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何もいらない ほしいものは ひとつだけ 城の最上階に続く階段をシエラは一人昇っていた。城主たる少年の部屋の前を抜け、屋上へ続く階段を昇る。本来なら夜間は人が通ることなど出来ないのだが、夜の帳が降りている間『夜の一族』の始祖たるシエラを留めることの出来る者など、この世にはいない。 狭い階段を抜け屋上に出ると夜風が髪や服の裾を嬲った。纏わりつく風を受け流しながら、シエラはひっそりと、けれど何処か毅然と夜の闇の中に立つ。屋根の片隅でこの城の守護獣のように思われているフェザーがうっそりと顔を上げシエラを見ていた。 「おんしの友人はもうここへは来ぬのか?フェザーよ・・・」 月を見上げながらのシエラの問い掛けにフェザーは悲しげな唸り声を上げた。 「そうか・・・・・」 フェザーの言葉が分かっているのか、シエラは静かに呟くと視線を湖の方に向けた。月光が箱庭の様に美しい景観を静かに照らしている。 「世界に比べれば確かにそれは小さな犠牲・・・なれど・・・・」 何故おんしらが始めたことの後始末を人の子がせねばならぬ、始まりの紋章よ・・・ シエラはそう心の中で言葉を続けた。 彼女が人の世に留まっている理由は二つ。 一つは滅びてしまった『蒼き月の村』に一人帰るのが辛かったこと。今少し人の世の温もりの中で孤独を癒したかった。 そしてもう一つはその身に『始まりの紋章』を宿した少年の行く末が気になったこと。 最後のルルノイエの城の攻略の後、都市同盟の旗頭だった少年は僅かの間行方をくらましていた。このまま戻らないかとも思っていたが、少しして『始まりの紋章』を宿してノースウィンドに戻った少年の暗い瞳を見たとき (あやつは長くは保たぬ・・・・・・) そう思った。真なる紋章をその身に宿すということは時間の束縛からの解放を意味する。老いを知らず、紋章を宿したその時のままの姿で生きてゆく。しかしそれは『不死』を約束するものではない。「月の紋章」に呪われたシエラはいざしらず、他の者に与えられた『不死』は不老によるものだ。 だから命を落とすこともある。 それは不慮の事故であったり病であったり色々だ。孤独の重さに耐えきれず自ら命を断った者もいる。時を越えて生きると言うのは辛いことだ。自分の愛しい者たちが次々と手をすり抜けて、自分一人をおいて逝ってしまう。この悲しみと痛みは800年生きてきたシエラも未だに慣れることが出来ない。いつか耐えられるようにはなったが。 少年がその右手に『始まりの紋章』を宿したとき既に彼のその手には愛しいものなど何一つ残ってはいなかった。空虚な闇を映した瞳で少年は新しく生まれた国の為に日々を過ごしていた。 (おんしが安らぎを求めて旅立っても誰も咎めはせぬ。フーロンよ、おんしは何故この地に留まっている?) 月の光を浴びながらシエラは幾多の血と涙の末に出来た美しい景色を見渡していた。 どのくらいそうしていたのか、ふいにフェザーが訝しげに顔を上げる。シエラも何か違和感を感じて空を見上げた。 美しい星々と真円の月が地上を見下ろしている。シエラは目を細めて月を見上げた。違和感は徐々に大きくなる。その違和感に呼応するようにシエラに宿る「月の紋章」が騒めき始めた。 「何が起きようとしておる・・・・?」 呟いたシエラの言葉と同時に強い風が湖の上を駆け抜け、月と星の作る蒼い光が一瞬凍りついた。 ジョウイは暖かい闇の中を半ば眠るように漂っていた。天山の峠、あの約束の地でフーロンに自分の命を渡した後、気がつくとこの闇の中にいた。 (ここは何処なんだろう?) 時々うっとりと考える。けれどこの闇のあまりの心地よさにすぐに思考は止まってしまう。それでもジョウイが完全に眠ってしまわないのは、このやさしく暖かい闇に常に漂う痛いような悲しみの空気のためだった。 (ここはこんなに心地いいのに・・・何故こんなに悲しい空気が流れてるんだろう・・・?) ぼんやりとそんなことを考えながら漂っていると誰かに呼ばれたような気がした。閉じていた瞳をゆっくりと開く。 (あぁ、やっと起きた。寝起きが悪いにもほどがあるよ) 見知らぬ少年が笑いかける。 (そんなに時間はないのに・・・) (時間・・・・?君はいったい・・・・) (テッド・・・・・普段はソウルイーターの中にいるんだ・・・) (ソウルイーター?) ジョウイは身体を起こした。聞いた事があるような気がした。 (確か・・・・27の真の紋章のひとつの・・・・紋章の中?) (そう、君が『始まりの紋章』の中にいるように僕はソウルイーターの中にいるんだ。いつもはね。) (・・・え?) ジョウイは思わず辺りを見渡した。ではこの暖かくやさしく、そして悲しい場所は『始まりの紋章』の中ななのか。 (気づいてなかったのか・・・まぁ君と僕とじゃ事情が違うからな・・・) (事情?) (うん・・・・僕はソウルイーターに喰われたんだけど・・・・君は・・君達は・・・) テッドはそう言うと少し悲しげな顔をした。 (喰われたって・・・) (まぁいいや、真の紋章がロクでもないもんだって事はとうに知ってたしさ) 無理やり笑顔を作るとテッドはジョウイの目の中を覗き込んだ。テッドの瞳は悪戯っ子のような、それでいて深い色をしていた。それはジョウイにとって何処か懐かしい色で切なくて僅かに胸が痛んだ。 (とにかく用件を済ませなきゃ、時間がないんだ。君をここから出してあげる。) (さっきから何を言ってるんです?時間がないって?) (聞いて、僕はソウルイーターに喰われてから一度だけあの中から解放されたことがある。) (解放?) (そうソウルイーターの継承者に危険が迫ったとき、その真の力を解放するために今まで喰らった魂を一度だけ解放したんだ。) (それが一体・・・・) ジョウイは戸惑った声を上げた。 (君にも僕と同じようにそのチャンスが一度だけあるんだ、方法は僕の時と違うけど。) (チャンス?) (そう、しかも君の場合運が良ければそのままここから解放される。『始まりの紋章』は魂を喰らっておく必要はないからね。) (ま、待ってください!) ジョウイは勢い込んで話すテッドを言葉を遮った。状況が全く見えない。テッドが自分をここから出そうとしていることは分かる。方法はわからないが一度だけ可能な方法らしい。しかし何の為に自分をここから出そうとするのかが分からなかった。ジョウイは望んでここに来たのだ。 (時間がないんだってば。これは星の力が強くなるときだけの奇跡なんだ。あれはもともとは『剣』と『盾』が生み出した火花だから。ときどきとんでもなく強い力を放つんだけど、やっぱり凄く短い間なんだ) (だから僕はここを出るつもりは!) (ゴタクは聞かない) テッドがきつい目で言った。両手でジョウイの肩を掴み、一言一言を区切るように強く言った。 (ここを出てフーロン君の側に行くんだ。彼一人に重荷を背負わせるな。星の力を借りれば今ならここから出られる。僕がここに来ることが出来るくらい強い力を星は放ってるから。滅多にないんだ、ここまで強いことは。) (だから待ってください!一体どうして!) (ロウヤーが・・・僕の親友がフーロン君のことを凄く心配してるんだ。このままだと壊れてしまうって) (壊れる?ロウヤーって・・・) (ロウヤー・マクドール。300年生きてきた僕の初めての、たった一人の親友) 切ない響きがその言葉にはあった。ジョウイの肩を掴んだままテッドは俯いた。 (たった一人の親友に僕は酷い運命を押し付けた・・・後悔はしてない、他に道はなかったから・・でも) 言葉もなくテッドを見つめるジョウイの目をもう一度テッドは覗き込んだ。 (僕にはできない。今は星の力で自由だけどまた必ずソウルイーターに引き戻される。あいつの側に行きたくても行けないんだ!でも君なら戻れる。身体は・・・もう戻らないけど・・・) (でも・・・) (まだゴチャゴチャ言うのか?!) テッドはカッとしたように叫んだ。右手で虚空を指さす。 (見てみろよ!今フーロン君がどんな風か見てみろっ!もう起きたんだから見られるはずだ!) 言われてテッドが指さす方に目を向ける。闇が水鏡のように揺れ、そこにだけ明るくなり影のようなものが映った。 (フーロン?!) そこにはジョウイの親友の姿が映っていた。人々に囲まれて微笑んで、けれど闇だけを映した虚ろな瞳をしていた。永遠の命を得たはずのその姿は消え入る寸前のロウソクの炎を思わせた。 (フーロン!どうして?!) (彼にはもう・・・彼自身が何よりも大切だったものは一つも残ってないんだ。) 悲痛な声で叫ぶジョウイにテッドが静かに言った。 (ロウヤーにはそれでも例え一時だとしても、グレミオさんが戻った。でもフーロン君は何も持たないまま、ああやって生きてる。約束を守るためだけに・・・) ジョウイは思わず振り返った。テッドが静かにジョウイを見ている。 この平穏を守る番人になってくれ。 それがジョウイが最期にフーロンに告げた言葉だった。 (どうしたらいいんです?!どうしたら?!) (帰ってあげな、せめて心だけでも・・・・それが出来るんだから。) (だからどうやって?!) (ただ望めばいいよ。) テッドがふんわりと笑う。 (そうすれば勝手に星の力が集まるから。) 何を望めばいいんだろうと思った。どう望めばいいのだろう?ただジョウイに分かっているのは一つだけ。 フーロンにあんな瞳をさせていてはいけない。そのために出来ることなら何でもする。あの日、都市同盟を裏切りアナベルを刺したように。 そう考えた次の瞬間、ジョウイの周りに銀色の光が集まりだした。幾重にも重なり視界をも銀色に染めてゆく。光の向こうにテッドの微笑が見えなくなってもまだ光は強くなるばかりだった。暖かかった周りの空気がひんやりしたものに変わってゆく。眩しさに目を閉じたとき不意に今までと違うものを感じた。それはジョウイを包み込んだ銀色の光と違い、ジョウイに纏わり付くようにしながらジョウイの中を満たしてゆく。 (・・・あれ?これは一体?) 光の向こうからテッドの戸惑ったような声が聞こえた。僅かの間のあと、拗ねたような苦笑を帯びた声が聞こえてくる。 (なんかずるいよなぁ・・・・月まで力を貸すなんて・・・なんでそんなに味方が多いんだろう?) その言葉を最後にジョウイには何も聞こえなくなった。 執務の全てが終ったのは真夜中近くだった。フーロンは部屋に戻る途中屋上に続く階段で寝ほうけている見張りを見て、一瞬屋上に行ってみようかと思ったが結局真っ直ぐ部屋に入る。 拗ねて見せても怒ってくれる人はもう、一人もいない。困ったような顔でどうしたのかと問う人ばかりだった。なら屋上に行っても意味はない。明かりもつけないまま、上着を脱ぎ捨て窓辺に寄る。 月明かりが青白く湖を照らしていた。 「・・・・・綺麗だな・・・・・・・」 呟いて窓を開けた。何を見ても心は動かない。綺麗だと、そう思うのにそれだけだった。 「・・・・まだ・・・大丈夫・・・・」 月を見ながらそう自分に言い聞かせる。心は動かなくても綺麗なものは綺麗だと分かるから、心配してくれてる人の心の痛みは分かるから。例えその全てをまるで絵物語のようにどこか遠くから見ていたとしても。 (明日の記念式典は・・・・出席なさいますか?) 戸惑いがちのシュウの声が耳に蘇った。明日はフーロンが正式にこの国のリーダーになりデュナン地方に一つの国が出来た幾度目かの記念の日だった。 (出ますよ?どうして今年に限ってそんな事を聞くんです?) そう聞き返したときのシュウの何とも複雑な表情も蘇る。 (あれはちょっと意地が悪かったかな・・・・) フーロンはぼんやりと外を見ながら思った。周り中の人間が自分を心配していることは分かっている。食事も身体の鍛練も欠かしていないのに自分の中の生きる力の様なものが失われつつあることにはフーロン自身が気づいていた。 (真の紋章の力も万全じゃないわけだ・・・・) 自分に宿る『始まりの紋章』を見ながら思う。このまま逝ってしまうのも悪くないとは思いながら、それでも今はまだ死ねないとも思う。ジョウイとの約束。まだこの地に訪れた平穏は本当のものではない。 「ジョウイ、君はズルイよ・・・・面倒なことは全部僕に押し付けて逝ったね・・・?」 そう声に出して呟いたとき湖面を強い風が駆け抜け、フーロンが立っていた窓辺のカーテンを揺らした。思いの外強い風に思わず目を閉じ、風を避けるように腕を上げる。 「今のはいった・・?!」 風が去った後、呆然と呟きかけたフーロンはギクリとして後ろを振り返った。部屋の中央に金と銀の光が集まっていた。それは微かに澄んだ音を立てながら何かを形作ってゆく。 息をのみ、目を見開いて見つめるフーロンの目の前でそれは人の形になった。淡い燐光を放ちながら僅かに浮いている。何かの残渣のように身体の周りを取り巻いていた銀色の光が消えるとその人は目を開いた。 懐かしい、青灰色の瞳。 (フーロン・・・・) 懐かしい声で名前を呼ばれた瞬間、フーロンは声を上げて笑いだしていた。涙を流しながら、何かを嘲笑するように、ただ笑う。 (フーロン?) 予想外のフーロンの反応にジョウイは戸惑った声を上げた。何を笑っているのか、何故あんなに辛そうに笑うのか。 息が切れるまで笑ったあと、フーロンはその瞳をジョウイに向けた。『始まりの紋章』の中で見たのとは違う、痛々しい色の瞳。 「全然大丈夫じゃないみたいだ、ついに狂ったらしい。」 窓に寄り掛かり、涙を流しながら自分自身を嘲笑う笑みをその顔に浮かべ、フーロンはジョウイを見つめながら言った。 「幻が見える・・・・」 (フーロン!違うっ!) 「凄いや、声まで聞こえる。僕って案外脆かったんだな、もう少しはもつと思ってたんだけど・・・」 (フーロン!!) 「死ぬ前に狂うとは思わなかった・・・だけど思ったよりいいもんだな・・・」 (フーロン!違う!聞いて!!) 目の前にいるのに、声が届いているはずなのにまるでジョウイの声が聞こえないかのようなフーロンに思わず焦れた声を上げた。そんなジョウイに構わずにフーロンは窓から離れるとジョウイに近づいた。僅かに浮いているジョウイの頬に手を伸ばす。 「また君に会えた・・・」 差し出されたフーロンの手に思わず身体を竦め目を閉じた。今ここにいる自分の身体は幻のようにフーロンの手をすり抜けさせるはずだ。何もその手に触れなければフーロンは本当に自分が狂ったと思うだろう。フーロンを救う為にここに戻ったのにそれでは逆効果だ。 「・・・冷たいね・・・・・」 その言葉に思わず閉じていた目を開く。自分の頬にフーロンの手の温もりを感じた。驚いて自分の手をフーロンの手に重ねる。 (どうして触れるんだろう?身体は戻らないって言ってたのに・・・) フーロンの手の温もりを自分の掌にも感じて戸惑った声を上げた。 「何を言ってるんだい?でも、どうでもいいや、もう一度君に会えたら試したいことがあったんだ・・」 (フーロン?) 「あの時、冷たくなった君はいくら抱きしめても、いくらキスしても、もう温かくならなかった・・・」 そう言うなりフーロンはジョウイの身体を引き寄せる。 「後から思ったんだ・・・・それ以上のことをすれば、僕の温もりを全部あげれば君は生き返ったんじゃないかなって・・・」 (フーロン?何を言って・・・) 「試してみてもいいよね?例え幻相手でも。もう狂ったんだから・・・」 (フーロン!ちがっ・・・・) 言いかけたジョウイの唇をフーロンの唇が塞ぐ。そのまま二人はベッドに倒れ込んだ。 朝、フーロンは一人ベッドで目覚めて苦笑した。服を来ていないうえに下半身はとても人様に見せられる状態ではない。見せるつもりは毛頭ないが。 「・・・・夢だよな・・・・やっぱり・・・・・」 そう呟きながらベッドを出て取り敢えず上着だけを羽織る。 「でも・・・悪い夢じゃなかった・・・夢でも君に会えるんなら・・・ジョウイ・・・」 その時、微かな澄んだ音が聞こえフーロンはギクリとして音のした方を見た。朝の光の中で銀色の光の雫を纏いながらジョウイの姿が現れていた。 (別段、君は狂ったわけじゃないからね・・・・) 声もなく自分を見つめるフーロンにジョウイは困ったように言った。そのまま滑るようにフーロンに近づき髪に触れようとして手を止める。朝に光の中では自分の手を通してフーロンの髪が透けて見えた。多分、触れる事は出来ないだろう。そう思う、とどうやって案外頑固なこの親友に自分が戻った事を信じさせようと途方にくれた。 けれど途方に暮れているジョウイにフーロンの方が手を伸ばした。案の定、伸ばされた手はジョウイの身体を突き抜ける。驚いたように手を引っ込めたあと、フーロンは恐る恐るもう一度手を伸ばした。今度はジョウイに触れるか触れないかの位置で止まる。まるで何かを確認するかのように動かされる手にジョウイは自分の胸元に目をやった。 そこには昨日フーロンにつけられた痕があった。思わず赤くなる。 (・・・・昨日はいきなり、あんなことをされるとは思わなかったよ・・・・・・) 赤くなりながらフーロンを睨みつける。そんなジョウイをじっと見つめていたフーロンはまた笑いだした。昨晩同様のどこか痛々しい笑い声。 (フーロン?) どんどん大きくなる笑い声にジョウイはまた戸惑った声を上げた。 「・・・やっぱり・・・・狂ったんだ・・・・」 (フーロン!違うってば!) 切れ切れに言うのが聞こえ、思わずジョウイが言ったとき甲高い悲鳴が聞こえた。思わずフーロンとジョウイが悲鳴の方を見ると、扉が開いていてメイド姿の娘が顔を覆って悲鳴を上げていた。僅かに戸惑う様子を見せたあとフーロンは娘の方に近づいてゆく。 「どうしたんです?」 フーロンが声をかけても娘は暫く悲鳴を上げ続けていたが、やがて恐る恐る顔を上げフーロンを見た。 「い・・・今、幽霊が・・・・幽霊が・・・・フーロン様を・・・・」 その言葉にフーロンは一瞬振り向こうとしたが、思いとどまり娘に微笑みかける。 「こんな朝っぱらから幽霊は出ないでしょう?目の錯覚ですよ。」 「でもっ!」 何か言い募ろうとする娘にフーロンは柔らかく言った。 「記念式典が近づいて忙しかったから疲れたんでしょう。今日は僕の世話はいいですから休んでください。」 その言葉に娘は部屋の中を見渡してからもう一度フーロンを見た。 「錯覚?」 「えぇ・・・ね?僕、着替えの最中ですし・・・・・」 その言葉に改めてフーロンを見た娘は赤面した後、慌てて部屋を出ていった。扉を閉めて振り返るとジョウイがベッドの陰から顔を出した。お互い黙って見つめあう。 (・・・・だから・・・君は狂ってないんだってば・・・・) 小さな声で言うジョウイにフーロンは無言で近づいた。そのままジョウイの側に膝をつく。 (フーロン?) 「やっぱり・・・・狂ったんだ・・・・」 (フーロンっ!!頑固にも程が・・・・!) 「狂ったんならいいよね?君との約束を守って、ここにいなくてもいいよね?」 (フーロン?) 「もう・・・・・君が死んだことを祝う祭典になんか出なくてもいいよね・・・・・?」 ジョウイはまじまじとフーロンを見た。その不思議な深い色の瞳は、自分の言っていることを理解している者の目だった。 (・・・うん・・・・もう、いいよ・・・・ここから離れて自由になろうよ・・・・・) ジョウイは触れることのできないフーロンを抱きしめるようにして言った。腕のなかで微かに頷く気配だけを感じることが出来た。 夜になり、記念式典で賑わう城下町の人の群に逆らうように歩く小柄な姿があった。マントを目深にかぶり、人を避けながら足早に進んでゆく。 そのまま足早に歩き続けノースウィンドが見えなくなるころになり、その人物はようやく足を止めた。顔を上げ、その大きな不思議な色の光を湛えた瞳で月を見上げる。 「・・・・・ジョウイ?」 その声に応えるように微かに澄んだ音がして蒼白い光が集まり始める。月光がジョウイの身体を織り上げてゆく。淡い燐光を放ちながらジョウイがその青灰色の瞳を開くとフーロンが手を差し出した。その手に触れると僅かに空に浮いていたジョウイはふんわりと地面に降り立つ。ジョウイの身体に纏わりついていた光が集まり服を形作った。 「あ、今度は服を着てる・・・・」 (・・・・・馬鹿!) 赤くなって言うジョウイにフーロンは笑いかけた。 「何処に行きたい?」 (何処でも。フーロンは何処に行くつもりだったんだい?) 「・・・・うん・・・・南に行こうか・・・・・・」 (南?) 「夜でも温かい、そんな場所・・・・・・」 (いいね・・・・) そのまま二人は夜の中を歩きだして行った。 |
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Fin
「PINX page」のももこさんに差し上げた物 |
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