安達論文「神様は、貴方に何を期待しておられるか」

第1章、科学的真理の中に神様のお振る舞いを探す
第2節 生命の誕生と神様
1 生命の進化

(8) 意志について
 上陸の追分では、もう一つ述べておかねばならないことがある。水中の環境の良いところを、強い者達に殆ど占拠されてしまい、狭い海浜に棲(す)んで、しかも、強い者達の攻撃から逃れるべく、ちょくちょく陸上待避をしているような連中は、今でも沢山いる。東南アジアのマングローブに棲(す)む、木に登るハゼなどがその典型である。きっと、生物の上陸の際にも同様、神様がお作りになった上陸候補生は、沢山いたに違いない。その時の上陸候補生の生き残りが、シーラカンスや肺魚等の生きている化石と呼ばれている魚達なのである。ところで、沢山いた候補生の中で、実際に上陸を果たして両棲類になったのは、最初はただ一対の雌雄だけだった分けである。何種かの魚類が並行的に両棲類になったというようなことはあり得ない。さて、その一対の雌雄が、後にゴマンと現れて来る陸上の脊椎動物の高祖的御先祖様になった分けである。地球史上、これほどの幸運者は、他にはいないだろう。それにしても、漢の高祖劉邦と同じように、それが最初は珍奇なあぶれ者であったということは、生物の進化の面白さである。そうしたことが、この後にも起る。
[選択の基準] 重要なことは、そうした超特級の幸運者の選択も、結局は神様が行なっておられる分けである。その場合、神様は、どうも何時ものように、合理的な価値判断でそれを選ぶ、というようなことを為(な)さってはおられないらしいのである。上陸候補生は、どいつも劣等生ばかりなのだから、その中から優れた者を選び出したところで高(たか)が知れている。上陸を果たせば、それがどんなチンケな奴でも、交尾式生殖を身に付けて、一気に海の連中に追い付きそれを追い越して行くに決まっているのである。だから、神様は、上陸者が、候補生の中の誰になろうと一向に構わなかったのである。しかし、神様である以上、嫌でもその中から、ただ一対の雌雄だけを選び出さなければならなかった。一体このとき神様は、どういう基準で、その一対をお選びになったかである。
[祈 り] この辺(あたり)のことが、神様についての、人々の最大の関心事だと思う。神様の、そうした恣意的な選択が行なわれるケースは、ここに上げたような極く特別な場合に限っている分けではない。実際は、そこらじゅうで、ひっきりなしに起っていることなのである。考えて見れば、人間社会で行なわれている多くの人事が、複数の価値的差のない候補者の中から、ただ一人だけが選定されるというような具合で決定している。我々は、それを通常、偶然とか運とかと呼んで、敢えて気にせずに過ごそうとしている。しかし、現実の上で確定ということが起きている以上、やはりそのときに、神様の選択的御決断が有ったことは間違いないのである。
 この時の神様の選択だが……上陸を果たした雌雄が、最も熱心に、自分達雌雄に、上陸という大役を果たさせて下さるよう、神様に祈った。そして、神様はその願いを聞き届けて下さったのである。
[上陸者の祈り] 祈ると言ったって、ウーパールーパー(山椒魚)のような奴がする祈りである。だから、人間のお祈りのように、掌(たなごころ)を合わせたりする外見的な儀式は全くなかったであろう。その頃、ムツゴロウのような上陸候補生が沢山いて、どれも皆、海のエリート達に追われて、陸に逃げ上がるというようなことを繰り返していた。もちろん、魚であった彼らは、陸上では鰓(えら)呼吸ができないので、すぐ息苦しくなって、危険が去れば、直ちに海に戻ったに違いない。ところで、その中に、陸上に興味を持ち、危険が去っても中々海に戻らず、少々苦しくても我慢して、少しでも長く陸上に止どまろうとする変な奴が現れてきた。多分彼は、小さな大脳新皮質のか弱い意志で、一生懸命頑張ったに違いない。その小さな大脳新皮質は、我々のそれ以上に力強く、神様に「陸上でも呼吸ができるようにして欲しい」と祈ったに違いあるまい。その祈りを神様が聞き届けて下さって、彼等を上陸第1号にして下さったのである。
[祈りの科学] こうした経過を、もう少し科学的に考えて見よう。魚が陸上動物になるためには《空気呼吸》《手足による歩行》《皮膚等の乾燥防止》等々、かなり数多くの特性を身につける必要があった。そうした特性は、突然変異によって獲得される。ところで、それ等の陸棲となるのに必要な特性は、完全に水に適応している魚達にとっては、むしろ不利な資質である。だから、魚類のうちのどれか一尾がそうした突然変異を受けたとしても、それは劣変になり、その変異遺伝子は、すぐ淘汰されて消滅してしまうだろう(遺伝子淘汰論)。だが、苦しさを堪(こら)えて、陸上にいる時間を引き伸ばしていた連中にとっては、そうした突然変異も有利な変異になる。だから、そうした連中の場合は、その遺伝子は、種全体に広がって行ったに違いない。そのようにして、その遺伝子が種全体に普及していれば、その中の何れか一匹が、更にそれに加えてもう一つ別の上陸のために必要な特性の突然変異を受ける可能性も生じてくる。そして、二つ目の遺伝子もまた、たちまち種全体に普及するだろう。そのようにして、その苦しさを堪(こら)えてまで陸に上がっていたがる連中は、間もなく、上陸にポジティブな遺伝子を二つ持っている者ばかりになったであろう。そして、その中の何れか一匹が、更に三っつめの上陸にポジティブな突然変異を受ける……そのように繰り返して行き、その種は、幾つかの上陸に必要な特性を全部備える者になった。そして、遂に上陸を果たしたのである。始祖は一対でも、魚だったのだから、多分卵は、毎年数万乃至数十万生んだであろう。また、敵無しの陸上を住処(すみか)にした関係で、稚魚も数多く育った。だから膨大な量の稚魚達が、続々と上陸してきた分けである。遺伝子淘汰論的に考えると、動物の上陸は、そうした筋書きになる。
 或ることにポジティブな突然変異を、一つの個体が重ねて二つ受ける確立は、天文学的数字(10の12乗分の1)になって、普通では、その様なことは絶対に起こり得ない計算になる。だから、複数の新しい特性を身に付けるのには、最初の突然変異で誰かが獲得した遺伝子が、多数の者に普及して、その多数の中の何れか一匹が、次の突然変異を受ける、というようなことが繰り返される必要があるのである。しかも、新しい環境にポジティブな遺伝子は、元の環境では、殆どネガティブなので、通常はそれが普及するようなことは起こらない。それが普及するには、ここに述べた、フロンティア精神のようなものが必要なのである。即ち、或ることにポジティブな突然変異は、それを願って祈る者だけには重ねて起こってくれるのである。現代の科学理論では、確立統計的な偶然の産物でしかない突然変異も、実は「求めよされば与えられん」という性質のものだったのである。
[意志の開発] 祈りというのは求める意志である。即ち、神様は、生物の進化では、ポテンシャルを求める意志を持った動物を作り出そうとしておられる分けでもある。そのことは、上陸後に行なわれた行き過ぎの進化のところで、簡単に触れたが……孔雀の美しい尾羽根は、孔雀の雌(めす)が、美しい尾羽根を持った雄(おす)を求めて多数集まり、ハーレム式の婚姻をすることによって出現してきたものである。マンモスの、武器として役に立たなくなってしまったところの、あのぐるりと丸まってしまった牙も、同様、雌(めす)の好みによって出現してきたのである。人間の頭脳も、多分、猿人(オーストラロピテックス)の時代の雌(めす)の意図による選択で獲得されたものであろう。
 いずれにせよ、この生物の上陸という追分道の分析から、生物の進化における神様の御意志は、どうやらポテンシャルの創造であり、且つ、ポテンシャルを求める意志を持つ動物の創造であるらしいと言うことが判明してくる。

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