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その23
なんか、日本全国で職業意識が著しく低下しているように
思えるのは私だけだろうか。


パン屋でパンを買うと、2人の若い店員達は
ぺちゃぺちゃおしゃべりしながら私に応対する。


スーパーで「○○はどこにありますか?」と聞くと
店員に「私にはわかりません」と言われる。
探そうともしてくれず、同僚に聞こうともしてくれず
あげくのはては「カウンターに行って聞いてください。」と言われた。


知り合いの人は、同じ店で「○○はどこにありますか?」と聞いて
「知りません。」の一言で片付けられたらしい。
店員はスタスタと遠くへ行ってしまったとか。


パートだったら、そんな対応でいいのか?
パートだから、サービスが悪いのはしょうがないのか?
そんなのは社員だけができればいいことなのか?
自分の与えられた仕事だけ、最低限やっていればいいのか?
みんなが自分で働いている各パートでそれぞれの役割を
果たさなければ、どんな仕事もうまく動いていかないのではないか?


久しぶりにキレた後で、「強くいいすぎたかも」
「サービスを求める私のほうが悪いんだろうか」と思った。


客の私が後味が悪いっていうのは、なんだかおかしな気がする。

その22

私がよく行っていたサイトが休止した。
とても残念だ。


私が思うに、運営する管理人さんの気持ちと訪れる訪問者の気持ちに
ずれがあったのではないかな・・・と思う。


私もそうであるが、個人のホームページの管理人はそのほとんどが
趣味で楽しむためにやっている。利益になるわけでもない。
ホームページを通して、訪問者と交流したい、感想を聞きたい・・・
そう思って運営している人がほとんどのはずだ。


でも、ホームページに訪れる人たちがみんなそういう気持ちで
来ているとは限らない。
訪問者は自分自身の気持ちを満たすためにホームページを訪れる。


便利だから。
自分が楽しみたいから。
自分の宣伝になるから。


「私は○○の情報が欲しいから、あなたにその情報のリンク集を作ってほしい」と
管理人に要望した訪問者もいると聞く。
自分の気持ちや要望だけがすべて。
そういう訪問者すべての欲求をかなえることは、管理人にはできない。


・・・・いや、できるかもしれない。


誠心誠意、どんな要望にも応えればいいのだ。
どんなメールや書き込みにも笑ってこたえればいいのだ。
どんなに自分の時間がなくなろうとも、寝る時間を削って
リンク集を作ればいいのだ。


でも・・・きっと、私は悲しくなる。
私は、何をしているのだろうと。
いったい、何のためにHPを立ち上げたのかと。


だから、私はどんな人の声にもすべてこたえることはできない。
冷たいかもしれないが、理解してほしい。


私は所詮こんなやつなのだ。

【かくいう私も初心者の時、いろんな失礼なことをしてきています。
反省しています。】

その21


もうHPを始めて2年半を過ぎた。
先日織田さんの公式サイトに本当にひさしぶりに行ってみて
そこに集う人たちが様変わりしていたことに驚いた。
・・・・ファンって変わるもんだなあ。


そう言えば、私のHPの掲示板にきてくれる人たちも様変わりしている。
ずっと前はよく見た名前がなくなったり、
逆に新しく書き込みしてくれる人もいる。
HPを開設してからず〜っとコンスタントに
来てくれてる人もいる。


私は警戒心は強いほうである。
そのうえ、メルマガ発行やサイトの管理をして
少なからず嫌な思いもしてきている。


そのせいか、ネット上で
どんな人にも心を開いているわけではない。
(これは、実生活でも言えるが)


私の場合、ネットのコミュニケーションは
相手が誰だか特定できない分、実生活より仲良くなるのに
かなりの時間を有する。


文章だけのおつきあいなので、口調が嫌だったり
やっていることが受け入れられないと
とたんにマイナスイメージがつきまとう。


・・・でも、ある意味それはしょうがないと思う。


ネット上で長くつきあってみて、相手に好感がます場合もあるし
逆に「こんな人だったのか」とイヤになる場合もあると思う。
お互いの相性もあるし。


しかし、
相手の言葉がなければ私には誰がHPに来てくれているかはわからない。


・・・ああ、そうか。
言葉をかわさない人とは
コミュニケーションをしているとは言えないな。

 

ネットでのコミュニケーションが、私の中で
どのように位置づけされるのか
私はこれからも見つめていこうと思う。
いろんな意味で、とても貴重な経験を日々していると思っている。

その20

カメラ付き携帯が苦手だ。
一億総フライデー記者になれる今の状況には
そら恐ろしいものを感じる。


誰でも手軽に他人のプライバシーを撮影できる。
それも、いつでも可能なんて・・・。


これだけモラルがなくなった国で
ひとりひとりが他人をさらすことのできる凶器を持ち歩いてる。
深く考えもせず、それをネット上にupすることも簡単にできる。


・・・・とても、怖い社会だと思う。


画像がひとり歩きできる今の世の中。
どんな人がそれを見てるかわからない。


子供の写真を自分のサイトにupするのも
やめたほうがいいと思う。
親だったら、子供がかわいかったら、
この世の中でどういうことが起こるかもしれないか可能性を考えるべきだ。


・・・まして、他人の子供の写真ならなおさらだ。
相手の迷惑を考えるべきだろう。
何が起こっても、全責任をとれるというのならわかるが・・・。


ただ、流行に流されて
想像力のない人間が多すぎる気がしてならない。

その19

私は「友達親子」が嫌いである。
「一卵性母子」とかなんとかいうのも嫌いである。


なんか、べたべたした関係が嫌いだし
依存しあっているようで敬遠したくなる。
親のほうが子供より偉いと思ってるし(家庭にもよるけど)


親子に友達求めるよりは
友達に友達求めるほうがいい。
そういう友達親子してる人って
私と会話してても子供の話しかしない。
つまらない。


子供は数年したらいなくなるのに。
いや、子供が結婚しても金魚のふんのように
ついていくのであろうか。う〜ん。


これは親子に限らず、べたべたした交友関係を
持っている人も苦手だ。


「Aさん、今度ランチ行こうよ〜」と誘ったら
「Bさんも行くならいいよ〜」と言われたことがある。


・・・・・じゃあ、いいよ。
もう誘わない。
私は一人で行動できる人が好きである。

その18

新聞を見ていたら
北朝鮮から一時帰国している「曽我ひとみさん」の親友が
ひとみさんにもらした言葉が掲載されていた。


それを読んで、「なんか違う!?」と思ってしまった。


ひとみさん、親友にそっともらした言葉が新聞で
大々的に取り上げられていやじゃないかなあ・・・。


それって、親友がすることなのかなあ?
それとも、メディアが勝手に許可なく書いた?
真偽のほどはわからないけど、違和感を感じた。


ひとみさんの表情を見てきたように書かれていて
ほんとなのか!?
とひとりで突っ込んでいた。


何かが裏でメディアを操作しようとしていたり、
報道に何かの意図が隠されているときがある。
これも、何か意図があるの?


それに、拉致家族をテレビが追いすぎてないか?とも思う。
温泉に行った。
自動車免許の更新をした。


・・・ほっといてやれ。


これ以上運命に翻弄される人たちをいじめるのはやめてほしい。
メディアが言うことを全部信じることは避けたい。
何も考えない視聴者がある意味一番怖い。

その17

子供が同じ習い事に通っているお母さんと話していて
「それで食べていけるわけじゃないんだから、やめたら?なんて言ってるのよ〜」と
いう話になった。


そこで、はたと考えた。
食べていけないからやめろ!というのなら、
みんなスポーツとか習い事とかできないだろうなあ。


習字がうまくたって、それを仕事に生かせる人は一握り。
バスケができたって、今は企業チームも撤退ばかりしてる。
ダンス習っててもみんなが歌手になれるわけでもない。
お金にならないからやめろ!と言ったら、
みんな何もできないなあ。何も習えない。


この国では、お金にならないこと(仕事に結びつかないこと)は、
つまらないこと、価値のないことと考える傾向がある。
かくいう私もそう考える時がある。


「好きだから。」
「楽しいから。」では、何もならない。
そんなふうに考える。 なんかよくないよなあ。


でも、のんびり、好きなことばかりもできない世の中だよなあなどと
親としては考えてしまうのである。
自分が書いているメルマガについても、時々そんなふうにも
思ってしまうのだ。


これではいけない。
・・・・・よし。冥王星に行こう!

その16

ある小学校の先生が野外活動前にPTAに言ったそうだ。

「今の保護者の方たちは、学校まで送り迎えして、【かばん重いわね】
って、すぐ手助けする方が多い。そういうことは控えてほしい。
野外活動は、自宅から自分の足で歩き、自分の力で荷物を持って出かけてほしい。」

その話を聞いたとき、いいなあと感動した。

最近(私もそうなのかもしれないが)
子供になんでもしてあげすぎる親が増えている。
「可哀想だから」「まだ、できないから」という理由で、
親が子供のために何でもしてあげる。

子供は自分の力で伸びる機会を奪われ、
自立するきっかけをなくし、もがいている。
「私が昔させてもらえなかったから、子供には何でもさせてあげたい」
そういってたくさんの習い事をさせる。

子供第一の生活。子供の未来がすべて。
子供は大変。でも、「あなたのためを思って」と言われると
反抗できない。親が思った道を淡々と歩く。

私はとにかく子供には自立してほしい。
親は子供より早く死んでしまう。
一生めんどう見ることはできないし。

子供も自分の力でつかみ取ったことにしか達成感は感じないと思う。
何でも自分でできるようになってほしい。
そして、独立してほしい。
自分のことができるようになったら、他の人の手助けもできるし。

親は子供が会社に入って悩んでるようなら上司に電話でもするのかな。
いつまで守ってやるのがいいと考えているのだろう。

その15
私が中学生のときは、球技大会・文化祭・水泳大会・弁論大会・陸上競技大会など さまざまな催しが学校であった。


中3のくせに、ドッチボールに燃えて、
クラスじゅうががんばっていた時期もある。
負けると悔しくて悔しくて。


・・・・それにくらべると今はあんまり行事がない。
クラブ活動も週休2日制や塾などの影響で下火らしい。
高校野球のレベルなんかも以前に比べると、下がってきたような気がする。


燃えるものがないって、特に若いコにはつらいんじゃないか?
それでなくても若者は、エネルギーもてあましてるのに。


燃えるものが欲しい。刺激がほしい。
でも、そういう場がないと、刺激の求め方が別の方向にいくしか
ないような気がする。


消費することに快楽を求めたり、
出会い系サイトにちょっとアクセスしてみたり。
・・・・刺激が欲しくて時には万引きしてみたり。


そして、それはどんどんエスカレートする。
そんな気がしている。


何でもいい。
何か燃えるものがあると、大きく道をはずれずに
人は生きていけるんじゃないかな。


ビデオ「ウォーターボーイズ」を見てて、そう思った。

その14

友達の子が今度修学旅行でUSJにいくそうだ。
しかも、昼はそこで食べることになっているらしい。
「大丈夫かなあ・・・」ほんとにそうだ。


最近やたらと腹がたつことが多い。


車からタバコをなぜ投げすてる?
携帯電話をなぜ新幹線でこちらからかける?大声で座って。
子供の髪をなぜ茶髪にするの?
なんで子供はゴミをその場にそのまま捨てる?
なんで全部をまわりのせいにする?
なんで携帯画面を見ながら歩くの?車でひくところだったじゃん!
なんで自分の話しかしないの?
なんで遅刻してきて平気なの?
なんで何でも人任せにするの?
自分のミスをなぜ反省しない?


ああ、こんなに立腹ばかりしていて、
近所の嫌われおばあちゃんになるのは目にみえてる。


もっと穏やかに毎日過ごしたい。
過ごしたいけど、腹がたつ。
プリプリしたまま、年を食うのか。


誰か私を黙らせて。
山奥にいって出家でもするしかないのかな。
時々、苦悩してしまう。

その13

うちの子は二人とも女である。
「将来は結婚して、子供をうむの!」」って言ってるけど
どうなのかなといつも思っている。


最近、結婚してない人って男女問わず多いし、
結婚してもすぐ離婚ってパターンも多い。
子供もいろんな事情でもてない時もあるだろうし。


私は子供には結婚して、安定した家庭を・・・と別に望んではいない。
そうなればいいけど、これからの時代、どうなるかわかんないし、
出会いがないかもしれないし、仕事に生きたくなるかもしれないし、
よくわかんない。


よく「早く孫の顔が見たい」なんて今から言ってる人がいるけど
私は、孫の世話なんか今、想像もつかないので考えたこともないよ。
いいおばあちゃんにはなれそうもないです。


結婚=幸せっていう図式はもうないでしょ?
まあ、こんなこと言ってたら少子化が進むだけだし、
国が怒るかもしれないけど。


男の子に早期結婚願望が今、多いって聞くけど
家庭を運営していくのはなかなか難しいよ。
それに奥さんが何でもしてくれる時代はもう終わったのだぞ。


女の子もだんなが、給料もってきてくれて
家でのんびりできる時代はもう終わったのだぞ。


男も女も自分のことは自分でできるようになっておかないと・・
と思うのでした。(私はどうなのかは不問)

その12

願っていたら夢は必ずかなうと聞いたことがある。
ほんとに・・・ほんとに願いさえすればかなうのだろうか。


例えば私が織田さんと結婚したい♪とかベッカムの宮殿に住みたいと
願っても? メルマガからライターになりたいと考えても?


・・・・・私は夢はかなわないと思う。
そんなのウソだ。


だって、そうなら、みんながライターになったり、
織田さんの恋人になったりしてる。


なんか、身のほどにあわない夢を大きく持つ人が増えてきた気もしてる。
子供じゃない、成人した大人が・・・である。


私は夢を持っている人や、それに向かって努力してる人を
笑ったり、諭したりする気はない。
でも、夢は必ずかなうって言葉はウソだ。
みんなが叶わぬ夢を追っていたら、社会は成り立たないよ。


若い世代の人に「夢は必ずかなうよ。」なんて無責任に口にできない。
信じることでこの世は光に満ちあふれるんだなんて言えない。


つらいことも一杯あるよ。
誰にもそれはある。


ただ、目的に向かってがんばっていくことで、
違う何かがその人の中で見えてくるとは思う。
たぶん、夢の形が途中で変わるんだ。
それは、わかる。

その11

主婦をしていると役員がまわってくる。
特に子供がからむと、今は何をしてても役員から逃れられない。


私はわりと役員はなったらきちんとこなすほうである。
自分から「役員になりたい」とは毛頭考えないけど
(役員で名をあげたくない(^^;)
まわってきたときは、仕事はこなしている。しょうがないよね。


ところが、最近、この役員をしない人が増えてきている。
「あなたの順番ですが」と言っても
「そういう役員とかはしないようにしています」と断言したり
役員を受けはしても仕事をしない人がいるのだ!
役員になっても集まり自体に来ないので、仕事が分担できない。


こういう話をたくさん聞くので、最初激怒していた。
仕事をもっていても、がんばって協力しようと言う人はたくさんいる。
しかし、もう私の想像を越えて動かない、考えられない対応をする
人が増えてきているように感じられてならない。


で、ふと自分のまわりを見渡したときに、
私は役員をきちんとこなす友達しかいないことに気がついた。
どうやら、そういう人でないと私はつきあえないようである。
「協力しよう」という姿勢を持っている人たちは
心ばえがとてもよい。
いっしょにいて、癒される。
相手にわけあたえるものを持っているため、くつろいだ気分になれる。
ああ、役員しない人たちは、自分たちでこういう世界を放棄してるんだな。


楽したい。私には関係ない。
そういうことばかり言っている人たちはきっと、こんな
世界を知らない。かわいそうだなと思っている。


まあ、そういう人とはつきあわないし。

その10

新聞の投稿を読んでいたら「ケータイ必携 依存症なの?」という
高校生の投稿があった。


ケータイを家に忘れでもしたら、とても憂鬱。
メールや電話の返事を返さない私が悪人に思えるのだそうだ。
そして、返事が来ないと自分は嫌われてるのかと感じるという。
誰かとつながっている自覚がないと生きてゆけない・・・・と書いてあった。


「えっ!?かおるさん、携帯持ってないの!?」とよく
言われるけど、特に不便さは感じないので私は持っていない。
そりゃあ、遊園地とかいったときはあるといいなあと思うけど。


ケータイって日常生活に便利だからできたものじゃなかったの?
結局、ケータイに縛られ、この子は不自由になってる。


お互いを縛りあうことが友情なの?
いつもどこにいるか相手の位置を確認できないと不安なの?
なんか、自分を追い込んで、
「友だちってこうあるべき」と決めつけて自分を苦しめてる。
ケータイがあることは便利だけど、結局枠を作っちゃう。
自分は孤独だって確認するために、メールをうってる。


だいじょうぶかな。
もう、やめようよ。


人間はもともと孤独なんだし。
わざわざそれをかみしめなくてもいいと思うよ。

その9

昔、近所にすごく自分が恵まれていることを話したがる奥さんがいた。
実家が金持ちであること、だんながやさしいこと、高給取りであること、
みんながいかに、自分によくしてくれているかということ・・・。


よかったね。幸せで。


でも、こういう人って他の人をほめると怒ったりする。
常に自分だけが優越感を持っていたいらしく、他の人がほめられてたり
すると機嫌が悪くなるのだ。


なんだ。それ?


おかしいなあ。そんなに幸せなら、他の人をほめてよ。
他の人が幸せでもいいじゃん。


昔はたくさん友達がいる人に憧れてたけど
最近は、私はもう、一緒にいて疲れる人とはつきあいたくない。
性格悪い友だちが100人いたって、ふりまわされるだけで全然楽しくない。
いい人とだけ、付き合いたいよ〜。
数は少なくてもいいから。


友達の数が多い=人気のあるワタシ
って図があるような気がするけど、それウソ。
友達は量より質です。


見てて感じの悪いグループに所属なんかしたくはない。それくらいなら一人でいるよ。

 

その8
主婦をしていると、よくいろいろな勧誘にあう。
化粧品、鍋、下着・・・。さまざまな勧誘が今までもあった。


「私が何年も使ってきたものだし、ホントにいいものなのよ!」
その人は強調する。
「もう、絶対これ使わないと後悔するよ。」


確かに彼女にとってその商品は、絶対なのかもしれない。
生きていくうえでホントに価値のあるものなのかもしれない。


でも、あなたのものさしと私のものさしは違う。
あなたの絶対を私に押しつけないで。
あなたの価値観を私に強制しないで。


「子供は母乳でないと将来ぐれるらしいよ。」
「やっぱり子供は男の子でないと。」
「本はいいものだけを読ませなきゃだめよ。」


私は自分の信念を持ってる人はいいと常々思っている。
いいんだけど、それを押しつけるな。
あなたの信じるものと私の信じるものは違うよ。
好きなものも違うし、見ている方向が違うんだ。


おせっかいという名目で私を拘束しようとしないで。
よかれと思ったことが、相手には迷惑なこともある。
何か事情があるときもある。
相手がイヤそうな顔をしたら、その話題から離れようよ。
それがおつきあいのマナーなんじゃないのかな?


「まあ、そんなんじゃあ、あなた不幸になるわよ。」


勝手に決めつけないでくれ。

その7

テレビゲームやインターネットなどいわゆる電子メディアの世界というのは、
自己やリアリティの不鮮明の問題に悩む人、あるいは自己の切り取りに失敗した人に
とっては、とても寛大であると思う。
その中では人は、「茫漠とした自分」のままでも保護されるし、
あるいは自分がデザインした通りに<わたし>を切り取ることも容易にできるからだ。
しかし、「それはすばらしいことである」というコンセンサスは、いまだに成立していない。
そして私自身も「解答はここにしかない」と胸を張って言うことは、まだできずにいる。


インターネット・マザー
香山リカ「マガジンハウス」1,999年から引用


ネットを流浪してて、悩み相談のサイトに行ったことがあります。
悩みの投稿にいろんな人が掲示板で答えてくれるサイトです。


そこで驚いたのは「心の悩み」の数の多さでした。
「家族の悩み」「職場の悩み」「結婚の悩み」などたくさんの項目が
ある中で一番数が多かったんです。
特に引きこもりや対人恐怖などの悩みが多かったです。


家にじっとしてて外との関わりが苦手な人にとって
ネットは格好の交流の場所。
何か事情があって心が傷ついてる人にとってもネットはやさしい。
実際に話さず、いろんな世界をまわれるし、掲示板などで
人間と話すこともできる。


わたし自身、ネット上で勉強になったことも多く
すてきな言葉に目を見開かされ、癒されたこともあります。
(私の場合、自分で書くことで心が落ちついているかも)


だから、ネットってばかにできないと思うのです。
書物も文章がのっていると言う点では同じだけど
ネットのほうが人間が近い感じがある。


荒れてるサイトなんか見てても、「自分の言うことわかってほしい」
「人と関わりたい」っていう気持ちが見えるときもあります。
自分をわかってくれる相手を求めてこの世界さまよってる人も多いのではないのかな。
そして、その相手が見つかった人もいるでしょう。


でも、じゃあ、ここ(ネット上)で有名になったり
友達がたくさんできてそれが素晴らしいか、それだけで価値があるのかと
言われるとどうかなと思う。
たくさんの可能性を秘めた世界ではあるけど
そこから出て行けることも大切なんだと思う。


これからますます心の悩みを持つ人は増えると思います。
そういう人にも、そうでない人にも将来
ネットはどういう力を持っていくのか興味を持っています。

その6

以前、知人が「もう、うちの主人って本が大好きなのよ〜♪本の虫なの。」
という話をしていた。なんだか得意そうである。
そのとき「ふううん。そんで、あなたはどうなの??」と
ふと思った。
私も本は好きなんだけど。


ずいぶん前の友人に
「自分の姉・兄が優秀なこと」をやけに話す友人がいた。
「うちのお姉ちゃんは○○の学校に通ったんだよ!」
なんだか、いつもその話になってしまう。


ふううん。そうなのかあ・・・。


なんだか、自分の係累の自慢をする人が多すぎる。
自分の家族が優秀なら自分も素晴らしいことになるのかな。
そんな係累を持っている自分のランクが上がるとか?


自慢じゃなくても、話題はいつも自分のまわりの人のことって人もいる。
若い頃は彼のこと、
結婚したらだんなのこと、
出産したらだんなは忘れて(笑)子供のこと
それが終われば孫のこと・・・


そういう人は一生他人の話題をして終わるのかな。
じゃあ、いつも誰かにひっついとかなきゃならないね。


私は人の話ばっかりはしたくない。
自分の話がいいよ。
自分で考えて話をしたい。
語れるものを持ってる人が好きだな。


家族をネタにしてるので、あんまり威張って言えないんだけど・・・。
メルマガと織田さんしか語れないけど・・・。

その5

愚痴をよく言う人がいた。
いつ会っても愚痴。
次に会っても愚痴。


いろんな人の悪口を言う人がいた。
今日はAさんの悪口を言っている。
次に会ったときはBさんの悪口を言っていた。
そして、次にはCさんの・・・。


何だかだんだんイヤな気分になってきた。
私も愚痴を聞いてもらおうか。
でも、この人自分の不平で頭がいっぱいだよね。
そういう人に私の話は聞いてもらえないよなあ。


かわいそうだなあとは思う。
私が他のこと考えてる時間も
きっと彼女は頭が不平でいっぱい。
そして愚痴を聞いてもらえる人を探しつづけてる。


・・・・それって、けっこう不幸かもなあ。
しかし、私はあなたのゴミ箱じゃないぞ。


私も若い頃は人のことばかり気になってた時期があった。
あの時ってカリカリしてたかも。
人のことは言えないのになあ。


イヤなら付き合わなきゃいいよね。
会ってても、心の中でつきあいを切ればいい。


他人が自分に都合のいいようにばかり動くわけがない。
あんまり、愚痴ばっかりだと他の友達をなくしちゃう。
今ごろそのことに気づいた。
若い頃に気づけばよかったのになあ。


そういいつつ、今でもけっこう悪口言ったりするんですけどね(^^;
まだまだ修行が足りん。

その4

先日の朝日新聞の「ティ〜ンズメール」は
みんなと同じにできない中学生の話だった。


学校ではみんなと一緒に「喜」の気分でいないとのけ者にされるし、
でも裏では人の悪口言ってる。
おんなじようにふるまわないと「あの人フツーじゃない」って言われる。
そういうのがイヤだという投稿だった。


実は私も昔は、一人で行動する人を「変人」もしくは「友達の
いない人」と思っているフシがあった。


「あの人友達いないのね」って思われるのがイヤで
いつも友達にひっついてたよ。
トイレももちろん友達といっしょ。
歩幅も合わせて、みんなから離れないように。
一人だとまわりに見られないように。


やっぱ・・変だな〜。今考えると。


でも、いつも憧れてたのは一人で行動できる人だった。
自分で判断して行動できる。
連れがいなくても、かまわない。
人に振り回されない。
そんな人に憧れていた。


そんな人は、不思議に自慢もしなかった。
たぶん、人の評価に振り回されないから、自慢する必要もないんだろう。


相手がいないと行動できない人は、
逆に言うと相手がいないと一人では何もできない。
自分がやりたいことを、「一緒にしてよ」と相手に求めるように
なってしまう。


一人で行動できる人になりたい。
金魚のふんはイヤだ。


昔よりはそれができるようになってきていると信じてる。
もっと、もっと、自分ひとりで立てる人になりたいと思っている。

その3

以前、ハンバーガー店に入ったら親子連れがいた。
幼稚園生くらいかなあ。お母さんと女の子ひとり。


すると母親は携帯で話しだした。
話しおわるとまた、こちらからかける。
ずっと、話している。


・・・子供は待っている。
食べおわったけど待っている。
ささやかな食事の間、お母さんはずっと遠くの人と話している。
自分は一人で待っているしかない。
大人しく静かに待っている。


なんか・・・おかしい。


今まで生活してきた奥さんと子供よりも
携帯電話で知合った彼女のほうが大事だと別れを切り出した
だんなさんの話を聞いた。


みんな、目の前の相手より、そこにはいない遠くの人を求めてる。
そんなに遠くにいる人のほうが大事なの?
でも、その人と実際会ったら、また遠くの人と話すんじゃないのかな。
結局、いつも誰とも向かいあってないんじゃないのかな。


別れを言い出しただんなさんは、新しい彼女と幸せになったのかな。
でもね、また、彼はきっと遠くの人が欲しくなる。
私はそんな気がしてる。


私も気をつけなきゃなあ。携帯は持ってないけど
メルマガばっかりだから。中毒だから。
人のことは言えないぞ・・・

その2

先日、子供が熱を出して小児科に久しぶりに行きました。
受付してたら、 なんか変な匂いがする。


ん!????
えびせんの匂い?


振り返ってみると、何と若いお母さんが1〜2才くらいのよちよち歩きの
子どもにえびせんを食べさせ、ペットボトルでコーラを飲ませてる。
朝9時ごろです。


もしかして、これ朝食!?
子供がぐずぐずすると、えびせんを次から次に口に入れて
自分は女性週刊誌をパラパラ。
びっくりしました。


小児科の待合室でモノを食べさせた思い出はさすがになかったし。
それも、コーラ。
よちよち歩きの幼児・・・。


見ていても、子供を愛してない風でもなかったし、
きれいな茶髪のお母さん。


しかし・・・ありゃあ、まずいでしょ?
私なんかでも、コンビニ食品が続くとさすがに体調くずれるし、
気持ちもイライラしやすくなる。
そりゃあ、あんまりいい料理作らないけど。人のこといえないけど。
手を抜いてるけどさあ。


このお母さん、いつもこんなんじゃあないよね。
たまたま、今そうなだけで・・。
子どもにスナック菓子ばかり与えないよね・・・


祈るような気持ちで彼女を見ていました。
切れやすい人ばかりに世の中がなってしまったら、困ってしまうから。

「その1」
新聞に「ティーンズメール」という投稿のコーナーがある。
ティーンのメールに芸能人が答えるというコーナー。
私はここのコーナーが好きでよく見ている。


しかし・・・
最近の投稿は「この国が嫌い」「まわりが私をわかってくれない」という
のが多いです。
すごく否定的なメールが目立つ。
まあ、だから相談してるんだろうけど。


みんなが包み込んでくれて、自分をすくいあげてくれて
暖かい雰囲気の中で生活したい。
そりゃあ、わかる。
私も、そんな生活がしたい。
そんなパラダイスみたいな世界があるなら、そこに行きたい。
楽だもん。癒されるもん。


でも、そんな世界ってあるのかな?他力本願じゃないのかな。


解答者(おすぎとか)は「あなたがこの国を変えてほしい」「あなたもまわりを知ろうと努力しようよ」というように答えていた。


私が17才くらいのときは、そんなこと考えてなかったなあ。
あ、でも文句ばかり言ってた。
人の悪いところばかり見えてた。


まわりは自分の思いどおりに動いてくれない。
今考えれば当たり前のことだなあ。


私も今のこの国がいいとは思ってない。
でも、この国を作っている一人なんだよなあ。
それに、まわりに私をわかってほしいとも思わなくなった。
まわりに期待しなくなった。


「癒してほしい」「わかってほしい」とか考え出すと、相手に要求してしまう。
でも、相手に期待しないと、要求が通らずイライラすることがなくなる。


相手に求めない自分になると、けっこう楽しくなるんだけどなあ〜。
昔からそう思えるともっとよかったのにな。楽だから。