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After Day 7〜Memory〜 vol.1 |
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| あまりの寒さに意識を取り戻した。雨の音が聞こえ自分が濡れ鼠になっているのが分かる。自分は何故、雨に打たれているのだろうと考えていて不意に顔に当たる暖かいものに気がついた。冷たく当たる雨に混じってそれは頬や額に当たった。雨音に混じって誰かを呼ぶ切ないような声が聞こえる。 全身の力を振り絞るようにして目を開けた。 大きな瞳がこちらを覗き込んでいた。不安に揺れていたその瞳の色が安堵の色へと変わるのを不思議な気持ちで見ていた。 「良かった、気がついたんだね。」 少年がほっとしたように言った。気がつけば自分はその少年の腕に抱えられるようにしていた。 「怪我は全部治ったはずなのに目を開けないからもしかして手遅れだったのかと思った。」 その言葉と同時に強く抱きしめられた。冷えた身体に体温が心地よい。そのまま身体を預けて少しの間ぼうっとしていた。 「もし君が死んだら引き返して奴等を八つ裂きにしてやろうとか、そんなことばかり考えてしまった。」 そう言ってから少年はもう一度その瞳を向けた。 「立てるかい、ジョウイ?一番近いのはツァイさんのいた小屋だから、とりあえずそこに行こう。」 ジョウイ、と呼びかけられて初めてあることに気づいた。頭の中が真っ白になって、浮かんだ疑問をそのまま口にした。 「あの、ジョウイって僕のことなんですか?君は一体誰?」 その言葉に安堵の色を浮かべていた瞳が凍りついた。 不安そうに、少しすまなそうに他人を見る目で自分を見るジョウイをフーロンは呆然と見つめ返した。何かを言おうとして口を開きかけたが咽喉が詰まって言葉が出てこない。何度か言葉を紡ごうとして諦めてジョウイを強く抱きしめた。腕の中でジョウイは抗うでもなく少し身体を固くしてじっとしている。何処もかしこもずぶ濡れの筈なのに唇がからからに乾いているようだった。 「・・・・・・本当に僕がわからない? 」 何度も唾を飲み込んで、ようやくの思いで搾り出した声に答えたのは戸惑ったようなジョウイの沈黙だけだった。胸の鼓動はこれ以上ないと言うくらいに早く打っているのに上手く呼吸することが出来ない。頭の中が真っ白になって、ジョウイを強く抱きしめる以外の事ができなかった。 冷たい細い雨が音もなく二人の上に降っている。 少ししてフーロンはそっとジョウイを放した。不安そうな顔をしているジョウイを覗き込んで何とか微笑もうとしたが上手くいかない。 「僕はフーロンって言う。ずっと君と一緒に旅をしてる・・・・・・」 声が震えているのが分かる。肘も膝もガクガクと今にも力を失いそうだ。それが雨に濡れて冷えたせいなのか、ジョウイが自分の事を忘れてしまったことに動揺しているせいなのか、フーロンは自分でも分からなかった。ただ不安そうなジョウイを安心させて少しでも暖かい、安全な場所の連れていく事だけを考えようとしていた。 「僕たちは・・・・・・ちょっとトラブルに巻き込まれて、君は崖から落ちてしまったんだ。ここまでは分かるかい?信じてもらえるかい?」 ジョウイが不安そうな顔のまま躊躇いがちに首肯くのを見て、フーロンは小さく息をついた。息を吸ってもう一度何とか微笑もうとしたが顔がこわばって上手くいかない。 「ここから少し行ったところに小さな小屋があるんだ。そこならこの雨をしのげるし、暖もとれる。だからこれからそこに行こうと思う。立てるかい?」 ジョウイはもう一度躊躇いがちに首肯くとフーロンの手を借りて立ち上がった。それから物問いた気にフーロンの方を見た。 「あの、僕は・・・・・・・・・」 「君はジョウイって言う。僕はずっとそう呼んでた。」 フーロンはそう言ってジョウイを安心させるように微笑もうとしたが、やはり上手く笑うことが出来なかった。 糸のような雨の中、二人は細い山道をゆっくりと登っていった。ジョウイに名前を伝えた後、フーロンは辛そうに目を反らしてジョウイの方を見ないようにしているようだった。そしてただ前を見据えてゆっくりと歩いてゆく。その振り返らない背中に不安を覚えてジョウイが立ち止まる度に、フーロンも足を止めて振り返った。どこか辛いのか聞いてジョウイが首を横に振るとその度に「あと少しだから」と呟くように言ってまた前を見て歩き始める。重い沈黙の息苦しさに耐えながらしばらく歩き、小さなつり橋を渡って少ししたところで開けた場所に出た。 細い銀色の雨の中にまるで小鳥の栖のようなひっそりとした小屋がある。 フーロンは躊躇うことなくその小屋に近づくと、少し力を込めて戸を開けた。長く使われていなかったらしいそこは、ガタガタと大きな音を立てて開き、その途端に黴臭いような埃の匂いがした。その匂いに少し顔を顰めながら中に入ると、フーロンは煮炊きに使うらしい小さな竃に顔を突っ込んでごそごそとやり始めた。 フーロンの後から小屋に入ったジョウイは、小さく身震いをして自分の身体を抱きしめた。長く人が住んでいなかった家特有の冷たい空気が足下から這い上がってくる。きょろきょろと中を見回すと大きな炉がある。何に使うんだろうと考えながらそれを眺めているとフーロンから声をかけられた。 「それに火を入れられると一気に暖かく出来るんだろうけどやり方がわからないんだ。」 ジョウイが振り返ると、竃に火を入れることに成功したらしいフーロンがこちらを見ていた。 「それは槍の穂先を鍛えるための場所だから。こっちに来て火に当たってなよ。」 その押さえたような淡々とした口調に怯んだように立ちすくんでいるジョウイに、フーロンは少し焦れたようだった。立ち上がってジョウイの横をすり抜けると小さなテーブルの横にあった椅子を左手で引きずって、ついでに右手でジョウイを引っ張ると、強引に竃の前に座らせた。そして自分はテーブルの方に引き返すとまた何やらごそごそとやり始めた。 戸惑ってジョウイが振り返ると、フーロンはちょうど鞄からタオルを出したところだった。ジョウイが何かを言うよりも早く背後に立ってジョウイの髪を拭き始める。 「あ、あの。大丈夫です。自分でやります。」 思わずその手から逃れるように言って見上げると、フーロンは酷く傷ついたような顔をしていた。何か悪いことを言っただろうか思わず椅子から立ち上がってまごついていると無言でタオルを手渡された。 「ごめん、君が普段は人に触れられるの、あんまり得意じゃないの忘れてた。」 戸惑ったようなジョウイの表情に気づいたのか、少し自嘲の混じった苦笑を浮かべてそう言うとフーロンは足下に持ってきていた鞄を手渡した。 「この中に君の着替えも入ってる。身体を拭いて早く着替えたほうがいいよ。」 そう言ってフーロンはジョウイから離れて濡れた上着を脱ぐと、ジョウイに渡したのと同じような鞄からタオルを出して自分の身体を拭き始めた。俯いた顔は濡れた前髪に隠されてよく見えない。 ジョウイは渡されたタオルと鞄を持ったまま、ぼんやりとその様子を見ていた。その視線に気づいたかのようにフーロンが顔を上げた。僅かに咎めるように眉を顰める。ジョウイが慌てた様に上着を脱いで身体を拭き始めるのを確認すると、フーロンは手早くかえの上着を着て鞄の中から合羽を引っ張りだした。それを羽織って戸の方に行く。小屋から出る前に僅かに躊躇うかのように立ち止まった。 「・・・・・・もう少し薪がないか見てくる・・・・・・」 振り返らないままでそう言うとフーロンは雨の中に出ていった。 身体を拭いて鞄から出した青い上着を着ようとしてまだ背中が濡れていることに気がついた。きちんと拭いたはずなのに、と首をかしげながら後ろに手をやって、束ねた髪から新たな水滴が滴っていることに気がついた。束ねたままの髪からもう一度水分をふき取ろうとして思い直して髪を解く。下ろした髪を丁寧に拭きながら苦笑が漏れた。現状も自分の名前も分からない癖にこんなことは身体が覚えているらしい。躊躇いのない自分の動きがおかしかった。そのまま服を着るでもなく床に座り込んで竃の火を見つめる。 (僕の名前はジョウイ。フーロン君と旅をしている・・・・・・) これまでにはっきりしたことを頭の中で反芻する。分かっていることがあまりにも少なくてまた少し苦く笑った。一体、何処に向かう旅だったのか、巻き込まれたと言うトラブルはどんなものだったのか。フーロンと自分は一体どんな関係なのか。 一番最後に浮かんだ疑問にジョウイは更に苦笑を深くした。自分はどんな繋がりがあるかも分からない相手にあっさり付いてきたのか、そう考えるとあまりの迂闊さに呆れるくらいだ。 目を開いたときに見た、あの瞳の安堵の色は真実だったと思う。 けれどその後の対応は親しい人物が記憶を失ったのに遭遇したにしては落ち着いているように見えた。それでもここまで連れてきて世話をする辺り、かなりのお人よしなのかも知れない。 (あまり頼らないようにした方がいいんだろうな・・・・・・・・・) 立てた膝に顎を載せながらそう考えた。記憶喪失の人間の世話など、例えば家族とかそう言ったよほど親しい関係でなければ重荷になるだけだろう。 (何がはっきりすれば迷惑をかけないように出来るかな・・・) フーロンに質問すべきことを考えながら、ジョウイは泣きたくなるような抉るような痛みを胸に感じた。ジョウイの頭の中で「迷惑をかけないようにする」というのは、一人になるという事だった。会ったばかりの筈なのにフーロンと別れると思うとひどく切なかった。 (馬鹿な・・・・・・会ったばかりの、しかもたいして親しくもなさそうな人なのに・・・・・・) 記憶がないと分かってから会ったのがフーロンだけだったから、それで鳥の雛の刷り込みのようにフーロンに頼っているに違いない、そう考えてジョウイはまた少し苦笑した。 (フーロン君の方がきっと年下だよ。甘えてどうするんだよ。) もしかして自分はかなりの甘ったれだったのだろうか、もしそうならそんな人間との旅は大変だった違いないとぼんやりと考えた。フーロンが戻ったら、旅の目的と行き先と、巻き込まれたというトラブルがどんなものなのかと、もし自分に身を寄せる場所があるのならその場所を聞かなければと考えた。もしフーロンの旅に自分が同行することがさして必要と言うわけでないのならば、自分はむしろ一緒に行かないほうが良いだろう、そう考えて、また感じた痛いような寂寥感に戸惑いを感じた。 (さして親しくない人に迷惑をかけちゃいけない・・・・・・・・・) 何も分からないから、だからただ訳もなく一人になることが怖いだけだ。記憶をなくすのは大変なことだと自分でも思うけれども、だからといって人の好意に、しかもお人よしと思われる人の好意に甘えてはいけない。 そんなことを考えながら竃の火を見つめ続けた。 外ではまだ雨の気配がする。 ぼんやりと同じことを考え続けながら火に当たっているうちにかなりの時間が経っていることに気がついた。湿っていた髪は完全に乾いている。フーロンがまだ戻らないことを訝しんで戸の前に立つと同時にそれが開いた。 フーロンが薪の束と、出るときは持っていなかった小さな桶を持って立っている。 まさかこんなタイミングでフーロンが戻るとは思っていなかったから、まごついてそのまま立っているとフーロンが訝しげに声をかけた。 「・・・・・・どうして上着を着てないの?」 それを聞いてはっとして手に持ったままの上着の存在を思い出す。髪が乾くまでと思ってと、もごもご言いながら慌てて上着に袖を通していると更に訝しげな声を掛けられた。 「シャツも着ないまま何処に行く気だったの?」 ハイネックのシャツの襟足から髪を出してからフーロンの方を見ると、不思議な色の瞳が自分の方を見ていた。その中に僅かに苛立ったような色を感じてジョウイは少し慌てた。 「・・・・・・君が戻らないからどうしたのかと思って・・・・・・・・・」 その言葉に瞳の中の苛立ちの色が後悔の色に変わるのをジョウイは不思議な気持ちで見ていた。 「ごめん・・・・・・ちょっと知り合いに会ったから・・・・・・色々と頼みごとをしてたんだ。」 「頼みごと? 」 「うん・・・・・・ここは長く人が住んでなかったから、ここで暮らそうと思っても当座必要なものが足りないんだ、だから・・・・・・」 必要な物を色々と融通してもらってた。そう言ってからフーロンはベットの方に行き、畳まれていた布団を取ると竃の前に行き、それを広げて椅子の背に掛けた。 「ここで・・・・・・暮らす? 」 訝しげな声を上げるジョウイの方を見ないようにしながらフーロンはベッドの方に戻り、融通してもらったらしいシーツをそこに広げている。 「今の状態のまま街に出るのは・・・・・・酷く危ないことなんだ。だから・・・・・・・・・君の記憶が戻るまではここを動かない方が良いように思う。」 「でも、どこか行くところがあったんじゃ」 「ないよ。」 「でも旅の途中なんでしょう? 」 その言葉にフーロンがジョウイの方を見た。何か言おうとして口を閉ざし目を反らす。反らした瞳に浮かんでいた酷く傷ついた表情にジョウイは胸が痛んだ。僕はまた何かまずいことを言ったのだろうか。 「あの・・・・・・」 「連絡を入れなきゃいけない所への連絡も頼んでたんだ。」 それだけ言うとフーロンは鞄の中から小さなヤカンを取りだした。旅人用のそれに水を入れ竃に置く。そして更に小さな瓶をだし何かの準備を始めた。ジョウイはその様子を見ながらフーロンが戻る前の決意を思い出した。 お人よしの彼に甘えていてはいけない。 「あの、街に出ると危険なのは僕が記憶をなくしているからですか?」 ジョウイがそう聞くとフーロンが訝しげにジョウイの方を見た。何か考えるように少し首を傾げていたが、やがて小さく首肯いた。 「君一人なら? 」 フーロンがあからさまに眉を顰める。それには構わずに言葉を続けようとした。 「記憶が戻る保証はないだろうし、僕が一緒でなければ安全なら・・・・・・」 そこまで言って言葉に詰まった。記憶がない今、行くべき所がわからない。 「そして、君はどうするつもりだい?」 言葉に詰まったままジョウイをフーロンが見る。 「どうしてそういうことを言い出したのかは永い付きあいだから分かるけれども・・・・・・・・・」 「永い付きあい? 」 苛立たしげに言ったフーロンの言葉にジョウイが思わず問い返した。その瞬間フーロンの瞳の中にどうしようもない程の怒りと、そして傷ついた悲しい色が浮かんだ。それに圧倒されて思わず黙ったジョウイに何か言おうとして、フーロンはそのまま目を閉じた。何かに耐えるように俯いてじっとしている。 「あの・・・・・・」 「ごめん・・・・・・記憶をなくして何にも分からなくて、一番不安なのはジョウイで・・・・・・分かってるんだけど・・・・・・」 呻くように言った言葉に頭より早く身体が反応していた。フーロンの側により顔を覗き込む。その気配にフーロンが顔を上げた。目が合って何かを言おうとしたけれども言葉が浮かばない。記憶をなくす前はどうしてたんだろうと考えた。永い付きあいだというのなら、そして考えるより先にこんなふうに身体が反応するのなら、きっと何かあったはずなのに。こんな風に俯いてしまったフーロンを力づける方法を知っていた筈なのに、それが分からない。 ジョウイが言葉を探してまごついていると、不意にフーロンの瞳に優しい切ないような色が浮かんだ。そのままコツンとジョウイの額に自分の額をぶつける。 「そういう所は変わらないんだね、記憶がなくても・・・・・・」 フーロンが小さな声で言った。その言葉から感じられるのは切なさだけでジョウイは更に慌てた。 「あの・・・・・・すみません。僕、さっきから君を傷つけるようなことばかりを言ってるみたいで。」 そう言うとフーロンは小さく笑って首を横に振った。額に当たったフーロンの金環が一緒にグリグリと動いて正直痛かったけれど黙っている。 「ごめん、実は僕もかなり動揺していて・・・・・・最善の選択を選んでるつもりなんだけど、君にとっては唐突に思える事ばかりなんだよね、ごめん。」 フーロンは小さな声でそう言うと額を離した。俯いたまま何かを考えるように首を傾げていたが、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと言った。 「君自身の事とか、しばらくここにいようと思った訳とか、話さなきゃいけない事は幾つかあるんだけど・・・・・・少し・・・・・・今晩だけ待ってもらえるかな。きちんと、落ち着いて説明出来る自信が今はないんだ、だから。」 「あの、でも・・・・・・あまり君に迷惑をかける訳には・・・・・・」 ジョウイがそう言うとフーロンは俯いたまま首を横に振った。 「でも・・・・・・」 なおもジョウイが言い募ろうとするとフーロンが顔を上げた。何か言おうとして泣き笑いの顔になる。 「そういう所は本当に記憶失っても一緒だな。そんな途方に暮れた顔で強がりを言うんじゃないの。」 言われてジョウイは思わず息を飲んだ。顔が赤くなるのが分かる。思わず右手で口を覆って横を向いた。その右手にフーロンが触れた。 「自分の右手を見たかい? 」 そう言われて右手に目をやって、もう一度深く息を飲んだ。 禍々しい黒い剣の形をした紋章が浮かび上がっている。その紋章をフーロンが指でそっとなぞった。 「それの意味も教えなきゃいけないんだ。僕のこれと対なんだけど・・・・・・」 そう言ってジョウイに自分の右手を見せる。そこには盾の形をした紋章が白く浮かび上がっていた。息を飲んだままそれを見つめるジョウイの耳にフーロンの声が静かに聞こえた。 「僕は敵じゃない。迷惑だとかは・・・・・・君の性格じゃ難しいとは思うけど取りあえず考えないで、僕を信じて任せて貰えないかな。」 その言葉に、躊躇いながらもジョウイは首肯いた。 |
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続く
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