![]() |
|
![]() |
猿轡を嚼まされて、もう一体どれだけこうして嬲られ続けているのか、ジョウイには判らなかった。後ろ手に縛られ、足がようやく地に着くか着かないかの高さに吊るされている。 犯す男がまた、代わった。 内股は鮮血と精液でぐっしょりと濡れている。ジョウイの股間に顔を埋めていた男が顔を上げ、下卑た嗤いを洩らしながらジョウイの顔を見上げた。全身を撫で回す手のおぞましさに耐えながら、ジョウイは首を振り意識をはっきりさせようとする。気を失ったほうが楽な気もしたが朦朧としてきたところで、何かとんでもないことを約束させられそうで、必死に耐えていた。 その顔に傲慢な笑みを浮かべジョウイが犯される様を見ていた狂皇子が、ゆっくりと立ち上がりジョウイに近づくと乱暴に髪を引き、ジョウイの顔を自分に向ける。 「どうした、そうやって嬲られるのが好みか?簡単な事だ。ただ首肯けばいい。アナベルを殺せ。」 ジョウイは首を左右に振り、拒絶する。犯す男の動きが激しくなり呻き声を上げてのけ反る。 「お前自身を責めてもムダか?おもしろい。ならば、こういうのはどうだ・・・・」 狂皇子が耳に口を寄せる。囁かれた言葉にジョウイは目を見開いた。愕然として相手を見返す。犯す男がまた代わった。 狂皇子の嘲笑が響き渡る。 ジョウイはベッドの上に跳ね起きた。震える手で口を押さえる。全身に冷汗をかいていて、手が氷のように冷たくなっていた。 (ゆ・・・め・・・?) 同室のフーロンのべッドの方を見る。震えながらしばらくフーロンの方を見ていたが、こちらに背を向けて静かに横たわっており、起きるような様子はなかった。 (うなされてたわけじゃないのか・・・) ほっとすると同時に脱力する。フーロンは意外と眠りが浅い。もしジョウイがうなされていれば必ず目覚めただろう。 あの偵察のあと自分に起こったことをジョウイは知られたくなかった。 ジル皇女の手助けでキャンプから脱出し、ミューズに帰り着いたあと、その日は疲れてるだろうからとすぐに部屋に引き上げて休ませてもらったが、その翌日はナナミの質問攻めにあい、閉口した。 しどろもどろにならなかったのは、帰るまでの間に必死でナナミとフーロンに話す嘘を考えていたからで、ナナミは案外簡単にその嘘を信じた。ヒヤッっとしたのは、たまたまその時その場にいてジョウイの嘘八百を聞いていたビクトールが 「へぇ、随分、運が良かったんだな。」 と言ったときで、さすがに百戦錬磨の傭兵は騙せないかと内心青ざめた。 「日頃の行いがいいからだよ!」 とナナミが元気よく答え、 「とにかく無事に帰ってきてくれて良かった!フーロンもピリカちゃんも本当に心配してたんだよ」 と無邪気な笑顔をジョウイに向けた。その笑顔を見ると騙していることに胸が痛んで、なにげなく目を反らした。そらした視線の先にはフーロンがいて、その大きな瞳をジョウイに向けていた。その瞳は静かな深い不思議な光を宿していて、まるで何もかもを見透かしているように見えた。嘘に気付かれたかと、ジョウイはまた焦ったが、フーロンは二三度瞬きをした後、柔らかな微笑を浮かべた。 「探しに行こうかとも思ってたんだ。でも、ジョウイが先に帰ってきちゃった」 ジョウイは戦慄と共にそのときのフーロンの言葉と微笑を思い出していた。そのやさしい言葉に対する喜びよりも鮮明に浮かび上がってきた恐怖。 (もう、大丈夫なんだ。ここはミューズだから。ルカの暴挙を都市同盟が黙って見ている訳が無い。もう、大丈夫なんだ・・・) 自分自身で信じられない言葉を必死になって胸の内で繰り返す。暗闇のなかでジョウイはフーロンの方に目をやった。フーロンは身じろぎ一つせず眠っている。幼い頃からの親友。淋しく、冷え冷えとした家から飛び出してゲンカク師匠の道場に行くと、いつもナナミの元気な笑顔とフーロンの暖かい微笑が迎えてくれた。彼らがいたから自分は闇のように冷たい所に陥らないでいられたのだと思う。 (アナベルを殺せ・・・それとも・・・・) ルカの声が耳の中に蘇り頭を思いっきりふる。 (もう大丈夫なんだ・・・) 自分で自分の震える身体を抱きしめながら呪文のように繰り返す。しばらくそうしていたが、やがて身体の震えも止まり疲労と共に睡魔が襲って来た。 「おやすみ、フーロン」 ジョウイは眠っているフーロンに向かって小さな声で言うと、またベッドに静かに横たわった。 やがてジョウイの寝息が静かに聞こえ始める。ジョウイが飛び起きる少し前から目覚めていたフーロンはその寝息を聞くと、周囲の闇よりも深い闇を宿して壁に向けていた瞳を静かに閉じた。 「おはよー!」 元気にナナミが飛び込んでくる。ジョウイとフーロンはまだそれぞれ布団の中に潜り込んでいた。 「二人とも!いつまで寝てるのよ!」 腰に両手をあて、ナナミが大きな声を二人に掛ける。しかしどちらも起きる気配はない。 「ちょっとぉ」 ナナミの声が剣呑な響きを帯びてきた所でフーロンがのそのそとベッドの上に身体を起こした。 「・・・・ナナミ・・・・おはよう・・・・・」 ぼーっとした声で言う。 「おはよう、じゃないわよ!今日はみんなで白鹿亭まで遊びに行こうって約束してたじゃない!」 「あぁ・・・そうだっけ?そうだね、通行証、返さなきゃいけないし・・・」 と、どこかぼーっとしたまま答える。 「あんまり役に立たなかったけどねー」 「・・・・それはナナミのせいだと思う・・・・・・」 「なんか言ったぁ?」 ぼそっと言うフーロンにナナミがちょっとキツイ声を出す。 「あれはジョウイのせいだもん!そうだ、ジョウイ!起きなよ!」 そう言ってジョウイのベッドの方に行こうとした。 「まだ寝かしときなよ。身体の真の所がまだ疲れてるんだよ、あの偵察からの帰還で。」 そう言ってフーロンが止めた。ナナミはちょっと困惑したような顔をしたが、 「そうだね・・・・」 と呟いて無理にジョウイを起こそうとするのをあきらめた。が、次の瞬間、はっとした顔で大声をだす。 「え〜〜〜〜っ!じゃあ今日の白鹿亭までのピクニックはぁ?!」 「午後から出かければいいよ。どうせ泊まるんでしょう?」 そう言ってフーロンはごそごそと布団に戻ろうとした。 「そうだね・・・ってフーロン!あんたは起きるの!」 「うーーーー」 そのままナナミに叩き起こされて服を着替えたフーロンは階下に降りていった。部屋にはジョウイの寝息が静かに響いている。 昼近くになり、さすがにまだ寝ているジョウイを起こさなきゃ、ということになりフーロンが部屋に顔を出した。扉を開けて中を覗き込むとジョウイがベッドの上に身体を起こしぼーっとしていた。 「おはよう」 クスクス笑いながらフーロンが声をかける。 「・・・あ、フーロン・・・おはよう・・・・」 「なんかまだ眠そうだね、でも起きなよ。今日、白鹿亭まで行く予定でしょう?」 「うん・・・いま何時くらい?・・・・」 「もうすぐお昼かな?」 「・・・え?お昼?!なんでもっと早く起こしてくれないんだよ!今からじゃここに帰ってくるの、夜中になるじゃないか!」 さすがに完全に目が覚めたようにジョウイが飛び起きた。大慌てで服を着ている。クスクス笑いながらその様子を見ていたフーロンは 「今日は白鹿亭に泊まればいいよ。じゃ、廊下で待ってる」 そう言って扉を閉めた。慌てて服を着て装備を確認する。近いとはいえ白鹿亭までの道のりに危険がないわけではない。必要なものを確認して部屋を出ようとしたとき、ベッドサイドの小さなテーブルの上に見慣れない封筒を見つけた。疑問に思いながら手に取り中をみる。 次の瞬間、ジョウイは全身の血が音をたてて下がって行くのを感じた。 (だめだ、落ち着け。フーロンに気付かれる。) 血の気の無くなった唇を噛みしめながら、ジョウイは小刻に震える手で手紙を握り締めた。なかなか出てこないジョウイを不審に思ったのかフーロンがまた扉を開けて中を覗きこむ。 「ジョウイ?」 「あ、今行く」 背中を向けたまま、声が震えませんようにと祈りながらジョウイは答えた。手紙をポケットに乱暴に突っ込み振り返るとフーロンがあの不思議な深い色をした瞳でジョウイを見ていた。 (気付かれた?) 「何?」 なんとか平静を保とうとしながら言ってみる。フーロンは僅かの間ジョウイを見ていたが二三度瞬きをすると首を振った。 「別に。なんか、顔色が悪いみたいだけど・・・今日、やめる?」 「いや、寝起きだからじゃないか?」 「そお?じゃあ昼を食べてから行こうよ。ナナミとピリカちゃんが下で待ってるよ。」 そう言った後、悪戯っぽく付け加える。 「ジョウイは朝御飯だけどね」 「うるさいな、なんで起こさなかったんだよ」 いつも通りのフーロンに安堵しながらジョウイは応え、二人で部屋を出た。 階段の所で、ビクトールとフリックの二人に会った。 「ちょうどいいところに」 ビクトールが陽気な声を掛ける。 「フーロン、今ちょっといいか?」 ジョウイとフーロンは顔を見合わせた。 「用事があるなら別にいい。たいした用じゃないんだ。」 フリックが言う。 「・・・いえ、そんなに時間、かからないんでしょう?」 「フーロン」 「ジョウイ、行って食べてなよ。僕も実は寝坊してね、変な時間に食べたからまだそんなに食欲ないんだ。」 言われてジョウイは一人で階段を降りて行った。ビクトールとすれ違うとき 「悪いな」 と軽く肩を叩かれ、ジョウイの身体がまるで電流が走ったかのようにビクリとする。黙ってジョウイを見送ったあとビクトールは階上にいるフーロンを見た。 「立ち話もなんだ。お前さんらの部屋に行こうや」 「はい」 フーロンは今出てきた部屋に引き返した。そのまま窓辺まで行き大きく窓を開け放つ。 ビクトールとフリックが入ってきて部屋の戸を閉めたのをフーロンは背中で感じていた。 「ちぃっと、聞きたいことがあるんだ。」 どっかりとイスに座りビクトールが言った。フリックは扉にもたれ掛かるように立っている。 「なんですか?」 振り返りもせずに聞き返すフーロンに、ビクトールは目を細めた。 「お前さんの相棒にことだよ」 「ジョウイ?」 「あぁ、何も変わった様子はないか?」 フーロンは外を見たまま黙っていた。ただ窓の桟を、指先が白くなるほど強く握り締めているのが二人には見えた。 「・・・・特になにも感じませんが・・・・」 「何も?」 「何も」 二人に背を向けたままフーロンが答える。ビクトールが何か言おうとするより早く、フーロンが言葉を足した。 「時々、うなされてるみたいですが・・・でも、それくらい・・・大変な思いをして帰ってきたんだから。」 「お前、あの話、信じてるのか?」 「あの話?」 「あぁ、ジョウイがどうやって帰ってきたかの話だ。」 フーロンは振り返って二人を見た。フリックもビクトールも真っ直ぐにフーロンを見ている。 「信じちゃいけませんか?いけない理由でもあるんですか?」 こんな言い方はいけない。フーロンはそう思いながらもキツイ口調で言うのを止めることができなかった。ジョウイの話を信じていないと認めているようなものだ。この人達は何を暴こうとしているのか、戻ってきたんだからそれでいいじゃないか、そう思いながら。 「フーロン、軍隊の拷問は多分お前さんの想像を越える・・・何かあったんなら早くはっきりさせる方がいいんだ」 「何のために?」 「フーロン・・・」 「ジョウイは拷問に負けてハイランドのスパイを引き受けました。そんな言葉でも欲しいんですか?!」 叩き付けるように言うのを止められなかった。 「ジョウイは拷問に屈したりしない!決して!」 ただの拷問ならば、胸の中でそんな言葉を呟きながらフーロンは二人を睨みつけた。 「フーロン・・・」 「僕だってあんな都合のいい話、全部信じるなんてできやしない!でもジョウイはちゃんと帰ってきた。約束を守って帰ってきたんだ。待っていてくれる人がいるのはいいって、そう言ったんだ。それで、それでいいじゃないですか!この上、何を知りたいって言うんです?!」 「フーロン、違う・・・」 フーロンは凄まじい瞳で二人を睨みつけている。ビクトールは首を振り宥める様に言った。 「別に俺達はジョウイを傷つけようとか思ってる訳じゃない。今度の事はあいつにとっては災難だったし、一方的にこっちが悪い。」 ビクトールの言葉を聞いても、フーロンの様子は変わらない。もし出来るのなら視線で二人を射殺しているだろう。ビクトールとフリックは内心かなり驚いていた。二人の知るフーロンは大人しくて、三人の中で一番年下だからなのか、ナナミとジョウイの後ろで静かに微笑んでいる、そんなイメージがあった。目の前でまるで手負いの獣のように敵意を剥きだしにしている少年と同一人物とはとても思えなかった。 「だから、こっちから気付いてやらなきゃならないんだよ。ジョウイに逃げ道を作ってやらなきゃいけない。 あいつが越えなきゃいけない垣根を一つ減らしてやんなきゃいけないんだよ。わかるか?」 ビクトールの言葉にフーロンの瞳が僅かに揺れた。黙って二人を見返している。 「フーロン?」 「何もありません。」 瞳に浮かんでいる迷いと裏腹にきっぱりした声でフーロンは答えた。ビクトールは小さく溜息をついた。自分の言ったことが通じていないわけではないらしい。ならば何故、頑ななまでに差し出された手を拒絶するのか、それが判らなかった。 「・・・判った。何か気が付いたら相談してくれ。」 ビクトールはそう言うと立ち上がった。 「フーロン、一人で出来ることには限界がある。助けを求める事が出来るってことも大切な力だ。判れとは言わん。ただ、今は覚えておいてくれ。」 そう言い残して、部屋を出ていった。 部屋を出るとビークトールはがしがしと頭を掻き「どうしたもんかな」と呟いた。部屋の中で結局一言も発しなかった相棒の方をみる。 「おい、なんとか言えよ」 「あいつ。何か気が付いてるんじゃないか・・・」 「何を今さら、そりゃなんか気が付いてるさ。でなきゃあんな態度とるもんか」 こいつは何を寝ぼけた事を言ってるんだと思いながら言い返す。 「違う。俺達が感づいた事以上のことだよ。」 「はぁ?何だよ、それは」 「俺が知るか」 そう言ってフリックは振り返った。フリックは何か考える様に部屋の方見ていたが肩をすくめると 「考えてても仕方がない。行こう。やらなきゃならん事は嫌ってほどあるしな。」 「おい!一人で納得していくなよ!」 二人は慣れた言いあいをしながら階段を降りて行った。 フリックとビクトールが出かけてから少ししてフーロンが階下に降りてきた。 「おっそーい!」 ナナミが声を上げる。 「ご飯食べてる時間、なくなちゃったじゃない!」 「え?食べててくれて良かったのに」 と言いながらフーロンは階段を駈け降りてきた。 「フーロンが食べる時間だよ」 横からジョウイが言う。 「話ってなんだったんだい?」 「あぁ、たいしたことじゃないよ。じゃあ、もう出発しようよ。僕そんなにお腹が空いてるわけじゃないから。」 「大丈夫だよ、フーロンの分のお弁当は作ったから。」 ジョウイの問いをさらっと躱して言うフーロンにナナミが言った。フーロンと、更に問い詰めようとしていたジョウイはその言葉に思わずナナミを見た。 「・・・・ナナミ・・・・その・・・自分で作ったの?いつの間に・・・」 ジョウイがおそるおそると言った感じで聞く。フーロンが決意に満ちた声で宣言した。 「とにかく、すぐ出発しよう!」 その言葉の後、ジョウイにだけかろうじて聞き取れる声で呟く。 「・・・ナナミの作ったものでも構わないからって位、腹が減る前に白鹿亭に着くんだ・・・・」 「そうだね」 力一杯同意しながらジョウイが首肯く。慣れてるとはいえ、出来れば、叶うことならば、どうしてもそうしなきゃならないというのでなければ、美味い物が食べたいというには自然な欲求である。時間があればフーロンがこっそり作り直してしまうのだが、そんなことをしていたら白鹿亭に着くのが夜中になってしまう。 「じゃ、いこうか!」 ジョウイがピリカの手を引き、4人は白鹿亭に向けて出発した。 夕方には白鹿亭に無事着くことができヒルダ・アレックス夫妻から歓迎された。ヒルダの心尽くしの料理に舌鼓をうち、特に途中で腹がクークー鳴るほど空腹を覚えながらも頑としてナナミの弁当を食べなかったフーロンの食欲は目を見張るものがあった。 食事が終わり、通行証のお礼とそれ関する話など、かなり遅い時間まで話は盛り上がったが、まず最初にピリカが眠ってしまい、それぞれ割当られた部屋に引き上げることになった。 部屋に行き、それぞれのベッドに横たわった後もジョウイは眠れなかった。ポケットに入れた昼間の手紙がまるで熱を持っているように存在を主張している。それに昼間のビクトールとフリック。彼らはフーロンとなんの話をしたのか?考えが乱れて、ジョウイは眠ることができないまま目を閉じて横たわっていた。 ふとフーロンが起き上がる気配がした。しばらくゴソゴソと何かしているようだったが、ジョウイのベッドに近づいてくる。ベッドの側で少しためらっているような気配がしていたが、毛布をかぶって寝ているジョウイの耳元で静かにジョウイの名を呼んだ。起きようかどうしようか一瞬悩んで黙っていると、戸惑ったような声でもう一度 「ジョウイ?」 と呼んだ。その声があまり頼り無げだったのでジョウイは思わず毛布から顔を出した。目の前にフーロンの大きな瞳があり、ギョッっとする。 「ごめん、寝てたよね?」 「いや、どうしたの?」 「うん・・・・ちょっと散歩に行こうよ」 「散歩?こんな時間に?」 思わず起き上がって外を見た。今日は新月で星明かりしかなく暗い。 「なんでまた?」 「うん・・・・おもしろいものが見られるはずなんだ。シンダル遺跡の・・あそこ、薬草が有った場所。あそこなら良く見えると思うんだ。」 「何が見えるって?」 「内緒だよ。っていうか、運が悪いと見えないかもしれないし。」 薄闇が降りる部屋の中、フーロンは真っ直ぐにジョウイを見ている。 「いいよ、付き合うよ。どうせ眠れなかったんだ」 ジョウイはベッドから降りて棍を手に取る。 「一応、いるよね?」 「うん、大丈夫だとは思うけど、遺跡抜けるから。」 二人はこっそりと白鹿亭を抜け出し、遺跡に向かった。途中、危惧したようなモンスターの襲撃はほとんどなく、遺跡の最奥にたどり着く。 遺跡は夜のひんやりとした空気と周囲の木々を渡る柔らかな風の音だけが響き、怖いようなそれでいて神聖な静寂に支配されていた。 フーロンは遺跡の階段の中ほどまで昇るとそこに腰を下ろし空を見上げている。階段の下で戸惑ったような顔をしているジョウイに気付くと手招きをした。 「何が見えるって?」 フーロンの横に腰を下しながら聞く。 「んー、あ、これ、夜食。少し粘ってみるから」 そう言っていつの間に用意したのか袋の中から弁当の包みをだす。その包みを見てジョウイは思わずのけ反った。 「フ、フーロン、それは・・・ナナミが作った」 「あ、ヒルダさんに台所借て味は直した」 ジョウイはそれを聞いてほっとする。生活の知恵というか何というか、フーロンはかなり料理が上手い。というか、どうやったらナナミの料理をまともな味に直せるのかジョウイは常々不思議に思っている。 「夜食がいるほど粘らなきゃならないのかい?」 「うーん、だから運しだいだなって」 「で、何が見えるの?」 「星」 フーロンは空を身上げたまま答えた。ジョウイも空を見る。月がない空にまるで宝石のように星が散っている。 「出てるよ、星」 「降るかもしれないんだって、星が」 「は?」 「アナベルさんがね、教えてくれた。この季節によく星が降るんだって。」 アナベルの名を聞いてジョウイは内心怯んだ。ルカの声が耳に蘇る。 (アナベルを殺せ。それとも・・・・) ジョウイは思わず頭を振ってルカの声を追い払う。ポケットに入れてある手紙がまた存在を主張し始めた。 「ジョウイ?」 「いや、なんでもない。それならナナミも連れてくれば良かったのに」 「ピリカちゃんも連れてこなきゃいけなくなるし・・・第一もし降らなかった場合、ナナミはうるさい」 「確かに」 笑いながら言いジョウイも空を見上げた。しばらく会話はなく沈黙がその場を支配する。黙って風に吹かれ空を見上げながらジョウイは考え続けた。 手紙はハイランドのキャンプから届けられた物だった。どうやったのかジョウイには見当もつかない。ただ、ミューズにいるから安全、と言う考えは消し飛んだ。 (決心はついたか?それともお前の目の前で相棒が嬲られる所を見たいか?) 手紙にはあの日、陵辱されるジョウイにルカが嘲笑まじりに言った言葉が書かれていた。 (どうしたらいい?フーロンをあんな目に会わすわけにはいかない。でも・・・・) 「あっ!」 自分の考えにはまり込んでいたジョウイはフーロンの声にぎくりとした。 「何?」 「流れた!」 「え?嘘?!本当に?!」 「あ、また!」 「どっち!?」 フーロンの指さす方を見る。僅かに間隔をおいて次々と星が流れ始めていた。 「すごい・・・・」 次々に流れ始めた光の矢に二人は息を呑んだ。言葉を失い空を見上げる。ふいにクスクスとフーロンが笑いだした。 「何?」 「ビクトールさんね」 笑いながらフーロンが言った。 「アナベルさんにこのこと聞いたとき一緒にいたんだけど、以外とロマンティストなんだよ。」 「ロマンティスト?」 「そう。流れる星に願をかけるとどんな願いもいつか叶うんだってさ」 そう言ってクスクス笑う。 「ふーん?で?フーロンはどんな願いをかけたんだい?」 「別になにも・・・・」 ギクリとしたようにフーロンが答えた。 「かけたんだな?その様子は何か願をかけたんだな?言えよ、何を願ったんだよ?」 「かけてないってば!」 二人はしばらく小突き合いをしていたが、不意にフーロンは真面目な顔になりジョウイを見た。ジョウイがミューズに戻って以来、時折フーロンが浮かべている不思議な深い色の瞳。 何故だかジョウイはぎくりとして黙った。しばらくじっとジョウイの顔を見ていたフーロンは再び空に目をやると、思いきった様に、呟く様に言った。 「忘れてしまえよ」 「?」 「ここに帰るまでにあった事なんか、忘れてしまえ。」 「・・・フーロン?」 「君は帰ってきたんだから。それでいいから。辛いなら、忘れてしまえ。」 ジョウイは血の気が引いて行くのを感じた。気付かれていた?いつから?どの位の事に?確認したいことが次々と心に浮かぶが言葉にならない。ビクトールやフリックが昼間フーロンと話していたのはこのことだろうか? 「フーロン・・・どうして・・・・」 「うなされてた」 夜空を見ながらフーロンが答えた。 「・・・それ・・・だけ・・・・?」 フーロンはすぐには答えず空を見ていたが、やがてポツンと言った。 「君はナナミと同じくらい嘘が下手だよ」 「最初から・・・!」 「言いたくないなら言わなくていい!でも、辛いなら忘れてしまえ。もう、大丈夫なんだから」 (違う!) ジョウイのポケットの手紙が痛い程、存在を主張する。ミューズは安全ではない。 「何故?」 「・・・誰だって知られたくないこと、あるよ。僕だって・・・。君が無事ならそれでいい。誰にも文句は言わせない。」 守ってくれていたのか。そう思った。黙って自分の下手な嘘を信じたふりをして、ジョウイの嘘を皆が信じるように。信じられなくても誰も口出し出来ないように。自分がそれを望まないから。ただ、それだけの理由で、ジョウイ自身にも気付かれないように。 気が付くとジョウイは微笑んでいた。相変わらずフーロンは空を見ている。 「忘れるよ、じきに・・・君が願をかけてくれたみたいだしね」 忘れちゃいけない。そう心に誓いながら言った。手紙の言葉が鮮やかに浮かび上がる。自分の帰還を無邪気に本当に喜んでくれたナナミとピリカ。ジョウイの嘘に気付きながら、ただジョウイを傷つけない為だけに信じたふりををして秘かに庇い続けてくれていたフーロン。 (何があっても、何をしても守る・・・絶対に・・・・) まだアナベルを殺す決意はできない。けれどこれだけは絶対やり遂げる。そう決めると久しぶりに呼吸が楽になった気がした。 「・・・!願なんかかけてないってば!」 目の前ではフーロンが真っ赤な顔をしている。 「へぇ?そうなの?」 「このぉ!」 揶ように言うジョウイをフーロンは小突き始めた。ジョウイは笑いながらやり返す。 空にはまだ星が流れている。 間もなくジョウストンの丘で丘上会議が行なわれる。 |
||
![]() |
Fin
|
![]() |