安達論文「神様は、貴方に何を期待しておられるか」
第3章、21世紀における神様のお考え
第1節 政策論
2 各 論……経済政策

 神様の御意向は、ポテンシャルの高い文化の発展である。文化は、余剰の産物である。我が国の場合は、余剰の生産比率は、既に90%を超えており、比率の向上にはさして期待できない。だから、我が国では、余剰量の増加は、生産量の増加による他はない。そういうことで、現在、神様が、我が国に第1に期待しておられることは、経済成長であることは間違いない。我が国は、戦後、経済成長政策を取り続けて来た。そして、正に多大の功徳(くどく)を頂き、経済大国と呼ばれる程のものになったのである。だが、1970年代から、自然需要の枯渇状態が現れて来、従前の政策では、効果が現れなくなった。我が国は、そのときの政策転換に大きなミスを犯した。そして、それが因(もと)で、かなり酷(ひど)いバブル状態を引き起こしてしまったのである。その機を捉(とら)えて、国内の言論界に巣食うマルキシズムのシンパサイザー達が、成長政策それ自身を悪の政策のように喧伝し始め、また国民も、マスコミ等に洗脳されて、そのように思い込んでしまった。今でもまだ、多くの方々が、成長政策がバブルの元凶だと思い込んでしまっておられる。バブル経済は、政策に大きなミスがあったから起こったもので、成長政策が原因ではないのである。そのことはあとで詳しく説明するとして……いずれにせよ、我が国では、現在、成長政策は否定的に考えられている。そうした状況下で、神様の、第1の期待が、経済成長であるというように言うと、えらく古臭い、田中角栄の『列島改造論』の頃の意見のように思われてしまいそうである。だが、神様が、ポテンシャルの高度化,増殖を志向しておられる以上、やはり、神様の御期待の第1が、経済成長であることは、間違いないのである。その証拠のように、成長政策をやめてから、我が国の経済は、底無し沼に落ち込んで行く様相を示し、正に罰(ばち)が当たり詰の状況である。

(1) ケインズでは駄目の語の破折(はじゃく)…アメリカの場合
[ケインズでは駄目の語] ケインズのマクロ・ダイナミックスの理論は、現代経済学の中で、真理に最も近い理論である。だから、神様御期待の理想国家を構築するための経済政策は、当然、ケインズの経済理論を踏まえたものでなければならないことになる。
 ところが、20年ほど前から「ケインズでは駄目になった」という
ことが言われ出し、現在我が国では、言論界も学術界も、こぞって、恰もその言葉を神の語のように信奉し切ってしまっている。そして、会議等で誰かがケインズ理論に基づいた意見を述べたりしようものなら、大勢でせせら笑うような態度をとり、頭からそれを排除して、耳も貸さない状況である。そういうことでは、理想国家に向うための政策論など、とても展開することは出来そうにない。そこで、本論に入る前に、まずその「ケインズでは駄目」の語の破折(はじゃく)から始めることにする。
[ケインズ理論の、部分的訂正] ケインズの正しさを述べる前に、ケインズの経済理論の中に、一点だけ、間違った部分があるので、
まずその訂正から行わせて頂く。『投資の乗数効果の理論』である。それは、彼の理論の内、最も興味をそそる部分であり、そのため、ケインズ経済学のペーパーバックなどには、その部分が、特に強調されて書かれている。
「投資をすると、まず、その期には、その投資額と同額の所得が生ずる(有効需要が増加する)。そして、限界消費性向が4/5(80%)な
ら、その所得のうちの4/5の額が消費に回され、それが次ぎの期の所得になる。そして更に、次の次の期には、4/5×4/5の量の所得が増加するというように、順送りに先細りの無限級数のようになって所得が増加して行き、長期に亘れば、無限等比級数の極限的総和だけ、即ち、限界消費性向が4/5なら、投資額の 1/(1-4/5)=5 倍の所得の増加(有効需要の増加)が期待できる」というのが、ケインズの投資の乗数効果の理論である。そういう理論で、ケインズは、不況救済策としての、公共投資の効果を強調したわけである。しかし、この理論は間違いで、最初の所得は、確かに投資によるものだが、次ぎの期から以降に表れる所得は、投資によるものではなく、消費によるものなのである。だから、投資により増加する有効需要は5倍などにはならず、最初に生じた所得、即ち、投資と同額だけなのである。
 例え『投資の乗数効果の理論』が間違いであっても、貨幣経済には、公共投資を続けなければ経済は均衡しないというケインズ経済
学の理論の総体は、やはり真理に限りなく近いものである。とくに、投資に乗数効果がないとなると、貨幣経済では、ケインズが考えたよりも、更に一層多額の公共投資が必要であることになる。
[ケインズ経済学の正しさを証明したアメリカ経済] アメリカでは、第2次大戦後の戦後インフレは起こらなかった。第1次大戦のときも、戦勝国には、戦後インフレは起こっていない。戦勝国で恐ろしいのは、むしろその後に来る、恐慌的デフレである。アメリカ
は、それを大変恐れていた。ワシントンの政府は、それに対処すべく、ハーバード大学のアルビン・ハーヴィー・ハンセン教授や、ポール・A・サムェルソン教授の下で育てられた、多くの若手のケインジャン達を雇い、その対処法を研究させた。そして、彼等がその都度提案する政策を順次講じて行き、その効有って、戦後25年間、アメリカ経済は、経済変動などを起さず、ひたすら右肩上がりの成長を続け、1960年代の後半には、アメリカは、歴史上かって人類が経験したことのないような、最高の繁栄状態に達していた。アメリカの大統領経済諮問委員会の、1969年の1月に開いた会合での祝いの言葉が、そのことを、最もよく物語っている。少し長くなるが、アメリカのその時代の様子を知る上で、重要な文書なので、ここに掲げておく。
 「アメリカは、継続的な経済拡大の95ヶ月目(約8年間)を迎えている。この繁栄は、その力強さにおいてもその長さにおいても、我々の歴史にその例を見ないものである。これまで何世代にもわたっ
て、周期的に起こる景気後退が、我々を成長と前進の道から脱線させて来た。われわれは、その景気後退を避けるべく舵取りをしてきたのである。……(一部略)……我々の経済が、容赦なく潮の干満に左右されるという考えは、既に過去のものとなった。自動化と技術的進歩が、労働者の職を奪うのではないかという心配は、もはや存在しなくなった。……(一部略)……1946年に、雇用法の成立を見て以来、経済政策は景気の沈滞と活況の火災警報に呼応して行われてきた。1960年代には、火災予防を目的とする新戦略を取ってきた。つまり、この間に、将来における継続的な成長のための強固な基礎が築かれたのである」
[インフレ抑止に戸惑ったケインジャン] 政府ブレーンのケインジャン達が、そのように自画自賛をした1969年の翌年、即ち1970年の頃から、アメリカ経済に物価上昇の傾向が現れて来た。それまで
は、アメリカの消費者物価指数は、毎年1〜2%程度の極めて低い上昇状態を継続していた。だが、1970年には6%、1972年には8%、そして、1974年には遂にそれが二桁になり、14%もの物価上昇になってしまったのである。しかも、その年から以降物価上昇は、高い水準のまま推移した。その原因は、一つはベトナム戦争であり、もう一つは、賃金の高騰であった。
 政府は、もちろんそのインフレ対策についても、ケインジャン達に意見を求めた。だが、当時のアメリカのケインジャン達は、ケインズの理論の中の、不況対策の部分だけの専門家になってしまっていた。だから彼等の頭の中には、インフレに対する対策手段は準備されていなかったのである。そのため、政府の諮問に対して、彼等は、即座に適切な応答が出来なかった。そうした状況下で、古典派経済学の学界のドンであったパパ・フリードマンが「ケインズでは駄目」の標語を掲げて登場して来たのである。
 アメリカでは、悪しき集団の首領を、屡々「パパ」or「ファーザー」と呼ぶ。ゴッド・ファーザーなどがその典型例である。我が国
のボスと同じである。アメリカでは、ボスは、上司などに対する通常使用される敬称になっている。
 ミルトン・フリードマンのマクロ経済理論は、本来は、古典派の「神の手による均衡必然説」であった。だが、彼は、反ケインズの
旗頭として、前掲の「乗数効果の理論」が間違っていることを知って「公共投資には、効果はなく、利子率による金融政策によるべきだ」ということを主張していた。なお「乗数効果の理論」の否定は、彼のオリジナルではない。ケインズ理論の全体を正しく理解すれば、誰にでも、乗数理論が矛盾した理論であることに気付くはずのもので、1960年頃には、誰もが言っていたことである。私も、1957年に自治大学で書いた小論文で、そのことを指摘した。一橋大学の山田勇教授がそれを持ち帰られたが、その後どうなったか?……いずれにしても、彼は、初めは、インフレ対策としてそれを言ったのではなく、不況対策として「ケインズの公共投資では効果はなく、金融による政策の方が効果的である」ということを主張していたのである。
[お手盛り賃上げによる物価高騰] このときのアメリカの物価の高騰が、どういう性質のものであったかを簡単に説明しておこう。
資本と経営の分離が進み、企業は管理部門も経営労働者によって支配されるようになっており、賃上げは、管理部門の連中にもプラスになる状況になっていた。しかも、商品の価格は、独占禁止法に違反するようなことを殊更行わなくても、暗黙の了解で、一斉に値上げができる、いわば、生産者優位の時代になっていたのである。
 我が国でも、新聞などが、一ヶ月くらいの間に、五月雨(さみだれ)的に料金の値上げを行い、何時の間にか、全社が値上げをして
いるという結果になっていることがちょくちょくあった。それと同じである。消費者が社会的弱者となり、消費者擁護の行政の必要性が言われ始めたのもこの頃のことである。
 そういうことで、企業の管理者(経営労働者)は、労働組合の要求する賃上げを、商品の値上げで賄うことにして、それを簡単に許諾した。いわば会社ぐるみのお手盛り賃上げが行われ始めた分けであ
る。しかも、そうしたことが、国民経済全体で挙(こぞ)って行われるようになると、賃上げが有効需要を高めるので、商品の値上げをしても、売れる量が減るようなこともなくなり、難なくそれが行える。また、それが毎年繰り返えされ、物価がどれだけ騰貴して行っても、セイの法則がそのまま妥当してしまい、行き詰まりなど起こらないのである。実は、我が国でも、毎年行われる春闘の賃上げ交渉で、同様のことが行われていた。これは、勤労階級にとっては、ゼロサム・ゲームで、得もないが損も全くない分けだが、不労利得者にとっては大変である。彼等の身上(しんしょう=利得の元本。身代(しんだい)ともいう)は、一気に目減りして行ってしまい、不労利得の状態を続けていられなくなる。
 不労利得者の身上(しんしょう)の目減りは、平等化であって、労働者階級にとっては、それは相対的にはプラスである。また、不労利得者が、破産して働くようになれば、集団の生産力が増大する。即ちそれは、神様の御期待に沿った方向の進化でもあるわけである。だが、経済の国際競争時代には、こうした物価高騰が起こると、他国の商品が、相対的に安くなり、輸入が増加して、国産品の需要を圧迫するというマイナス面がある。しかし、これについても、すぐそれに引き続いて、価格騰貴により、為替レートでの自国の通貨価値が下がり、外国商品が割安ではなくなるということも起こって来る。アメリカは、かって1ドル360円という固定相場制を取っていた。この物価騰貴のときに、急遽それを変動相場制に切り替え、一気に1ドル200円というような円高状態になったことは、まだ記憶に新しい。
 なお、アメリカ政府が、インフレ抑止対策を考え始めた頃には、その物価騰貴が、企業の《お手盛り賃上げ》によるものであることを、ケインジャンも、古典派の学者達も、まだ気付いてはいなかった。それが《お手盛り賃上げ》によるインフレでることを、学術界や政府が気付き、そのことがマスコミ等に公表されるようになったのは、1980年も後半になってからのことであった。
[金融引締め対策] 話は戻って、「ケインズでは駄目」と豪語して、ミルトン・フリードマンが提唱したインフレ抑止対策は、連邦準備銀行の公定歩合を引き上げて、民間の投資を抑制するという対
策であった。極く当たり前の対策で、ケインズの経済理論の中にも、当然、そうした対策は予定されていた。ケインズ経済学に《投資の量は資本の限界効率によって決まる》という理論がある。資本の限界効率は《資本の見込収益−利子率》で決定するとされており、ケインズは、利子率を動かすことによって、投資の量を増減できることを、理論面ではチャント把握していたのである。ただ、ケインズが政策を考えたのは、1930年代の大恐慌の頃のことであり、その不況対策としては、公共投資による有効需要の増加というやり方が最も妥当な方法であった。だから、彼は具体策としては、それ一つを言い、後の対策は言わなかっただけのことなのである。そうだとすると、フリードマンは、そうしたケインズ理論に沿った対策を、なぜ「ケインズでは駄目」などと、さもしいことを言って持ち出してきたのか?……そこに疑問が生じてくる。
 ケインズは「利子率を下げると、投資誘因は高まるが、国民が、銀行等に預金をしたがらなくなり、箪笥貯蓄が増える虞(おそ)れがある。そうしたマイナス面があるので、公共投資の方がよりベターだ」というようなことを言っている。そして、そうしたケインズの発言を考慮して、その頃のアメリカのケインジャン達は、金融政策の提唱をしなかったのである。いや、箪笥預金が植えることだけではなく、金融政策による経済政策には、もっと恐ろしいことがあり、ケインジャンにはそれが分かっていたのだと思う?……そのもっと恐ろしいことが何であるかは、読み進むうちに、読者にもお分かり頂けると思う。
[ケインジャンと古典派の確執] なお、それだけで、フリードマンが「ケインズでは駄目」を言ったわけではない。そこには、ケインジャンと古典派の経済学者の間の根の深い確執があった。しかも、
ここ半世紀もの間、古典派の経済学者達は、政府等からコケにされ続けて来ている。我等こそ正統派だと自負していた……彼等を古典派と呼んだのはケインジャンで、彼等自身は、自らを「正統派経済学」と呼んでいた……古典派の連中の面目丸つぶれの状態だったのである。そうした関係で、アメリカの古典派の経済学者達の間では、その確執は、既にルサンチマン(怨念)化していた。
[異端の経済学] ケインズ経済学と古典派経済学の確執は、元は、古典派が、ケインズ経済学を異端としたことに始まる。古典派経済
学には、アダム・スミス以来、経済は「見えざる神の手に全てをお任せすべきもので、それに政府権力が介入するというようなことは言語道断のこと」というレッセフェール信仰のドグマがあった。だから、古典派のマクロ理論では、スコラ哲学のように、セイの法則、即ち「経済を自由にしておけば、必ず神の力で、投資と貯蓄が同額になり、完全雇用という理想状態の処に至って均衡する」という理論を、蓋然的な演繹論理で……こじ付け論理で……証明するようなことばかりが行われていたのである。古典派の若手の研究者達の研究が、ミクロの心理学的主観価値説ばかりになって行ったのも、そのように、マクロ理論には、最初から結論が出てしまっており、それを変更することが許されず、研究ということが出来ない状況になっていたからに他ならない。そうしたスコラ哲学的行き詰まり状態になっていた経済学界に「投資と貯蓄は、全く別の与件によって誘引されるものだから、常に同額になるという保証は全くなく、経済は、不完全雇用の状態でも均衡してしまうことが有り得る」と言い「完全雇用の達成には、政府等の対策が必要だ」というとんでもないことを言う男が現われて来た。ケインズである。その様な、神の手の力を全く信用しない《経済性悪説的意見》を述べたのだから、ケインズが異端とされるのも当然であった。
[パラノイア的性格のケインズ] ところで、異端とされても、ケインズは、怯(ひる)むようなところは、微塵もなかった。それより
も著書や論文で、古典派の大御所的先輩経済学者を、悪し様に罵った。他者の学術論文で、彼のそれのように、他人の理論を罵詈雑言をもって誹謗し罵倒したものは、まず例がないだろう。ケンブリッジ大学の教授であり、ケインズの恩師であったピグーが、彼を破門したのも、そうしたケインズの紳士らしからぬ振る舞いによるのである。
 ケインズが、大蔵大臣であったチャーチルを罵倒したことは有名である。イギリスが、第1次世界大戦の影響で、ポンドの平価切上げを行ったときのことである。チャーチルは、ケインズと同じ考えで、平価を切り上げることには反対であった。だが、経済理論を知らない議員や財界人達が、ポンドの威信のためなどということを言い立てて、チャーチルに詰め寄り、チャーチルは、彼等に押し切られたのである。そのチャーチルに対して、ケインズは「何故チャーチルはこんな馬鹿なことをするのか」という書き出しで始まる論文で、チャーチルを酷(ひど)く誹謗した。そうしたことがあって、チャーチルは、後に首相になってからも、ケインズの経済理論には肯定的であったが、彼を政府のブレーンにはしなかったのである。そのため、ケインズは、第2次大戦の前後を、アメリカで過ごすことになる。
 フランクリン・ルーズベルトは、ケインズの理論に基づいて、ニューディール政策を打ち出した……ケインズが『一般理論』を発刊する前の1934年に、二人は会っている。だが、後(あと)でそのときのことを、ルーズベルトは「話が巧く行かなかった」と他人に語っている。ところで、その後ケインズは、イギリスを半分追われるようにしてアメリカに来たわけだが、既に、ニューディール政策に着手していたルーズベルトは、彼と会うことを嫌って、彼に教を請(こ)うようなことは、一度もなかったと謂うのである。後々の歴史家の誰もが、近代理論経済学のプリンスであるケインズとニューディール政策のルーズベルトが、同じアメリカにいながら、一度も会合したことがなかったと言うことを、不思議がると同時に、大変残念がってもいる。
 ケインズという人は、多分今流に言うなら、パラノイア的性格の人だったのだろう。それにしても、意見が同じ人達でさえそうなのだから、ケインズは、意見が全く違う古典派の学者達からは、蛇蝎(だかつ)のように嫌われていたに違いあるまい。
[アメリカの経済的臨死体験] 如何にケインズが、腹立たしい男であっても、彼の経済理論のお陰で、第2時大戦の後には、前大戦
の場合のような恐慌状態は、戦勝国にも敗戦国にも起こらなかった。そういうことで、古典派の経済学者達は、半分諦(あきら)めながら、我慢を重ねていた分けである。そこえ、降って湧いたように、アメリカにインフレ騒ぎが起こったのである。彼等は待ってましたとばかり「ケインズでは駄目」を合唱した。それがパパ・フリードマンの登場ということになった分けである。
 アメリカ連邦準備制度理事会は、フリードマンの意見を入れて、公定歩合の引き上げを決行した。その結果、投資は停滞し、国民総生産の伸びは、大きく鈍化したが、インフレの方は一向に治まらない。景気が悪いのに、物価が上がるというようなことは、歴史上、かって経験されたことのない現象である。このときに、経済学用語に、スタグフレーションという、研究者の無能さを曝(さら)け出すような変梃子(へんてこ)な言葉が、もう一つ加わったのである。ケインジャンは、理論的にそうしたことになりそうな危惧を感じて、金融による対策を避けて、公共投資による対策のみを奨めていたのである。だが、フリードマンは、そうは考えず「現在の経済は、スタグフレーション現象のような不可思議なことが起こるほど、それは複雑怪奇なものになっている。だから、ケインズでは駄目なのだ」と言って……なお、この頃には、ケインジャンの筆頭であったサミュエルソンさえも同じことを言い出していた……一層の公定歩合の引き上げを要請した。連邦準備制度理事会は、それを受けて、遂にアメリカの金融界は、史上空前の10%を超える二桁金利の時代を迎えることになってしまったのである。それによって、漸くアメリカのインフレ率は低下をはじめ、1984年にはそれは一応安定した。しかし、その二桁金利のブルトーザーは、インフレを押さえ込んだだけでは飽き足らず、アメリカ全土の経済を、完全に押し潰してしまったのである。デトロイトの自動車工場は、殆ど見る影もない廃墟と化した。ピッツバーグの溶鉱炉の火も殆ど消えた。今デトロイトの市民達は、デトロイトの自動車工場を廃墟にしたのは、日本人であるように言って、我々に怒りの目を向ける。しかし、それは大変な冤罪(えんざい)である。その元凶は、二桁金利なのである。二桁金利のブルトーザーの猛威は、工場を廃墟にしただけでは治(おさ)まらなかった。ニユーヨークを通常人には住めない死の都市にし、次いでロスアンゼルスをも同様の姿の都市にした。1980年代の前半の頃のアメリカ経済は、正に資本主義の臨死体験の観を呈していた。
[ケインズで蘇(よみがえ)ったアメリカ] レーガンの第1期目の4年間は(1980〜1984)、軍拡の予定もあったので、彼は、緊縮経済
に積極的であった。だが、ゴルバチョフとのマルタ島での会談で、冷戦を終息させる取り付けを得てからは、彼の経済政策は180度転換した。レーガンのブレーンのメンバーが、古典派の経済学者からケインジャンに次々と入れ換えられて行った。ブッシュ・シニアーは、湾岸戦争で、誠に見事な手を使った。日本とドイツから「お家の事情で派兵はできませんので悪しからず」ということで、多額の冥加金を貰い受けた。そして、戦争には、何れはスクラップにするしか無かったところの既存の兵器を使って戦い、冥加金の方は、ケインズ的公共投資の財源にしたのである。自国の金でも外国の金でも、金でありさえすれば、公共投資の経済効果は同じである。だとすれば、この冥加金は、インフレを起す危険はなく(赤字公債)、また、国民の負担を先送りすることにもならない(国債)、これ以上の公共投資財源はないのである。ブッシュ(藪医者)が、そこまで企(たくら)んでいたかどうかは分からないが、この冥加金は、臨死体験中のアメリカ経済にとっては、正にカンフル注射であった。ところで、そのような巧い事をやっても、結局共和党には信用がなく、ブッシュは落選した。ケインズ政策といえば、アメリカ人は、ニューディール政策のフランクリン・ルーズベルトを思い出す。ケインズはやはり民主党のものなのである。そして、クリントンは、ケインジャンによる経済政策を展開、結果は歴然であった。ダウ指数は2千j代から出発して、今は5倍の1万jを超えている。日本では、品川の町工場が、携帯ラジオで世界のソニーになったのは、今は昔の物語である(池田勇人の所得倍増政策=ケインズ政策)。今アメリカでは、一介の青年が、コンピュータに窓をはめ込んで、世界のマイクロソフトに成長した。たとえ、嫌味な男でも、ケインズはやはり一人の預言者だったのである。彼の理論は、今この地球上にある如何なる理論よりも、真理に最も近い経済理論なのである。アメリカの現代史こそ、その現証(現実の証拠…仏教用語である)である。
 人類文化には《真理》は《嫌味な男》にしか発見出来ないという変な鉄則があるらしい。そのことを『安達勇の時事随想』に書いたので、息抜きがてらに、ここをクリックして、それを読んで見て戴
きたい。
 追記、アメリカは、納税者パワーが強まって来て、減税を言い、ケインズ政策を否定する共和党のブッシュ・ジュニアーが大統領に
当選してしまった。その結果、現在は、一気に反転して、不況への道を歩き始めている。ブッシュは、親父(おやじ)と同じ手で、それを救おうととでも思ってか、盛んに第2次湾岸戦争の必要性を、世界に訴えている。しかし、日本もドイツも、二番煎じのそんな話には、とても乗っては来ない。いや、今度は、乗りたくても、お家の経済事情が、それを許さぬ状況になっている。さて、この先どうなることか?……