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| ベール越しに賑わった会場の様子が見える。横に座った若者は硬直していて、自分の横に座っている花嫁の正体に気づく様子はない。この村の慣習で花婿も顔を隠す仮面をしているが、それでも真っ赤になった耳が彼の緊張を物語っている。 ため息をついて前に視線を向けると、花嫁の友人らしい少女達が口々に「よかったね!」「おめでとう!」と言いながら笑いかけてくる。それに曖昧に頷き返しながら、幾重にも重ねられたベールの下でジョウイは深いため息をついた。 (……何だってこんなコトするハメになったんだろう………) そう心の中で呟きながら事の発端を思い返していた。 いつも通りの道中だった。冬の気配を含んだ風は少し冷たかったけれど、道中をかなりのハイペースで歩く三人にはむしろ心地よく、まるでハイキングをするように少しはしゃぎながら歩いていた。色づいた木々のアーチを抜け、その日泊まる予定の村が一望出来る丘にたどり着いた時、ナナミが首を傾げた。 「どうしたんだい? 」 「あっちの方で人の泣き声がしない? 」 「え? 」 言われて耳を澄ますと、確かに人の声がする。 「………泣き声って言うか、なんか駄々こねてる声に聞こえるんだけど……」 フーロンが首を傾げながら呟いている。 「行ってみようよ。誰か困ってるのかもしれないよ? 」 ナナミが言うのにフーロンとジョウイは顔を見合わせた。この森に人に害をなすモンスターが居るとは聞いたことがないし、二人ともそんなに疲れてはいないが今日はさっさと宿に入ってゆっくりしたい。実は野宿が続いているのだ。二人の煮え切らない様子にナナミがじれた声を出した。 「行かないの? 」 「……女の人の泣き声で獲物を呼び寄せるモンスターもいたと思うんだけど……」 「え?そんなの滅多にいないよぉ。」 フーロンがそう言うとナナミはあっさりと答えた。フーロンがジョウイの方を見ると、ジョウイが少し考えるような顔をしている。 「……女の人の泣き声って言ったらやっぱりゆうれ……」 「そ、そんなの昼間は出ないもん!」 今度は最後まで言わせなかった。ナナミはお化けが心底苦手だ。けれどこれで逆に意地になったらしかった。 「二人とも、なんでそんなに行きたくないの?! 」 「面倒臭いから……って! 」 極く正直に言ったフーロンがナナミに殴られている。 「ジョウイもフーロンと同じ理由?! 」 「……いえ、僕は行かないとは言ってません。行きます、ハイ。」 キっと振り返ったナナミに向かって苦笑交じりにジョウイは言った。横でフーロンが「裏切り者」と小さな声で呟いている。それでもナナミが行く気になっているのなら止められないと思ったのだろう、ナナミに殴られたところをさすりながら泣き声の方に歩き出した。 茂みをかき分けて少し進むと、すぐに開けた場所に出た。ちょうどジョウイの二倍程の高さの崖があり、その真ん中に暗い洞窟の入口がぽっかりと口を開いている。その入口の所で若者が一人へたり込んでおり、その若者の腕をひっぱって一人の娘が半泣で何か言っている。 「だってこの奥の『祝福の花』を取って来ないと誰も認めてくれないよぉ。」 「でもあんなモンスターがいるなんて………」 二人のやり取りを聞くともなく聞いていた三人は顔を見合わせた。どうしようか、とフーロンが口に出して言うより早くナナミが二人に近寄って声を掛けていた。 「どうかしたの? 」 ナナミに声を掛けられて初めて気がついたらしく、二人は驚いたように振り返った。少しの間、黙って三人を見ていたが勝ち気な性格らしい娘の方が少しけんか腰に返事をした。 「あんた達、誰? 」 「私はナナミ。あっちは義弟のフーロン。で、友達のジョウイ。三人で旅をしてるんだよ。どうしたの?何かあったの?モンスターがどうとかって聞こえたけど。」 ナナミの言葉に若者と娘は顔を見合わせた。無言の鍔迫り合いがあり、若者が娘に負けたらしくため息をついて俯いた。その若者に向かって娘は一つ大きく頷くとナナミの方に向き直って機関銃のように喋りだした。 この二人は許嫁同士なのだそうだ。本当なら当の昔に結婚していたはずなのだが、この村には妙な習慣があり、三つの贈り物を花嫁に用意しなければならない。幸運を呼ぶという青水晶を使った指輪。生まれた子供を守ると伝えられる碧玉の鈴。そして新たな家族の始まりを祝福すると伝えられる深紅の祝福の花。これらを手に入れるのは簡単そうでいて実はそうではない。青水晶は脆くて細工に向かず、宝石細工師はまず使わないから自分で工夫して細工するしかないし、碧玉は硬すぎて鈴の形に彫るのに根気がいる。そして祝福の花は、年中咲いているけれど、深くて暗い洞窟の最奥だ。それぞれに知恵と根気と、そして勇気がいる。で、この若者、知恵と根気は人よりあるが、勇気、と言うか荒事が一切駄目で、何度トライしても花の咲いているところまでたどり着けないらしい。何度も途中で昏倒してるのを娘が担いで戻ったそうだ。それで今度花を摘めなかったら、この話しはなかったことにしろと言われたらしかった。 「あなたが自分で摘んじゃ駄目なの? 」 ナナミが聞くと娘は首を横に振った。 「何でか分かんないけど、摘むのが女だと色が抜けて白くなっちゃうの。必要なのは深紅の花なのよ。」 娘がそこまで言ったとき、フーロンが少し冷たい声で言った。 「もしかして僕らに代わりに取りに行けなんて言うんじゃないだろうね? 」 「代わりにって言うか……一緒に行ってくれないかなぁって……」 そう言って娘は上目遣いになった。と言っても実はフーロンより背が高い。 「人に手伝って貰っていいのなら、何で他の村の人に手伝ってもらわないのさ? 」 「それは……その………」 「本当は一人でやんなきゃいけないんじゃないの? 」 フーロンがさらに冷たく言うと娘は涙目になり、がしっとフーロンの手を掴んだ。 「お願い!私、この人以外の人は嫌なの! 」 「あのね……」 「村の宿屋に泊まるんでしょう?そこ、私の家よ、手伝ってくれたら一番良い部屋を提供するから!ね?ね?ね?」 「……まず最初に見ず知らずの人間にいきなり、そんな事を頼む事についてをだね……」 この言葉にフーロンを相手にしても埒が明かないと思ったのだろう、娘はフーロンの手を乱暴に放すと今度はジョウイの手を掴んで涙目で懇願している。 「お願い!私たちを助けて! 」 涙目で迫られてジョウイが困ったようにフーロンを見た。 「……別に一緒に洞窟に潜るくらい構わないと思うんだけど……」 ジョウイのこの言葉にフーロンは仏頂面になった。 「私もそう思うんだけど、何でフーロンそんなに嫌がってるの? 」 仏頂面のフーロンを横からつんつん突きながらナナミも聞いた。フーロンは仏頂面のまま暫く目の前の四人を見ていたがやがて深いため息をついた。 「……ずっと前にこれとよく似た事があったような気がしてるだけだよ。本当にもう、しょうのない。ほら、行くんならさっさと行くよ。でないと日が暮れる。」 そう言うとさっさと洞窟の中に入ってしまった。ジョウイはナナミと顔を見合わせた後、ちょっと困ったように肩をすくめた。 「ナナミはこの人とここで待ってて。ほら、行きましょう。あなたが行かないと意味がないんだから。」 そう言ってジョウイは、まだへたっていた若者に手を貸して立たせるとフーロンの後を追って洞窟の中に入ってゆく。残されたナナミと娘は顔を見合わせた。 「大丈夫かな?さっき入ったとき普段は見ないモンスターがいたんだけど……」 「モンスター?!どんなの? 」 「えっと、こんくらいの毛むくじゃらの奴。」 娘の身振り手振りを見てナナミは少し首を傾げた。 「モサモサかな?洞窟の中にいるなんて聞いたことないけど……でも平気だよ。フーロンもジョウイもそれなりに強いから。」 「そうなの? 」 「うん。」 それから二人は並んで腰を下ろすと、入口を眺めながら入っていった三人が出てくるのを待った。 洞窟の中は案外乾燥していた。白い砂がまるで引き詰められたように続いていて歩くたびにさくさくと軽い音を立てる。フーロンは後ろも見ずに歩いていたが、後に続く二人に気づいているらしく時折立ち止まって遅れがちな二人、ともすれば足が鈍る若者のせいだったが、を待っていた。 薄暗い中を若者が用意していたロウソクで小一時間も歩いただろうか、ふいに若者が「ぎゃっ」と叫んで転んだ。一瞬明かりが揺れ視界が暗くなり、フーロンもジョウイも何が起きたか判断できなかったが、若者は感心にもロウソクを放さなかったらしく、すぐに悲鳴の理由を知ることができた。 目の前に毛玉の集団がいる。 「………これ、モサモサかなぁ? 」 「かなぁ?でも銀色のモサモサなんて初めて見るよ。」 「うん……」 思わず呑気な会話をする二人の前で六匹のモサモサがわきゃわきゃと動いている。珍入者に驚いて、まるで相談でもするかのように額を寄せ合っていたモサモサは一斉に身体を震わせると二人に赤い目を向け、牙を剥いた。 「……なんか怒ってるみたいだけど、どうする? 」 フーロンが気のない様子でジョウイに聞いた。 「なんか可哀想なんだけど、この人、奥まで連れて行かなきゃいけないし……」 「じゃ、のしとこうか。」 フーロンはそう言うとトンファーを構えた。ジョウイも苦笑しながら棍を構える。そのまま二人は同時にモサモサの群れに突っ込んだ。若者が見ている前で数回トンファーと棍が閃いたかと思うと二人はもう元の位置に立っていた。地面には毛玉の様にモサモサが転がっている。 「死んじゃった? 」 ジョウイが苦笑しながら聞くと、フーロンは無言で転がっている毛玉を突いた。 「生きてるみたい。当分動かないとは思うけど、トドメ、さす? 」 「いいよ、そこまでしなくて。」 そう言うとジョウイは振り返って若者を見た。 「ほら、行きましょう……どうしました? 」 若者はジョウイの方を見ながら口をぱくぱくさせている。 「こ……」 「こ? 」 「腰が抜けて……」 その言葉にフーロンが呆れたように振り返った。 「あんたね………」 「しょうがないよ、普通の人はモサモサだって十分脅威なんだから……」 「でもどうするんだよ?この人が行かないと意味ないだろう?回復するの待ってると本当に日が暮れるよ?」 「………しょうがないよね? 」 フーロンは、その言外に含みを持たせたジョウイの言葉に今度はジョウイに向かって呆れた顔をした。 「モンスターがいるって分かってても何度もここに挑戦するのは十分に勇敢な行動だと思うよ?そういう事を知るための習慣なんだろう?」 重ねて言うジョウイにフーロンは今度は苦笑を浮かべた。 「助っ人を頼んでるのに? 」 「無謀じゃない証拠だよね? 」 フーロンは一つ、深いため息をつくと若者の方を見た。 「ロウソク、もう一本あります? 」 若者がカクカクと頷きながらもう一本のロウソクを差し出すと、フーロンはそれに火を移しジョウイを振り返った。 「どうする?君はこの人と待ってるかい? 」 「モサモサは当分起きないんだろう?」 フーロンの言葉にジョウイは笑いながら答えると、若者を見た。 「目的の場所はここからどれくらいですか? 」 「そ、そこの角を曲がって坂を少し降りた所です。」 「じゃあ、すぐ戻るんで待っててくださいね。」 ジョウイはそう言うとフーロンの顔を見た。フーロンは相変わらず苦笑いをしていたが、黙ってまた先に立って歩き出した。 気絶しているモサモサをよけ、若者に言われた通りに最初の角を曲がって坂を下るといきなり開けた場所に出た。 「へぇ……」 「これは……」 一面に深紅の花が咲き乱れていた。天井が高く、その何ヶ所かが外に通じているらしく、幾筋かの光の柱が柔らかく花の上に降りてきている。フーロンが足を進めかけて慌てて元の位置に戻った。見ると花のある辺りから極く浅い池の様に水が溜まっている。どうやら地下水が滲み出しているらしかった。 「これは……見物だね……」 「……うん……」 「少し見ていたいような気もするけど……あの人も待ってるしね。早く摘んで帰ろう。」 「………」 「フーロン? 」 返事がないのを不審に思って振り返ると、フーロンは少しむくれた顔でしゃがみ込んでいた。 「どうしたんだよ? 」 「………すこぉしばかり意地悪してもいいと思わないかい? 」 ジョウイの問いにフーロンがやはり少しむくれた声で答えた。 「何でだよ? 」 流石にジョウイが呆れた声を出すと「だってさ……」と口の中でぶつぶつ言い始めた。どうやら結果的にフーロンとジョウイが花を摘むことになったのが心底気に入らないらしい。「じゃあ何でここまで来たんだよ?」と言うとフーロンは上目遣いになった。 「ジョウイ、来る気になってたじゃないか。」 「それはね。一生懸命だし、可哀想だろう? 」 「君が摘む気になってるなら結果は一緒じゃないか。それなのにあそこで一人でごねたらまるで子供だろう?」 「今の君の態度は十分子供だよ。」 ジョウイが苦笑混じりに言うとフーロンは更に拗ねた顔をした。 「ほら、さっさと戻らないと入口でナナミも待ってるだろう? 」 「……最終的にその名前出せば良いと思ってるだろう? 」 「何がそんなに気に入らないんだよ。」 ジョウイが言うとフーロンは更に拗ねた顔をして黙り込んだ。 「フーロン? 」 「……だから前に!似たようなことがあったの!その時も女の子の方が積極的で、色々振り回されたんだよ。何となくその時の事を思い出して嫌だっただけっ!」 フーロンは大きな声でそう言って立ち上がると、花の中にばしゃばしゃ入っていって乱暴に花をぶちぶち摘んでいる。 「そんな摘み方じゃ花が可哀想だよ。」 ジョウイがそう言って近づいてゆくとフーロンは花を摘むのを止め、じっとジョウイを見た。 「何? 」 「自分のこと、お人好しだなって思わないかい? 」 少し前と違い、真面目な顔だった。 「そうは思わないけど……」 ジョウイが答えるとフーロンは苦笑した。そして乱暴に摘んでそのまま握っていた花の束を丁寧に束ね直すとそれをジョウイの方に差し出した。 「君が持って行きなよ。これはもう本当に意地の問題で、僕は絶対にこれを触ってないことにしたいから。」 「……あのさ、どうも場の変換に付いていけないんだけど……」 態度がくるくると変わるフーロンの様子に戸惑って、花を受け取りながらジョウイは言った。フーロンはもう一度苦笑するとジョウイから目をそらし、もう一紅い花の群れを見た。 「君が……ナナミもだけどさ、当たり前みたいに助けてくって言うから……人助けもいいけど、また何か変なことに巻き込まれたらどうするつもりだろうとか、本当は今日はさっさと休みたかったのにとかさ……色々考えてちょっと割り切れなかったんだよ。僕は君たちと違って心の底から自分本位だし。」 「……でも結局君だって来たじゃないか。僕らがお人好しなら君だって十分お人好しだよ。」 「二人が行くって言わなきゃ絶対来なかったよ。それに……」 言葉を切ると今度は少し悪戯っぽくジョウイを見た。花を持っているジョウイの胸ぐらを掴むと軽く引き寄せる。そして軽く口づけるとトンっとジョウイを離した。 「さっさと宿に行ってこういうこともやりたいなって思ってたんだけど?野宿が続いてたし。」 「……それは……やらせない………」 ジョウイは口を空いている手で押さえて真っ赤な顔をしていた。フーロンはそれを少し面白そうに見ている。 「やっぱりね……宿に着くのが早ければ少しは隙が出来るかと思ってたのに。」 「フーロン! 」 「今回は………もとい、今回も我慢するよ。ほら、戻るんだろう? 」 「……覚えてろよ………」 ジョウイは火照った顔を何とかしようと軽く振りながら、前を歩くフーロンの後を追った。 戻ると若者はまだ腰を抜かしていた。ただし、いた場所は最初に場所より奥に進んでいる。どうやらモサモサが動いたように見えて腰を抜かしたままここまで這って進んだらしい。しょうがないのでフーロンが若者を背負うと洞窟の出口に急いだ。 洞窟から出ると、もう日が暮れかけていて、ナナミと娘が少し心配そうな顔をしていたが、三人を見ると嬉しそうな顔になった。特に娘の喜びようは尋常ではなくて、思わずフーロンが「なんだか、物凄く良いことをしたような気になってしまう……」と呟いていた。そのまま全員で村まで行き、娘の宿に泊まった。若者が首尾よく深紅の花を手に入れた事を娘の父親も心底喜んでいて、明日は早速結婚式だと張り切り、フーロン達にも参列していってくれと言った。娘がどう言いくるめたのか三人に割り当てられた部屋は本当に良い部屋で「あのくらいで、こんな良い部屋に泊まれるんなら、まぁいいか。」と、まだ何処か納得いかな気だったフーロンも上機嫌になった。それでその日は舞い上がった宿の家族の出すご馳走に舌鼓をうち、久しぶりに寝心地の良いベッドでぐっすりと眠った。 ここまでは良かったのだ。 翌日、若者が無事に花を摘んできたと言う話が広まったのだろう、村中の者が祝福に来た。宿屋の一階の大部屋が華やかに飾られ本当に今日にでも式が始まりそうな勢いだった。びっくりした三人が村人に聞くと、例の深紅の花で花嫁のベールを飾るのも習慣らしく、この村では花を摘んできたら、その翌日が式なのは当たり前らしい。 第一この二人、後は花を摘むだけの状態で6年も過ごしていたらしいのだ。 成程、だからあんなに必死だったんだなと三人で納得して、それならばと三人も準備を手伝い始めた。初め台所を手伝っていたナナミが女衆から追い出され、代わりにフーロンが引っ張り込まれる、と言うアクシデントはあったものの、だいたい順調に一日が過ぎて、あと半刻もすれば式が始まると時になってジョウイは花嫁の支度部屋に引きずり込まれた。 「な、何?! 」 「しぃー。」 吃驚して声を上げると、当の花嫁が目の前で口に指を当てている。 「何?何ですか? 」 「お願いがあるの。」 そのお願いと言うのを聞いてジョウイは自分の耳を疑った。今夜一晩だけ、花嫁の身代わりをして欲しいと言うのである。普通、花嫁がその座をたとえ一晩であろうと人に譲ることはない。何か、そう例えば政略結婚などならあるかもしれなが、ここの二人の場合は違うだろう。流石に断って部屋から出ようとすると娘はジョウイの腕をひっぱって引き止め理由を語り始めた。 この村は結婚に関しては本当にしきたりが多いのだそうだ。花嫁に送る三つの贈り物もそうだが、実はその一つ一つにも意味がある。青水晶の指輪は婚約指輪だし。深紅の花は花嫁のベールを飾る。そして今問題なのは碧玉の鈴なのだ。飾り付けの途中で気がついたのだが、ここの大部屋の天井には極く小さな穴が開いていて、そこからヒモがたらされている。少し前、今日の花婿の若者が真っ赤な顔でその先に娘に送った鈴をつけていた。なかなか凝った細工のされた鈴で、あれを自分で彫ったのかと感心したからよく覚えている。 「あの鈴、何処に繋がってると思う?あのね………新郎新婦が新枕を交わすベッドに繋がってるのよ………」 「……は? 」 真っ赤な顔で言う娘に、ジョウイは思いっきり間の抜けた声を上げた。つまり首尾よく二人が……夫婦になると階下で鈴がリンリン鳴ると言う訳だ。もちろん階下ではそれを待ちかまえて宴会が行われている。 「……そ、それは………」 「習慣なのよ。でもね嫌でしょう? 」 「それは……気持ちは分かるんですが……そこで何で僕があなたの身代わりに……」 「だって!あんなところでなんて……その、出来るわけないじゃない!でも鈴が鳴るまでずぅっと宴会しながら待ってるのよ。だからね……」 「いや、だから……」 「あのね、この後はもうずっと付添の人が一緒なの、部屋まで。入れ替わりのチャンスは今だけなの。だからね。」 「だから、僕があなたの身代わりになっても鈴は鳴らないでしょう?! 」 流石に少し大きな声で言うと娘は慌ててジョウイの口を塞いだ。 「ベッドの上でストレッチでもしてればいいのよ。」 「ならあなたが自分で……」 「下の連中が納得するほど長時間のストレッチなんて出来ないわよ! 」 時間の長さの問題じゃないんじゃないか、と一瞬思ったがそれは口に出さなかった。 「じゃ、今晩はあなた、何処にいるつもりなんですか? 」 「あなた達の部屋。」 「ちょ、ちょっと! フーロンは男ですよ?分かってるんですか?! 」 「分かってるわよ。」 娘はけろっとしている。 「だから結婚前……いや最中……どうでもいい!そんな別の男の部屋なんてそんな……」 ジョウイがそう言うと娘は少し意地の悪い顔になった。 「あの人に聞いたの。あなた達、あの洞窟の中でキスしてたんですってね?」 「へ? 」 ジョウイは自分の顔に血が上るのを感じた。娘はそれを少し面白そうに見ている。 「怖いからあなた達の後を追おうとして見たんですって。あの人があなたを好きなら私は安全よね?」 「そういう問題ですか? 」 「ね?お願い。」 「お願いって……そうだ、花婿が驚きますよ。無理ですよ。」 「あの人には後で説明するから。」 「後でってそんな……」 「変わってくんなきゃ村中に言って回るわよ。あなた達は出来てますって。」 それが恩人に向かって言うことか、と思ったが。それは止めて最後の反撃に出てみた。 「なんで僕なんです?ナナミがいるじゃないですか。なんで男の僕に……」 「あの子じゃ私の身代わりは出来ないわよ。この身長よ? 」 そう言って娘は手を広げて見せた。すらっとしているのであまり目立たないだ、女性にしては背が高い。ジョウイと同じくらいだろう。 「いっつも背の事で揶われてた。私の背の事言わなかったの、彼だけなの。それどころか、あの暴力が苦手な人が私が泣いてると必ず助けに来てくれたのよ。花なんか摘めなくたって、私は彼以上にやさしくて、勇気のある人なんか知らない。ね?お願い。」 「そんなに好きなら素直にそのまま式を挙げれば……」 「それはそれ、これはこれ。変わってくれなきゃばらすわよ? 」 その言葉にジョウイはがっくりと頭を垂れた。 そして今に至っている。幸い厚いベールのせいでジョウイの顔は分からないらしいが、それでも何時バレルかと思うと気が休まらない。それに部屋に案内された後の花婿の事を考えるとこのまま遁走したくなる。その花婿だが、花嫁が厚いベールで顔を隠すのと同様に花婿も仮面で顔を隠している。これも習慣らしい。変な習慣の多い村だなと思っているうちに、進行役のとんでもない言葉が聞こえてきた。 「では!誓いの接吻を! 」 会場が一気に盛り上がる。ベールの下でジョウイは青ざめた。キスってことはここでジョウイの顔がさらされる訳で…… 困っていると花婿も困ったような素振りを見せた。少しの間があって会場の他の人の視線を遮るようにベールを上げる。そしてジョウイの顔を見て固まった。 (後で説明しますから、声は上げないで。) 声を出さずに唇だけで言うと、花婿は呆然とジョウイを見ている。それからつっと顔を寄せると唇を軽く合わせ、ついばむようなキスをした。 (え?! ) ふわりと降りてきたベール越しに思わず口を押さえる。会場に歓声が起こり派手にクラッカーが鳴った。 今のキスには覚えがあった。 その後、進行役に案内されて新枕の部屋に行く。二人を残して部屋の戸が閉められるのを待ちかねた様に二人はそれぞれに仮面とベールを外して互いを見た。 「ジョウイ! 」 「フーロン! 」 見慣れた顔に思わず声が上がる。 「何やってんだよ! 」 最後の声は重なった。 話しを要約すると、つまりジョウイが言われたのと全く同じ事をフーロンは若者に言われたらしい。とてもじゃないが階下で今か今かと待ちかまえている所ではできない。でもこれは習慣だから避けては通れない。 「他の男と二人っきりにして大丈夫だと思ってるのかって言ったら、君、他の人に手を出す気はないででしょう?とか笑って言うんだから。隙を見て彼女を部屋から出してくれとか言うし。やる気がないって言ったら村中に言ってまわるよと来たもんだ。」 「……フーロンまでその脅し文句に屈するとは思わなかったよ……」 「……別にこの村の人にバレるのは構わないんだけどね。こっちも花の事、ばらし返すし。」 そう言ってフーロンは苦笑している。 「じゃ、何で身代わりを引き受けたんだい? 」 「……漏れなくナナミにもバレるだろう……」 その言葉を聞いてジョウイは苦笑した。ジョウイはナナミのことにまで気は回らなかったのだ。 「あぁ、でも君で良かった。誓いのキスって言われたときはどうしようかと思った。」 ジョウイの前でフーロンはベッドに寝転がりながら言った。今ごろ階下では鈴が大きく一つ、鳴ったことだろう。 「……なんで? 」 「他の人の花嫁にキスするわけには行かないじゃないか。でもしないわけには行かないと思ったし……」 「だからそれは何で? 」 「だって彼女は僕が身代わりだって知らない筈だったから。しないと後でケンカにならないかなって?」 「……君もやっぱりお人好しだよ。それに後で君だって分かるじゃないか。その時はキスしてた方が問題だよ。」 ジョウイがそう言って笑うと、フーロンも笑った。ベッドの上に寝転がったままジョウイに向かって手招きをする。招かれるままに近づこうとしてジョウイは足を止めた。 「何? 」 来るのを途中で止めたジョウイにフーロンが訝しげな顔で半身を起こした。 「いや、ちょっと………その……何となく今そこに行くのに凄く抵抗を感じるだけど……」 「何で? 」 「いや、だから……フーロンはその上で何をやれって言われた? 」 「え?ストレッチ。」 「僕もなんだけど……そこは二人でストレッチするには狭くないかい? 」 「え……いや、だから……どうせだから……」 言いながら流石に赤くなっている。ジョウイも首筋が赤くなるのを感じた。 「下で人がその……聞いてるんだよ?!本気なのか?! 」 「だって皆あの二人だと思ってるし……」 「そういう問題かい?!」 ジョウイはそう言うとフーロンに背を向けた。部屋の端まで行くとそのまま寝転がる。 「僕はここで寝る。ストレッチは君に任せた。お休み。」 「えーー」 フーロンはジョウイの言葉にベッドの上でぼすぼす暴れている。 「なんでー? 」 「何でじゃない。お休み。」 「でも……」 「でもじゃない。絶対嫌だ。お休み。」 「一人じゃ寂しいよぉ。」 「勝手に寂しがってろ。知らない。お休み。」 フーロンがぶつぶつ言うのにジョウイは冷たく返している。 その頃階下では鳴りだした鈴に歓声が上がっていた。花嫁の父などは「これでようやくあの娘が片づいた。」と男泣きに泣いている。宴は夜半近くまで続いたが、その間中、フーロンはベッドの上で一人寂しく腹筋をしていた。 後日談 結婚式の翌々日、フーロン達は村を出発した。三人を見送る花婿の頬には何故かびんたの痕があったが、それを追及する者はいなかった。ついでに言うとジョウイも少し不機嫌だった。 この夫婦は鴛鴦夫婦として村中がうらやむ仲の良さで有名になったが、それとは別にスキ者としてもこっそり有名になった。それはハネームーン・ベビーに恵まれた事もあったのだが、一度鈴の音が止み宴がお開きになった後の広間で、酔いつぶれた花婿の父を介抱していた男が結局一晩中鈴が鳴っていたと証言したからだ。 「時々色っぽい声が聞こえてよぉ、こんちくしょうって何度も思ったよ。」 この事を当の夫婦は知らないし、ナナミも知らない。その色っぽい声を上げた本人も上げさせた人間も、もちろん知らないのであった。 |
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