子守歌

 
雨の音が静かに響いている。
 ジョウイが目を開けると部屋の中はぼんやりと明るかった。
(夕べは・・・・・・あぁ、そうか・・・・・・)
 毎度のことながら思わず苦笑する。フーロンと寝た次の日の朝はたいがい起きられない。そのことをすまないと思っているのかフーロンは、翌日の朝は絶対にジョウイを起こさないし、出発の予定だったとしてもどうやってナナミを丸め込んでいるのか、もう二三日泊まっていこうと言うことになっている。
(変に気を使うくらいならあそこまでやらなきゃいいのに・・・・・・)
 そんなことを考えながら身体を起こそうとしたジョウイは眩暈を感じてそのままひっくり返った。
「・・・・・・あれ? 」
 思わず出した声もどこかくぐもって聞こえる。どうしたんだろうと思いながらそのまま仰向けにベッドに転がっていると扉が静かに開いた。
「ジョウイ! 起きたの? 大丈夫かい? 」
 扉をそっと閉めるとフーロンが心配そうに近づいてきた。
「あ、おはよう。すぐに起きるから。今何時? 」
「寝てていい、熱があるんだから。]
「熱? 」
「そう、かなり高いよ。具合が悪いんならそう言ってくれればいいのに・・・・・・」
 そこまで言ってフーロンは済まなそうな顔になった。
「ごめん、僕が夕べ無理させたんだよね・・・・・・」
 そう言うとジョウイのベッドの枕元を覗き込んだ。額にそっと手をあてる。いつもは暖かく感じるフーロンの手を今日は冷たく感じた。
「あぁ、やっぱり朝より上がってる。薬、買ってきたんだ。その前に少し食べた方がいいんだけど・・・・・・」
「いらない・・・・・・食欲ないし・・・・・・」
 自分でも馬鹿馬鹿しいと言うか子供だなと思うのだが「熱がある」と言われた途端にほんとうに具合が悪くなったような気がした。
「薬は飲むよね?」
「うん・・・・・・あれ? 」
 身体を起こそうとしたのに途中でまたパタっと倒れ込んでしまった。気のせいか天井も回っているような気がする。
「ジョウイ!・・・・・・大丈夫かい? 」
「・・・・・・薬、いらない。このまま寝てるよ。」
「いらないって・・・・・・」
「寝てれば治るよ。それ、苦そうだし。」
「またそんなこと言って、そんなレベルの熱じゃないのに。」
 目を閉じてしまったジョウイをフーロンは困ったように見ていたが、やがてゴソゴソと何かやり始めた。寝ているジョウイに近づくとちょいちょいとつつく。
「何? 」
 目を開くとフーロンの大きな瞳があった。きょとんとしているとあっという間に唇を塞がれる。
「ン?・・・・・・・!!! 」
 口移しに何か苦いものを飲まされ思わず振り払おうとしたが、熱のせいか力が入らず結局ジョウイはそれを飲み込んでしまった。
「苦い! 」
「それは僕の科白だ!にがいーーーーーー! 」
「いらないって言っただろう?! 」
「だから熱、とんでもなく高いんだってば。うーーー苦いーーーーー」
「なら余計なことしなければいいだろ、第一もし病気が移ったらどうするんだよ?」
「移るんならもう移ってるよ、夕べのうちに・・・・・・あぁ、そうか・・・・・・」
 フーロンは何か思い付いたような顔をした。
「風邪なら移せば治るって言うし、今の要領でやればスープくらいなら」
「馬鹿、やめろ! 」
「やんないよ」
 そう言って少し笑うとフーロンは椅子をずりずりと引きずってきてジョウイの枕元に座った。
「ナナミは? 」
「うん、お祭りに行った。」
「お祭り? 」
 ぼんやりと聞き返してから思い出した。この街に来たそもそもの理由は有名なお祭りがあるからだ。どこで聞いたのかナナミが行きたいと言い出し、フーロンとジョウイも興味を持った。開催まであまり時間がないからと強行軍をして夕べ遅くにこの街に着き、街外れのこの川に面した宿にようやく泊まれたのだ。
「雨、降ってるんじゃないのかい? 」
「降ってるよ、あぁ、そうか・・・・・・水祭りなんだってさ」
「水祭り? 」
「そう、だから雨の方がいいだって。降らないときはわざわざ水を掛け合うらしいよ。」
 ナナミも合羽みたいなの来て出かけて行った、と少し笑いながらフーロンは言った。
「君も行っていいよ。」
「いいよ、別に・・・・・・」
「だって、楽しみにしてたろう? 行っておいでよ。」
「わざわざずぶ濡れになりに行くつもりはないよ。楽しみにしてたって言ってもナナミ程じゃないし。」
 ナナミも一緒に看病するとか言ってたけど僕とジョウイのお土産を買ってこいって蹴りだした、とそう言ってフーロンはまた少し笑った。
「でも退屈だろう?僕は大丈夫だから・・・・・・」
 まだ言い募るジョウイに答えずフーロンは椅子から立ち上がるとタオルを濡らして戻ってきた。それをジョウイの額にのせるとまた椅子に座る。
「いいから寝なよ。それが一番いいと思うから。」
「でも・・・・・・」
「だから言ったろう?わざわざずぶ濡れになりに行く気はないって。いい口実だよ。」
「だけど・・・・・・」
「それに熱出してる君の寝顔って色っぽいからね、見てて飽きない。」
 その言葉に思わずジョウイは背を向けてしまった。額から濡れタオルがずり落ちる。
「おーい・・・・・・」
 少し笑いを含んだ声でフーロンが言うのが聞こえたが知らん顔をする。動く気配がして落ちたタオルの位置をフーロンが直した。
 雨の音だけが静かに響き始める。
「・・・・・・前もあったよね、こうゆうの・・・・・・」
 少ししてフーロンに背を向けたままポツンとジョウイは言った。驚いた様にフーロンが動く気配がする。
「寝たんじゃなかったのか・・・・・・」
「やっぱりお祭りがあって、僕のせいで君が行けなくなって・・・・・・いつだっけ?」
「そんなことあったっけ?・・・・・それはどうでもいいから寝ろよ。」
「あったよ。いつだったけ?えっと・・・・・・」
 振り返って駄々っ子のようにジョウイは言った。額からまたタオルがずり落ちる。
「そんなのいつでも思い出せるから今は寝てくれ、頼むから。」
 額から落ちたタオルをまた濡らしながらフーロンが困った様に言った。
「あれは確か、キャロに居たときで・・・・・・たしか・・・・・」
 言い募るジョウイの目を塞ぐようにフーロンがタオルを置いた。それをどかそうと手を伸ばすがあっさりと払いのけられてしまった。
「いいから寝ろ。寝てくれ、頼むから本当に。それじゃあ熱が下がんないだろう」
「・・・・・・たしか・・・・・・・そうだ・・・・・新年祭のときで・・・・・・・」
 言いながらジョウイはだんだんと意識が遠のいて行くのを感じた。



 もう辺りはすっかり暗くなっている。夜の闇の中で夕べ降り積もった雪がほのかな白い灯を作っていた。空は闇色の中にも重苦しい空気を含んでいてまた雪がやってくることを容易に予想させた。
(僕は馬鹿だ・・・・・・)
 すっかり歩き疲れたジョウイは大きな樹の根元に座り込んだ。小さな崖からずり落ちたときに作った擦り傷が思いの外痛い。少し前に小さな水たまりのような泉を見つけて顔と傷を洗ったのだがその時水に映った自分の情けない顔が蘇った。どこで無くしたのか束ねていた布もなくなり髪を下ろして頼りなげな瞳をした自分の顔は嫌になるほど少女めいていた。
(見た目が女みたいだと心まで女々しくなってしまうものなんだろうか・・・・・・)
 そんなことを考えて少し自嘲気味に笑うと、ジョウイは今までのことを何となく考え始めた。
 始まりはユニコーン少年部隊での新年祭の出し物のことだった。だいたい幾つかの班分けをして屋台のようなものを出すのだが、それとは別に代々の習慣でその年の部隊内のトーナメントでの優勝者による客引きがあった。小さな舞台を拵えてそこでなにか一芸を披露する。
 そして例年一番多い出し物が「歌」であった。
 これならば余程のことが無いかぎり少しの練習でサマになるし、必ず部隊に一人二人は楽器演奏が得意なのがいてこれが伴奏をすることでお茶を濁せた。
 今年の優勝者はフーロンとジョウイの二人で黙っているとそんなに強そうに見えない二人は「芸」の方も期待できるとみな盛り上がっていた。中には「女装させて寸劇」と言う意見もあったが、それは二人がかりで丁重に辞退した。そんな騒ぎの中であいまいな笑顔を浮かべながら密かに心底困っていたのがフーロンで、はっきり言って音痴である。前にナナミとジョウイの前で歌った事があったのだが音程が全くとれていなかった。以来人前では絶対歌うことが無くなったフーロンだが今回は逃げるのが困難そうであった。だからジョウイは出し物がもし例年通りに「歌」になったら楽器演奏をフーロンに任せて歌うのは自分が担当するつもりでいたし、そうフーロンにも言っていた。
 けれど今日、最後の話しあいの日。訓練のあとの着替えに手間取って少し遅れて中庭に行ったジョウイは他の少年兵に囲まれているフーロンを見た。仲間に囲まれて微笑を浮かべているフーロンを見ているうちに何かどす黒いものが自分の中に沸き上がって来るのを感じた。
(もう、独りぼっちの小さな子供じゃないんだ・・・・・・)
 幼い頃、「他所者の養い子」というそれだけの理由でフーロンは友達がいなかった。遊ぶのはナナミと、そしてジョウイだけだった。互いが互いの世界の全ての様に思いながら一緒にいた頃からジョウイは時折痛いような焦燥感を感じた。それが何故なのかジョウイにも分からなかったが今沸き上がっているこのどす黒いものがその焦燥感の成れの果てであろうことは何となく分かった。
(皆がフーロンを見つけた。本当のフーロンを見つけた・・・・・・もう、フーロンは一人じゃない・・・・・・)
 何かの呪文のようにその言葉を心の中で転がしながらジョウイは少年たちの輪の中に入り、そして出し物が「歌」に決まったときにこう言ってしまったのだ。
「僕の家にはいいリュートがあるから、僕が伴奏をするよ。」
 それはいいと少年達が歓声をあげるのとフーロンが驚いたようにジョウイの方を見るのは同時だった。どうせなら今年は衣装も凝ろうと盛り上がる中、ジョウイは逃げるように中庭を飛び出した。
 そのまま家に帰る気にもならず一人でふらふらとさ迷っているうちに気がつくと森の中にいた。昔、フーロンがルードの森で迷子になって以来、ゲンカク師匠に「一人で森に入るな」と厳命されていたし、ゲンカクに見つけられて戻ったフーロンは恐怖のためか高熱を出し長いこと寝込んでいた。そのことが頭にあったから森にいると気付いた瞬間パニックになり森から出ようと闇雲に歩き回っているうちに更に迷った。ようやく落ち着いて下手に動き回らないほうが良いという当たり前の結論に達したころは、もうすっかり日も落ちていた。朝になるまで少しでも寒さをしのげる場所を探そうとした途端に崖がら落ちて今に至っている。
(馬鹿だよなぁ・・・・・・何であんなこと言ったんだか・・・・・・)
 膝を抱えて小さく溜息をつく。束ねていない髪がさらさらと音をたてて肩から滑り落ちた。
(・・・・・・髪、切ろうかな・・・・・・でも切ったところで女々しいのが変わるわけでもなし・・・・・・)
 そう言えば髪を伸ばし始めた理由も結構女々しかったな、と落ち込みがさらに激しくなった。寒さが増したような気がして目を上げると鼻先に白いものが落ちてきた。思わず顔を空に向けると雪が降り始めている。
(あぁ・・・・・・このまま遭難かな・・・・・・・・・)
 そう考えて更に落ち込んだとき何かの気配がした。立ち上がりそちらの方に意識を向ける。ガサガサと茂みが大きく動いて何かがぬっと顔を出した。思わず棍を構える。
「ジョウイ? 」
 聞き覚えのある声に薄闇の中で目を凝らした。
「フーロン?! 」
 ごそごそと茂みから出てきたフーロンは結構ボロボロである。服に鉤ギザが出来ているは、顔には泥と擦り傷がついているはボロボロさ具合はジョウイの比ではない。
「どうしたんだよ、一体?! 」
「途中でどっかから落ちた。」
「その服の鉤ギザは?! 」
「・・・・・・どっか破れてる? 」
 そう言って身体をよじって自分の格好を確認している。
「あぁ・・・・・・破れてる・・・・・・ナナミに怒られる・・・・・・」
「そういう問題かい?! あぁ、怪我してる、近くに泉があったけど・・・・・・」
「いいよ別に、たいしたことないから。」
「よくない!一体なんだって・・・・・・」
「君を探してたんだよ。家に行ったら帰ってないって言うから。」
 ジョウイは思わずギクリとして逃げ場を探した。フーロンは黙ってそんなジョウイを見ている。
「み、水を汲んでくるよっ! 」
「・・・・・・歩き回んないほうがいいよ、また迷うから。」
 フーロンはそう言ってジョウイを元の場所に強引に座らせると茂みに顔を突っ込んでごそごそと何かを集めた。集めた物をジョウイが座っている前に置くとポケットから何やら出してかちかちとやり始める。どうやらなるたけ乾いている枯葉を集めたらしい。やがて煙がでて小さな火が起きた。茂みの枝をバキバキと折って起きた火の周りに置くとフーロンはジョウイの横に座った。
「なんで火打ち石なんかもってるんだい? 」
「君を探しに行くって言ったらナナミが持たせた。」
「え? 」
「どうも森に迷い込んだらしいって言ったら始め自分が探しに行くって言ったけど駄目だって言ったら色々持たせた。」
 途中でほとんど落としたけど、と付け加えるように言った。それっきり居心地の悪い沈黙が降りる。顔を火の方に向けたまま目だけをフーロンの方に向けると、フーロンは長めの枝で火を突いていた。時折空を眺めて考え込んでいいる。
「ここだと雪が避けられないなぁ・・・・・・」
「・・・・・・怒ってるんだろう? 」
 二人は同時に言った。お互いにきょとんと顔を見合わせる。
「怒ってないよ。」
「そう言えば降ってるね、雪。」
 また同時に言って呆れたように顔を見合わせた。
「何、呑気なことを!」
「何、嘘言ってるんだよ!」
 またもや同時になってしまい今度は困ったように顔を見合わせた。お互いに次の言葉を無言で催促しあってから、また同時に口を開きかけたところでストップと言うようにフーロンが右手を上げた。
「僕の方がせっぱ詰まってるから先に言う。取り敢えずあの大きな枝の下に移動しよう。ここじゃ雪を避けられない。」
「せっかく起こした火は? 」
「すぐ起こせるよ、こんなもの」
 フーロンはそう言うとまだ火のついていない枯葉と枝を持って移動してしまった。ジョウイは火のついている枝を一本だけ取ると他の火を消してフーロンのいる所へと行った。そのまま並んで座って火が大きくなるのを眺める。
「で? 」
 少ししてフーロンが口を開いた。
「何が嘘だって? 」
 ジョウイは一瞬このまま寝たふりでもしようかと思ったがフーロンの瞳がこっちを向いているのに気付いて覚悟を決めた。
「怒ってるんだろう?今日のこと」
「怒ってはいないよ」
「嘘だ。」
「ホントだよ。怒ってない。・・・・・・困ってるだけ。」
 そう言って本当に困ったような戸惑ったような顔をした。
「ジョウイも本当は歌うの、嫌だった? 」
 その言葉にジョウイは思わず無言でフーロンを見返した。では昼間、前にあんなに約束したにもかかわらず自分が楽器演奏をすると言ったのをそう言う風に解釈したのか。お人好しにも程がある、そう思った。
「その、ジョウイ、色んな事を我慢してしまうほうだし・・・・・・その、僕が音痴なの知ってるし、人前で歌うの、嫌がってるのも知ってるし・・・・・・嫌だった?」
 もし、本当に歌うのが嫌だったとしてもその場合いくら何でも最初からそう言うだろう、と思ったが言葉が出なかった。ジョウイの行動に悪意があるとこれっぽっちも考えていないらしいフーロンの様子に苛立ちと、そして惨めさを感じた。
「・・・・・・僕が意地悪をしてああ言ったとは考えなかったのかい?」
「・・・・・・ジョウイは自分が傷ついても人を傷つけるなんてできないよ。」
 その言葉に思わず顔を背け膝を抱え、そして顔を隠した。きっと今、醜い顔をしてる、そう思った。髪がまた耳元でさらさらと音を立てる。
「やっぱ、髪、切ろう・・・・・・」
「なんで?似合ってるのに。」
「女々しいから嫌だ・・・・・・」
「そんなこと、ないだろ。それに皆困るし、残念がるよ。」
「え? 」
「そう言えば途中で拾ったの、あれ普段ジョウイが髪束ねてるやつかなぁ・・・」
 そう言いながら自分の服をごそごそと探っている。
「残念がるって何? 」
「うん、ジョウイ途中で帰るから・・・・・・あれ?落としたかな?」
「そんなのどうでもいいから、何を残念がるって? 」
「いや、衣装をね、なんかえらく綺麗な吟遊詩人風のを作るって張り切ってるから、皆。」
「・・・・・・絶対、切る・・・・・・・」
 フーロンが自分の服を探るのを止めてジョウイを見た。相変わらず困ったような顔をしている。
「なんで?似合ってるのに。髪を今みたいに下ろしてああいう衣装着たら映えると思うけど。」
「どんな衣装かフーロン、知ってるの? 」
「どんなデザインかは皆で決めたから。」
「・・・・・・切る、絶対に切る・・・・・・」
「何でそんなこと言うんだよー」
 フーロンは心底困ったような情けない顔になった。
「僕だって着るんだぞ、その上歌うんだぞ。あの服はジョウイが髪長いから映えるんだぞ。」
「切るって言ったら切るって言ったら切る。」
 駄々っ子のようなジョウイと困り切ったフーロンの応酬は夜が明けるまで続いた。
 結局ジョウイは髪を切らなかったし、フーロンは歌わなかった。新年祭の開催の少し前にユニコーン少年部隊は天山の峠に駐留することが決まり、その準備のためこの年は新年祭への参加は取りやめになった。新年が明けてすぐに駐留地に向かうことが決まっていたから、少年達はみな家族と過ごすことになり、新年祭も普通の夏祭りと変わらない様子となった。フーロンはこの新年祭にも行けなかった。森から帰ったあと、風邪を引き寝込んでしまったのだ。お見舞いに行ったジョウイにフーロンは「歌わずに済んだ」と熱で赤い顔をしながら笑いかけた。そして三人でお祭りに行けなかったことを残念がるナナミに「戦争が終ったら、行けるよ」と軽い調子で言っていた。


「そうだ、あの時はフーロンが寝込んでたんだ。」
「今度こそ寝たと思ってたのに・・・・・・」
 ふいにぽっかりと目を開けて言ったジョウイにフーロンは驚いたような声を出した。
「ほら、最後の新年祭のとき、僕のせいで風邪をひいたじゃないか」
「そんなこと、あったっけ? 」
「そうだよ、二人で森で夜明かしして、僕は平気だったのに君だけ熱を出して・・・・・・」
「・・・・・・そして今熱を出してるのは君だ。寝ろ。」
 話しを全く取り合わず言うフーロンにジョウイは意地になった。
「あったよ、本当は君と僕とで歌うはずだったのに」
「ねーろーよーーーー。ほらみろ、熱が全然引いてないじゃないか。」
 動いたせいでずり落ちたタオルを拾い上げ額に手を当てて熱を測ったフーロンが困ったように言った。
「ホントは歌うのは君だけで、僕がリュートで伴奏して・・・・・・」
「熱が引いたらいくらでも付きあうから、想い出話は。今は寝てくれーーー。」
「あれは出し物そのものが中止になったんだけど・・・・・・」
「何をそんなに興奮してるんだよ。寝てくれ、頼む。」
「そうそう、変な衣装を着るはずで・・・・・・」
「寝ろってばっ!寝なきゃ襲うぞ?! 」
「また薬飲ますのかい? 」
「どうしたら寝てくれるんだよぅ」
 フーロンはがっくりと肩を落とした。頭を抱え込んでいる。困り切っているフーロンの様子を見ているうちにどういう訳かあの時の少し意地悪な気持ちが蘇ったようだった。
(熱のせいかな・・・・・・)
 そう思ったが今はこの気分を楽しむつもりになっていた。
「歌って」
「・・・・・・はい? 」
「子守歌。そしたら寝る。」
 フーロンは更に深く頭を抱え込んだ。どうやら声もなく悶絶しているようだ。
「・・・・・・ジョウイ、僕の音痴は知ってるよね? 」
「歌って、子守歌。」
「かえって具合が悪くなると思うんだけど・・・・・・」
「じゃ、寝ない。そうだ、このままお祭り見物に・・・・・・」
 そう言って起き上がろうとするジョウイをフーロンは慌てて押さえつけた。そうして暫くまた頭を抱え込んでいたがやがて目だけをジョウイに向けた。
「・・・・・・歌ったら寝るね? 」
「寝る・・・・・・だから寝つくまで歌って。」
 その言葉にフーロンは深く溜息を着いた。タオルを濡らして戻ってくるとジョウイの目を覆うように額にのせる。
「かえって目が冴えたって言っても聞かないからね。」
 そう言って椅子に座ると低い声で歌い始めた。タオルの下で目を閉じて何となくほくそ笑んで聞いていたジョウイはあれっと思った。
(・・・・・・音痴、治ってる・・・・・・)
 昔は全く音が取れていなかったのに、今は所々掠れたり、外れたりはするものの、ちゃんと歌になっていた。何となく悔しい思いで聞いていたがふとさっきのフーロンの嫌がりようを思い出した。
(もしかして、気付いてない?音痴、治ってるのに・・・・・・)
 それに気付くとおかしくなった。
(教えてなんかやらない。)
 そう決めて布団の中で静かに笑った。
「ジョウイ? 」
「まだ寝てないよ。」
 フーロンは深く溜息をついた。そしてまた歌い始める。川に面したこの部屋には祭りの喧騒は届かず、雨の音と、低い微かに掠れた歌声だけが響いていた。

 
Fin
リクエスト内容:意地悪なジョウイ、困ってる主人公(主ジョウ)