ちくちくの記
2005年:9月
2005年9月25日 やっと夏休みの宿題がひとつ終わりました。何かって?カーテンの洗濯なんです。年に何回か カーテンを洗うのですが、そのうちの一回が夏休みなんです。ところが今年は余りの暑さに体 の方がついていかず、カーテンの洗濯なんてとてもとてもの状態でした。ちょっと涼しくなり 始めたこの頃、少し元気が出てきたので漸く洗った次第。 やっぱりきれいになると気持ちがいいですね。かかってるのは同じカーテンなので、見掛けは余 り変わった気がしないけど、触ってもさらりとしてるし、、、。 ついでにマットカバーやクッションカバーなども取り替えて気分一新。と言っても今年は新しく 作ってないので前から使ってるカバーでしかないのですが、それでも部屋の空気が何処か違うよ うな気がします。 とは言え、秋口というのにカバーの色は生成りが大半。色目がちょっと寒々しいような気がしな いでもないのですが、、、。でも、これからカラフルな毛糸やつづくろいのやりかけが転がり始 めるので色が氾濫しなくて却っていいかもしれません。 だって、もう既に幾つか編みかけや編む予定の毛糸が転がっています。ブルーの毛糸にレンガ色 の毛糸。ともに靴下になる途中です。そして夏の名残の白いレース編み。籠の中にはセーターを 編む予定のモスグリーンとベージュの毛糸。これが済んだら次にと考えてるのは、緑のベスト、 多色使いのセーター。それに半端糸で編むマフラーや帽子。そうそう、アクリルタワシや靴下、 モチーフ編みもあります。 どうやら、編物だけでもかなりの色が氾濫しそうな気配です。 実を言うと、ここしばらくクッションカバーを新調していないので、そろそろ新しいのを作ろう と、お気に入りの布をぼちぼち用意してあるんです。この際だからまとめて作っておくかなと、 雰囲気の違うものをクッションの数かける二組分。おまけに、これまでとは少しイメージを変え たくて、無地と柄物を組み合わせる予定なんです。 でもねえ、これから転がる毛糸や手仕事材料の色を考えると、ちょっとうるさい感じになるかな あと言う気がしないでもないし、さて困った。涼しくなったら縫い始めようかなと心積もりをし ていたのですが、どうしたものでしょうかねえ。
2005年9月16日 持ち歩いて読んでた本を帰りの電車の中で読み終わってしまったら、なんだか本屋さんへ寄 りたくなってしまった。いつもは他の買物ついでに大きな本屋さんへ寄るのだけれど、最寄駅 の前にある本屋さんへ寄った。間口は狭いけど、二階もあってそこそこの品揃えの本屋さんで ある。 文庫本の棚の前で面白そうなの無いかなあと本の背表紙を見る。まずは目下好んで読んでる 作家の本。どれもこれも読んでしまったものばかり。じゃあと言うので本棚の端から順に眺め ていく。大きい本屋でこれをやると、本の余りの多さに目移りしてしまう上に、本の背表紙を 見ているだけで疲れてくるのだけれど、ここはそうでもない。 丹念に見ながら、気になる本を手に取ってはさわりを読んで取捨選択。気がつけば数冊抱え 込んでいた。その上、平積みの中にお目当ての作家の新刊を見つけてしまう。やったねと思い ながらほくほく気分でお勘定を済ます。 家に帰って買ってきた本の発行日を調べてみたら、どれもここ一年ほどの日付。結構頻繁に 行っている大きい本屋さんではちっとも目にした記憶が無い。それほどマイナーな作家ではな いのに何故だろう。大量の新刊に埋もれて見落としていたのだろうか。 そんな事を考えていたら、大きな本屋さんもいいけど、中小の本屋さんもいいもんだと改め て思う。本の洪水に押しつぶされないで落ち着いて本を探すことができる気がする。 そう言えば、自転車でいける範囲の中小の古本屋さんが軒並み閉店してしまった。結構何軒 もあって足繁く通っていたのに、殆どなくなってしまってとっても残念。残ったのは入り口入 ったときからいらっしゃいませの声がやかましい大型の古本屋さんのみ。確かに本はきれいで いいけれど、何だかなあの気分。もう少し静かに本探しがしたい。 そして画一的で今流行りの本が大半。あちこちに積み上げてある本の山の中から思いがけな い本を発見するなんてことは皆無に等しい。それに、少しでも薄汚れていたら本棚から姿を消 してしまう。そもそもそういう本は引き取ってもくれない。宝捜しの楽しみがなくなってしま ったような気がする。 等とぐちぐち言いながら、結構利用してるんだけど、、、。他に古本屋さんが無いんだから 利用するしかないともいえる。 古本屋さんに限らず、なんでも大型店が幅を利かせている今日この頃。便利になったような 気もするけど、徒歩や自転車でいける範囲のお店が無くなって却って不便な思いをすることも 増えている。多様性がなくなりつつあるような気がしてならない。
2005年9月3日 創作舞踊の舞台がきっかけで読み始めた夢枕獏の著作。何がどう自分にヒットしたのか定か ではないのだけど、かなり精力的に読んでいる。どれを読んでも、妙に懐かしい空気がその中 に漂っている気がするのは何故だろう。 読みながら、やられたなあ、参ったなあ、こんな風に書き表せるのか、と言葉にならない自 分の中のもやもやが文字として自分の目に飛び込んでくる気がしてしまう。おどろおどろしい 世界の話が、すんなり自分に溶け込んでくる。 ほろほろと酒を飲み、問わず語りのような会話が続き、笛の音が流れ嫋嫋と琵琶が響く。お どろおどろしいことも、日常の何気ないこともすべて呑み込んで、ゆったりと「とき」が流れ ていく。いいなあこんな世界と思ってしまう。 そして、わたしが欲しいと思っている庭の風情が、博雅と清明が座して眺めている庭と酷似 しているような気がする。式神がすぐそばにいて一緒に生活しているような気がしてくる。ど こかで同じ様な世界にいたような気がしてくる。何でそう思うのか自分でも不思議で仕方が無 い。 今読んでいるのは、ある詩人の詩集が底辺にある小説。何人かの人間の心情が一人称で語ら れる独り言のような手紙のような文が続き、合間に幾つかの詩集から拠り出された詩が一編挟 まれる。どれも一応は目を通したことのある詩集。 何故かおどろおどろしい気がして読むのをやめてしまった詩が多いのだけど、中には好んで 読んでいた詩もある。かつて好んで読んだ詩がぽつぽつと小説の途中に現れると言うのは、不 思議な気分。詩集を読んでいるときよりも自分の中に染み込む感じがする。その上、おどろお どろしい気がして仕方のなかった詩が妙にすんなり自分の中に入り込んできたりする。年月を 経たからなのか、それとも小説の流れの中で読むからなのか、それは自分にもわからない。 そして、今読んでるのもまだ終わっていないのに、本屋さんで次はどれにするかと物色し始 めてしまった。どうやら、まだまだ当分嵌ってしまいそうな気配である。 暑いと言ってるうちに気がつけば九月。何時の間にか朝夕涼しくなってきた。 そんな季節の変化を如実に表してるのが現在進行中の手仕事。考えるだけで暑くてたまらな い気がしていた毛糸が何個かその辺に転がり始めた。毛糸が転がり始めるというのも変な言い 方だけど、紛れも無い現実。 何となく手仕事をする場所になっている居間の一角。 いつも出ている籠の中は、季節を問わず刺してるステッチ用。それも同時進行の何個分かの 材料。転がってるのは編み始めた靴下。道具やサイズ計算用のメモ用紙なども一緒。別のとこ には夏の名残のレース編み。この夏は何故かレース編みモードだったので糸やら針やら編みか けやらが籠に入って鎮座ましましている。 とまあ現在はこんな状態。まだまだおとなしく可愛いものだ。そのうち、つづくろいや他の 編物がじわじわと増殖するんだろうな。 編み始めた靴下はかなりのスピードで編み進んでいる。一足目は二日で完成。二足目も片方 完成。おまけに会社の休憩時間には別の靴下を編んでいる。毛糸を物色し始めてからまだ一週 間ほどしか経っていないのに何と精力的なこと。今年は何足編みあがるのであろうか。
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今現在広がってるものを集めて写してみたらこの状態。右側の箱ふたつはステッチ関連。 背の低い方が、刺しかけ&準備中&考慮中。背の高い方は刺しかけ布。普段は、部屋の隅と いうか、手仕事の定位置からすぐ手を伸ばして取れる場所に置いてある。こうやって集めて見 ると結構な量で、我がことながら呆れる。 実を言うと、この他に編み物用の糸が入った籠がひとつ、ジャンル問わず手仕事用の道具が 入った引き出しが一つ、夜細かいことをするためのフロアスタンドと本の山がひとつ置いてあ る。全部集めてみたらあまりに壮観なので、今回はカット。