![]() |
|
![]() |
| 祭りは一週間続くのだそうだ。 祭りの始まりはジョウイ達がこの町に着いた翌日からでそれから五日、雨が降り続いている。この祭りは「水祭り」で雨を呼び農作物の豊饒を願うものだそうだから雨そのものはむしろ歓迎する。雨が降らない年はわざわざ水を掛け合うくらいなのだそうだが、さすがに今年は雨が多すぎると町の人々も困惑気味だ。 その困惑する町の人々に混じってジョウイもひっそりと困惑していた。別に雨が多いことに困惑しているわけではない。フーロンの様子がおかしいことに困惑しているのだ。 おかしいというより、どうやら怒っているようである。そしてその原因にジョウイは心当たりがあった。 この町に着いた晩、ジョウイは求められてフーロンと肌を合わせた。そして次に日から高熱を出して寝込んでしまった。別段フーロンと寝たことが原因ではなく、ここまでの旅が少々強行軍だったせいで疲れが出たのだ。フーロンやナナミは元気だったから「この程度で寝込むなんて」と少々みっともないような情けないような気がしていたのだが、フーロンが心配をして世話を焼くものだから恥ずかしいような嬉しいような何ともこそばゆい心持ちにもなった。それでつい甘ったれて一つとんでもない事をフーロンに要求してしまった。 「子守歌、歌って。」 これがフーロン相手でなければ多少甘ったれていると言うだけで何ということのない要求なのだが、まずいことにフーロンは音痴である。いや、久しぶりに聞いたフーロン歌声は上手いとは言いかねたが、それでも音痴ではなくなっていて、離れ離れ時間の重さを感じて少し拗ねたような気分になった。で、拗ねた気分のまま音痴が直っていることに気づいていないフーロンに毎晩子守歌を歌うことを要求した。 その結果、今度はフーロンが拗ねたのである。 だいたいフーロンは人前で歌うのが嫌いだ。もちろん自分を音痴だと思っているせいなのだが、じつは音楽そのものは嫌いではない。ユニコーン少年兵時代にも人のいないところでは唸るように鼻歌を歌っていた。 歌に聞こえなかったけれども。 とにかくその嫌い続けた「人前で歌う」という行為をたとえジョウイ一人しか聞いていないとは言え、熱が下がるまでの四日間、要求され続けて相当ストレスが溜まっていたのだろう。しかも四日目の晩、実はジョウイが子守歌そのものよりも困惑しながらも一生懸命に歌うフーロンの様子の方を楽しんでいるとばれた。 「もう、おしまい。寝ろ。」 歌っているフーロンの様子をベッドからじっと見ているジョウイの顔に枕をボスッと押し付けてぶっきらぼうにそう言うとフーロンはさっさと灯を消して自分のベッドに潜り込んでしまった。 で、次の朝、熱が下がっていると分かった瞬間から口をきいてくれない。目も合わせない。ナナミの前では返事をするけれども並んで歩こうとすると、さりげなくナナミの向こう側に行ってしまう。さすがにこたえてその晩部屋で謝ろうと思ったら、部屋に入る早々ジョウイの顔も見ずに「お休み」と言ってベッドに入ってしまった。 取り付くしまもないのである。 (まさかあんな怒り方するなんてなぁ・・・・・・どうしよう・・・・・・) ジョウイが謝る切っ掛けを見つけられないまま、祭りは六日目を迎えようとしていた。 五日間続いた雨がやんだ。透き通るような青い空が広がっている。 「やっぱりお天気って気持ちがいいね!」 ナナミが弾むような足取りで雑踏を歩いている。 「ナナミ、気をつけなよ。足下、泥濘んでる。あっ!」 「きゃっ」 注意するジョウイの目の前でナナミが泥濘みに足を取られそうになり慌ててよけた。よけたのはいいがバランスを崩して尻餅を着いた。ついた先あったのはやはり別の泥濘みでナナミは泥水の中で何とも情けない顔をしている。 「気持ち悪いぃ」 「大丈夫? 」 フーロンがナナミの腕を掴んで立ち上がらせながら聞いた。心配そうな、それでいて少し呆れたような顔をしている。 「大丈夫・・・・・・あっ、どうしよう。替えの服、今ないんだった・・・・・・」 「え? 」 ナナミの言葉にフーロンとジョウイの声が重なった。 「何で? 」 「だって昨日まで雨だったし、合羽着てても結構濡れたんだもん。」 部屋にまだ干してあるんだよー、とさすがに困ったような顔で言った。 「・・・・・・僕の服、着とく?とりあえず・・・・・・」 「僕の服で着れるのあるかなぁ・・・・・・」 二人が呟いた時に後ろに出店を立てていた年配の女性から声をかけられた。 「あんたら、これを買わんかね。安くしとくよ。」 何だと思って店に並べようとしている物をよく見ると古着の山だ。それも普通の洋服ではなかった。 「あれぇ?これ、どっかで見たことがあるよーな気がする。」 「・・・・・・タイ・ホーさんやヤム・クーさんが着てたのに似てるかな?」 同時に呟いたナナミとフーロンに出店の女性はあのならず者共を知ってるんかいな、と少し嫌な顔をした。 「そんなに嫌な人たちでもなかったよ。でも、どうしてお祭りで着るものを売ってるの?」 ナナミが並べられた着物を見ながら聞いた。黒い地に真っ赤な撫子が染め抜かれた物をじっと見ている。 「濡れ鼠になって着替えが欲しいって輩が毎年たくさん出るからさ。」 女性は豪快に呵呵と笑ってからナナミの目の前から黒い地の着物を取り上げた。 「あんたにゃこれは似合わないよ。こっちがいいね。この帯と合わせてご覧。」 そう言って桜色の地に白く花を染め抜いた物を出した。えんじ色の細目の帯を一緒に渡す。 「合わせろって言われても・・・・・・・・・」 さすがにここで着替える訳にはいかない。 「言っただろう?毎年ここで着替える奴がいるのさ。女もね。」 そう言って太い指で店の横にちんまりと添えられた小さな小屋の方をさす。 「あそこで着替えるといいよ。坊や達、着替えが終わるまで見張っててやんな。」 ジョウイがいつもの習慣でフーロンと顔を見合わせようとすると、フーロンはふいっと顔を背けてさっさと着替えの小屋の前まで行ってしまった。思わず深い溜め息をついたジョウイの背中をナナミがつんつんと突いた。 「喧嘩でもしたの? 」 小さな声でこそっと聞く。 「そういう訳でもない・・・・・・はずなんだけど・・・・・・」 「でも昨日から様子が変だったよ? 」 その言葉にジョウイはもう一度深い溜め息をついた。 「早く仲直りしなね。」 そう言い残すと走って着替え小屋に行ってしまった。その後からジョウイが小屋の前まで行くとフーロンはあからさまに横を向いた。しょうがないので少し離れてその横に立つ。気まずい沈黙が二人の間に流れた。 「・・・・・・えっと、あのさ・・・・・・」 沈黙に堪え兼ねてジョウイは顔を前に向けたまま話しかけてみた。 「その、寝込んでる間はありがとう・・・・・・それで・・・・・・えっと・・・・・・」 フーロンからは反応がない。困ったな、お礼じゃなくて謝るべきだったかな。でもそれも何だか今更変な気がするしなと考えながら言葉を探す。 「君、僕の看病してる間、祭り見物いけなかったんだよね。だから、えっと・・・・・・」 フーロンからは相変わらず反応がない。別に祭り見物が出来なくて拗ねた訳ではないのだから当たり前である。 「お詫びというかお礼というか・・・・・・」 言いながらジョウイはだんだんと追いつめられて行くのを感じた。フーロンが喜ぶものって一体なんだろう。 「何か欲しいものとか、あるかな? 」 言いながらジョウイはチラリとフーロンの方を見た。フーロンは相変わらずそっぽを向いている。 「その、僕に用意できるものなら何でも用意するけど・・・・・・・・・」 自分でもなんだかずれた事を言ってるなぁと思いながらおずおずと言った。フーロンが顔をあらぬ方に向けたまま瞳だけを動かしてジョウイを見た。 「ふーん? 」 意地の悪い声を出す。 「で?ジョウイは僕が何を貰ったら喜ぶと思う? 」 「いや、何だろうなって・・・・・・・・・」 少なくとも今回は反応が返って来たことに少し安堵して、そしてそれ以上に嫌な予感を感じながら呟くように言った。 「ふーん? 」 「あの・・・・・・・・・」 「見当はついているんじゃないのかい? 」 「・・・・・・・・・えっと・・・・・・・・・」 やっぱりそういう反応なのか、とジョウイは内心青ざめた。頬はうっすらと紅潮していたけれども。 「ふーん? 」 「・・・・・・その・・・・・・」 「教えてやんない。自分で考えな。」 そう言うとフーロンはまた完全に横を向いてしまった。思わず半泣きになったジョウイの耳に着替えを終えたらしいナナミの元気な声が聞こえた。 「お待たせー! 」 どう?似合う?と嬉しそうにくるっと回って見せる。 「はい、はい。似合う似合う。今度は気をつけなよ。」 フーロンは苦笑いしてそう言うとさっさと雑踏に向かって歩き始めた。その背中に向かって「もうっ」と少し怒って見せてからつつっとジョウイのそばに来た。 「仲直り、出来た? 」 ジョウイは半泣きのままふるふると首を横に振る。 「本当にもう、しょうがないなぁ・・・・・・」 二人を交互に見た後、ナナミは困ったように溜め息をついた。 祭り見物を終えて宿に戻る。たくさん出ている屋台で色んな物を食べたので宿での夕食は遠慮した。そういう客は多いらしい。きちんと向かい合っての食事がないことにジョウイは安堵していた。 食欲が全くない。 実は屋台で買った食べ物もほとんどナナミに譲ってしまっていた。フーロンに譲ろうかとも思ったのだがどうにも近寄る事が出来なかった。 (フーロンの欲しいものって・・・・・・やっぱりその・・・・・・) 考えると顔に血が上る。 抱かれることはそうあることではなくて、その上いつもジョウイが朝起きることが出来なくなるせいで、そういう事のあった次の朝ゆっくりと言葉を交わしたのは数えるくらいだ。それでもいつだったかの朝、目が覚めたらフーロンの腕の中で思わずもぞもぞと動いたら眠っているように見えたフーロンが目を開けた。 ジョウイと目が合うと本当に嬉しそうに微笑んで珍しいねと言って回した腕に力を込めた。「もう少し寝てていいよ」と言った後、「毎朝こんな風に出来たらなぁ」と呟きながらフーロン自身がまた眠ってしまった。 それは毎晩やりたいってことかい?やめてほしい。 そうぼんやり思ったのを覚えている。その後ナナミの襲撃の前にかろうじて起きだして町を散歩しているときに今朝寝ぼけて変な事言っただろう、と覚えてはいないだろうと思いながら少しからかうつもりで言ったら物の見事に赤面した。 覚えていたらしい。 「ジョウイ、聞こえてたのか」と呟いたのまでは笑って聞き流せたがその後に「どうも寝ぼけてると本音を喋るみたいで」と続けたのが聞こえて思わず一歩離れてしまった。その晩は寝る時に棍を抱きしめて寝てしまった。向かい側のベッドでフーロンが悲しそうに「そんなに嫌がんなくても・・・・・・」と呟いていたのが印象的だった。 つまりフーロンは毎晩でもやりたいと思っているわけだ。 別段、その行為そのものは嫌いではない。しかし好きでもないと思う。そんなことよりも次の日一日何となく怠いのが辛い。 (いや待て。必ずしもフーロンがそう考えていると決まったわけでは・・・・・・) もしかしたらちょっと自意識過剰になっているのかもと思いつつ、それでもないとは言いきれない辺りがジョウイ自身が食欲をなくすほど悩んでしまっている理由だ。思わずちらっとフーロンを見る。フーロンはしれっとした顔でナナミと何か話していた。 フーロンから手を出してくることは今は絶対ないと思う。つまりもしジョウイも考えている通りの事ならばジョウイの方から誘えと言っていたわけだ。 (あぁ、どうしよう・・・・・・・・・) 思わずジョウイが深い溜め息をつくのとフーロンが立ち上がるのはほぼ同時だった。 「じゃあ、僕はそろそろ休むね。二人ともお休み。」 そう言うとフーロンは二人の返事を待たずに取ってある部屋に行ってしまった。思わずもう一度深い溜め息をついたジョウイをナナミがつんつんとつついた。 「仲直り、できそう?難しい? 」 ジョウイはナナミの顔を見ないままもう一度溜め息をついた。 「なんとかするよ・・・・・・」 そう言うとフーロンの後を追って部屋に上がっていった。その後ろ姿をナナミが心配そうに見送っている。 部屋に入るとフーロンが窓から外を見ていた。どういうわけかいつもと違って窓を開けていない。 ジョウイは後ろ手に扉を閉めると小さく深呼吸をした。抵抗はあるものの他に手段がないのなら仕方がない。フーロンが嫌がるのを承知で歌わせていたのは事実だし、それで機嫌が直るのなら安いものだ。 安いと思う、多分。 「ふ、フーロン、あのさ・・・・・・・・・」 フーロンの背中に向かって声をかけた。聞こえていないはずはないのに微動だにしない背中に少しひるみながら言葉を続けた。 「昼間言っていたことだけど・・・・・・その自分で考えろって言ったね。それで・・・・・・その」 相変わらずフーロンからは反応がない。けれど背中がひどく緊張していてジョウイの言葉を聞き逃すまいとしているのを感じる。 「考えたんだけれども・・・・・・前に君言ってたし・・・・・・毎晩は辛いんだけど、その」 だんだん声が小さくなってゆく。この先をどう言えばいいんだろう?「抱いてくれ」?まさか言えない。 「その、君がその・・・・・・し、したいんだったら・・・・・・」 そこまで言ってジョウイは顔が爆発したような気がした。頬や耳どころか首筋まで赤くなっているのが自分で分かる。恨めしげにフーロンを見た。不覚にも涙が浮かんでくる。けれどフーロンは意地が悪いくらいに反応しない。ジョウイは自棄になって覚悟をきめた。顔を上げてフーロンの背後まで行くと肩に手を乗せる。頬に唇を寄せようとして手に熱いような衝撃を感じた。驚いて半歩下がって手を見る。赤くなっていた。フーロンが肩に乗せられた手を払ったのだ。 痛いように緊張した沈黙が流れる。 「・・・・・・ごめん・・・・・・ちょっと頭を冷やしてくる・・・・・・」 そう言うとジョウイは部屋から飛び出した。 扉の閉まる音と同時にフーロンは振り返った。 (しまった、つい動揺して・・・・・・) 後を追うかどうか迷った。さすがに気まずい。 この町に着いた次の日ジョウイが高い熱を出しているのに気づいたときは心底心配した。長くジョウイに触れていなかったから前の晩は求めてしまったし、かなり疲れさせたはずだ。辛くても微笑んで何でも耐えてしまうジョウイに少し腹を立てながら、けれどそれ以上に申し訳なくて祭りを見物するような気分は吹き飛んだ。それで熱のせいか少し駄々っ子の様になったジョウイを何となくほほ笑ましく思いながら看病をしていたらとんでもないことを言い出した。 「子守歌、歌って」 自分の音痴は重々承知している。だから人前で歌うのは嫌いだし、そのことはジョウイも承知しているはずなのに何故か歌えと言って聞かない。終いには歌ってくれないならこのまま外に出ると本当に起きだそうとしたので慌てた。しょうがないからキャロに昔から伝わる子守歌を歌った。寝つくまで歌えと言われ、結局1時間近くも歌う羽目になった。それで終わるかと思ったら、それからジョウイを寝かそうとすると必ず子守歌を要求する。正直言ってかなり参ったが、普段は我が侭のたぐいを何も言わないジョウイが珍しくああ言っているのだからと我慢して歌うこと四日。何気なく横になっているジョウイの顔を見ると、とても面白そうな嬉しそうないたずらっ子のような顔をしていた。 (もしかして僕を見て楽しんでる?) さすがにカチンと来た。そのまま歌うのをやめて横になったが腹が立って仕方がない。それで朝起きて熱が引いてるのを確認してから知らん顔をしたらジョウイはとてもすまなそうな顔をした。なんとか近くによってこっそり謝ろうとする様子がまるで悪戯を叱られた子猫のようで何ともおかしくなった。それで意地悪をして宿に帰ってもわざと知らん顔をしてさっさと寝てしまった。 翌日起きるとジョウイは前の日以上にすまなそうな、しょぼんとした様子をしていた。本当は今朝は起きたら普通に「おはよう」と言うつもりだった。しかしその様子を見て気を変えた。ジョウイには妙に年上ぶるところがある。本当の弟との仲がうまくいっていなかったからだと分かっているが時折それが鼻につく。こんな様子のジョウイは初めて見る気がした。 (今日位まではいいかな?) そう考えて心の中でクスリと笑うと昨日同様に知らん顔をした。今思うと寂しがり屋のジョウイに対して本当に酷い事をしたと思う。でもその時はそうは思わなくてジョウイの様子をこっそりと窺って楽しんでいた。 ナナミの着替えを待っている間も意地悪をしたのだ。 もう本当にどうしたらフーロンの気持ちを和らげられるか分からないと言った様子のジョウイにわざと冷たい事を言った。ジョウイが変な誤解をしていると気づいたくせに知らん顔を続けた。 (どうせジョウイのことだもの。それだけは実行できないだろ) そう考えて部屋で泣きを入れるであろうジョウイに何を言おうかな、取りあえず明日の朝食にでるニンジンは僕の分も全部食べろってのはどうだろう、とか考えて一人で楽しんでいた。だから窓ガラスに映ったジョウイの様子を見たときは「おや?」と思ったのだ。 なんか顔が赤くないか? もしかしてまた熱がぶり返したのかなと少し心配になってジョウイの様子に全神経を集中させた。病人相手に他愛もない意地悪を続行するつもりはない。だからジョウイの言い出したことを聞いて心の底から仰天した。 (ちょっと待って。ちょっと待って。ジョウイ、本気?!) 少し震えて、自分で気づいていないのか睫毛に露を溜めて恥ずかしそうに言葉を探すジョウイを見ながらフーロンは混乱した。 いくら何でも毎晩したいとは思ってないぞ、多分。 「君が・・・・・・したいんだったら・・・・・・」 そう言って実は硬直してしまったフーロンを見るジョウイの姿が窓に映る。 据膳食わぬはなんとやら。 なんて言葉が一瞬脳裏をよぎったりもしたが。でもこの言葉は据膳に乗せられているのが好きなことは好きだけれどもなきゃないで平気だ、と言うものの場合にのみ当てはまるのではなかろうか。もう、好きで好きでこれがなきゃ生きてくのが辛いんだけど、滅多に手に入らない、と言うものの場合は人は案外躊躇するような気がする。人によるのかもしれないが。 どうやらフーロンは自分の欲望に正直にいただいてしまうことが出来ないタイプらしい。 混乱しているフーロンにジョウイが意を決したように近づいてきた。肩に手を置き顔を寄せてくる。 (ちょっと待てーーーーーーっ!) 気がつくと耳元で大きな音がしてジョウイがはっとしたようにフーロンから離れて自分の手を見た。その様子でフーロンはどうやら自分がジョウイの手を思いっきり払ってしまったらしいと気づいたが、動揺が続いていて動けない。 「ちょっと頭を冷やしてくる」 そう言ったジョウイの声がどうしようもなく涙を含んでいるのに気がついて慌てて振り返ったがジョウイはもう部屋から出ていた。 「あ、う・・・・・・どうしよう・・・・・・」 思わず頭を抱え込んで床に座り込んだフーロンの耳に小さなノックの音が聞こえ、返事も待たずに戸が開いた。入ってきたのはナナミで、フーロンの前まで来るとしゃがんで顔をのぞき込んだ。 「今ね、ジョウイが凄い顔で走ってったよ。」 「・・・・・・うん・・・・・・」 「喧嘩してるの? 」 「・・・・・・してない。」 「してないの?そう、じゃあね・・・・・・」 その言葉が終わると同時に景気のいい音がした。ナナミがビンタをした手をそのままフーロンの頬に当てて顔を上げさせる。 「じゃ、フーロン。ジョウイに意地悪してたでしょう。」 「してない。」 「嘘だよ。二人とも昨日からまともに目を合わさないじゃない。おどおどしてたのはジョウイの方だから意地悪してたのがフーロンだよ、違う?」 黙っているフーロンの瞳をナナミが覗きこんだ。 「後悔してるよね?早く追いかけて謝って仲直りしてきなよ。」 「でも・・・・・・」 「早くしなきゃ大変だよ。」 「・・・・・・大変ってなんだよ。」 拗ねたように言うフーロンの顔をのぞき込んだままナナミが言った。 「このお祭り、変なジンクスもあるんだよ。祭りの間に喧嘩して仲直りしないと二度と会えなくなるって言う・・・・・・」 ナナミが最後まで言い終わる前にフーロンは立ち上がっていた。後も見ずに部屋から飛び出していく。 「本当に世話の焼ける。嘘だよ、ばか。」 呆れたようにナナミは呟いた。ジンクスは確かにある。もし喧嘩をしていて仲直りができなくて困っていたらこの祭り中に和解をすればいい。水神が二人の間のわだかまりを水と一緒に流し去って、それから先は何があっても別れる事はなくなるという。だから結婚したばかりの者達はわざとこの祭りの始まりで喧嘩をして祭りの間に仲直りをするのだそうだ。 「さっさと仲直りして帰ってきなさいよね。三人でお祭り見物するの、楽しみにしてたんだから。」 ナナミはベッドに腰掛けて頬杖をつくと楽しそうに扉を見つめた。 ジョウイは町が一望出来る丘の上でぼんやりとしていた。 (あの黒い筋はなんだろう・・・・・・あ、川か・・・・・・) 宿を飛びだして人気のないほう、ないほうと進んだらこの丘に着いた。宿を飛びだしたときに占めていたのは「恥ずかしい」という思いだけだ。雑踏を抜け、息が切れてここに座り込んだ頃には文字通り頭も冷えてまた困惑が戻ってきた。 (どうしたらいいんだろう・・・・・・) 決死の覚悟で言った事もどうやら的外れだったらしい。フーロンを更に怒らせただけのような気がした。しかも言ったことが事だけに今朝以上に顔を合わせにくくなった。 (どうしたら許してくれるんだろう。あんなこと、言わなきゃ良かった。) あんなこと、と言うのが寝込んでいる時の「歌って」という要求なのか、さっき宿で言い出したことなのか、ジョウイは自分でも分からなかった。 そのまま膝を抱え込んで町を眺めていた。まだ人がたくさん通りに出ているのか、無数小さなの光が揺らめいている。それを見るともなしに見ているジョウイの視界の隅で何かが揺れたような気がした。顔を上げて目を凝らす。 小さな光が二つ、ゆっくりとこちらの方に上がってきていた。それはまるで何かを探すようにあちらをゆらゆら、こちらをゆらゆらと揺れた後、不意に動きを止めた。何かを確認するように少し高く上がると、すぅーと下がって消えた。 (何だ?) 何かの気配がゆっくりとジョウイの方に近づいてくる。少し緊張して背筋を伸ばしたとき不意に何かが顔の横を通った。目の前に小さなこぶし程の光が出現している。 「うわっ! 」 思わず声を上げて後ろに下がろうとすると何かにぶつかりそれを押しつぶす形になった。 「うわっ、何?! 」 「うわぁ、重い、どいて! 」 聞きなれた声に驚いて慌てて横によける。フーロンが何か柄の付いた物をもって尻餅を付いていた。 「フーロン?! 」 「いてて、余計なこと、しなきゃよかった。」 ぼやくように言って眉をひそめてジョウイの方を見る。 「君、もしかして少し太ったんじゃないのかい? 」 「そんなことはないよ。あ、筋肉がついたのかな・・・・・・・・・え?」 普段通りのフーロンの口調に思わずいつもの調子で答えてから不審げにフーロンを見た。その視線に気づいたのだろう、フーロンは少しばつの悪げな微笑を浮かべるとジョウイに向かって小さく手招きした。ジョウイが少し近寄ると腕を伸ばし胸ぐらを掴む。「何?」と思っていると乱暴に引き寄せられた。唇に軽く温かい物が当たって軽くとんっと突き放される。 「これで勘弁してあげよう。」 そう、少しきまり悪げに言うと自分が座っている横に手に持っていた柄の様なものを突き立てた。その先ではさっきの小さな光が揺れている。 「いくらなんでも病み上がりの人を押し倒すほど人非人じゃないよ。」 そう言うと、どうやって隠していたのか服の中からもう一本同じような柄を出してジョウイに差し出した。 「これ、おもしろいだろう。ほら、よく見てごらんよ。」 「・・・・・・フーロン・・・・・・」 「小さな石が入ってるだろう?これ、水に入れるとこんなふうに光るんだって。」 「フーロン・・・・・・」 「こんな風に硝子の器に入れて飾るんだってさ。」 「無理やり歌わせてごめん・・・・・・」 まるで何事もなかったかのように話そうとするフーロンの言葉にようやく割り込んで言った。そのジョウイを横目でチラリと見るとフーロンは硝子の篭に入った光をわざとジョウイの前で揺らして見せた。 「うん、酷いと思う。」 その言葉に思わずうつむいたジョウイの耳に少しすまなそうに続けたフーロンの声が聞こえた。 「でも、充分仕返しはしたような気がするし、僕もちょっとやり過ぎたみたいだし、もう、いいよ。」 ジョウイが顔を上げるとフーロンは少し笑ってまた小さな灯を揺らしてみせた。 「でも毎晩やらせてくれるっていうならこれからは遠慮なくそうするけど?」 「え?あ・・・・・・えっと・・・・・・」 フーロンの言葉に赤くなったり青くなったりしているジョウイをフーロンは面白そうに見ている。 「・・・・・・やっぱり毎晩は辛いような気がするんだけど・・・・・・その、どうしてもって言うなら・・・・・・」 その言葉にフーロンは吹き出して声を上げて笑った。 「フ、フーロン? 」 「冗談だよ。嫌なら嫌ってちゃんと言いなよ。」 「・・・・・・もしかしてからかったのかい? 」 「うん。」 ジョウイは思わずがっくりと頭を垂れた。 「お言葉に甘えて言わせてもらえば、そういう類いの冗談は好きじゃない・・・・・・」 その言葉にフーロンは今度は声を立てずに笑った。 「だろうね。もう、行こう。これ、ジョウイの分。」 そう言ってもう一本の硝子の篭の付いた柄を渡す。 「途中でもう一本これ買おう。ナナミが好きそうなのがあったんだ。これより少し高いんだけど。」 「うん、そうだね。心配してたみたいだし。」 その言葉にフーロンは少し恨めしげに頬を押さえながら呻いた。 「少しどころか。久しぶりにビンタされたよ。」 「え?それは・・・・・・災難だったね・・・・・・」 「自分が悪いとはいえ・・・・・・物で懐柔するぞ、取りあえず。」 「食べ物のほうがよくないかい?」 「それは途中で買うの。」 「途中? 帰りの? 」 「違う。」 そう言うとフーロンはまた小さな灯を揺らした。 「この石、この町じゃ珍しくないみたいでね、川の中に普通にあるんだって。」 「へぇ。」 「昨日迄は雨のせいで川が濁ってて見えなかったらしいけど今日はもう水が澄んでて川の中でこの石が光って見えるんだってさ。」 「へぇ、本当に?おもしろそうだね。」 「だろう?だからさ、ナナミを迎えに行って三人で見に行こう。」 楽しそうに言うフーロンの気分が感染したのかジョウイも気持ちが高揚してきた。そう言えばこの町に到着してからすぐに寝込んだし、その後はフーロンとおかしくなったしで、楽しい思い出がまだひとつもない。 「そうだね。何か食べるもの買ってさ。」 「ジョウイ腹減ってるだろう?ほとんど食べてなかったから。」 少し意地悪くフーロンが言う。 「気づいてたのか・・・・・・」 「途中の店においしそうなパンケーキが売ってたよ。」 「・・・・・・あれは嫌だ。ニンジンケーキだ。」 「ちぇ、気づいてたのか・・・・・・」 「・・・・・・フーロン、あのね・・・・・・」 「ホウレンソウのケーキ売ってたなー。あれ買おうかなー。」 「それはナナミが嫌いだろう!どうして人が嫌うものばかりを選ぶんだ。」 あきれた様なジョウイの言葉にフーロンは屈託のない笑い声を上げた。そのまま二人はじゃれあうようにしながら町へと戻ってゆく。夜の中でふたりの持つ水灯がゆらゆらと揺れてまるで迷子の小さな星が星達が住む里に帰ってゆくように見えた。 空には本物の星が静かに瞬いている。 |
||
![]() |
Fin
リクエスト内容:意地悪な主人公、困っているジョウイ 3000カウントのキリリク(子守歌)の続編(キリ番ゲッターが同一人物) |
![]() |