ちくちくの記
2006年: 10月
2006年10月28日 編み物が縁で知り合った人から展示会のお知らせ。会期中の休日は予定が目白押しで都合がつかない。 たまには平日にのんびり鎌倉散歩も悪くないかと半休を取って平日に見に行った。 鎌倉駅に降りたら平日と言うのに人の波。相変わらずだなあ、私が住んでいた頃とはまるで様相が違う なあ、等と思いながらお散歩予定のコースをたどって見たら、がやがやと騒がしい。大勢の人がお目当 ての方向へ向かっている。ああだめだ、と予定を変更して展示会の方を先にすることにした。 会場では丁度見に来る人が途切れたところとかで、皆様休憩中。申し訳ないねえと言いながら、のんび りゆっくり作品を見せてもらう。ここの作品は毛糸もいいし編み方もとっても緻密で丁寧。奇をてらっ たものがなくて見ていて何だかほっとしてしまう。身に着けてみたいとか、編んでみようかなと思うも のも多い。 その後、久々に会った彼女と会場の隅に設けられたお茶コーナーでお茶を飲みながら四方山話。 あれこれ話しているうちに、毛糸在庫の話になった。彼女も沢山在庫を抱えている様子。自分で買うの もあるけれど、頂き物も多いらしい。どこも同じなのねえとふたりで笑い転げてしまった。 ゆっくり堪能した後、こんどはどうかなと先ほどの散歩コースへ向かってみたら、どうやら一波引いた 様子。では、とお気に入りのコースをぶらぶら。途中にある大好きなホウの木はびっくりするほど大き くなっていて、思わずぼーっと見上げてしまう。歩いてる人も結構多いし、古い家が建て変わっていた り、小さな木が大きくなっていたりと、少しではあるけど様変わりしていて、何だか少し寂しいような 気がしてしまう。 等と少々しんみり気分の後は、よく行ってたお店を覗く。果物屋のおじさんは相変わらず元気そうに品 物を並べ替えているし、市場は午後と言うのに人の波。薪炭屋さんの店先にはちゃんと薪や炭が積んで あるし、魚屋さんは変わらず賑わっている。何だかうれしくなってしまった。 そして、少しだけ買い物をして帰宅。 着替えながら、彼女と話した毛糸在庫が妙に気になりだす。実を言うと昨年来からの頂き物や、編んだ 後の残り糸などをその場しのぎで適当に放り込んで片付けたままなので、自分でも何がどこにあるのか わからなくなりつつある。 全部引っ張り出して整理しようかなと思った途端、思い立ったが吉日だからと、毛糸を引っ張り出し始 めてしまった。さあそうなったら止まらない。あちこちに詰め込んであるのを全部引っ張り出してしま った。その結果がこの画像。
![]()
毛糸だけでなく、サマーヤーンや麻糸、綿糸、レース糸など、一応編み物用と思っているもの全部だか ら多いのは当たり前なんだけど、このうち、自分で買ったのは三分の一もないのだからねえ。 それにしても多い。毎年何キロも消費してるはずなのに、何でこんなにあるのだろうか。そんなことを 思いながらせっせと分類整理に励み、何とか終了。これで靴下用の毛糸を探すのが楽になったかな。さ て今年は何キロの毛糸を消費するのであろうか。
2006年10月23日 衣更えが終り、秋風が吹き始めたら妙に編物気分高揚で、やる気満々。取り敢えずと編みかけで放り出 してあった物をごそごそと引っ張り出してきた。引っ張り出した編みかけは自分用。毎度の事ながら、 何でこの状態で放り出すかねえと言う所で止まったまま。例の如く身頃ができて袖を編むだけの状態。 一緒に突っ込んであったメモを見ながら編み始めると、面白いように進む。再開して三日目。残すは片 袖が後少しと襟ぐりのみ。こんなに簡単に進むのに何で放っておくの?と自問自答してしまう。でもま あ何とか今シーズンに間に合いそうでやれやれというところ。 そして、相変わらずせっかちで気の早いわたしは、これが済んだら次のやりかけをと、もう一枚引っ張 り出してきた。こちらはお子様サイズ。これも今月中に出来上がればいいなあと思うけど、半端な残り 糸を取り合わせて色合わせを考えながら編んでる代物だから、どうなりますことか。今編んでるものが 完成して見ないと何とも言えない。同時進行で進んでいる腿まである超々長靴下も今月中に仕上げたい、 とかなり欲張りな状態だからねえ。 それに、頭の中には編みたい物リストがずらり。材料も道具も揃って後は編み始めるだけってのが幾つ もスタンバイしている。それらに手を出さないで編みかけを片付けることができるであろうか。甚だ疑 問。何はともあれ、二兎追う者は一兎も得ずにならないようにしなくっちゃ。 そう思いつつ、あれこれ毛糸を物色している自分がいる。毎年恒例のクリスマスプレゼント用タワシを 編むアクリル毛糸を引っ張り出し、これまた大量プレゼント予定の靴下用半端糸を物色し、毛糸在庫を 広げて次はどれを使って編もうかなと思案している。完全に頭の中のリストなんかそっちのけ状態。我 が事ながら、全く何をか況やである。
2006年10月19日 昨日は恒例のステッチ会。このところ仕事がたてこんでるから無理かなと思っていたのだけれど、何と か都合がついて休暇を取ることができた。今回も、画像で見ていた物を実際に見せてもらって目の保養。 自分では刺さないと言うか刺せないだろうなと思うような大物からうんと細かい物まで堪能させてもら う。 ステッチ会と言っても同じ部屋で各自が思い思いの手仕事に手を動かしながらおしゃべりに花を咲かせ る形式。メインはクロスステッチだけど、ハーダンガーあり、タティングあり、編物あり、と至って賑 やか。時には手仕事そっちのけで話に花が咲くこともある。 時間にしたらそんなに長くないのだけれど、とっても豊な時間を過ごした気分で、ゆったりといい気持 ちになる。又来月もいけるといいな。そんな事を考えながら帰ってきた。 そうそう、今回は欲しかった布をゲット。ネットで探してもうまく見つけられなかった布がここにある よって教えてもらって行ってみたらちゃんとあったのだ。嬉しくてしっかり買い込んで帰ってきたけど、 形になるのはいつか不明。現在進行形もしばしおねんね中も一杯あるのだもの。 こう書いた後、妙に気になるので現在進行形とおねんね中を思い出してみたら、編物4つ、縫い物3つ、 細々としたもの4つ、つづくろい2つ、ステッチは数を言うのも憚られる。実物に当ったわけではない からもう少しあるような気がしないでもない。どれも放棄はしていないし完成させる積もり。だけどね え、ちょっと多過ぎる。 それにしても、何でこう幾つも始めちゃうかねえ。ひとつづつ片付ければ散らからないしすっきりする し、道具も沢山要らないのに。
2006年10月11日 何かにつけて感ずることなのだけれど、わたしは他人様より好奇心旺盛らしい。自分でも呆れるくらい 何にでも興味が湧いてしまう。おまけに作るの大好きときてるから自分で作ってみたい物があれこれ出 てくる。やってみたいと思うと材料として何が必要かとすぐ考え、思い立ったが吉日で材料になりそう なものを探し始めるのが常。何でもかんでも使えそうと思えば取ってあることもあり、どうしてもこれ でなくっちゃと言う拘りが無ければ、手持ちのものだけで材料が揃ってしまう事が多い。 そこまではいいのだけど、材料が揃うと半分以上出来たような気になってしまうのがいけない。中には どうしても必要でさっさと作ってしまうこともあるのだけれど、大半は考えを形にしてみたいだけで是 が非でも必要と言うわけではない。その結果、やりかけやら後は作業を待つだけ状態の材料が入った籠 や箱が点在することになる。 余程目論見が外れていた時は別として、殆どの場合、どれもこれも最終的には形になるのだけれど、い つ出来上がるかは神のみぞ知るで、全てわたしの気まぐれ次第。今もそんなやりかけや材料があちこち に転がっている。 今年はそんなやりかけを撲滅とは言わないまでも半減と思っていたはずなのに、一向に減った感じがし ない。減っていないわけではなく、減った分だけ又別のが増えているといった方が正しいのかもしれな い。どうしてこんなにやってみたいことが次々浮かんでくるのか、この頃自分でも少々持て余し気味。 これからもこの状態はずっと続くのであろうか。 実を言うと、今朝も今朝とて起き抜けに浮かんだことを形にしてみたくて、朝からあちこちひっくり返 して材料探しをしてしまった。尤も、出し抜けに思い浮かんだことではなく、この一週間ほど頭の中に 浮かんでは消え状態だったことではあるのだが。それが今朝ふっと急に具体的になった次第。そして、 そんなに時間をかけなくとも必要と思う材料は揃ってしまった。さてこれはいつ形になるのであろうか。
2006年10月10日 昨夜、居間に積み上げたままの本を少し整理して片付けようと広げたものの、読み止し部分を拾い読み してるうちに眠くなってしまった。いたずらする者がいるわけでも無し、睡魔には勝てず、そのままに して寝床へ入ってしまった。 そして今朝、起き抜けに目にした惨状に、これはまずいと片付ける。片付けながら、拾い読みしかして いない雑誌が多いのに改めて気がつく。元々、読みたいのはここだけなんだけどなあと思いながら雑誌 を買うことが多いから、拾い読みになるのは当たり前なのだけれど、それにしても多い。ちょっと買う のを控えようかとの思いも頭をよぎるけれど、雑誌類は一度手に入れ損なうと次にお目にかかることが できる確率はかなり低いしとも思う。 それに、すっぱり割り切ってここまでと興味の対象を絞ることが出来ればもうちょっと少なく済ませる こともできるのであろうけれど、何にでも興味深々で中々的を絞ることが出来ない、というよりも益々 興味の対象が拡がりつつある現状では、そうもいかない。むしろ、あれもこれもと読んでみたい衝動に 駆られる雑誌は増える傾向にある。 読み終わったものをさっさと処分すれば、ここまで散らかってしまうことはないのだろうけど、生憎何 でも取っとき魔。すぐに処分なんてとてもとてもの状況。そうなると入ってくるものを抑えるしかない のだけれど、誘惑の種は山ほどある。 雑誌類を整理するたびに突き当たるこのジレンマ。何とかならんものかねえとその都度考える。何だか んだ言ってみても、よほど大きな意識改革でも無い限り、これまでもそうであったようにこれからもそ うなんだろうな。 思う所があって、出されたものを残すのは良くない事として育ってきた意識を、残ったからと言って無 理に食べなくてもいいと少し方向転換し、朝食のボリュームと間食を少し減らして三ヶ月。多少体重は 減ったけどサイズはさほど変化が無いなあと思っていた。でも、この頃ジーンズや綿パンが妙にゆるく て履いていて落ち着かない。どのジーンズや綿パンも結構長い間履いているから布地が伸びてきたんだ ろうなと思っていた。 そんな時、本格的な衣更えに伴って衣類を出し入れしながら、ワンサイズ下のジーンズや綿パンを何枚 かしまいこんだままになっていることを思い出す。まず無理だろうけど物は試しと引っ張り出して着用 してみたら、苦も無く履ける。あらあらと言う感じであった。一枚くらいは新しいのを買わなくちゃい けないかなあと思っていたけど、これならしばらく買わずに済ませることが出来るかなと言う感じ。 これまで何をどうやっても増えもしないけど減りもしなかった体重が、ほんの少し意識を変え、間食と 朝食をほんの少し減らしただけで徐々に減ることに驚いていたのだけど、ワンサイズ下のジーンズや綿 パンが苦も無く履けたことはもっと驚きであった。 何で減らす対象が朝食になったかと言えば、何気なく食べたものを記録してみたら、思った以上に朝食 を食べていることに気が着いてちょっと食べ過ぎかもしれないと思ったから。間食も朝と同様、思った 以上に回数も量も多いとわかったから。 もっとも、減らしたと言っても苦痛になるほど極端に減らしたわけではない。昼と夜はこれまで通りだ し、間食もすべてなくしてしまったわけでもない。残さず食べるのが美徳の意識を変えるのは少々時間 がかかったけど、家では作り過ぎないように、外では頼み過ぎないように心がければそんなに大変なこ とでもないとわかって、今の所何とか実行できている。 目下のところ多少意識しないと作りすぎたりボリュームが多くなったりするので、意識しないでもこの やり方が出来るようになればいいなと思っている。さてちゃんと身に着くのであろうか。それにしても、 今回の事で、些細なことでも継続すれば効果が出るのを実感した気がする。
2006年10月8日 最近買った本に案内が載っていたので「母の手」展を見に横浜までおでかけ。このところ横浜は素通り が多くてほとんど行ってないので近いのに遠く感じてしまう。会場はデパートの8階催事場。ここはい つ来たっけと思うほど久しぶりでエスカレータを探して歩く始末。 会場の入口を入ったところで思わず懐かしいと声が出てしまう。麻の葉の赤ちゃんの着物やきっちり襞 を畳んだよだれかけ。丁寧に刺された雑巾や何枚も布をはぎ合わせた米袋。絣の手袋に手甲。どれもこ れも身近にあったものばかり。 行きつ戻りつしながらずーっと見て歩く。加賀の指貫や手まりの美しさにしばし呆然としてしまう。こ れでは赤ちゃんのお尻は痛かっただろうなと思わせるほどぐし縫いで埋め尽くされたおむつの傍らにガ ラスケースに収められて展示されているのを見ると、同じ手仕事でもかくも違うものかと思う。 母の手だから、キルトや百得の着物、さしこなども並べられている。思いもかけず見たいと思っていた 黒羽先生の大きなキルトが何枚も飾ってあって思わず見とれてしまう。くろだあつこさんのジーンズキ ルトや前田さんの布つなぎも一杯あってこちらも丹念に見て歩く。 更に、あちらこちらに皆様ご愛用の針箱やお針道具が展示してあり、これも興味津々。仲でも興味を引 かれたのが三瓶清子さんのお針道具。小さな行李に箱を入れて仕切って使っているのだけど、その箱が 進物用のお茶などが入ってたと思われる箱。実を言うとわたしが重宝に使っている箱と同じ感じ。おま けに縫いかけを入れてある文箱がまったく一緒。何だか見ていてうれしくなってしまった。 沢山の手仕事を見ているうちに、私もただ無心に運針をしたくなってしまった。捨てられないはぎれを 縫いつないで自分だけの一枚を縫ってみたくなった。何も考えず、ただひたすらちくちく縫うのって一 番簡単で一番難しいのかもしれない。そんなことを思った次第。
2006年10月6日 何気なくつけたテレビで古い時代劇をやっていた。切り替えようと思ったら、何だか懐かしい歌が聞こ える。小さい頃遊んだ鞠つき歌。 「いちばんめ〜のいちすけさん、いちのじがき〜らいで、いちまんいっせん・・・」 聞こえたのはここまで。たらいで洗濯しながら主人公の女の子が歌っていた。 よく歌っていた歌なのに故郷を離れて以来誰かが歌っているのを聞いたことが無かったからとても不思 議な気がする。もっとも、わたしが歌っていたのは少し歌詞が違うし、メロディも微妙に違うのだけど。 「いちもんめ〜のい〜すけさん、いちのじがきーらいで、いちまんいっせんいっとおく、いっといっと いっとまめおくらにおさめてに〜もんめにわ〜たした」 と、いやいちのつくところを順に変えながら一から順に十まで延々と続く。鞠つきの技を競う時は、 「いっといっといっと」と繰り返すところの回数を延々と増やして動作を増やす。下手すると鞠をつき ながら片足で立ったままもう一方の足をぐるぐる回したりしなくちゃいけないという結構大変な鞠つき 歌であった。 ふーん、時代劇で歌うような歌なのかと思ったら、自分がとてつもなく古い時代に生まれ育ったような 気になってしまった。戦争を知らない子供達と歌ってた世代なのになあ。もっとも、普段使っている言 葉が古語辞典に載ってたりしたこともあるから、古い歌や遊びが残っていても不思議はないかもしれな いと言う気はするのだけど。 ちなみに、普通に使ってるのに古語辞典に載っていた言葉で覚えているのは、おてしょ、おこうだい、 はんがい、かいもち、みずや、はちはん、ござる、ごぶれいつかまつります、なんてところか。さて何 を表すのか他の人はわかるのであろうか。「かいもち、はんがい、ごぶれいつかまつります」は今でも 時々出てしまう。 そう言えば子供が小学生の頃、わたしの言葉を聞いた遊びに来ていた子供の友達に「おばちゃん、時代 劇に出てくる人みたい。」って言われたことがあったのを思い出してしまった。まあねえ、挨拶をしな い子は家に入れないことにしてたので、玄関で「おじゃましまーす」とか「こんにちわー」という子供 達に時々ふざけて「よくいらせられました」とか「ようおいでんさった」ってやってたからねえ。初め ての子には「○○の母でござります。以後よろしくお見知りおきのほどを。」なんてのもやったことあ るしなあ。振り返って見ると、小学生相手に良くやったわと思わなくも無い。 こうやって書いててふっと思い出した言葉がある。「さいくはりゅうりゅうあとはしあげをごろうじろ」 というのだけど、これって歌舞伎の中継で聞いたような。 もうひとつ思い出した。「あにはからんやさにあらず」って言葉。至極当たり前に使ってたので違和感 を持ったことが無いのだけれど、時代がかった小説の中で重々しく出てきた時は一瞬のけぞってしまっ たっけ。こっちも歌舞伎の中にあったような。 うーん、わたしの育ったところって古い言葉が当たり前の様に使われていたのであろうか。それとも日 本全国田舎は大体似たようなものだったのであろうか。富山の薬売りのおじさんが、昔は方言のきつい ところは歌舞伎や浄瑠璃や謡の言葉を使うと通じたと聞いたことがあると言ってたのはあながち誇張で はなかったのかもしれない。
2006年10月2日 昨日、何十年ぶりかで稲刈りをした。刈ったのは畑の仲間が共同で田んぼを借りて作った稲。 と言っても、田起こしも、田植えも、草取りも全部日程が合わなくて全く参加していないから、田んぼ へ行くのは初めて見に行った時も含めてこれで二度目。場所がうろ覚えで仲間の車に先導されて田んぼ へたどり着く体たらく。 田んぼ一枚全部を手刈りにするのは大変なので、いつも色々教えて頂いてる農家の人が大半を機械で刈 って下さるのだけれど、機械の入りにくい部分や機械を入れるために刈らなくちゃいけない部分を刈っ た次第。それでも稲刈りなんて初めてという人が大半でほんの少しを刈るのに結構手間取る。小さい頃 やらされてねえという人は腰つきも定まってすいすい刈り進んでいく。 さてどんなものであろうかと我々も刈り始めてみたら、考える前に体が動く。鎌を使うのもちっとも苦 にならない。小さい頃覚えたことは忘れないというけど本当だなあと改めて思う。 刈った稲を干すはさも自分達で立てるのだけど、何せ全て初めてづくしで、わいわいと大騒ぎ。紐の締 め方が緩いの高さが合ってないのとかしましい。それでも何とか格好がついて刈り取った稲を干す。小 さい頃身近にあった何段もある高ばさでは無く僅か二段だから稲を上に投げる必要もなくて作業は楽。 干した後の脱穀精米は農家の人が引き受けて下さるとか。さてどれ位収穫量があるのだろうか。出来は かなりいいねと稲刈り機械を貸してくださった農家の伯父さんが言ってたから、収量はそこそこあるの かな。 この稲はもち米なので暮れにみんなで餅つきをする予定になっている。鏡餅と伸し餅と丸餅にするのだ そうな。どんな餅つきになるのかちょっと楽しみ。 そして、来年はもう一枚田んぼを借りようと言う話が持ち上がっている。今度は赤米や黒米を植えたい のだそうな。
2006年10月1日 ひょんなことで大量に頂いた布地。小物作りやキルト用に欲しいという人がいたので、我が家へ来て貰 った。元々無かったものなんだから欲しいのを好きなだけ選んで持って行ってちょうだいとお願いした ので、結構な量の布地をチョイスして持ち帰ってくれた。 おかげで蓋も閉められないくらいぱんぱんだった入れ物は残りを全部入れても余裕綽々。動かすのも軽 くなった。それを見てると、頂いた布だけでなく、自分の抱えている布もこうやって放出しようかなの 気分になってくる。なんて思うだけで中々踏ん切りがつかないのだろうけど。 そんなことはさておき、ばーっと一杯広げた布を何人かで選んでいくのって、結構楽しい作業だなあと 思う。一人でやってると途中で疲れてしまってやーめたになりがちなのだけれど、今回は全く飽きなか った。 ああだこうだと言いながらの色合わせ、一枚の布に対しての様々な感想、模様は気に入ったけど何に使 うかなあと思っていた布の思いがけない使い道、など一人だったらこうはいかない。グラデーションで 揃える人あり、好きな模様で揃える人あり、取り敢えず気になるものを抜き出して更に厳選する人あり、 ぱっと見て即断の人ありで布の選び方も様々。 こうやって広げて並べて見て選べるのっていいねえ、お店だったらこうはいかないもんねえ、というの は皆の共通した感想。 布選びをした後はお定まりのおしゃべり。これまた楽しいひと時であった。