ちくちくの記

2006年: 9月


2006年9月29日

先日はステッチ会。今回はわたしにとっては初めての場所。この前みたいにぐるっと一回りなんてこと
にならなきゃいいけどと思いながら出かけた。実は前回の場所も初めてのところで、地図の方向を見間
違えてぐるりと大回りをしてたどり着いてしまったのだ。
さて今回は、地図というより文章で書いた案内だけだったのに、ひとつも迷わずすいすいとたどり着く。
この違いは一体なんなのだろうか。まあ何はともあれ無事到着でやれやれ。
今回は口も手も動かしてる人が多かった。もっとも、ステッチあり、タティングあり、編物ありでバラ
エティに富んだ手の動きだったのだけど。
見せていただいたものも様々。細かく丁寧に仕立ててあるもの、いい感じの額装、刺しあがったばかり
のステッチ作品、こぎん刺しにハーダンガー、編み猫や細かなタティング。見せてもらいながらなんと
言う贅沢と思う。普通はこんなに様々で上等なものを一度に見ることは出来ない。
そのうえ様々な情報も頂いて、時には細かな技術を教えてもらったりしてるんだからねえ。皆様に感謝
感謝である。ゆっくりのんびりでいいから、この集まりが続けばいいなあと思ってやまない。


2006年9月17日

縫いたいものがあって布地探し。ついでに棚の整理。
毎度のことながら、私はこれで何を縫うつもりだったのだろうかと思う布地が何枚も出てくる。最初から
特に予定はないけど気に入ってどうしても欲しくて買ったものは別として、今となっては何を作る予定で
買ったのか不明なものが結構ある。さてこれはどうやって生かしてやったら良いかなあと頭をひねってし
まう。他にも頂いたものの何に使おうかと思うものも結構な量。せっせと縫って在庫減らしをしないと棚
から溢れそうである。
やっぱり買うのをやめて、在庫消費に努めようかな。布地屋さんを覗かなければ買わないのだから、布地
屋さん覗きをやめようかな。等と様々な思いを抱きながら、布地の厚さや種類や模様で分けて棚に積み上
げる。きちんと並んだ布を眺めていると妙に満足。
まあそんなことはさておき、目的の布地はすぐ見つかる。細かな付属品も全て揃った。
さて、縫い物の技量は揃っているのであろうか。


2006年9月11日

私の針仕事展を見に行ってきた。この所毎週何かがあって少々お疲れだったのでやめとこうかなと思った
のだけど、何だか妙に行きたくて出かけた。結果は出かけて大正解。前々から見たいと思っていた幾つか
のキルトをじっくり見ることが出来たのだもの。
興味津々だった作家のアトリエは思わず細部までまじまじと見てしまう。多分一部しか出ていないのであ
ろうけれど、その人の個性が出ていて面白い。どの人も材料がどっさりで、我が家の布地棚を思い出して
材料だけならわたしも負けないんだけどなあと思わず苦笑してしまう。
同時開催のユキパリスコレクションは京都ではお目にかかったことのないものが一杯で目が釘付け。
展示されているもの全てが細かくて丁寧な針目で、自分の大雑把さと引き比べてしまう。そして、大切に
されてきたんだろうなと思わせる様々な道具。大切にするってことの意味を改めて考えてしまう。
展示されている中に糸がついて刺しかけのままのクッションカバーが一枚あった。後少しで完成の状態な
のにそのままになってしまったというのは、作っていた人に何があったのであろうか。もみじ模様でとっ
ても丁寧な仕事で完成したら素敵なんだろうなと思わせるもの。色合いも模様もとても私好みで、出来上
がりを見たかったなあと思う。
会場内を何度も行きつ戻りつして十分堪能した後出口を出たら、お定まりのショップがずらり。どれもこ
れも結構なお値段である。こんなの家にも眠ってるなあと思うようなはぎれが桁間違えてるんじゃないの
と思う値札がついて並んでいる。
こういうところはさっさと抜けるに限ると歩いていたら、目の端に何処かで見た感じの人の姿が目に止ま
る。見ればキルトのミニ講習。何処かで見たことのある人は黒羽先生であった。吸い寄せられるように近
づいて、最初は端っこ、気がつけば目の前でじっくり見せてもらった。見るだけではなく質問したりお話
したり。
理屈好きでお話好きで教えたくて、と言う感じ。近所にいる縫い物上手で話しながらでも手が動いてて、
お話好きで世話好きな叔母ちゃんという感じ。でも嫌味じゃなくて色んなお話が、すとんと響いてくる。
中でも、キルティングは運針ではなく刺繍、と言う言葉に納得してしまう。
アメリカでピースワークをするときに運針の要領でやってたら周りの人が驚いてもう一度やって見てくれ
と言われ人垣が出来てしまったと言う話、ほどくことが前提の着物とほどかないのが前提の洋服では縫い
方が違って当たり前ということ、など聞いてて飽きない。
更に道具に対する思い入れ。針刺しは絶対ウールで作るとの話に納得。ウールじゃないと布一枚分針がさ
びるとの言葉に、わたしも同じ経験があるだけに、思わずそうだそうだと頷いてしまった。
そんなこんなでかなりの時間をそこで過ごし、気がつけば夕方。慌ててありがとうございましたとお礼を
述べて帰路に着く。まだまだ色々話を聞きたいし、手の動きも見たかったんだけどな。


2006年9月6日

9月の声を聞いたら急に涼しくなったような気がして、つい毛糸を引っ張り出す。引っ張り出した毛糸は
相変わらず帽子になる予定。とは言え、毛糸に触ってみるとやはり汗ばむし、気温もそんなに低くなって
いるわけではない。現に半袖姿にサンダル履き、日差しも強いし日によっては扇風機も使用するのだから、
まだまだ夏。
でも、何だか気分は秋。空を見れば雲の形は秋の空。暑い暑いと言ってるうちに季節は確実に巡っている。
今年は、ぼちぼちとではあるけれど真夏も毛糸を編んでいたから何を今更の気がしないでもないのではあ
るが、編物シーズン到来という感じで色々思いが膨らむ。頭の中にはあれもこれもと編みたい物が幾つも
浮かんでくる。浮かんできたものの幾つが形になるのかなあ。
取り敢えず半端毛糸で小物を編みながら、編みかけを仕上げよう。等と思っているけど新しい毛糸に手を
出してしまいそうな予感もある。実を言うと編んでみたい毛糸が幾つも待ち構えている。何を編むかまで
決まっている。手を出すのは時間の問題かもしれない。

先日、偶然虹を見た。大きな半円でとてもきれいな色。久々にくっきりはっきりした虹だった。
虹を見ながら口をついて出る歌があった。
「にじがでた〜にじがでた〜そーらをいちめんみずとみて〜、さんごやるりをちりばめた、てんにょのは
しよたまのはし」
そして歌と同時に楽譜の上にあった天女の挿絵が目に浮かぶ。
何も悩まずすらすらと歌詞とメロディーが浮かび口ずさんでしまったのだけど、果てこれはいつ覚えた歌
であろうか。挿絵まで浮かぶのだから多分小学生か中学生の頃だろうな。そう考えておんなじだあと思わ
ず吹き出してしまう。
何と同じかといえば、この前、あんたよくそんな古い歌を間違えずに歌えるねえとつれあいに感心された
古いコマーシャルソングオンパレード。それだって別に意図したわけではない。洗濯物を干しながら頭に
浮かんだ歌を口ずさんでいたら古いコマーシャルソングオンパレードになっていただけ。別に覚えようと
思って覚えた歌でもないけど素直に歌詞が口をついて出る。たまたま近くで作業してたつれあいが聞いて
て先ほどの台詞となった。
最近の歌でも気に入れば何時の間にか覚えているし、ナツメロばかり歌っているわけでもない。どちらか
というと忘れてしまっていることの方が多い。でも、何かの折にぽこっと記憶の底からよみがえってフル
コーラス歌ってしまったりする。何だか不思議。
そんな事を考えている間に虹は薄れて見えなくなってしまった。次に虹を見た時は何を考えるのだろうな。


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