ちくちくの記

2005年:  6月


2005年6月17日

寝る前にぼーっとテレビのニュースを見ていたら、突然レース編みをしたくなった。それ
も、夜中の11時過ぎ。いつもだったら遅いから明日にしようになるのに、何故だかそう
ならずにごそごそと材料漁りを始めてしまった。
まずはレース糸。しまってあるのを全部引っ張り出す。何だか無性にビーズの財布を編み
たいので、口金やビーズも出してくる。本棚からはレース編みの本を一冊。全部抱えてテ
レビの前に陣取り作業が始まる。
糸ビーズをほどきレース糸にビーズを通す。以前はレース糸とビーズを通してある糸を撚
り合わせるにはセメダインが一番だったけど、今はアドヘア糊。手についた糊の始末も楽
だし、何より臭くないのがいい。
久々なので手間取るかなと心配したけど杞憂に終わり、あっけないほど簡単にビーズ通し
完了。何度も苦労して覚えたことは意外と忘れていないものなのかな。
では早速とレース針を出してきて編み始めたはいいけれど、針も糸も細い。いつも作る形
とは違うものを作るつもりで始めたのだけれど、中々進まない。ある程度編み進んでも思
うように目が揃わない。結局、何度やり直しても満足できず、全部ほどいてしまった。
でも何故だかレース編みをしたい。で、ビーズ編みは止めにして、ぱらりと開いたページ
にあったドイリーを編み始める。使うのは半端に残ったレース糸。ひょっとしたら頂き物
の毛糸の中に入ってたレース糸かもしれない。ラベルも無いのでメーカーも番号も不明。
太さは40番程度と踏んで8号のレース針で編む。
こちらはとっても順調。しょっ中編んでた頃の様にすいすいとはいかないけれど、そこそ
この早さで手が動く。編目はまあまあの揃い方。一段終わる毎に編み図をチラッと見ては
編み進む。ビーズ編みと同じ太さの針と糸なのに、この進み方の違いは何故なのだろうと
不思議な気がする。
そのままどんどん編み進めたい気分だったけど、編み図の中にピコットが出てきたし、時
間も遅いしで編むのを止める。途中まで編んだのを広げて見ながら、久々に編む割には目
が揃ってるかな、と自己満足。ビーズ財布のリベンジもしたいし、もう何枚かドイリーを
編みたいしなので、しばらくはレース編みなのかな。
なにしろ、ドイリーを編むために広げた本に載ってる作品はどれも甲乙つけがたく、全部
編んでみたい気分。最初のページから順に編もうかとすら思う。ちなみに、この本に載っ
てるドイリーの数は30枚。毎日一枚編んでも一ヶ月はかかる勘定になる。そもそも一日
一枚なんて到底無理な計画。目論見どおり全部編むとしたら、どれくらいの日数がかかる
のだろうか。


2005年6月13日

このところお気に入りの手仕事のひとつがクロスステッチ。単純作業を繰り返してるだけ
なのに絵が出来上がっていくのが何だか楽しい。面倒な絵柄も、根気良くばってんを刺し
ていけば何時の間にか完成している。
何気なく再開したクロスステッチだけど、今はかなりどっぷり浸かっている。
しかしである。幾らどっぷり浸かってると言っても、刺してみたいものの増え方がこの頃
異常。何を見てもと言うわけでもないけど、いいなあ素敵だなあ刺してみたいなあ、と思
うものは増えるばかり。元々好奇心旺盛で気に入れば何でもやってみたい人だから、刺し
てみたいものが増えるのは驚くに値しない。でもその増え方がちょっと多過ぎる。自分の
技量も省みず、あれこれ欲望が膨らむばかり。
これまでだったら自分の好みじゃないからと見向きもしなかった図案が、ある日突然輝き
出す。何故だかとても魅力的で目が離せなくなる。これだけ細かいのはパスとチャートを
見ただけで素通りしてたものが、おいでおいでと手招きし始める。
好みが変わったというより、これまで見えてなかったものがあぶり出しの様に見えてくる
感じだろうか。とてもじゃないけど大変そうだからと避けて通ろうとしていた山が何とな
く低い山に見えてくる感じだろうか。
自分の技術がそんなに向上しているとは思えないのに、かなり大変そうなものを刺せそう
な気がしてくるのは何故だろう。ぼーっと見てるうちに、刺してみたいなあ、ひょっとし
たらわたしにもできるかもしれないなあ、刺そうかなあ、の気持ちがむくむく頭をもたげ
てくるのは何故だろう。
手は二本、時間は有限とおまじないを唱えても、刺したいと思うものは色あせもしないし
消えてなくならない。時によっては益々その輝きを増したりする。そして、気がつけばチ
ャートを手に入れ材料を手配し準備万端整えていたりする。
何でかなあ。

家の中に持ち込まれるものの多さに少々辟易気味のこの頃。
要らないものは処分してしまえばいいのだけれど、どうしてももったいないが先に立って
つい取って置いてしまう。一応それなりの基準があって処分するものと取って置く物に分
けているし、一定量を超えたら処分と決めてはある。そして、定期的に見直して処分もし
ている。なのに、何だか家の中に物が溢れてくる。
わたしの処分する量や見直し周期よりも入ってくる物の量も多いし流入速度も速い。そん
な気がする。日々の生活で、以前だったら処分せずに取って置いたようなものを結構捨て
ているにも関わらず、こんな風に感じてしまうのだから、世の中には物が溢れ返っている
と言ってもいいのであろう。いや、間違いなく溢れ返っている。
この間ちょっと作ってみたいものがあって我が家のガラクタを漁って見たけどお目当ての
材料が見つからず、材料調達に出かけた。ふらりと入ったお店の中は商品で一杯。通路の
片隅には空の段ボールや商品が入っていたと思しき袋が山と積まれている。見てるうちに、
夕食前でお腹が空いてる筈なのに、何だかお腹が一杯でげっぷが出そうな気分になってし
まった。食べ物を見ていたわけでもないのにこの感覚。これは一体何なのだろう。
そして、意識しないうちに、物が一杯あるのが当たり前の感覚になってきているような気
がする。欲しいのだから、使いたいのだから、飾っておきたいのだから、自分で購える範
囲だから、と言い訳は色々あるけど、自分で持ち込んでるものも結構多い。持ち込んだも
のをフル活用するのならば別に問題は無いのだけどねえ。
もったいない等と言ってないでさっさと処分できればこんな思いはしないのだろう。でも
ねえ、闇雲に処分してしまうのも、何だか不遜な感じがしてしまう。どこかでしっぺ返し
を食らいそうな気がしてしまう。
辟易気味の気持ちと、しっぺ返しを食らいそうで不遜な感じと、どちらが先になるのだろ
うか。このまま行けば辟易気味の気持ちが強くなって、ある日突然大整理をおっぱじめそ
うな気がしないでもない。


2005年6月6日

ひょいとつけたテレビで、鉄道乗り継ぎの旅をやっていた。
何処の路線に乗っているかと言う説明はあるけれど、名所旧跡や名物の細かな説明などは
一切なし。有るか無きかの音楽と、一人の旅人の旅行姿のみ。時々、何をしている場面な
のかの簡単な説明がつくだけ。
ひたすら電車に乗って可能な限り乗り継ぎ乗り換え。淡々と映し出される沿線の風景。最
後に、さらりとさりげなく出される乗り継いだ路線図。見ているこちらも一緒に電車を乗
り継いだ気分になってくる。
解説やうんちく、能書き。そんなものが一杯で騒々しさが先に立つ旅番組が溢れる中、こ
の静けさは何だろうなと思う。
そして、同じ様な感じを持った番組を以前見たことを思い出した。
それは、中国奥地の大草原とそこに暮らす人々の映像。確かその広大さに唯々ぼーっと見
入ってしまった記憶がある。解説も字幕も無く、有るか無きかの音楽がかすかに流れてい
るだけの映像。
住居のテントを畳んで馬の背に乗せ、動物と共に移動している遊牧民の映像を見ているう
ちに、物に囲まれあくせくと思い煩って暮らしている自分の生活がとてもちっぽけなもの
に思えてならなかった。今私の生活している状況にいるのであれば、即刻入浴と洗濯を申
し付けられそうな姿の人達の笑顔が、とても幸せそうに見える。暮らしの環境は苛酷で思
い煩うことも無いわけではないだろうに、何でああ素敵な笑顔が出来るのであろうか。
身奇麗だけどなんとなくしかめ面の人たちが増えた気がするこの頃。彼らのような笑顔を
自然に浮かべることが出来る様にならないものだろうか。そんなことを思ってしまった。

去年から、自分の手仕事状況をExcel表にしている。
と言っても大したものではない。やってる手仕事を大まかに分類して(その他と言う逃げ
道つき)、それぞれ現在進行形のものと、材料準備済みなれど未着手のものと、作りたいな
と思ってるものを書き出してあるだけ。現在進行形の欄に書く暇もなく思いつきや急な必
要に迫られて作ったものは予定外として同じ様に記入する。
出来上がったものは取り消し線で印をつけた後でセルを色付けする。
その表を眺めていて、良くこれだけ作るものよと自分でも呆れてしまった。何しろ、色付
けされたセルの多いこと。それも予定外の欄が圧倒的多数。
年頭に今年は何を作ろうかなと多少考えるものの、手仕事はお楽しみのひとつというのも
あって、思いつくまま気の向くままが多いのは確か。そうやって思いつきで作るものは、
比較的簡単なものだったり、仕上げたいと思う期限が迫っていたりするから出来上がるの
が早い傾向はある。
でもねえ、ここまで多いとは思わなかった。と言うことは計画なんてあってなきが如しじ
ゃんと、思わず自分に突っ込みを入れてしまう。
更にじじーっと眺めていて、大してやっていないと思ってる縫い物が結構多いことに気が
つく。一目一目仕上げていくステッチや編み物と違って、ミシンでダダダーッと縫うから
数が多いのかなあ。まあ、多いとは言っても、毎度おなじみのエプロンや袋等が大半で大
物や目新しいものは殆ど縫っていないんだけど。
等と表を見ながら一人ぐちぐち独り言。
さてさて、今年はあとどれだけ色つきセルが増えるのであろうか。

梅が出回る季節になってきた。きれいな青梅を見ると梅酒を作りたくなる。作っても余り
飲まないくせに、何故だか季節になると作ってしまうのが梅酒。別に嫌いじゃないし、ど
ちらかと言うと好きなお酒なんだけど、家では余り飲まない。
今年は、味醂で梅酒を作ると美味しいと本で読んだので真似をしてみた。作り方はとても
簡単。梅をきれいに洗って味醂を注ぐだけ。氷砂糖と焼酎を使って仕込むより入れ物も小
さくて済む。密閉して半年で飲めるようになるらしい。
どんな味になるのか、何だかとても楽しみ。折角だから、普通に焼酎で仕込むほうも作っ
て比較してみようかなあ。もっとも、作るだけで飲まなければ意味が無いんだけど、、、。
今回仕込んだ梅酒を棚に収めながら、過去に仕込んだ梅を取り出していない梅酒の日付を
見る。梅を取り出してない梅酒は1998年から。それ以前のは梅を取り出して別の瓶に
移してあるので日付が無い物が多い。どれもきれいな琥珀色なんだけど、瓶によって微妙
に色が違う。しばらくぼーっと眺めてしまった。。
こんなこと書いてたら何だか梅酒を飲みたい気分。母の作った○十年前の梅酒を、今日は
久々に飲んでみようか。


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