秘密の花園

   雪が舞い散る中を、旅の一行が歩んでいた。先頭を歩く二人は沈黙し、互いを見ないようにしながら、それでいて相手を意識しながら進んでゆく。その後ろを二人の子供というには育ちすぎ、兄弟、姉妹と言うには若すぎる3人組が気まずそうについてゆく。
「さ、寒いですね! 」
 気まずい沈黙に堪え兼ねたのか、3人組の一人の少女が前を歩く二人に声を掛けた。
「・・・・・そうね・・・・・」
 前を歩く二人のうち、寒そうにストールで頭を包んだ女性がぽつりと答えた。それっきりまた沈黙が落ちる。
「お、思ったより距離があるんですね。」
 少しして今度は3人組のうち、淡い色の長い髪を後ろで軽く束ねた少年が声を掛ける。
「・・・・ああ・・・そうだな・・・・」
 今度は前を歩く二人のうち豊かな口ひげを持った男性がぼそりと答えた。けれどそれ以上何を言うでもなくただ歩き続ける。またもや沈黙が落ちてしまい、前以上にどこか気まずい空気が一行を支配してしまった。
 声を掛けた二人は顔を見合わせた後、まだ何も言っていない最後の一人の顔を見た。二人に無言で見つめられ、大きな不思議な印象の瞳をした少年は首をふるふると左右に振る。
「・・・・ちょっと、今度はフーロンの番だよ。」
「・・・僕の番って・・・何だよ、それは」
 小声で言う少女にフーロンと呼ばれた少年は小声で答える。
「だから・・・遺跡に着く前に二人のわだかまりが溶ければそれに越したことはないって族長さんも言ってたじゃないか」
 長い髪の少年がやはり小声でフーロンに言う。
「それは確かにジョウイの言う通りだけど・・・でもナナミの言う僕の番ってのは一体何なんだよ? 」
「だからっ、二人が話す切っ掛けを作ろうとしてるんじゃない! 」
 訳が分からないと言った体で言うフーロンにナナミが少し苛立った声を出した。
「いつの間にそんなこと決まったんだよ? 」
 不満げに言うフーロンをナナミとジョウイは揃って前に押し出した。
「いいからっ! とにかく遺跡に着く前に出来るだけのことはした方がいいからっ」
「ちょ、ちょっと・・・」
 その言葉と共に前に押し出されたフーロンが前の二人の方を見ると、何やらもめている3人に気づいたのか前を歩く二人は足を止め振り返ってこちらを見ていた。
「チャンス!早く何か言って!」
「チャ、チャンスって・・・・」
「何か二人の興味を引きそうなこと、あるだろう?」
「何を勝手なことを言って・・・・」
 じたじたと揉めている3人に向かって男の方が声を掛けた。
「どうした? 」
フーロンの後ろでジョウイとナナミが早く早く返事、と小声でせっついている。
「あ、その・・・・そろそろ野営の場所を決めませんか? 」
「・・・・・もう少し行くと山小屋があるそうだ・・・・」
 男はそれだけ言うとまた無言で歩き始める。女の方も
「あと少しだから・・・」
 とだけ呟くとやはり無言で歩き始めた。
「フーロンのばかっ! 」 
「・・・・僕にどうしろっていうんだよ・・・・・」
 小さな声で、けれど同時に言うジョウイとナナミにフーロンは少々ふてくされた声を出した。


「まだ怒ってるのかい? 」
「別段、怒ってるわけじゃあないけど・・・・・・ 」
 空が夕焼けに染まる前に山小屋に着いた一行はその夜を過ごす準備を始めた。ナナミと女は久しく使われていなかったらしい小屋の中を整え、男はその日の夕飯の為の狩りに、フーロンとジョウイは薪集めに出た。
 うっすらと雪の積もった林の中で乾いた枝を見つけるのは難しい。二人は風が折ったばかりらしい幾許かの小枝を抱えぶらぶらと歩いていた。
「でも、あれっきり喋らなかったじゃないか・・・・・・」
「僕が喋んないのは今に始まったことじゃないだろう?」
「でも、怒ってたんだろう? 今回は? 」
「違うってのに・・・・・・」
「じゃあ、なんで黙ってたんだよ?」
 苦笑まじりに言うフーロンにジョウイは問い詰めるように言った。
「別に言うことが何もなかったから喋らなかっただけだよ。」
「嘘だよ、それ。」
「・・・・・・なんでそう思うわけ? 」
 フーロンは薪を見つける為に周囲に向けていた瞳をジョウイに向けた。その多少の苛立ちを含んだ目を見てジョウイは一瞬言葉につまる。
「・・・・・・カン・・・・・・だけどそうだろう?今度の旅が始まってからフーロン、少し怒ってただろう?」
「怒ってないよ・・・・・・」
 フーロンはそれだけ言うとまた周囲に目を向けた。
「嘘だよ、雰囲気がいつもと違うじゃないか。」
「・・・・・・怒ってない、多分ちょっとあきれてるだけ・・・・・・」
「あきれてるって・・・・・・」
「あのね、ジョウイ。まだこの話題続けたい? 」
 地面に目を向けたまま、溜息をつくようにフーロンは言った。
「もう、こうやって旅は始まってしまったんだし、僕としてはこの件について今更なにも言いたくないんだ。」
「言いたいことがあるんならちゃんと言いなよ。なんでそうやっていつも僕やナナミの言いなりになってるんだよ?」
 ムッとしたように言うジョウイの方をやはりフーロンもムッとしたように見た。
「言うべき事を言わないのはお互い様だろう? じゃあ聞くけど、なんでジョウイは今回の件、引き受ける気になったのさ?」
「なんでって・・・・・・頼まれたし・・・・・・」
「頼まれたらなんでもやるわけ? 」
「・・・・・・見てて、いたたまれなかったし、族長さんにはお世話になったし・・・・・・」
「ナナミが言うならそれで納得するけどね。」
「・・・・・・なんで僕だと駄目なんだよ・・・・・・」
 フーロンの瞳に苛立ちの他に切なげな色が浮かんだ。そのまま目をそらし遠くを見る。
「彼らの子供が死んだのは・・・・・・君の・・・・・・僕らのせいじゃないんだよ・・・・・・」
「・・・・・・でも、あの戦争のせいだ・・・・・・」
 フーロンから目をそらし呟くようにジョウイが言った。
 3人が同行している二人はグラスランドのある部族の夫婦だった。
 その穏やかな部族はだいたいが家族単位で行商の旅をし、季節毎に定められた土地に集まり様々な情報を交換する。その集まりで出会いがあり、新たな家族が生まれてゆく。そうやって、風のように続いている部族だった。この二人もそうやって出会い、恋をし、家族になった。子供にも恵まれ誰もがうらやむ幸せな夫婦のはずだった。
 子供が3歳になったとき、彼らはティントからミューズの方へと行商に出て、あの統一戦争に巻き込まれた。夫は妻と子を見失い、妻は子供を抱え戦火の中を逃げ惑うこととなり、そして幼い命が失われた。部族の季節毎の集まりで再会した夫婦の間には、深い溝が刻まれていた。
 見るものが見れば、この夫婦が互いに自分を責めているのは明らかだった。けれどその失ったものの大きさ故に二人は互いに心を閉ざした。
 旅から旅への暮らし故に、この部族は縁と言うものをとても大切にする。一度結んだ縁を解く為には族長の承認が必要だった。もう、互いの姿を見ても苦しみしか生まれないこの夫婦は離れたほうがよいと言うのが大方の意見だったが、族長は二人が結論を出す前に一つの試練を与えた。
 部族に伝わるシンダルの遺跡に行き、そこで目にするものを魂に刻むこと。その上でもう一度答えを出す。
 それが族長が二人に与えた試練だった。そしてその試練が二人に与えられた日、たまたまその部族の集まりの地に来ていた3人にこの夫婦に同行して貰えないかと族長は頼んだのだ。
 その心の傷の深さのために、まれにこの遺跡から戻れないものがいるという。若く、健やかな魂を持つものはこの遺跡の奇跡に捕らえられる事はない。この夫婦がまた戻って来られるように付いていって欲しい。
 そう言われた。
 ナナミは元々こういった状況に弱い。「まかしといて!」と二つ返事で引き受け、ジョウイも当然のように了承した。フーロンは別段、反対も不満も表明しなかったが旅の間中、どこか不機嫌な沈黙を続けていた。
「あの戦いを始めたのは僕達・・・・・・僕なんだ・・・・・・出来ることはしたい・・・・・・」
「自惚れるなよっ! 」
 苦しげに言うジョウイにフーロンは鋭く言った。
「自惚れてなんかいない! どう言う意味だよ! 」
「あの戦いの全ての責任を一人で背負うつもりかい?!
僕らに罪がないとは思わない。でも・・・・・・僕らだけの罪とも思わない・・・・・・」
「でも・・・・・・・戦いの時の長になるっていうのはそういうことだよ・・・・・・」
「だからって! ・・・・・・やめよう・・・・・・言ってもしょうがない・・・・・・」
「だから言いたい事はちゃんと言えって言ってるだろう?!
なんで黙ってるんだよ?! 」
「言ったって君、変えないだろう?! 自分の信じた通りにしかやらないじゃないか!」
「だからってなんで言う前に沈黙するんだよ! 」
「言ってもしょうがないことでこんな風に言い争いをしたくないからだよ!もうこの話しは終わりっ!」
 そう言うとフーロンは振り返りもせずにずんずんと歩き出してしまった。
「待てったら! 」
 その後をジョウイは慌てて追いかける。
「言わなきゃ分かんないだろう?! 」
「終わりったら終わりったら終わりっ! 」
「フーロン! 」
「あーもう、しつこい! 終わりだってば! このうえゴチャゴチャ言う気ならキスするぞっ!」
「真面目な話ししてるときくらいそれ言うの止めろよっ!」
「言わなきゃ君止めないだろう?! 本当にされたい?!」
 大きな瞳で睨みつけられてジョウイは思わずグッと詰まった。冗談だとは思うのだが、再会してからのフーロンの行動には、たまにジョウイをドキリとさせるものがあり「キスする」と言うその言葉が冗談とは思えない事があるのだ。
 言葉に詰まったジョウイを睨みつけていたフーロンはふいっと目をそらした。
「ほら、さっさと薪集めて帰ろうっ! 」
 そう、怒ったように言うとまた振り向きもせずにずんずん歩き出してしまった。その後をジョウイは割り切れないものを感じながら慌てて追いかけた。


「・・・・・・ちょっとぉ、どうしたっていうのよぉ・・・・・・」
 その晩からフーロンとジョウイの間にも何やら気まずい沈黙が降りてしまい、訳も分からずに二重の気まずい沈黙に包まれたナナミは一人、困惑していた。
 そして翌日の昼過ぎ、一行は遺跡に到着した。


「シンダル遺跡っていうと、樹と水を使った大掛かりな物ってイメージがあったけど・・・・・・」
「他の遺跡を知ってるのか? 」
 呟くようなジョウイの言葉に男が振り返った。
「えぇ、一つだけ・・・・・・」
 ジョウイは辺りを見回しながら答えた。雪のなかにひっそりとあった古い石造りの扉を抜けると、後は細い通路が迷路のように下へ、下へと続いていた。どういう仕組みなのか、足を踏み入れると今まで暗かった場所にほんのりと灯が灯る。そして進むにつれてだんだんと暖かくなっていった。
「ねぇ・・・・・・この先には何があるの? 」
 ナナミが少し不安げに聞いた。
「知らん・・・・・・」
「知らないの? 」
「あぁ、この遺跡については代々族長にしか伝えられないんだ。」
「でも他にもあなた達みたいに来た人、いるんでしょう?」
「あぁ、いるな・・・・・・」
 ナナミの言葉に男は少し苦笑を浮かべた。
「だが誰もここで経験したことは喋らん。あるものはとても幸せそうな顔をするし、あるものはとても辛そうな顔をするという。」
「そうなの? 」
「あぁ、だがここで目にするものはその人間にとってとても大切な物らしい。」
「大切なもの・・・・・・」
 その言葉にナナミ達三人は思わず顔を見合わせた。白鹿亭近くのシンダル遺跡の入り口にあった言葉
『扉を開きしものよ、汝の望むもの、汝の願うもの、汝の大切なものはここに、されど心せよ・・・・・・』
 あの時、三人がそれぞれに思い描いたものは何だっただろう?
そんなことを考えながら思わず黙っていると、男が声をかけた。
「どうした?着いたぞ・・・・・・」
 男の言葉にはっとして前方を見る。大きな扉があった。男が族長から預かったパネルを扉にはめ込み、重そうな扉を押し開いてゆく。
 扉の中は光に満ちていた。
「うわぁーーーーー綺麗! 」
 眩しさに目が慣れ、辺りの様子に気がつくとまずナナミが歓声を上げた。中には虹色の淡い燐光を放つ花が咲き乱れていた。優しい、それでいて濃厚な香りが一行を包み込む。
「とても美しいけれど・・・・・・ここで族長はいったい何を・・・見・・・ろと・・・・・・・」
 呟いていた女の言葉がとぎれとぎれになり、そのまま膝をついた。
「どうした?・・・・・・?」
 女の様子に思わず振り返った男もそのまま膝をつく。
「?!ジョウイ、ナナミ!」
 思わず声を上げたフーロンの目の前で二人が崩れ落ちてゆく。慌てて二人に駆け寄ろうとしたフーロンは激しい眩暈を感じてそのまま倒れ込んだ。


 ナナミはいつもの習慣通りにゲンカクの墓参りをしていた。
(じいちゃん、フーロンとジョウイが早く帰ってきますように。昔通りに並んで仲良く帰ってきますように。二人を守ってね)
 ロックアックスでの負傷のあと、ひっそりとここに帰ってから結構な時間が経っている。噂ではルルノイエの皇城は陥落したという。しかし、最後の皇王はその所在がしれず、都市同盟は必死になってその行方を探しているという。都市同盟のリーダーであるフーロンについてはどういう訳か何も噂が伝わってこない。
(大丈夫、絶対、大丈夫。二人ともいい子なんだから、絶対傷つけ合うなんてできないんだから!)
 不安な気持ちを振り払うように首を振るとナナミは立ち上がった。そのまま家の中に戻り、あれこれと家事を済ますと、そのまま庭に出て階段に座り、通りの方を見つめた。
「二人とも、遅いぞ・・・・・・このままじゃ、おばぁちゃんになっちゃうじゃないか・・・・・・」
 そのままぼんやりと通りを見つめ続ける。もう、何日もこうやって二人を待つ続けていた。あまり人目に着くわけには行かないので、始めのうちは人の気配がすると隠れたりしていたが、そのうち滅多に人は来ないことに気付き、こうやって堂々と二人を待ってる。
「・・・・・・・もう、今日もナナミちゃん特製スープは無駄になっちゃうのかなぁ・・・・・・」
 そう呟きながら立ち上がり、家のなかに戻ろうしたとき誰かの足音が聞こえた。期待しちゃダメ、そう心の中で呟きながら振り返る。
 フーロンとジョウイが並んで走ってきていた。
「ナナミ!」
 自分の目に映るものが理解出来なくてぼんやりしているナナミの耳に懐かしい声が響く。顔に自然と笑みが浮かぶのが分かった。どういう訳か視界がにじんでしまい、二人の姿がぼやけてしまう。とっさに声が出なくて、そのまま飛びつくように二人に駆け寄った。飛びついてきたナナミを二人は同時に抱きとめた。
「ナナミ!」
「良かった!本当に生きてた!」
 二人の声を聞きながらナナミはようやく言うべきことを思い出した。
「二人とも!お帰りなさい!待ちくたびれちゃったじゃない!」


 ナナミは自分の涙声ではっと気がついた。虹色の燐光を放つ花の中、皆が倒れている。
「フーロン?!ジョウイ?!」
 慌てて二人の姿を探して辺りを見渡した。


 ジョウイは夕焼けの中を重い身体を引きずって歩いていた。ハイランドのキャンプで受けた屈辱的な拷問は身体の至る所に見えない痛みを残している。
(このまま帰ってもいいんだろうか・・・・・・)
 ルカの言った嘲笑交じりの言葉が耳に谺する。決して首を縦には振らなかった。今こうしてミューズへの道を歩いているのもジル皇女の手引きのおかげだ。けれど・・・・・・。
 同じ考えをぐるぐると巡らせながら歩いているうちに気がつくとミューズの門近く迄来ていた。ぼんやりと顔を上げると、小さな影がこちらに向かって走ってきている。ジョウイも思わず走り始めた。何か話していたらしい影の一つが立ち上がりやはりこちらに向かって走り出していた。
 恐ろしい光景のせいで声を失ったピリカが無言でジョウイに抱きつく。そのピリカごと抱きしめるようにナナミがジョウイに抱きついた。
「帰ってきた!やっぱり、帰ってきたね!! 」
 ナナミの嬉しそうな声が耳元で聞こえた。顔を上げるとフーロンが少し離れた場所で、ホッとしたような心底嬉しそうな顔で立っている。
「フーロン・・・・・・ナナミ・・・・・・約束は守ったよ・・・・・・」
 やっとの想いでそれだけ言葉にするジョウイにフーロンは柔らかな微笑を向けた。
「・・・・・・おかえり」
 ふんわりと言うその言葉にジョウイは胸が詰まった。本当の家族にすら言われたことない、優しい響きの言葉。血の繋がらないピリカやナナミやフーロン達からだけいつも貰う暖かいもの。
「ただいま・・・・・・フーロン・・・・・・いいもんだね・・・・・・帰りを待っていてくれる誰かがいるっていうのは・・・」
 ピリカが腕の中で存在を主張するように頭をグリグリと押し付けてくる。
(僕は不幸じゃない・・・・・・こうやって待っていてくれる人達がいる・・・・・・僕は・・・・・・)
「ジョウイ!」
 ナナミの元気な声が聞こえてくる。
「ジョウイてばっ!起きてよ!!」


 その少しの苛立ちと心配を含んだ声にジョウイははっと気がついた。身体を起こし頭振って意識をはっきりさせる。虹色の燐光を放つ花の中、ナナミが何処か心配そうにジョウイを見ていた。
「ナナミ・・・・・・大丈夫かい?」
「平気だよ、ジョウイは?」
「あぁ、大丈夫・・・・・・今のは?・・・フーロンは?! 」
 慌てて辺りを見渡すと少し離れた場所にフーロンが倒れていた。
「フーロン!!」
「しっかりしろ!起きろよ!!」
 フーロンの身体を抱き起こし揺さぶると、ぼんやりと目を開けた。何処か夢見るような目で二人を見ると嬉しそうに微笑む。
「あぁ・・・・・・二人ともいる・・・・・・」
「いつまで寝惚けとるかっ!!」
 ぼんやりと夢見るように言うフーロンにナナミはカッとしたように張り手を食らわせた。
「いってーーーーーっ!」
「・・・・・・ナナミ・・・ちょっと乱暴・・・・・・」
 自分は叩かれる前に起きて良かったと思いながらジョウイはナナミをたしなめるとフーロンの方を見た。
「大丈夫かい?」
「・・・・・・何に対して大丈夫か聞いてるか教えて貰える?」
「えっと・・・・・・」
「取り敢えずダメージは今ナナミに殴られたの以外はないと思う・・・・・・」
「さっさと起きないフーロンが悪いのっ!」
 だからって普通いきなり殴るかよと呟きながらフーロンは身体を起こした。ジョウイがしたのと同じように頭を振っている。
「一体今のはなんだい?白昼夢にしてははっきりしてたけど・・・・・・」
「じゃあフーロンも何か夢を見たんだね?」
「私も見たよ・・・」
「皆見たのか・・・・・・あの二人は?」
 フーロンの言葉にナナミとジョウイは辺りをもう一度見渡した。少し離れた所に倒れている二人を見つけると慌てて駆け寄り介抱を始める。
 女の方は始め焦点の合わない目で三人を見ていたがやがて激しい悲しみの表情を浮かべると声もなく泣き始めた。男の方も始めはぼんやりしていたが、やがて意識がはっきりすると深い悲しみの色をその顔に浮かべた。
「・・・・・・何故・・・・・族長はこんな残酷なことを・・・・・・」
 顔を覆い、呻くように言う男の声が三人の耳に聞こえた。その痛々しい姿に言葉もなく立ちすくむ三人の前で男は立ち上がると女の方に歩いていった。女は涙に濡れた顔で男を見上げた。そのまま見つめ合っていたがやがて無言で抱きしめあった。
「あの二人は何を見たの? 私が見たのはとても嬉しい記憶だったんだけど・・・・・・」
「嬉しい記憶? 」
「うん・・・・・・二人がね、帰ってきたときのこと・・・・・・ジョウイは?」
「うん・・・・・・僕も・・・・・・凄く嬉しかったときの記憶だった・・・・・・フーロン達がミューズの城門で僕を待ってくれていた時のこと・・・・・・フーロンは?」
「僕は・・・・・・」
 フーロンはジョウイとナナミを見ると切なそうな瞳になった。
「・・・・・・・あの二人が何を見たのか、分かるような気がする・・・・・・」
「フーロン? 」
「ここは・・・多分その人の一番嬉しかった、大切な記憶を蘇らせるんだ。だから・・・・・・・」
「嬉しい記憶なら、何であの二人は泣いてるの? 」
 ナナミの問い掛けにフーロンは答えなかった。ただ辛そうに無言で抱きあう二人を見つめている。
「フーロン? 」
「行こう・・・・・・ここは、辛い場所だよ・・・・・・」
「フーロン! 」
 振り返らずにフーロンは無言で抱きあう二人の元まで行くと、何か声をかけた。二人はフーロンの方に目をやると僅かに身体を離したが支え合うように出口に向かって歩き始めた。フーロンもそのまま着いて行きかけて立ち止まる。
「二人とも!置いて行くよ! 」
 ジョウイとナナミは顔を見合わせたあと同時に駆け出した。


 遺跡を抜けて、前の日に泊まった山小屋でやはり一晩を過ごすことになった。問題の夫婦はここに来る時同様にやはり互いに距離を置いていたが、痛いような気まずさは無くなっていた。
 その日の夜は静かな夕食が済むと皆が早々割り当てられた部屋に引きこもった。フーロン達も部屋に入ると割合にすぐナナミが眠ってしまい、ジョウイとフーロンもしょうがなしに床に着いたが、やがてゴソゴソとフーロンが起きだして、部屋を出ていった。まだ眠っていなかったジョウイもこっそりと寝床を抜け出しと部屋を出た。
 囲炉裏の前ではフーロンが炎をぼんやりと見つめていた。
「フーロン・・・・・・」
「ごめん、起こした? 」
「いや、起きてたから・・・・・・どうしたの? 」
「うん・・・・・・眠れなかったから、何となく」
 片膝を抱えて炎を見つめるフーロンの横にジョウイは腰を下ろした。
「今日・・・・・・なんで辛い場所だって言ったの、あそこ・・・・・・」
「うん・・・・・・あそこは・・・・・・きっともう想い出しか持っていない人の最後の場所だと思う・・・・・・」
「最後の場所? 」
「うん、もう、想い出しか縋るものが無い、そんな人の場所。」
「でも、あそこで見た記憶はとても嬉しい記憶だったよ?」
「・・・・・・その記憶が現在に繋がってるなら、それは嬉しいだけですむと思う。でも、もう失ってしまったものだったら?あの二人の一番嬉しい大切な記憶はきっともう戻らない物だったんだと思う。」
「戻らないもの・・・・・・」
 ジョウイもフーロン同様に炎を見つめた。
「そうだとしたら・・・・・・辛いだけじゃないか、なんでそんなことをあの族長は?」
「でも大切な記憶だから、きっと、忘れてはいけないことだから・・・・・・」
「忘れてはいけないこと? 」
「うん、どんなに苦しくても、辛くても、忘れてしまっては、無かったことにしてしまってはいけない事」
 だからきっと、何か大事な事を決める前に思い出さなきゃいけないから、あそこに行くんだと思う、そうフーロンは呟いた。
「でも、想い出しか縋るもののない人の場所なんだろう?」
「・・・・・・本当に想い出しか残ってない人って少ないと思う。だから、それを確認するためにも行くんだよ、きっと」
「そうか・・・・・・」
 それっきり二人は黙って炎を見つめていた。静かな時間が流れてゆく。
「フーロン・・・・・・」
「んーー? 」
「フーロンがあそこで見た記憶ってどんなの? 」
「うん・・・・・・ジョウイは? 」
「僕は言ったろう? 」
「他には? 」
「他って、一個だけだよ。」
「え?」
 フーロンは驚いたようにジョウイを見た。
「一個だけ?」
「うん、ナナミもそうだと思うけど・・・・・・フーロンは違うのかい?」
「あ、いやその・・・・え?一個なの?」
 ふーん、そうなのかぁ、と呟きながらフーロンは焦ったような顔をした。
「君は違うんだな?そうなんだな?幾つ夢を見たんだい?」
「あ・・・う・・・二個なんだけど・・・あ、そう、もしかして普通は一個なのかな・・・・・・」
「で?どんな記憶?」
「あ・・・う・・・その・・・・・・」
「言えよ、僕のは聞いただろう?ズルイじゃないか」
「ズルイってそんな・・・・・・僕が無理やり聞きだした訳では・・・・・・」
「どんな記憶?」
「いや、改まって聞かれると困るんだけど・・・・・・」
「言えったら!前から思ってたんだけど、君自分のことになると、途端に誤魔化して逃げるよね?」
 じりじりと詰め寄ってくるジョウイにフーロンは困ったように後ずさった。
「フーロン?」
「あ、う・・・・・・そ、そのうち言うから・・・・・・」
「今言えっ!」
「うっ・・・うーーーーーしつこい!そのうち言うって言ってるだろっ!」
「フーロンのそのうちはアテにならないっ!今言えっ!」
「だぁーーーーーしつこいったらっ!あんまりしつこいとっ!!!」
「キスするって言うならしてみろ!一回!!!」
「・・・・・・はい? 」
 言おうと思った言葉を先取りされて、フーロンは間の抜けた声を出した。思わずマジマジとジョウイを見つめてしまう。
「・・・あ、あのね、ジョウイ・・・・・・」
「どうせいつも口先だけじゃないかっ!もう怖くないからな、そんな脅し文句!!!」
 その言葉にフーロンはムッとした顔をした。瞳が妖しく光りだす。
「あ、そう、そんなら試してみようか?ただの口先だけの脅し文句かどうか」
「だから出来るもんならやってみろっ!」
「ふーん?後悔するなよ・・・」
 そう言うとフーロンは今まで逃げ腰だった身体をジョウイの方へ寄せた。ジョウイは一瞬腰が引けたものの、その青灰色の瞳でフーロンを睨みつける。大きなフーロンの瞳が節目がちになりジョウイに近づいてきた。そのまま首を僅かに傾けて顔を寄せる。
 ジョウイに耐えられたのはここまでだった。思わず目を閉じて顔を背ける。フーロンの唇が柔らかく頬に当たる。
「・・・・・・僕の言うキスはマウストゥマウスなんだけど?」
 耳元でフーロンの声がする。
「・・・・・・普通ホントにするか?」
「どうせ出来ないだろうって挑発したのはジョウイだよ、後悔するなって言ったよね?」
 そう言うとジョウイの顎を捕まえ自分の方に向けようとする。ジョウイは大慌てでフーロンの腕から逃れた。上気した顔でフーロンを睨みつけるとフーロンの方も上気した顔でジョウイを睨み返した。
「冗談にも程があるだろ?!」
「冗談ですましたかったら余計な事、言わなきゃいいだろ?!」
 そう言うとフーロンは立ち上がった。思わずギクリと後ずさる。そのジョウイの横をフーロンはすり抜けた。
「フーロン!」
「外の空気吸ってくるっ!おやすみっ!」
 そう言い残すと乱暴に扉を開け外に出ていった。


 フーロンが出ていった後、ジョウイはなんとなく力が抜けて床に座り込んだ。
(一体なんだったんだ、今の・・・・・・)
 呆然と考える。確かに今回言い出したのは自分だが、本当にされそうになるとは思わなかった。
(何時、何処で覚えたんだ?こんなタチの悪いこと・・・・・・)
 ジョウイの記憶の中にあるフーロンは自分同様、どこか奥手な少年なはずだ。思わず離れていた時間のことを考えてしまった。
(ナナミがついてただろうに・・・・・・・いつの間にあんなことを・・・・・・)
 ジョウイが知らないだけで、フーロンは決して奥手な訳ではなかったのだが、まぁ、あまり興味もなかったようで、そう言う誤解は都市同盟でもまかり通ってはいた。
 そんな事実はこの際どうでもよく、自分の記憶の中のフーロンと今のフーロンの違いに呆然としているうちに何時しか結構な時間がたったらしく、気がつくと囲炉裏の火も小さくなっており、空気が冷たくなってきた。フーロンはまだ戻らず心配になりジョウイも外に出てみた。
 雪景色を月が美しく照らし出している。フーロンのものらしい足跡が小屋の裏手の方に続いていた。足跡をたどってゆくと小屋の裏手に派手に雪が落ちている場所があり、どうもそこから屋根に上ったらしかった。ジョウイがそこからのぼって行くと雪の積もった屋根の上にフ−ロンが蹲っていた。
「風邪ひくよ」
「うん・・・・・・さっきはごめん・・・・・・」
「いいよ別にもう、でも何でそんなに言いたくないんだい?」
「・・・・・・照れ臭いだけだよ・・・・・・」
 フーロンはジョウイの方をチラリと横目で見るとぶっきらぼうにそう言った。それから暫く黙って景色を見ていたが唐突にぽつりと
「どっちが聞きたい?」
 そう言った。
「どっち?」
「僕が見た二つの記憶のうちのどっち?」
「・・・・・・じゃあ、最近に近い方・・・・・・」
「・・・ナナミと一緒・・・・・・」
 フーロンは蹲ったまま照れ臭そうにそう言った。
「二人で道場に駆け込んでいったらナナミがいて、二人で呼んだら振り返って、それから嬉しそうに笑って・・・・・・それからその顔がくしゃくしゃってなって・・・それから・・・・・・」
 そこまで言ってフーロンは声を詰まらせた。
「生きてたって・・・良かったって・・・それだけが頭ん中グルグル廻って・・・・・・」
「うん・・・・・・そうだったよね・・・・・・」
 そう言うとジョウイは思わずフーロンの頭に手を伸ばし頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「やめろよ、そういうことすんの・・・・・・」
「ごめん」
 照れ臭そうに少し怒ったように言うフーロンに少し笑いながらジョウイは言った。
「それで?もう一つは?」
「言わない・・・・・・」
「なんで?」
「ジョウイだって一個しか言わないのにそれはズルイ・・・・・・」
「僕は言わないんじゃなくて言えないんだよ、見てないから」
「言わない、どうしても聞くっていうならキスしてやる・・・・・・」
 その言葉に思わずジョウイは屋根からズリ落ちそうになった。
「全然反省してないじゃないか!」
「それはそれ、これはこれ。どうする?どうしても聞く?」
「・・・・・・いいです・・・・・・この卑怯者・・・・・・」
 その言葉にフーロンはちょっと笑った。
「そろそろ休もう。ジョウイ、先に降りて」
「はいはい、まったくどうして何かあるとすぐ高いところに昇るんだか・・・・・・」
「いいだろ、別に」
 ぶつぶつ言うジョウイに言い返しながらフーロンは遺跡でみたもう一つの記憶を思い出していた。
『行こう・・・フーロン再びこの地を僕らの旅の始まりにしよう・・・・・・』
 そう言って振り返ったジョウイの懐かしい顔。
(あのとき僕はね、ジョウイ。もう二度と君をなくさない為ならなんでもできる、そう思ったんだよ。君までなくしてしまわずすんだ、それが嬉しくて、本当に嬉しくて・・・・・・)
 泣きそうな目で屋根から降りるジョウイを見ながらフーロンは心のなかで呟いた。
「フーロン?」
「今行く!」
 フーロンは目に浮かんでいた涙をぬぐうと元気よく応え屋根から降りていった。
 
Fin
リクエスト内容:After Dayでフーロンが言った「○○しないとキスするぞ。」と言う科白がある話