安達論文「神様は、貴方に何を期待しておられるか」

第1章、科学的真理の中に神様のお振る舞いを探す
第1節 宇宙創世と神様
1 神様は、宇宙をどのように造ってこられたか

(2) 差 異 (difference)
 ビッグバン⇒質量の誕生⇒天体の誕生⇒元素製造⇒化合物製造……宇宙の歴史を前期と後期に2分するとすれば、一応この化合物製造までを前期とするのが妥当なように思われる。このあと生命が誕生し、人類が登場して来て、神様のお仕事も極めて有機性に富んだものになって来る分けだが……その生命誕生以降の説明はもう少し後で行うことにして、ここでは、その前期の歴史で起った数々の出来事を、神様のお仕事として捉(とら)えて、それを分析検討し、神様のお仕事のなさり様を把握することにする。
[差異の増殖] 宇宙の前期の歴史の各段階で、共通して行われてきたことは《差異(difference)の増殖》であった。ソシュールの記号論以降の新しい哲学が多用する概念の《差異(difference)》である。ビッグバン前には、宇宙はただ一種類の不可分な《エネルギー=質量》の塊りであった。そして、ビッグバン後に、その塊りから6つのコーク(=クォーク)と3種の吸引力が出現してきた分けである。このとき誕生してきたコーク(=クォーク)は、無から有が生じたものではない。アイン・シュタインの《質量=エネルギー》という理論から考えて、当然その超高密のエネルギー的実体の一部が、質量を持つコーク(=クォーク)に変わったのである。また、3種の吸引力も、ビッグバン前にはただ一つだったところの、いわゆる《超紐理論的力(後で説明する)》から分離したものなのである。即ち、宇宙における《物質+エネルギー》の総量は、ビッグバン前とビッグバン後で、全く変わってはいないのである。もちろん、熱力学第一法則によって、その後今日まで、宇宙の《物質+エネルギー》の総量は常に同量で、全く変わってはいない。そういうことで、質量の誕生とか天体の誕生とかと言っても、その実それは、無から有が生じてきたわけではなく、そこで起ったことは、記号論的意味での《差異(difference)》が増殖しただけのことだったのである。
[物と事] 《差異(difference)》というのは、物質の量的あるいは質的相違だけを言っている分けではない。複数の物質とエネルギーによって構成されている構造体のようなもの、即ち、出来事や事件などの相違も《差異(difference)》である。一般的には、前者を《物》と呼び、後者を《事》と呼んで区別し、両者を纏めて呼ぶときには《事物》という語が使用されている。ところで、物質の最少単位とされていた水素原子だが、実はこれが、プラス3分の2の電荷を持つダウン・コーク(=クォーク)2個と、マイナス3分の1の電荷を持つアップ・コーク(=クォーク)1個が一箇所に集合して、プラス1の電荷を発揮している陽子を作り出し、その回りを、マイナス1に電荷している電子が回転しているというように、明らかにそれは一つの《事》的構造体になっているのである。その伝で行けば、現在質量の最少単位とされているコーク(=クォーク)も、自然科学が進めば、それが《事》的構造体になったものであることが判明してくるに違いない。いずれにせよ、物質の根源であるコーク(=クォーク)でさえ《事》だとすると、この世の中には《物》など存在しないことになる。しかし、この世の事象は、構造の単純なもの複雑なもの様々である。そして、人々は、構造の比較的単純な事象を《物》とし、構造の比較的複雑な事象を《事》として、そうした相対的感覚で一応のコンセンサスを得て、コミュニケーションを執(と)っているのだと思う。
[差異の量と差延] 《差異(difference)》が《事》の相違を言うものだとして、昨日の《事》と今日の《事》とで、それが全く変化していなくても、存在した日が違うという《差異》がある。だから、過去から今日までの《差異》の累積総量は、時間の経過と共に、増加の一途を辿ることになる。また、一人の人間でも、年齢とともに変化して行き、人の一生は、膨大な量の《差異》の集積体である。そこで、時間に伴って累積増加する《差異》は、《差延(*↓)》という語で呼ぶことにして、これからは、単に《差異》といった場合は、時間的な一断層平面での《差異》のことであり、昨日より今日の方が、断層平面での《差異》が増加しているとき、それを《差異》の増殖とすることにする……限界差延量=差異量。
(*) J・デリダは、事物の構造について、時間に関連する変化の問題を考え、C・レビストロース等の『構造論的哲学』の真理性を否定し、いわゆるポスト・モダンと呼ばれる『脱構造論的哲学』を提唱した。なお、その場合、デリダ等は、時間に関連して変化する事物の差異についても、そのまま"difference"の語を使っているが、我国の学術界では《構造論的哲学(モダン)》が言う"difference"の方は、そのまま《差異》と訳し、デリダ等の《脱構造論(ポスト・モダン)》の言う"difference"の方は《差延》と区別して訳している。
[神様の御意志は差異の増殖か?] 宇宙の歴史の中に《差異》の増殖という一般的性向が有り、それが神様の行われたものであることは間違いない。だが、それだけで、神様が《差異》の増殖を目的にしてお仕事を進めておられるというように、一概に結論してしまうことは、まだ早計である。前掲のブラック・ホールという天体の中は、《差異》など全く無い単純な超高密状態になっているらしい。そして、宇宙の歴史には、そのブラック・ホールに向かうような《差異》を減少する方向への変化動態も起っているのである。だから、この段階では、《差異(difference)》の増殖を神様の目的と断ずることはできないのである。

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