! 」
 呆れたように言うジョウイにナナミが拗ねたように言った。
「ずぅーーーっと、アイツばっかり殴ってたんだからねっ!」
「疲れたんじゃなくて厭きたんだろ?! 」
 言い合いを始めたナナミとジョウイを苦笑交じりに見ていたフーロンは背中に悪寒を感じて思わず振り返った。倒れた筈のモンスターが顔を上げてフーロンを見ている。はっとしてフーロンがトンファーを構えるより早くモンスターは何かを吐き出した。それはフーロンの頬をかすめ浅い傷を作り草むらに消えた。それを確認するかのようにモンスターの目が動いた後、ニヤリと笑みらしきものを浮かべ、ガクリと首を落とした。
「フーロン?! 」
 さすがに言い合いを止めナナミとジョウイが駆けよって来る。警戒して倒れたモンスターを見ていた三人はやがて緊張を解いた。
「もう大丈夫みたいだ・・・・・・」
「まだ死んでなかったんだな・・・・・・だからさっきも言ったろう?!ナナミ!」
「悪かったわよ!でも大丈夫だったんだからいいでしょ!?」
「そういう問題かい?! 」
「いいよ、もう・・・・・・」
 また言い合いを始めてしまったジョウイとナナミを苦笑交じりにフーロンが止めた。痛みを感じ、薄く血が滲む頬を押さえる。
「怪我したのか・・・・・・大丈夫かい?」
「うん、かすり傷だから・・・・・・」
「え?ほんとに?ごめん・・・・・・」
 心配そうに覗き込むナナミにフーロンは笑いかけた。
「本当に大丈夫だよ。依頼も果たしたし、村に帰ろう。」


「フーロンって、結構ナナミに甘いよね・・・・・・ 」
「え? 」
 あのモンスターと戦った森の近くの村の村長の家である。この村は近くにある湖での漁で生計を立てていたが、最近猫型のモンスターの激増しせっかくの漁獲物を荒らされることが多くなった。モンスターの中にリーダー格のがいてそれが指揮をしているらしいのでそれを退治して欲しいと依頼され、それを首尾よく果たし帰ったところである。村長は大変喜んで自分の家の一番良い客間を二つフ−ロン達に提供し、ゆっくり休んでいくよう言ってくれた。夕食を終え部屋に引き上げて一息ついたところでジョウイがふいそうに言った。
「そう? 」
「うん。初めてじゃないだろ?今日みたいにズルするの。」
「まぁ、それは・・・・・・でも大事なかったわけだし。」
「ほら、そうやって甘やかす。」
「甘やかすって・・・・・・」
 珍しく本気で腹を立てているらしいジョウイを、フーロンは何処かおもしろそうに見た。
「今日は幸い大事なかったけど、これからもそうだとは限らないんだから。」
「・・・・・・うん」
「ちゃんとフーロンが怒らなきゃだめだよ。」
「そうだね・・・・・・」
 頬を紅潮させて勢い込んで言うジョウイにフーロンは出来るだけ本気に聞こえる口調で言った。
「今日はたまたま最後のあの一撃でいけたけど次は違うかもしれないからね。」
「うん。」
「明日になったら今日の事、きちんと言ったほうがいいかもね。」
「・・・・・・うん。」
「思わずナナミが泣いちゃうくらガツンと」
「・・・・・・フーロン、全然本気じゃないだろう? 」
 半眼になり低い声で言うジョウイの様子にフーロンは少し笑った。
「ナナミはやんなきゃいけないときはちゃんとやるよ。」
「うん・・・・・・分かってる。分かってるけど・・・・・・」
「でも・・・・・・怒ってくれてありがとう。」
 これでもうジョウイは何も言えなくなってしまった。諦めたように苦笑する。
「フーロンが納得してるなら、もう言わないけどね。」
「納得っていうのとも違うんだけど。」
 そう言った後、何か思い付いたような顔をした。悪戯っ子のような、それでいて少し妖しい色をした瞳になる。
「でもなんとなく今日のは酷かったなって気もする。」
「そうなのかい? 」
「うん、かすり傷だけど怪我もしたし。」
「・・・・・・・・・」
 その態度の変わり方にジョウイは何か嫌な予感の様なものを感じた。
「できれば何か良いことっていうか御褒美があると嬉しいんだけどな。」
「御褒美? 」
 フーロンは壁際まで歩いて行くと壁をコンコンと叩いた。
「ここの壁って以外としっかりしてるよねぇ? 多少の話し声なんか聞こえないくらいに。」
「・・・・・・そうだね。」
「ましてや殺そう殺そうとする君の声なんか隣のナナミには聞こえないよね?

「・・・・・・何が言いたいんだい・・・・・・」
「前は何時、何処でだったっけ? 」
 にっこりと小悪魔めいた笑顔でフーロンはそう言った。
(この笑顔を知ってるのは僕だけなんだろうなぁ・・・・・・)
 取り敢えず逆らってみるべきか、さっさと降参すべきか考えながらジョウイは心のなかで呟いた。


 翌朝、誰かに揺さぶられてジョウイは目を覚ました。けれど何処か全身が気だるくて目が開かない。ジョウイを起こそうとする手は相変わらず身体を揺さぶっている。
「うん・・・・・・フーロン、もうちょっと・・・・・・」
 そう言って布団の潜り込もうとするが、それを遮ってさらに揺さぶり続ける。
「フーロン・・・・・・しつこい・・・・・・誰のせいで起きられないと」
「ジョウイ、後生。起きて。」
 始めぼんやりと聞いていたその声が半泣きなのに気がついてジョウイは目を開けた。
「どうしたん・・・・・・?!」
 半身を起こしてフーロンの方に目をやったジョウイは思わず絶句した。何度も目を擦る。
「・・・・・・寝惚けてるのかな? 」
「その方が僕も有り難いんだけど、なんならつねってあげようか。」
 情けなさそうにそう言ったフーロンの耳があるはず場所には金茶の猫のような耳が伏せられて付いていた。呆然とそれを見ているジョウイの視界の隅にひらひらと動くものが入る。そちらの方に視線をやるとそれはやはり金茶の長い尻尾で、パタパタと動くそれはやはりフーロンから生えているらしかった。
「どうしたんだよ、一体それ! 」
「僕が聞きたい。」
 半泣きのフーロンの声を聞いてはっとしたように自分の耳を押さえる。
「あ、よかった。僕の耳は普通だ。」
「・・・・・・ひでぇ・・・・・・」
 思わず言ってしまってからフーロンの恨めしげな声を聞いて慌てて口を押さえた。
「あ、いや、その、えっと・・・・・・何時からだい、それ?夕べはえっと・・・・・・」
「何を間の抜けたこと言ってるんだよ。夕べはこんなじゃなかったことは知ってるだろう?!」
「そ、そうなんだけども・・・・・・」
「朝起きたらこうなってたんだよ!何がなんだか、もう!」
 フーロンは珍しくヒステリックになっているらしく、半泣きの声でそう言った。ジョウイは思わず口を押さえた。理性では目の前でフーロンに起こっていることは大変なことだと分かっている。分かってはいるのだが半泣きで猫の耳を伏せて座っているフーロンは妙に可愛らしく見えたし、それでも普段なら笑ったりはしないのだろうが、夕べ散々狂わされたばかりである。多少意地の悪い気分にもなっていた。
「ジョウイ? 」
「いや、その、なんと言うか・・・・・・」
 笑いをこらえて口の中でだけ呟いた筈の「可愛い」の一言はきっちりとフーロンに聞こえていた。
「・・・・・・ジョウイ、今なんて言った? 」
「あ、いや、何でそんな風になったんだろうねっ! 」
「人の不幸を楽しんでるね? 」
「そんなことはないって!・・・・・ひぁっ?!何!?」
 低い声で言うフーロンに慌てて言ったとき何かが柔らかく脇腹を撫で上げジョウイは思わす声を上げた。金茶の尻尾が脇腹から胸にかけてさわさわと触れている。
「ちょ、ちょっと、フーロン! やめっ、ひゃっ!」
「いい声出すじゃないか・・・・・・」
 低い声のままフーロンがジョウイに躙り寄る。
「こんな声が毎晩聞けるんだったら、この格好もいいかな・・・・・・」
 そう言うフーロンの目は完全に拗ねて据わっていた。
「フーロン!!ちょっと待て!! 」
「待たない。」
「今は朝だってば!ナナミが起こしに来るだろう?!」
「そろそろばれてもいい頃だよね? 」
「何を言ってるんだ!自棄になるなって・・・・・ひぁ?!このぉ!」
 相変わらずさわさわとジョウイの敏感な場所ばかり撫で上げる尻尾に業を煮やしたようにジョウイは身体をよじり手を伸ばした。その手から金茶の尻尾はするりと逃げる。
「このっ! 昨日まで無かったくせにっ! 」
「だから何だよ?素直に掴ませると思う? 」
 意地の悪い笑顔でそう言うとフーロンはジョウイの手首を捕まえた。
「?!離せ! やめっ、あ、駄目だってば・・・・・・」
「や・め・な・い」
 手首を捕まえたままフーロンはジョウイの耳元でそう言った。尻尾はじわじわと胸からと下がってきている。
「フーロン!本当に駄目だ!!」
 ジョウイが耐えかねて悲鳴交じりの声を上げたとき、二人の耳に隣室の扉が開く音が聞こえた。軽い足音がこちらに向かって駆けてくる。二人は思わず顔を見合わせたあと、夕べ脱ぎ捨てた服に飛びついた。フーロンは服を引っつかむとそのまま布団に潜り込み、ジョウイは慌ててズボンに足を突っ込む。タンクトップに袖を通したその時にナナミが扉を開け元気よく飛び込んできた。
「おはよー!あれ? 」
 ナナミは起きているジョウイとベッドの上の小山をみて素っ頓狂な声を上げた。
「珍しい、ジョウイが起きてて、フーロンが寝てる。」
「あ、な、ナナミ、おはよう。」
「おはよう、ジョウイ。フーロンどうしたの? 」
 シャツをズボンに突っ込みながら言うジョウイにナナミは訝しげに聞いた。布団の中のフーロンはうんともすんとも言わない。
「あ、えっと・・・・・・」
「もしかして具合悪いの? 」
「あ・・・うん、そうみたいなんだ! 」
 心配そうに言うナナミにジョウイは一瞬どうしようかと思ったが、取り敢えず体制を整える時間が欲しい。大急ぎでそう言うとナナミは心底心配そうな顔をした。
「え?!ホントに?大丈夫なの? 」
「あ、う、明け方頃にようやく眠ったみたいだから今は起こさない方がいいと思うっ!」
 ベッドの上のフーロンに近づこうとしたナナミを止めてジョウイは言った。そのままナナミを扉の方へ押しやっていく。
「ちょ、ちょっとぉ」
「僕も着替えの最中だし、ナナミは部屋で待っててくれっ。」
「ちょっと待ってよ、ジョウイ」
 何処か納得いかな気なナナミを強引に部屋から押し出すとそのまま扉を閉めた。背中で扉に寄り掛かり廊下の様子を伺っていると、しばらく扉の前でゴソゴソする気配が聞こえたが、やがて足音が遠ざかり扉が閉まる音がした。そのまま床に座り込む。
「フーロン・・・・・・」
 ベッドの方に声をかけるが布団の小山はピクリとも動かない。
「ばれてもいいんじゃなかったのかい? 」
 疲れた声でそう言うと、布団がもそもそと動いた。僅かに隙間が出来てそこから拗ねたような目が覗く。
「原因があるはずだから、それをはっきりさせようよ。そうすれば元に戻れるよ、きっと。」
 ジョウイのその言葉に布団の小山はこっくりと頷いたようだった。
 
 続く