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知っていたよ 気付いていたよ わかっていたよ いつだって…… 「坊ちゃん、坊ちゃん?」 自分を呼ぶ声にロウヤ−は目を開いた。寄りかかっていた窓からは血のように赤い夕焼けが見える。 「何? 」 振りかえるとグレミオがどこか心配そうにロウヤ−を見ていた。 「いえ、いくら呼んでも返事が無いのでどうしたのかと思いまして……」 「あぁ……」 ロウヤ−は、もう一度外に目を向けた。雲一つ無い空の夕焼けは、ただ赤い。 「坊ちゃん? 」 「夢を見てたみたいだ……」 「夢? 」 「忘れたけど……うたたねのつもりだったんだけどな……」 もう一度グレミオを振りかえったロウヤ−はいつものやさしい微笑を浮かべていた。 「夢を見たってことは結構本気で眠ったんだろう。夕飯? 」 普段通りの主人の様子にグレミオはほっと息をついた。 「お客様ですよ。」 「客? 」 グレミオは少し戸惑ったような様子で言った。。そう来客の多い暮らしをしているわけではないが、それでもグレミオがこんな様子を示すのは初めてだ。 「誰? 」 「……フーロン君が……」 「フーロン?! 」 これにはロウヤ−も驚いた。実は夕べフーロンの事が話題になったばかりだった。自分と同じ重い運命を背負った少年のことをロウヤ−は常々気にしていたし、そのフーロンが国を捨てて行方をくらました、という連絡を受け心配をしていたところだった。 「一人か? 」 グレミオの横をすり抜けて部屋から出ながら尋ねた。ロウヤ−の一歩後ろを歩きながらグレミオが答える。 「一人に見えます。」 「なんだそれは? 」 思わず立ち止まってグレミオを見た。グレミオは困ったような顔をしている。 「よく分からないんですよ。一人に見えるんですが、他の人の気配も感じるんです。」 「だからなんだよ、それは……・いいや、会った方が早い。」 そう言うともう振りかえらずに階下まで駆け下りていった 階下の部屋は夕日で真っ赤に染まっていた。ロウヤ−がその夕日が差し込む玄関脇の小さな部屋の扉を開くと、そこにはひっそりとした影がただずんでいた。 (?!) その夕日を受けた黒い影が目に入ったとき、他にもうひとつ淡いやさしい影が寄り添うようにまとわりついているのが一瞬見えたような気がした。 影がロウヤ−の方を振りかえる。 「……お久しぶりです……」 フーロンがひっそりとした微笑をロウヤ−に向けたときには、もうひとつの淡い影の気配は無くなっていた。ロウヤ−は僅かの間消えた気配を探るように無言でフーロンを見ていたが、やがてゆっくりと部屋の中に入っていった。 「うん……久しぶりだね……よくここがわかったね……教えていたっけ?」 その言葉にフーロンは一瞬困ったような顔になった。 「聞いていませんでしたっけ、僕。別段迷わずここに来たんですが。」 「教えた記憶もないけど……案外お節介な”くま”あたりが教えたかな?」 「くま?」 「ビクトール」 そう言ってロウヤ−は笑いかけた。 「とにかくよく来てくれたね。ゆっくりして行くといい。」 そう言うと振りかえってグレミオを見た。いつの間にか部屋に入ってきていたグレミオも笑顔を浮かべている。 「今日は久しぶりに賑やかな食事になりますね。」 「じゃあ今日は久しぶりにご馳走だな。」 そう言ってからもう一度視線をフーロンに戻した。ひっそりとした微笑を浮かべ二人を見ているフーロンを観察するように見る。デュナン湖のほとりにいた時の張り詰めたものが消えていた。ただ淋しい気配だけを感じる。 「……疲れただろう? 夕食までゆっくりするといい。部屋に案内するよ。」 「はい。」 ねぎらうロウヤ−に答えてその後について小部屋を出ようとしたフーロンが不意に足を止めた。振りかえって窓の外を見ているようだった。 「どうした? 」 「……今夜は……月は出るでしょうか? 」 「月? 」 ロウヤ−は訝しげにフーロンを見た。フーロンは何かを求めるように窓を通り越して何かを見ている。 「……出ないんじゃないかな。夕べの月はもう糸のようだったから。」 「……そうでしたね……」 呟くように答えてからフーロンはロウヤ−を見た。 「すみません、夜に移動する事が多かったから月が出ないとなんとなく淋しくて。」 「……月をお供の一人旅かい? 風流だな」 そう言ってから軽くフーロンの背をたたいた。 「今日は月を諦めてゆっくり休むんだね。」 「……そうですね……」 二人は夕日染まった赤い部屋を出ると階上へと上がっていった。 「……ジョウイ? 」 部屋に案内され一人になるとフーロンは小さな声でジョウイを呼んだ。その声に応えるように微かな澄んだ音と光と共にジョウイの影が現れる。 (フーロン……) 「今日は月は出ないってさ……」 (……そんなこと人に聞かなくても分かってたくせに……) 淡く浮かぶジョウイの影に愛しげに手を伸ばしながら言ったフーロンにジョウイはあきれたように答えた。自分の頬のあたりに置かれた手に触れることなく自分の手を重ねてからふわりと床に降り立つ。向こうが透けて見えるジョウイの肌は差し込んでいる夕日の光を受けてほんのりと朱に染まって見えた。 「これからどうしようか……」 (どうしようかって?) 部屋にしつらえられたベッドの端に腰を下ろしたフーロンの横にジョウイも並んで腰を下ろした。昼間、たとえ身体を持たず幻影のよう存在のときでもフーロンはジョウイが身体を持っているときと同じように行動する事を望んだ。旅に出てすぐの頃は夜、月のある間しかジョウイを呼ばなかったくらいだ。 「うん……とりあえず服着て……」 (なんでそんなこと気にするんだろうね、この身体のときに……) 「僕としては何でその身体のときは気にならないのかを知りたい。」 (……押し倒される心配がないから……) フーロンは思わず前にのめった。 「……あのね……」 ジョウイはしれっとした顔をしている。見る間にジョウイの回りに纏わりついていた光の欠片が集まって服を形作った。 「……月が出たら覚えてろよ……」 (冗談だよ、かなり意識しないと作れないんだ、服。身体があるときは風を感じるから比較的簡単なんだけど……) そう言ってからジョウイはフーロンを見た。 (それで? どうしようかって、どういう意味だい?) 「うん……」 フーロンは言葉を濁して窓の外に目をやった。さっきまでの燃え立つような夕焼け空はすでに闇を含み始め、その色を菫色から夜の色へと変えつつあった。 (ここにはお礼を言いに来たんだろう?) 「うん……そうなんだけど……」 フーロンは煮え切らない態度のまま立ち上がった。そのまま窓辺まで行き外を見ている。 (フーロン?) ジョウイが戸惑ったような苛立ったような声を出した。 「わからないんだ……僕は自分のことで精一杯で何もわかってなくて……甘ったれてて」 そこまで言って言葉に詰まってジョウイを振りかえる。 (フーロン……何を躊躇っているんだい?) 「……僕はテッドと言う人を知らない……」 (それは……僕もよくは知らないけど……) ジョウイは本気で困惑した。フーロンの躊躇の理由に見当もつかない。ジョウイがフーロンの元に戻ることができた経緯を話した時はフーロンの方が単純に喜んで、お礼に行きたいと言っていたのだ。それがこの場所が近づくにつれ足が鈍り無口になっていった。 (ロウヤ−さんが君を気遣う気持ちがテッドって言う人を動かしたんだよ?) 「でも、僕を気遣ってたのはロウヤ−さんだけじゃない。」 (何を今更そんな分かりきったことを!それが躊躇う理由かい?!)) 強い口調で言ったフーロンにジョウイも強い口調で言い返した。 「……ごめん、違うんだ……ただ…・・思い出したことがあって……」 (思い出した事?) フーロンはジョウイから目をそらした。そらした視線の先にジョウイが音もなく移動する。 (フーロン、言ってくれないと分からない。) 「……テッドという人はソウルイーターの中にいると言ったね?君が始まりの紋章の中にいたように。」 瞳を閉じて苦しげにフーロンが聞いた。 (……そう言ってた。ソウルイーターに『食われた』って) 「それなら……テッドというのは……やっぱり……」 そのままフーロンは顔を覆って壁にもたれるようにして床に座り込んでしまった。 (フーロン?!どうしたんだい?!) フーロンは返事をせず、ただ首を横に振っていた。 「それならテッドという人は前にロウヤ−さんが言ってた何があっても助けたかった人だ……」 うめくように呟くのが聞こえた。 「ずっと一緒にいられると当たり前のように思っていたのに失ってしまったと言っていた人だ……」 (フーロン?) ふいにフーロンが顔をあげてジョウイを見た。今でも時折浮かべる、あのデュナン湖の城で見たのと同じどこか胸をえぐるような切ない瞳をしていた。 「時々思うよ、君達はずるいって……」 (ずるいって……) それっきりフーロンはまた顔を覆って蹲ってしまった。ジョウイは思わず蹲っているフーロンの髪に触れようとして、手を止めた。 今夜は月は出ない。 ジョウイは伸ばした手を引っ込めると、蹲るフーロンの前に同じようにしゃがみこんだ。隠れて見ることの出来ないフーロンの顔を覗き込むようにする。 フーロンは顔を上げはしなかったが、ジョウイの気配は感じているようだった。 二人はしばらくそうやって寄り添うように蹲っていた。外にはいつしか完全に夜の帳が降り、月のない空に星だけがひっそりとした光を放っている。 「……どんな顔で告げたらいいのか、わからない……」 やがて顔を上げないままポツンとフーロンが言った。その言葉に込められた意味がよく分からなくて、ジョウイは黙ったままフーロンを見ていた。 「自分の幸運を見せ付けるようなことはしたくない……」 (幸運?) 問い返すジョウイの声にフーロンは僅かに顔を上げ目だけをジョウイに向けた。 「戻って来て欲しかった筈なんだ。僕が君に戻って欲しかったみたいに……どんな姿だろうと……」 そう言ってまた顔を覆ってしまった。 (……フーロン……) 「あの人は僕より大人で……落ちついてて、でも本当は僕とそんなに変わらないはずなんだ。」 どこか拗ねた子供のような口調でフーロンが言った。 「僕のことなんか放っておけばよかったんだ。自分がロウヤ−さんの所に帰ればよかったんだ……」 (……僕は戻ってこない方がよかったかい?) 「そんな事は言ってない。」 フーロンのくぐもった声が聞こえる。 ジョウイは今一番身体が欲しかった。どうしたらいいのか分からなかった。ただフーロンがロウヤ−に対して何か罪悪感のようなものを感じているのだけが分かった。元気付けたいのにどんな言葉も無駄な気がした。幼い頃のようにただ互いの体温を感じながら寄り添っているのが一番いいと分かっているのにそれができなかった。 (……戻りたくても戻れないって言ってたよ……) それでもジョウイはゆっくりと言った。フーロンは蹲ったまま動かない。 (……たとえ一時自由になっても必ずまたソウルイーターに引き戻されるって言ってた。) 叩きつけるように、辛そうに叫ぶテッドの顔を思い出しながらジョウイは初めて自分自身の幸運に気付いた。 もし自分が「始まりの紋章」の中で眠っておらず目覚めていて、絶望と孤独にゆっくりと蝕まれて行くフーロンをただ見ていなければならなかったとしたらどんなに苦しかっただろう。テッドはずっとソウルイーターの中でロウヤ−という人の苦しみを見ていたのだ。だから動けるようになったとき自分に出来る事をした。それが正しかったかどうかはどうでもいいことのように思えた。ジョウイにはテッドの気持ちがよく分かるような気がした。 (あの人は自分に出来る事をしたんだよ。フーロンのためじゃなくてロウヤ−さんのために……) フーロンがやっと顔を上げた。深い色の瞳がジョウイに向けられる。 (戻る事が出来ないから、せめて出来る事をしたんだよ……) 「……やっぱり君達はずるい……」 (どうしてだい?) ぽつんと言ったフーロンにジョウイは聞いた。 「君達は僕達のために色んな事をするくせに、僕らには君達のために何もやらせてくれない。」 そう言ってジョウイに向かって手を伸ばした。触れることなくジョウイに触れる。 「ものすごく、ずるい……」 (気付いてないだけだよ。) ジョウイは静かに微笑んだ。 (君達はいつだって信じられないくらい大切なものをくれたんだ……) フーロンは少し拗ねた顔になった。 「覚えがないよ……子供扱いしてごまかすつもりだろう?」 いつもの調子を取り戻し始めたフーロンにジョウイもいつもの笑顔を浮かべた。 (そんなつもりはないよ。フーロン?) 「うん……ちゃんと言うよ。ちゃんと伝える。」 フーロンは照れくさそうに少し笑った。 夕食は和やかに進んだ。久しぶりの客人にグレミオは腕を振るったし、フーロンは料理に興味があるらしく色んなことをグレミオに聞いていた。 「おかしいな、グレミオさんと作り方は変わらない筈なんだけど、何で味がこんなに違うんだろう?」 グレミオ特製のシチューを食べながらしきりに首を傾げるフーロンにグレミオは嬉しそうに笑っている。 「今日は特に出来がいいんですよ。」 「そうなんですか?でもいいなぁロウヤ−さん。いつもこんなに美味しいもの食べてて。」 「いいだろう。」 シチューを食べながら平然と言ったロウヤ−にグレミオが驚いたような目を向けた。 「坊ちゃん、美味しいと思っててくれたんですか?」 「まずかったらそもそも食べない。」 悠然と食事を続けながらロウヤ−が返事をする。 「何てことを!坊ちゃん、我侭になりましたね、昔はそんなことなかったのに。グレミオは悲しいですよ。」 「何を急に子供扱いしてるんだよ。」 口喧嘩のようでありながらどこか穏やかな二人のやり取りをフーロンはクスクス笑いながら聞いている。 「何がおかしい。」 わざとむっとしたようにフーロンに絡みながらロウヤ−はどこかで安堵していた。デュナン湖のほとりで新しい国のために働いていたフーロンは、食事はきちんと摂っていたようだがその様子はそれが義務だから食べている、そんな様子だった。 食事を美味しいと感じることができる、それをいいことだと思うことができる。そんな当たり前のことすら失っていた頃のフーロンの様子から考えると今の元気な様子は奇跡のように思えた。 「おいしいと思ってたならちゃんと言わないと。作るほうは張り合いがないですよ、それじゃぁ」 「そうですよねぇ」 ロウヤ−の目の前ではグレミオとフーロン−の二人がまるで同盟でも組んだかのように頷き合っている。 「はい、はい。どうせ僕は配慮が足りませんよ。」 馴れ合いの会話を楽しみながら、それでも何故フーロンがあの国を捨てたのか、何故立ち直ることが出来たのか、何故ここを訪ねてくる気になったのか、それを疑問に思っている自分をロウヤーは感じていた。 「それで?どうして急にここを訪ねる気になったんだい?」 食事を終えて話をしながら食後のお茶を楽しんでいるときに何気ない風を装いながらロウヤ−は切り出した。フーロンは一瞬ギクリとした顔をしたが、どこか覚悟を決めていたのだろう、俯いて何回か瞬きをした後ぽつんと口を開いた。 「お礼を言いに来ました……」 「お礼?」 訝しげな声を上げるロウヤ−の方をフーロンはちらりと見た。 「……とても心配をしてもらっていたようなので……」 「それはしていたけれども……それは僕だけではないよ?気付いてただろう?」 「それはそうなんですが……」 そこまで言ってまたフーロンはまた俯いてしまった。言葉を探しているらしい様子のフーロンをロウヤ−は黙って見ている。 「ロウヤ−さんのおかげで僕は取り戻したものがあって……それは他の誰にも多分出来ない事で……」 どうもわざと遠回しに言おうとしているらしいフーロンにロウヤ−は軽く眉を上げた。 「はっきり言いなさい、はっきり。僕が君に何をしたって?」 フーロンは困ったように顔を上げた。まるで誰かに助けを求めるかのように瞳が動いたが観念したかのように目を閉じた。それでもまだ言葉を探すかのように僅かに首をかしげ考えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。 「多分、ロウヤ−さんのおかげで僕はジョウイを……ジョウイだけは取り戻すことができたんです。」 「……は? 」 訳がわからないといった顔をしたロウヤ−をフーロンは困ったように見た。グレミオも鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。 「口で説明するより会ってもらった方が早いですよね、多分……」 そう言って口を開きかけたフーロンが急に固まった。何度も瞬きを繰り返し何か考え込んでいる。 「……フーロン? 」 「あの……すみません。いいって言うまで目を閉じていてもらえますか?」 フーロンの言葉にグレミオとロウヤ−は顔を見合わせた。その後黙って目を閉じて見せる。 「……ジョウイ? 」 ひっそりとした声が聞こえた。それに応えるように澄んだ音が微かに聞こえる。透明な力が部屋の中に集まってくるのを感じてロウヤ−はこっそりと薄目を開けた。 銀色の光が集まっていた。澄んだ不思議な音を立てて集まったそれは目の前で人の形を作ってゆく。淡い人の影がゆっくりと目を開いた。夜が去り、朝が来る僅かの間に空が映す美しい色の瞳をしていた。 フーロンが嬉しそうに微笑むのが見える。 (フーロン? ) 影がからかうように声をかける。少しばつが悪そうにフーロンが肩をすくめた。それから何かに気付いたかのように慌てて相手に近づくと、さっきジョウイを呼んだときより更に小さな声でこう言ったのが聞こえた。 「服!服着て、服!」 微かな澄んだ音がまた聞こえる。それを聞きながら何とか笑いを堪え、無表情を装いつつロウヤ−はもう一度固く目を閉じた。 「すみません、ありがとうございます。もういいです。」 少ししてフーロンの声が聞こえた。 その言葉に目を開くと美しい少年の影がフーロンに寄り添うように立っていた。 「ジョウイです。お二方は初めて会うと思うけど……」 ジョウイが二人に向かって小さく会釈をする。 「君が……ジョウイ君……」 会うのは確かに初めてだった。しかし、姿は知っていた。ハイランド最後の皇王。黒い刃の紋章の継承者。そしてフーロンの大切な大切な親友。 「……でも……どうやって?」 呆然と聞くロウヤ−の耳にフーロンが軽く息を吸い込むのが聞こえた。 「ジョウイは紋章の中で……始まりの紋章の中で眠っていたんです。」 どこか躊躇いながらフーロンが答えるのが聞こえる。 「星の力がとても強くなる時があるそうです。ジョウイを起こして、その星の力を使って紋章から出る方法を教えてくれた人がいるんです。」 「誰だい?」 無意識に聞き返していた。けれど答えは分かっているような気がした。 「テッドという人だそうです。」 ロウヤ−はジョウイに向けていた目をゆっくりとフーロンに向けた。フーロンは俯いて固く目を閉じていた。ふいにロウヤ−の視界に透明な手が入ってくる。その手はフーロンの固く握り締められた左手の方に伸び、触れるか触れないかの位置で止まった。その気配に気付いたかのようにフーロンが目を開き、手の持ち主の方を見る。 ジョウイがまるで大丈夫だよ、と言うように微かに微笑んで頷いた。 フーロンが顔を上げてロウヤーを真っ直ぐに見る。 「ロウヤ−さんがとても心配してるから、僕が壊れてしまうって心配してるから、戻ってあげなって、そう言ったそうです。」 またフーロンの瞳が揺れた。俯きそうになり、自分を奮い立たせるようにもう一度顔を上げる。 「ジョウイは戻れるから。自分は……テッドさんはどうしてもソウルイーターに引き戻されてしまうけどジョウイは違うから。起きて僕のそばに行けって、そう言ってくれたそうです。」 そこまで言ってまるで力尽きたかのようにフーロンはまた俯いた。 「それで……テッドさんがジョウイを起こしてくれたのはロウヤ−さんが心配してくれたからだから……お礼を言わなきゃって……そう思って……」 「何をそんなにビクついてるかな。」 苦笑を含んだロウヤ−の声にフーロンは顔を上げた。 「相変わらずお節介というか、お人好しというか……あいつも変わらないんだねぇ。」 わざとあきれたように手袋をした右手に向かって溜息をつく。それからフーロンとジョウイの方を見た。 「来てくれてありがとう。」 優しい、ふんわりとした微笑がロウヤ−の顔に浮かぶ。 「教えてくれてありがとう。」 その言葉にフーロンは今にも泣き出しそうな目になり、ぺこりと頭を下げた。 夜半、ロウヤ−は一人で窓から外を眺めていた。 あの後、グレミオも交えて四人で少し話をした。他愛もないことばかりだ。からかうつもりで何故ジョウイを呼ぶとき目を閉じるように言ったのか聞いたらフーロンもジョウイも同時に首まで赤くなった。その様子に声を立てて笑ったロウヤ−をグレミオが「人が悪いですよ」と笑いを含んだ声でたしなめた。どうやらグレミオも薄目をあけてジョウイが現れる様を見ていたらしい。そのことに気付いたらしいフーロンが赤い顔のまま二人を睨みつけた。その様子にロウヤ−はまた声を立てて笑った。 その後、それぞれの部屋に引き上げた。フーロンは影のようなジョウイと連れ立って部屋に入っていった。その様子を見送ってから振り返るとグレミオが心配そうにこちらを見ていた。 「今日は久しぶりに一人で休むよ。」 グレミオを安心させるように微笑んでからそう言うと、グレミオは更に困ったような心配そうな顔になった。 「……そうですか?では……おやすみなさい、坊ちゃん。」 それでもグレミオはそう言うと自室へ引き上げて行った。それからロウヤーも自室へ引き上げ、眠るでもなく外を眺めている。 月のない空に星が明るく輝いている。 「……今日の星はそんなに強くないってか?」 誰に言うともなく、ポツリとロウヤ−は呟いた。右手の甲をコツンと窓の桟にぶつける。 「まぁ、らしいと言えばこの上なく’らしい’けど・・・・・・」 まるでノックでもするかのように更に二度ほど甲で窓の桟をたたく。 「顔くらい見せてもバチは当たらなかったと思うぞ……」 それからまたしばらく無言で外に目を向けていた。 またコツンと窓の桟を叩く。 「次の機会には顔くらい見せろよな……」 そう言ってそのまま窓に寄りかかる。 「僕もまぁ、取りあえず300年はこれ以上無様な姿は見せずにやってみせるさ……」 そう言って目を閉じた。 夕方見た夢の続きを見るために。 日が暮れるのも気付かずにテッドと走り回った草原の夢。 知っていたよ 気付いていたよ わかっていたよ そこにいることは…… |
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Fin
リクエスト内容:「精霊ジョウイ」続編、坊ちゃんにお礼を言いに行く話 |
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