安達論文「神様は、貴方に何を期待しておられるか」
第1章、科学的真理の中に神様のお振る舞いを探す
第2節 生命の誕生と神様
1 生命の進化

(9) 効用かポテンシャルか
 生物の進化には、上陸以降に《哺乳類革命》という大事件があった。それは、追分道ではない。恐竜が絶滅し、それによって哺乳類が爆発的に分化をしたという経過をとったところの、全くの革命であった。だから、この《哺乳類革命》については、追分道の分析の項ではなく、ここに別項を起こして分析検討をすることにした。
[哺乳類の誕生] 哺乳類時代の到来は、正に勦絶(そうぜつ)な革命であった。だが、哺乳類の誕生の方は、それとは逆に、大変穏やかな追分道であった。哺乳類は、今から1億6千万年くらい前に、爬虫類の獣孔目に属する獣歯亞目か、またはイタチ竜亞目から誕生したと言われている。そうだとすれば、《ここで改めて》という原則からは、明らかに哺乳類の方が、神様の御期待の動物だったことになる。また、哺乳類の特長は、胎生,恒温性,4室の心臓(爬虫類は3室)で、その3点だけでも、爬虫類より哺乳類の方が確実に優れている。そうしたことも併せて、どう見ても哺乳類は、神様が、将来それに本道を歩ませるべくお作りになった動物なのである。だが、そうは言っても、どういう分けか何時まで経(た)っても、哺乳類は、蘇轍の葉陰や岩蔭に潜(ひそ)み住むあぶれ者的生活から一歩も抜け出られなかった。そして、とうとう哺乳類は、誕生してから1億年もの長い間、脇役生活を続けてしまうのである。哺乳類が登場してきた頃には、恐竜等が既に全盛を極めており、大型化の進化に遅れた哺乳類(食虫類のモグラくらいの大きさ)は、岩陰や蘇鉄の陰などに身を隠して、細々と生きて行くほかに仕様がなかったのである。追い付け追い越せ的進化は、上陸の場合のように、新天地でそれを行なって初めて出来ることで、先輩達と同じ大地に棲息していては、優れた新しい機能を身に付けた程度のことでは、それはとても出来るものではなかった。そして、神様にも、その問題を解決する巧(うま)い手立てがなかったらしい。
 後法優先の原則によれば、哺乳類より鳥類の方が、後で出現してくるので(始祖鳥)、神様の御期待は、哺乳類より寧ろ鳥類の方にあったのではないか、という疑問が生じてくる。だが、現在は、鳥類に付いては、生き残った恐竜だとする説が強くなって来ている。そうだとすれば、やはり、哺乳類の方が、後で出現してきた動物だったことになり、その疑問も解決する。
[伝家の宝刀] 神様は、1億年も待たされて痺(しびれ)を切らし、とうとう伝家の宝刀を抜いておしまいになる。6千5百万年前に有ったと考えられている大流星の落下である。その時の様子の推測は、今は多くの科学的書物に書かれているので、ここでは省かせていただく。いずれにせよ、それによって大型の爬虫類は絶滅し、小型であった御蔭で哺乳類と鳥類が生き残り、生物の進化の最後の時代が訪れて来ることになった分けである。生物の進化では、神様も大方のことは、御自身のお作りになった進化システム(遺伝と変異と有性生殖)をお使いになって、そのお仕事を進めて来られた。だが、神様も、その御意志を通されるために、時には大流星を落下させるような強行手段を執られることもあったということだけは明記しておく必要がある。
 恐竜の絶滅については、第3章で詳しく述べたので、そこを参照されたい(第3章,第1節,2の(7)参照)
[神様のおわします現証] 6千5百万年前に、大流星の落下で哺乳類時代が到来したということは、この世に神様がおわしますということ、神様は全宇宙を一手に統括なさっておられるような超々巨大な存在であるということ、であるから、この世には、神様は、その神様御一神しかおられないということ、神様は、はっきりと《御意向》を持って(目的を定めて)、この地球上でのお仕事を進めておられるということ……そうしたことを見事に全部証明する、まことに重要な《現証》だったと思う。
 そしてまたこれは、神様の志向される価値が、生存の効用(淘汰論的価値)ではなく、ポテンシャルであること、即ち、適者になる力をもつ動物作りではなく、ポテンシャルの高い動物作りであることを如実に示した、決定的な《現証》てもある。
 適者である恐竜を滅ぼし、不適者に成りかけていたポテンシャルの高い哺乳類を救った。
 なお、無機の時代の進化における神様の御意向を、前は差異の増殖だとした。だが、実際は、神様は、最初からただ只管(ひたすら)ポテンシャルの高度化だけを目標にして、お仕事を進めてこられているのである。元素製造も化合物製造も、ポテンシャルの高度化であることは言うまでもあるまい。同時にそれは、高度なポテンシャルである生物作りのための準備作業でもあった。
[自然力による作業の限界] 何故、神様は、ご希望のポテンシャルを直接追求するシステムをお作りにならずに、生存の効用(淘汰論的価値)を追及する進化システムなどを作り出されて、間接的にポテンシャルを獲得するというような、手間の掛かるやり方をなさったのだろうか?……それは、神様は、まだ、ポテンシャルを直接選択する道具を入手しておられなかったからに他ならない。実は神様は、ポテンシャルを直接選択する道具を作り出すために、生物の進化という作業をお始めになったのである。
 生物を作り出された頃、神様がお使いになれる力は、三っつの吸引力と太陽からのエネルギーしかなかったのである。エネルギーは希薄化の力であり、三っつの吸引力はその逆の濃密化の力である。実は、化合物製造までの進化は、エネルギーと三っつの吸引力だけで十分行なえる作業だった。エネルギーで、或る水準の希薄状態を作り出し、そこへ、重力という濃密化の力を働かせて天体を作る。同様、核力という濃密化の力で元素(原子)を作る。電磁力という濃密化の力で化合物(分子)を作る、という具合である。
[行き詰まり打開のための弁証法] 化合物製造の最終段階に作られた蛋白質は、その既存の自然力(三っつの吸引力とエネルギー)で製造出来るポテンシャルの極(きわみ)であった。蛋白質は極めて脆弱な物質で、極く狭い温度,圧力,加速度(重力)等のの範囲内でしか、その高度なポテンシャル構造を維持していられない存在なのである。だから、エネルギーも三っつの吸引力も、両方とも生(なま)のままで働けば、蛋白質は壊れるだけで、それ以上の高度なポテンシャルの創造には、それらの力は、ネガティブにしか働かないのである。そうした行き詰まり状態になったとき、威力を発揮する方法こそが《弁証法》である。即ち、否定の否定の法則や、対立物の浸透の法則を駆使すれば、それ等のネガティブな力でしかないものを二つ組み合せて、止揚(アウフフェーベン)というポジティブな結果を生むことができるのである……この節の1の(2)及び(3)の『生物の進化システム』を参照されたい。
[ヨットのジグザグ前進] 例を上げて説明しておこう。ヨットの走行法である。正面から風が来る場合、船の姿勢を、その風を横から受けるようにして、舵(かじ)を逆に切る。右から風が来る状態のときは、船が左に流されるので、舵(かじ)を右に切るのである。そうすると、船は、期待の方向に斜めに前進してくれる。斜め前進をジグザグに繰返すと、船は希望する方向に進む結果になる。極く当たり前の誰でも知っていることだが、これも弁証法的止揚の一つである。誰でも知っていながら、教育とか社会政策とかでは、直進が困難であることが分かっていても、斜め前進を方向違いだとして拒否する人が多い。そういうタイプの人には、神様がポテンシャルを追求するために、この段階で、斜め前進の淘汰原理による進化というノウハウを使われた意義は、とても理解しては頂けまい。
[ポテンシャルへの直進の方法] 斜め前進の淘汰原理は、時折ポテンシャルを減少(エントロピーを増大)させるような方向を志向した進化を始めることもある。そうしたことで、淘汰原理が、ポテンシャルの追求を阻(はばむ)ようなことを始めた場合には、神様は、大流星を落下させるような強行手段も講じられている。
 なお、神様は、生物の進化の最終段階で、遂に、ジグザグ前進などせず、真正面からポテンシャルを選択し、創造することのできる道具を作り出すことに成功された。そして神様は、それから以降は、生物の進化には、余り関心をお示しにならなくなり、専ら、その新しい道具の機能の高度化ばかりに関心を向けられるようになる。そうしたことから考えても、神様が、ポテンシャルを選択し創造する道具を作り出そうとして、動物の進化という大作業をなさってこられたことは確かなようである。その、ポテンシャルを真正面から選択することのできる道具こそは、人類の大脳新皮質である。